165話 ナーガラージャだぞっと
「やるな、小さき神よ」
ガラガラと瓦礫を崩しながら、埋まっていたナーガラージャが楽しげに這い出てくる。その身体には、僅かに『石火』で受けたダメージが見えて、鱗が剥がれて血が流れていた。
『瞑想』
ナーガラージャは完全に姿を現すと、目を閉じる。みるみるうちに傷が塞がっていき、元の姿へと戻ってしまった。
「回復できるタイプかぁ」
「破壊神タイプのようですね。回復できなくなるまで叩きましょう」
「さてさて、自分だけが回復できると思っていたのかな?」
あぁ〜と、回復してしまったナーガラージャを見て嘆息する。その様子を見ても、フレイヤは平然とした顔でふんすと息を吐くと、一歩前に出る。フレイヤはかなりの脳筋であることが判明しました。
シャラシャラの身体を踊るようにくねらせるナーガラージャが怪しく瞳を輝かせる。
すぐに俺は手を翳して魔法を使う。
『深淵の瞳』
『精神快癒』
ふらりと揺れるオーディーンへと、回復魔法を飛ばす。アリさんがポテンと転がり、フレイヤとフリッグは平気そうだ。
「睡眠系は効かないぜ!」
アリさんがすよすよと寝てるのを見て、その効果を理解して、フフンと鼻を鳴らす。フリッグが優しく蹴りを入れてアリさんを起こす。
「ほぅ、読んでいたか」
さっきの瞳は、敵を深く眠らせる魔法だ。『道化の仮面』を持つ美羽と、元々高い状態異常耐性を持つ『聖騎士』のフレイヤは効かない。オーディーンとフリッグはかかるかと予想していたけど、フリッグは耐えたらしい。
「ふむ……自己再生に状態異常も使える。なかなか多彩な神だな」
眠りそうになった様子など、欠片も見せずに腰を落としてグングニルを構えるオーディーン。
確かに強い。魔神というだけはある。というか、俺たちのレベルが低すぎでもあるよな。
だが、対処方法はある。こういうのは倒せるようにゲームではなっていたんだよ。
「ゲーム感覚は消えないのね、お嬢様?」
「当然だろ!」
からかうようなフリッグの言葉に、ニヤリと笑って美羽は思念を各自に送る。次の作戦開始だ。
「第3ラウンドだ!」
「さてさて、次はどちらに天秤は傾くのかな?」
トンと床を蹴り、ナーガラージャへと駆ける。感覚が鋭敏になり、敵の挙動を観察する。
「まずはこれよ!」
『水葬』
美羽の周りに水が生み出されて、水球に包もうとする。雷光鳥を倒した即死技だ。
『即死抵抗』
フリッグがすぐさま対抗魔法を使ってくれる。水葬を食らった美羽だが、風船のように水球は弾け飛び消えていく。
「即死魔法は一手無駄にするだけだ!」
『幻影歩法』
複雑なステップを踏み、身体をゆらゆらと揺らすと、美羽の後に残像が残り始める。『縮地法』により素早さは上書きされるが、その付与である回避効果は残るのだ。
接近してくる美羽へと、轟音を立てながら、電柱よりも太い『神拳』を付与された爪が振り下ろされてくる。
『縮地法』
だが、美羽はタンと床をさらに踏むと、転移するかのように移動する。しかも今度は残像が走った後に残っている。
横っ飛びをして、爆発してクレーターを作る剣を躱す。剣が巻き起こす暴風に灰色の髪を靡かせながら、さらにトントンと軽やかに次々と襲い来る爪を躱していく。
「むっ!」
敢えてナーガラージャには接近せずに、周囲を走り、空中を蹴り、縦横無尽に移動する。美羽の残像が数多に現れて、ナーガラージャは僅かに眉根を顰めさせ、振るう爪の勢いを緩めてしまう。
「大魔導の力を見せよう」
『絶対零度』
隻眼を光らせ、オーディーンが手を翳して、氷系統極大魔法を放つ。冷気が周囲の温度を下げて、手から凍てつく波動がナーガラージャへと向かってゆく。
途上の全てを凍りつかせて、絶対零度の波動はナーガラージャを氷像へと変えようとする。
「さてさて?」
『クロスエンゲージ』
