169話 初詣だぞっと
結局、パパは戻ってこなかった。そして、ママは身重なので、無理はできないから、神社でも貴族専用のVIPルームで初詣をしておしまいである。
少しつまらないので、しょんぼりみーちゃんだけど、仕方ない。我慢ができる良い子なみーちゃんなのだ。
パパが忙しいのは誰のせいかって? 知らないよ、悪人のせいだと思うから、後できっちりとお返しをしないといけないと思います。
というわけで、みーちゃんはもこもこダウンジャケットを装備して、一般の神社に向かっています。闇夜たちと初詣をする約束をしているのだ。
さすがは元日。初詣の人の数は物凄い。満員電車のラッシュのようだ。喧嘩もせずに、のんびりと行列に並んでいるのは、日本人らしいよね。あ、空を飛んで、行列を無視しようとする奴がいる。
「金剛お姉さん、撃ち落とさないと!」
「何言ってんだい。物騒なことを言うんじゃないよ。大丈夫、すぐに武士団がやってくるよ」
初詣に護衛するとは、なんとも大変だけど、こういう時に護衛をしないといけないので、金剛お姉さんパーティーと、マティーニのおっさんチームがみーちゃんの護衛についている。
そしてもちろん、闇夜たちの護衛も一緒にいる。この人混みで迷惑な集団であるのは間違いない。周りの人たちが、なんで貴族たちがここに来ているんだよという視線をビームのように送ってきている。愛フィールドで誰かみーちゃんを守ってほしい。
仕方なかったんだ。ここに来ないといけない理由があったんだ。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今大流行の聖花入りのクレープですよ! クレープです、クレープ」
「聖花入りのたこ焼きだよ。今年初のおめでたいたこ焼きを食べないと損だよ!」
「ベビーカステラ、あまーいベビーカステラ!」
来ないといけない理由があったんだ。
「ほら、武士団がやってきたよ」
金剛お姉さんが指差す先には、魔導鎧を着込んだ武士が数人空を飛んで、直接神社に降りようとする奴を捕縛していた。ファンタジーな光景だなぁ。
「ニシシ〜、狐に変身したら行けるかもね〜、コンコンって」
「フフッ、玉藻さんの魔法なら可能ですね」
頭にコンちゃんを乗せ、玉藻が金髪サイドテールをフリフリと振って、悪戯そうに笑うと、闇夜が口元に手を添えて、クスクスと上品な所作で微笑む。
二人とも着物姿でよく似合っている。闇夜は星空のような着物柄で、玉藻は明るい狐柄だ。闇夜は大人っぽく、玉藻は元気っ娘のイメージである。
カランコロンと、下駄を鳴らしてみーちゃんの隣で二人とも楽しそうだ。
「ねぇねぇ、待っている間、なにをしよっか?」
「マティーニさん、おんぶして。疲れた」
ホクちゃんが、ソワソワと拳を握って元気に言って、セイちゃんが眠そうな顔で、マティーニのおっさんの背中によじ登る。ナンちゃんは、みーちゃんと同じく屋台に興味津々だ。
「なに食べる〜?」
ホクちゃん、セイちゃん、ナンちゃんも一緒だ。三人はみーちゃんと同じくダウンジャケットだ。寒いからね。闇夜たちの着物は保温の魔道具らしいから、寒くはなさそうだけど。
「せっかくの初詣でしたので、みー様の着物姿を見たかったです」
「明後日の皇城での新年会では着てくるよ!」
「絶対に写真に撮りますから!」
むぅと頬を膨らませて、不満げな闇夜にニパッと笑いかけると、ぎゅうと抱きしめられて、頬ずりされる。甘えん坊の娘だこと。
「ニッシッシ〜、玉藻も、玉藻も〜」
「むぎゅう」
負けじと玉藻も抱きしめてくる。いちゃいちゃトリオを、ホクちゃんたちが笑ってみている。
「ご主人様! 獲物を獲得しました! 焼きそばにクレープ、フランクフルトとお好み焼きです!」
「あんたは護衛じゃないのかい?」
両手にたくさんのビニール袋を抱えて、得意げにふんすふんすと鼻息を鳴らすニムエが、みーちゃんたちに加わる。
呆れた顔の金剛お姉さんたちを気にせずに、ニムエが手渡してくれるので、皆で分ける。
「半分もつよ〜」
さっきまでのんびりさんだったナンちゃんが、素早い動きでニムエから半分受け取る。半分食べるわけじゃないよね?
