166話 ボス戦は詰将棋なんだぞっと
唸りをあげて、迫る6本のナーガラージャの豪腕。
一本一本が、美羽の身体を簡単にぺしゃんこにする力がある。しかもナーガラージャは肉体の生命力をも魔法へと変換して威力を跳ね上げている。
ナーガラージャの卓越した体術を表すように、まったく同時に6腕は美羽へと命中した。莫大なエネルギーが解放されて、美羽は塵も残さずに消滅するかと思われた。
「ガッ! な、なにっ!」
だが、跳ね上げられて吹き飛んだのはナーガラージャであった。その腕をぐしゃぐしゃにして、地面へと噴煙と轟音を立てながら転がり伏せる。
なぜか、強烈な反動が返ってきて、恐ろしい威力の攻撃が腕を砕いたのだ。
「残念だったな、ナーガラージャ! 切り札は最後までとっておくもんだぜ!」
美羽の頭には『イージスの額冠』がちょこんと乗っており、『物理反射壁』の残滓が消えていく。
攻撃を受ける前に装備を変更し、『物理反射壁』にて身を包んだのだ。
全員の状況を素早く確認する。俺とオーディーンはぎりぎり2桁のHP。フレイヤは3桁だが、体力は2割を切っている。フリッグを守りきったアリさんが消滅していき、フリッグは満タンだ。
準備はオーケーだ。
「作戦開始! ガンガン行こうぜ!」
猛禽のような鋭い光を瞳に宿らせて、美羽が叫ぶとパーティーは作戦どおりに動き始める。
『正義剣』
『天地雷鳴』
フレイヤが光の剣を振るい、ナーガラージャの胴体を切り裂き、オーディーンの雷属性最高の魔法が雷光を発してナーガラージャを焼き尽くそうとする。
『次元の指輪』
美羽は同じく装備をした『次元の指輪』を使用する。指輪から目に見えぬ空気を揺らめかせるオーラが、美羽を包み込み、万能属性の威力を100%アップさせる。
『命魔変換』
フリッグが己のHPとMPを交換する超能力者最高スキルを使用する。
弱点の雷を受けたナーガラージャは動けない。
しかし、すぐにナーガラージャがダメージを回復させるのは間違いない。痺れる身体を動かそうと、なんとかナーガラージャは身体に力を込め始める。
「だが、その時までのんびり待つつもりはない!」
アイテムボックスから、次を取り出すと放り投げる。光の縄が蛇のようにくねって、空中を飛びナーガラージャに絡まりつく。
「こ、これは?」
身体全体に絡まった神々しく輝く縄を見て、ナーガラージャが初めて動揺した表情へと変える。
『グレイプニル』だ。フェンリルすらも拘束する神器である。使いどころが難しい神器だが、今回は役に立った。
『拘束』を解除するには、次ターンを消費する。
即ち、ナーガラージャは2ターンを無駄にする。
「これで終わりですね」
冷酷なる表情でフレイヤが己の中の魔法の力を集めて『力を溜める』
「なかなかに興味深い事柄であった」
隻眼を細めて、オーディーンが己の中の魔法の力を集めて『力を溜める』
「少し疲れたわ」
『魔法譲渡』
フリッグが満タンとなったMPを美羽たちに全て分け与える。フリッグの体から蒼き粒子が吹き出すと、美羽たちに吸い込まれていく。そうして皆のMPが回復して、準備は完了だ。
「くっ!」
ナーガラージャは藻掻きながら、『グレイプニル』を引き剥がそうと、縄を持ち全力を込める。
「チェックメイトだぜ」
美羽はフフンと嗤い、最後の攻撃に移る。
「では、私からです」
更地となり、灰の雨が降りしきる世界がフレイヤの一言で移り変わる。魔法の力が世界を変えて、フレイヤの世界となる。
「これは神域!」
ナーガラージャの目に広がるのは、どこまでも続く地平線までが真っ白な世界であった。フレイヤの後ろに荘厳な神殿が聳え立ち、彼女の背に天使の羽が生えて、バサリと羽ばたく。
光輪を背に展開させて、空を舞うように飛ぶと、フレイヤは剣を天に翳す。
「なかなかの戦闘でした。貴方に及第点を差し上げます」
『天上剣』
どこからか喇叭の音が響くと、ナーガラージャに膨大な光の奔流が降り注ぐ。全てを消滅させる神の一撃に、ナーガラージャの体は崩壊するほどのダメージを負う。
「ぐうっ! 神域を……」
最後までナーガラージャが言葉を口にする前に、またもや世界が移り変わる。
草原が広がり、森林が山裾にある豊かな自然溢れる世界。その世界の丘陵にオーディーンが立ち、大きく手を振るう。
「大魔導の極致を見せよう」
『森羅万象』
山が噴火をし、地面が割れて、世界が爆発する。超爆発がナーガラージャを吹き飛ばし、もはや体は崩壊寸前となった。
「神の力ですか……」
崩壊していく身体をなんとか留めようとするナーガラージャだが、世界がまたもや移り変わる。
荒れ地に、針山のように岩肌の尖った山々が聳え立つ中で、岩山の先端に美羽が爪先をつけて立っていた。
「ラストアタックも頂きだぜ!」
曇天に稲光が響き渡る世界にて、雷光に照らされて、美羽はニカリと嗤う。
「さて、さ、て、このようなことに……神域を……使うと、は」
ナーガラージャが苦笑じみた笑いを見せる。美羽は大きく飛翔して、二刀を構えてナーガラージャへと向けて落下する。
万能属性の力を宿す奥義にて、トドメを刺すべく魔法の力を解放した。
『疾風迅雷』
己の身体が雷のように速くなり、光速の動きでナーガラージャを切り裂きながら突き進む。
何百人、何千人の美羽がナーガラージャを駆け巡り、その身体を細かく砕き切断していくのであった。