腕を組むとナーガラージャの前にリング状のシールドが現れて絶対零度の波動を受け止める。空気が凍り、ダイヤモンドのように空中の水分を氷へと変えてゆくが、シールドを突破することはできなかった。
「次ですね」
美羽に翻弄され、オーディーンの魔法を受け止めるナーガラージャの隙を狙い、フレイヤが剣を振り上げて、空高く飛翔する。
『竜王撃』
剣に竜王のオーラを纏わせて、膨大な光の奔流を剣撃に変えて振り下ろす。
「これはこれは」
ナーガラージャも残りの腕を引き戻し、爪で受け止める。だが、その威力に身体が沈み込み、床を砕いていく。
「チャンス!」
「そうね」
『石火』
『雷鳴弾』
オーディーンたちの攻撃を受けて身動きのとれないナーガラージャへと手裏剣を美羽が投擲して、フリッグも同時に銃を撃つ。
瞬時にトトトとナーガラージャの身体に手裏剣が突き刺さり、内部に込められたエネルギーが爆発して、その身体を破壊する。
フリッグの雷を付与された弾丸が命中すると、ナーガラージャの身体に紫電が奔り、その動きを止めた。
「隙ありです」
『竜王撃』を防がれたフレイヤが剣を構えて空を蹴り、ナーガラージャへと迫ると、ヒュッと風斬り音を鳴らし、袈裟斬りにその巨大な身体を斬る。
「シッ!」
そのまま剣を戻して、斜め下から切り上げて、剣を返して横薙ぎに連撃を与えていく。ナーガラージャの身体に受けた剣の傷ではありえない長さの傷が作り出されて、血が間欠泉のように噴き出す。
「いただき!」
『刃風』
チャンスだと、俺もその間合いを一瞬で詰めると、二刀を構えて、乱撃を繰り出す。
小柄な身体に魔法の力を巡らせて、光の軌跡を無数に残して、ナーガラージャを切り刻む。
「なるほどな」
オーディーンがパンと手を合わすと、深く呼気をする。身体から魔法の力がオーラとなって、爆発するように辺りへと暴風を巻き起こす。
『天地雷鳴』
その一言が口から漏れると同時に、ナーガラージャの足元と頭上に魔法陣が一瞬のうちに描かれると、莫大なエネルギーを宿す轟音と共に雷の嵐が吹き荒れる。
ナーガラージャの腕が引きちぎられて、その身体が黒焦げになり、穴が空きボロボロになっていく。
「ぐぬぅっ!」
『瞑想』
だが、苦悶の表情でナーガラージャが目を瞑ると、みるみるうちに傷が塞がっていき、引きちぎられた腕も、黒焦げの体も元に戻ってしまう。
再び元の姿に戻ったナーガラージャが余裕の笑みを見せるが、俺は今度は落胆しなかった。
弱点を見抜いたぞ。こいつは雷に弱い。
雷を受けた際の隙の見せ方が大きすぎた。不自然すぎるほどにな。
「『瞑想』を使う前に倒してやるぜ!」
「さてさて、どうかな?」
今度は雷を宿した攻撃を皆で開始する。弱点を突くと1ターンの隙を見せるナーガラージャだから倒しきれると攻撃を続ける。
美羽とフレイヤが接近戦をして、ナーガラージャと打ち合い、オーディーンが雷の魔法を使い、フリッグが支援魔法を飛ばす。アリさんが盾を構えて攻撃をひたすら受け止める。
ナーガラージャも対抗して、吹き荒れる吹雪を弾丸に変えて、空を飛ぶ鱗を操り、爪を振り、尻尾を叩きつけてくる。
巨大な神と、その周りを舞う小柄な神たちの演舞が続き、破壊の余波が辺りに広がっていく。
吹雪の中で、倉庫街に建ち並ぶ倉庫が轟音と共に崩壊を始め、更地となっていった。
しばらく戦闘を続けて、美羽はシュタッと地面に降り立つ。
「駄目だこりゃ。倒しきれないね」
「同意します。火力が足りません」
「『瞑想』が強力すぎるわね。ゲームと違ってランダムで使用するわけではないし」
「あちらも同じ考えだとは思うがな」
ナーガラージャは戦闘開始時と同じ姿だ。即ちダメージをまったく負っていない。身体に汚れがあるだけだ。
こちらも同様に怪我一つない。魔導鎧にも歪み一つなく、HPは満タンだ。少し過剰に回復魔法を使用した結果だ。途中でMP回復ポーションも使ったから、まだまだ戦える。
お互いに疲れをしらずに、対峙している。これ、千日手じゃね?