「ありがとうニムエさん! 皆で食べよ〜」
「はい。それではみー様は私と半分こにしましょう」
「うん!」
屋台の食べ物は、初詣の醍醐味だよね。むむ、良い味だよ。屋台なのに、良い味だ。ホーンベアカウの肉串? ほほぉ〜、美味しいけど偽物じゃないかな? かなり固い肉だよ。
和気あいあいと、食べ物を食べながら、冬休みはどこに遊びに行ったとか、冬休みの宿題は終わったのとか、子供らしい会話をしながら、行列を進む。
子供連れや、恋人たち、多くの人々が楽しそうな表情だ。今年一年が良い年になるようにと願っているのだろう。
お友だちと一緒なら、行列を待っている時間も苦痛ではないし、あっという間に待ち時間は経過する。
お賽銭箱の前に辿り着くと、ていやと5円を投げ入れる。闇夜たちも5円だ。神社に優しくない子供たちである。
パンパンと柏手をして、神に祈るべく目を瞑る。でも、この世界の神様って誰なんだろう。
初詣の締めくくりは当然今年の運を占うのだ。
もちろんみーちゃんは吉だった。大吉の闇夜と玉藻と違って、モブはめだたないのだ。
社務所にてお守りを買う。ずらりとお守りが並んで置いてあり、値段が書いてある。
「……相変わらず、とんでもない値段のがあるね……」
この世界に転生してから十年。戸惑うことはないが、相変わらず違和感がある。
「『防壁』のお守りなんか良いですね、みー様」
「そうかな? エンちゃん、この『身代わりのお守り』は? 今、とっても流行ってるんだよ!」
「うん、普通のお守りがないね」
闇夜と玉藻がそれぞれお守りを見せてくれる。銀糸に金糸の刺繍がされているお守りだ。普通は学業成就とか、恋愛成就とかじゃない?
「私はこの『学業成就』!」
「それはなんのマナも見えない。この『快眠』のお守りが良いと思う」
「えぇ〜、『金運アップ』のお守りにしようよぉ。お小遣いアップで、お菓子をたくさん買うんだよぉ」
うん、マナはみーちゃんも見えません。でも、それがこの世界の常識なんだよ。
「………一つ100万円のがあるね」
「このお守りが性能通りなら、『防壁』は役に立ちますので、とっても安価ですね」
「本当ならこの10倍はするもんね! お正月価格かな〜?」
「うん、お正月なら相場よりも高いはずだよ」
高価すぎるお守りだけど、魔法付与されているので、この値段も当然らしいよ。
「でも、去年よりも安いよね」
「東京から素材が大量に送られてきているんだよ。油気家は大忙しだよ。魔道具作りに玉藻もお手伝いをしているんだ」
「おぉ、玉藻ちゃん、魔道具を作れるんだ」
「うん、初級の魔道具だけど、コンちゃんと一緒に作ってるの!」
羨ましい。ゲームの魔道具は作れるけど、この世界の便利な魔道具も作りたいんだよなぁ。
「今は東京方面の冒険ギルドが熱いらしいさね。あそこは鎌倉を拠点に魔物たちを狩りまくっているらしいよ」
「あぁ、そうだな。東京の魔物は植物系統から、蜘蛛系統まで金になるのが多いらしい。銀蜘蛛の糸は金になるからなぁ」
横からお守りを覗き込みながら金剛お姉さんと、呑気な声音で羨ましげにマティーニのおっさんが教えてくれる。
銀の蜘蛛糸は服はもちろん、糸なので多様な物に使用される。トレントの木もそうだ。植物紙に使えるし、それは高級な符の素材になる。果物も高価だし、東京に沈んでいる廃ビルには、放棄された魔道具などもある。
巨大なダンジョンであり、ドルイド製で狐印の防毒結界と、安い身代わりの符を使用して、冒険者たちは攻略していた。
そのために、お守りなども影響を受けているらしい。でも、一般人がこの値段で買えるのかなぁ。
「私はこれにするね!」
まぁ、どれを手にとってもゲーム仕様のみーちゃんにはあまり意味がない。