そうして、一際明るく世界が輝くと、元の灰が降りしきる世界へと戻る。
シュタンと地面に美羽たちが降り立つ。積もり重なった灰が舞い上がる。
「さてさて……見事です。我の負けですね」
ナーガラージャは、その身体を細かく切り裂かれ、身体の先端から塵のように崩れてサラサラと消えていく。
「『魔導の夜』は課金ユーザーを対象にしていた。だから、一発逆転の奥義が複合ジョブになれるプレイヤーと課金キャラにはあったんだ。たぶんプレイヤーから金を搾り取るためだろうね」
ナーガラージャの高い耐久力を相手にするには、今の攻撃力では、絶対に体力を削り取ることができないと悟ったのだ。
なので、俺は策を練った。
それが奥義の連打だ。HPが2割を切らないと使えない奥義。それをフリッグを除く三人で使うことにしたのだ。
まず、ミストルティンで敵の魔法を封じておく。敵の大技は魔法ではなく、スキル的なものだと思ったので、気にせず撃ってくると予想していた。
そうして、予想どおりにナーガラージャは大技を放ち、俺たちは大ダメージを負った。正直、ここで死ぬなら、もう勝てないのだ。それに複合ジョブのHPは大きい。一撃死はないと信じていた。
HPは2割を切り、奥義を使えるようになった。
魔法の力を封じておいたから、敵は追撃するのに物理での攻撃をしてきた。これは『イージスの額冠』にて反射させた。幸運なことに、敵は大技での攻撃をしてきたために、大ダメージを反射させることができた。
そうして、『次元の指輪』にて次の奥義に備えてステータスをアップ。フレイヤとオーディーンが追撃。ナーガラージャを雷魔法により一ターン動けなくする。
フリッグがMPを回復させて、皆へMP譲渡をさせる。『グレイプニル』にて『拘束』中に、フレイヤとオーディーンが力を溜めておく。
奥義が使えるように、MPをフリッグから譲渡してもらい、フレイヤ、オーディーン、そして美羽の奥義で終わりだ。
詰将棋のように考えたのだ。将棋はそこそこできるんだ。それ以上にボス戦での詰めは得意なんだよ。
「さてさて、管理は諦めましょう……。それではさようなら」
塵と化していくナーガがその口元に薄笑いを浮かべると、一際その身体が輝く。紅き光の柱がナーガラージャから発して、天へと向かう。
歪みしひび割れし空間が紅き光を吸い込んで閉じてゆく。
「お見事、貴女の勝ちです」
最後に一言を呟くと、ナーガラージャは消滅し、ひび割れた空間は完全に閉じると、元の粉雪が降りしきる世界へと戻るのであった。
『蛇魔神ナーガラージャを殺した』
ログが出たので、やれやれと額を拭う。激戦だったよね。
「くっ、激戦だったわ」
ナーガラージャが塵となり、消えてしまったのを見て、崩れ落ちるフリッグお姉さん。
パタリと地面に寝そべり、虚ろな瞳で塵を見つめる。
「なんで塵になるのかしら?」
「えーとっ、神だから? 燃え尽きた?」
「それは紙。座布団を取るわよ」
どうやらナーガラージャの装飾品が消えたのが、ショックらしい。のの字を書いていじけている。
「あやつの力とその言動には面白いものがあったと思わぬか?」
「そうだね……。確かにそうだけど、それはお爺ちゃんに任せるよ」
フゥと息を吐いて、元のみーちゃんモードに戻っておく。疲れたよ、全くもぅ。
回復魔法を使って、皆の傷を癒やしていると、先程までの戦闘狂の顔は完全に消えて、弱気なフレイヤがおずおずと手をあげる。
「ん? なに?」
「な、なんというか、神様との決戦にしては状況が残念でした」
「殺し屋を倒しに来ただけだからね。そこから神様との戦闘なんて、文字通り神展開」
神様だけにねと、プププと口元をおかしそうに押さえちゃうみーちゃんだ。
神様とのバトルとかは、それなりの背景があるのが普通だ。教祖が召喚したり、ダンジョン奥深くに封印されしものが蘇ったりね。
寂れた密輸用の倉庫で復活とか、まさしく空気なモブに相応しい残念展開であると言えよう。
「そ、それに……えーと。この更地は?」
「神展開だけにね。神展開だけにね」
何かリアクションしてよ。寂しいんだけど。
「さ、更地になっちゃいました」
悪魔でもないのに、スルーしてくれるフレイヤさん。わかってるよ。3分の1ぐらい灰となってるね。
『神よ……申し訳ありません。先程から幻影が解除されてしまいました』
『人払いの符もです。主様たちの戦闘の余波だけでもかなりの魔力でして……破壊されました』
『神展開だけにね』
申し訳なさそうに思念を伝えてくるサクサーラとマツへと答えるけど、やっぱり反応はなかった。しょんぼりである。
「どうするのだ? 騒ぎになるのは時間の問題だぞ、お嬢?」
「そりゃ決まってるでしょ」
オーディーンのお爺ちゃんに、チッチッとちっこい人差し指を振って答える。
「逃げるに決まってるでしょ。私達は悪いことしてないしね」
とうっと、オーディーンのお爺ちゃんに抱きついて答える。さぁ、転移をしてください。
「そ、そうですね。わ、私たちは被害者ですもんね」
「あ! ナーガラージャのドロップ品は何よ? ちょっとお姉さんに教えなさい」
フレイヤとフリッグもオーディーンの周りに集まって、お爺ちゃんは苦笑しながら指を振る。
「まぁ、そういうことにしておくか」
「神展開だけにね」
『瞬間転移』
そうして、神様御一行は、この場から姿を消すのであった。