「さてさて、終わりなき戦闘は神々によく見られる。このまま延々と戦闘をするのも良いが、終わりにする必要もあるであろう?」
「明日は初詣に行くからね!」
ナーガラージャが面白そうな表情で尋ねてくるが、時間をこれ以上かけるつもりはない。あまり夜ふかしも良くはないよな。
「ならば、我の勝利にてこの戦いを終えようぞ!」
6本の腕を組み合わせて、ナーガラージャが自身の身体に巡る魔法の力を凝縮させてゆく。大技を使う気だ。ここで決めるつもりだな。
美羽たちの周りを包み込むように、光鱗が展開していく。
「お爺ちゃん!」
「了解だ!」
美羽の瞳に込められた意味を悟り、オーディーンが装備を切り替えて、ミストルティンを取り出すと振りかぶる。
『ジャベリン』
ミストルティンがオーディーンから放たれて、ミサイルの如き速さでナーガラージャに命中する。ナーガラージャの身体に沈黙のアイコンが浮かぶ。
「む? 魔法を封じられましたか。だが、この技には無力です」
ナーガラージャは違和感を覚えて、その正体に気づくが、回復するよりも、切り札を切ることを選ぶ。
バッと6本の腕を広げると、ナーガラージャの身体が神々しく光り始め、盲目になるほどの強烈な閃光を放った。
「さてさて、これで終わりです」
『光輝爆発』
ナーガラージャの身体から放たれた閃光は、無数の光線となり、空間を穿ち、美羽たちへと襲いかかる。
莫大なエネルギーが光線となって、周囲へと放たれる。光速の光線は回避は不可能であり、降りゆく雪を溶かし、辺りに散らばる瓦礫をあっさりと消滅させる。
美羽たちの身体を光線が貫通していき、さらに周囲に展開された光鱗に当たると、光線を反射させた。
倉庫街を包み込むような大きな格子が発生する。美しくも恐ろしき威力の光線が格子内を飛び回り、中にいる者を消滅させてゆくのであった。
夜に太陽が昇ったかのように、強烈な光が輝き、やがて収まると倉庫街は何もなかった。
雪の代わりに灰が降り出し、更地となった世界を静寂が支配する。立っているものは、ナーガラージャだけとなったと思われた。
しかし重なり積もる灰の山から、美羽たちがよろめき出てくる。血だらけで、欠損も激しい。普通の人間なら、死亡しているレベルだ。
だが、半透明のアストラル体が、美羽たちの身体を補完しており、その動きが鈍くなることはない。
ナーガラージャは、そのことを予想していた。美羽たちが死なない可能性を考えていた。
だからこそ、回復を使う少女の形をした神へと拳を向ける。
魔法は封じられている。回復に時間を擁せば、敵の回復も許してしまうだろう。しかし、この少女を倒せば、あとはどうとでもなる。
だからこそ、6本の巨腕に力を込める。この器に宿る生命力を贄として、追撃の一撃に全力を込める。
「さてさて、これで終わりです!」
腕に魔法の力が集まり、筋肉が膨張する。死のオーラが集まり、不気味に輝く。空気を震わせて、蜃気楼のように揺らめかせる。
『大蛇六腕掌』
莫大なエネルギーが込められた6本の腕がうなりをあげて、傷ついている美羽へと迫るのであった。