なので、『安産祈願』のお守りを買うことに決めたのであった。1500円で手頃だったしね。
そうして、お祈りを終えて帰り道。闇夜がみーちゃんへと尋ねてきた。
「みー様はなにをお願いしたんですか?」
「闇夜ちゃんたちは?」
「私は今年のクラスも、みー様と一緒になれるようにとお願いをしました」
「玉藻もだよ! 一緒に一緒のクラスになれますようにって」
ニコリと微笑み、小首を傾げる闇夜。着物姿なのに、玉藻は器用にくるくるとバレエダンサーのように回転する。
二人とも可愛らしいねと、ニコニコと笑顔になっちゃうよ。
「もちろん、私たちも一緒だよ!」
「……大丈夫。確実に同じクラス。闇夜が根回しするから」
「ずっと一緒だよねぇ〜」
ホクちゃんたちも、同じく一緒のクラスになりたいと言ってくれるので、とっても嬉しい。セイちゃんが、怪しい発言をしたけど、スルーしておこうかな。
明日、明後日は新年会が続く。ちょっと面倒くさいけど、3日の新年会では皆も一緒だし、楽しいと思う。
元日はこうして平和に終わったのであった。
みーちゃんは平和に終わったよ。
帰宅してからも、パパたちは忙しくしてたけどね。
夜半である。皆が寝静まり、みーちゃんもウトウトとしていたが、『マイルーム』に移動していた。
ソファの上に、ぽすんと座って、細っこい腕を組んで難しい表情となっていた。
七輪を持ち込んだフレイヤがジリジリと餅が焼けているのをじっと見ている。
オーディーンのお爺ちゃんは、今回のナーガラージャとの戦闘後から、難しそうな表情でパソコンになにやら打ち込んでいた。
フリッグお姉さんは、みーちゃんの隣に座り、ドロップを見せるように肩を揺すってくる。
いつも通りといえば、いつも通りの光景である。
だが、思念で送られてくる内容は、いつも通りではなかった。
『ここに侵入した奴らの正体は忍者?』
『はい。そこそこ有名な工作員たちだったようです』
ホログラムに映るのはニムエだ。青髪の美女は真剣な表情で頷く。
武士団へと渡す前に、屋敷に忍び込んていた連中の正体を自白させたらしい。便利な魔法使いである。
「それはわかったけど……次が問題だな」
呟くように、顎に手をあてて眉根を顰める。
『全員皆殺しはわかりやすい。でも、皆殺し?』
『強引な考えの貴族たちがいるようです。依頼者は不明。埠頭に停泊していた船に残っていた一人は『ニーズヘッグ』の工作員でしたが、同じことを言っていました』
『そうか………。フリッグお姉さん、依頼者は本当にわからない?』
うーんと首を傾げて悩んじゃうよ。
「駄目ね。うまく隠しているようよ。使い捨ての貴族を経由して、依頼をしているわ」
「そうなんだ……。フリッグお姉さんの情報網に引っかからないとは、敵もやるもんだね」
「そうね。でも、反対に判明しないからこそ、わかることもあるわ。恐らくは鷲津家は埠頭の倉庫を使わせているところから推測するに一枚噛んでいる。捕まらないと信じているからこそ、新年会をするつもりなんだわ。そして、多くの貴族が絡んでくるところを見るに、お嬢様は舐められているのね」
隣に座るフリッグお姉さんが、からかってくるが、そのとおりなのだろう。
「武力行使をしても、やり返せないと考えているんだね……」
これは魔法使いではないパパの絶対に覆せない弱点でもある。そして、当主の鷹野美羽が舐められているということでもある。
風道お爺さんを遠ざけている今は、襲撃できると考えているんだ。
まぁ、護衛についている凄腕はいるけど、所詮護衛と考える輩もこれからもいるだろう。
そうか、みーちゃんもそろそろかっこよい所を見せないといけないか。
でも、今回の事は神様と戦うより大変だな。複雑な感じがするぜ。




