163話 蛇魔神との戦いだぞっと
ナーガラージャの図体は大きい。尻尾を含めると、全長50メートルを超えるに違いない。上半身だけでも10メートルはある。
なので先入観から、美羽は図体が大きい敵は動きが鈍く、はぐれボヨボヨのように素早い自分なら、ノーダメで、勝てると思い込んだ。
さっき向けてきた手の動きも遅かったことも、推察する材料となっていた。
だが、ナーガラージャがそのトラックよりも太い腕を滑らかに持ち上げたことで、目を険しく変える。
「シネ」
ナーガラージャが右手を広げて、蝿でも叩き潰すかのように振り下ろそうとする。
そう見えた時には、美羽のいた場所が爆発した。
いや、右手が振り下ろされていた。爆風が巻き起こり、床がひび割れて大きく陥没してクレーターのようになる。
挙動が感じられた時には、ナーガラージャは目にも止まらぬ速さで振り下ろしていたのだ。
ガラガラと破片が舞い散り、噴煙が巻き起こる。
「シネシネ」
避ける間もなく、美羽は叩き潰されたのだろうと、第三者ならそう考えただろう。
だが、モグラ叩きでもするかのように、ナーガラージャは少し離れた場所へと、左手を振り下ろした。
強力すぎるナーガラージャの叩きつけで再び爆風が巻き起こるが、小柄な体躯の少女が飛び出していく。
『縮地法』
美羽は命中する寸前でスキルを使い加速するとその場を離れていた。
「ニガサナイ」
ドラムでも叩くかのように、激しく次々と巨腕を振り下ろすナーガラージャ。
床を陥没させる強力な一撃が連続して、振り下ろされる。美羽は命中する寸前に、加速してその場を離れて、後ろから響く爆発音を背に、ナーガラージャへと迫っていく。
「まるで爆撃なんだぜ」
自分が一瞬前までいた場所が爆発して、コンクリート片が舞い散る中で、フフンと小柄な美少女は好戦的な笑みを浮かべる。
続けざまに爆発が起きても、その顔には焦りも動揺も恐怖すら無く、ともすれば楽しそうにも見えている。
瞬きをする間に、クレーターは増えていき、地面は激しく揺れて、歩くのも難しい。だが、まるで距離を無にするかのように、体勢を崩すことなく、一瞬で数メートルを駆け抜けて、美羽は高速の攻撃を躱していく。
しかし、人間には非ざる長さの腕を振るうナーガラージャはかなりの速さで激しい攻撃をしてきており、忍者の美羽でも間合いを詰めることはできない。
それどころか、段々とタイミングが合ってきているのか、振り下ろされる攻撃が段々と近くなっていく。
『フリッグ! 速さ重視でよろしく!』
『ふふっ、了解よ、お嬢様』
今の速さで回避するのは限界があると、美羽はフリッグへと思念を送る。
『加速Ⅴ』
妖艶なる笑いと共に、美羽の身体の周囲に幾何学模様の魔法陣がくるくると回ると、素早さを跳ね上げる。
素早さを200%引き上げる支援魔法だ。さらに『縮地法』の素早さアップも重複する最高レベルの支援魔法だ。
武技と魔法が合わさって、素早さは400%アップし、たった一歩でナーガラージャとの間合いを一気に詰めて、その足元に辿り着く。
ナーガラージャは、短距離転移をしてきたかのような美羽を見て、ギョッと慌てふためき、2本の腕を交差させて守りを固め、残り2本の腕を攻撃に使ってくる。
「見た目は強そうだが、ポテンシャルを活かせていないぜ!」
超高速で迫るナーガラージャの豪腕。だが、美羽はニヤリと笑うとジャンプをして、眼前に迫ってくる自分よりも巨大な手のひらへと向かう。
お互い高速の攻撃だが、美羽の方が速かった。肉薄する手のひらに、トンと足をつけると踏み台にして、もう片方の腕へと飛び移る。同様に振り下ろしてきた豪腕を、精妙なる動きで合わせると、同様に踏み台として飛んでいく。
超高速で目の前を通り過ぎるナーガラージャの腕は、下手に触るだけでその速度に巻き込まれて、轢かれたように粉々となり、肉塊となってしまうだろう。
だが、美羽はその卓越した洞察力と動体視力で、的確に精密に足を合わせることができた。そうして、転移したかのように美羽は、ナーガラージャの豪腕を踏み台代わりの柱にして、頭へと肉薄する。
「グウッ」
ナーガラージャは、防御態勢をとっていた残りの腕の構えをとき、掴もうとしてくる。
「悪手だな!」
だが、怯むことなく美羽は砲弾のように身体を螺旋のように回転させながら、手のひらに突進すると、回転力を利用して、『神鎧』を展開させていた鱗にぶつかった。
黄金の障壁が美羽を弾くが、その反発力を利用してさらに回転すると、ドリルのようにナーガラージャの頭へと迫り、両手を構え魔法の力を短剣に宿らせる。
短剣が優しい白き光を宿し、美羽は高速での切り払いをする。
『月光斬!』
月の光を宿したかのような2刀を振るい、ナーガラージャの目に純白の軌跡を残す。
「グギャァァァ!」
ナーガラージャは目から鮮血を舞い散らせ、腕で顔を押さえて苦しみ藻掻く。
「隙だらけです!」
裂帛の声をあげてフレイヤが黄金の剣身を手に持つ剣から伸ばして、腰を落として力を込めると身体全体を捻り、横薙ぎに全力の一撃を振るう。
『正義剣』
黄金の剣が倉庫ごとナーガラージャの胴体を斬っていく。
倉庫から離れた場所にいるフリッグが、銃を構えて、フフッと悪戯そうに艶めかしい笑みを漏らす。
「もうダンスは終わりかしら?」
『月光弾』
スラリとした腕を伸ばすと、暴れるナーガラージャを狙い撃つ。月の光を宿した銃弾が銃口から放たれて、途上で膨れ上がり極光となってナーガラージャの頭を貫いた。
ナーガラージャの頭がふらつき、ぐらりと身体がよろめくのを、フリッグと反対側の倉庫の屋根に立つオーディーンが観察しながら、手を空へと向けてかき混ぜるように動かす。
「この程度ならば神ではあるまい」
『コメット』
ナーガラージャの頭上、遥かなる高空に巨大な魔法陣が描かれる。そして亜空間から転移してきた隕石が姿を現すと、落下した。
大気圏へ突入し、熱を纏った隕石はナーガラージャの身体にまともに命中する。大爆発が起こり、超高熱の柱が天まで届くように聳え立ち、身体の半分を吹き飛ばされたナーガラージャは炎の中に消えていった。
不思議なことに、超高熱の柱は周囲に被害を出すことはなく、ナーガラージャだけを焼き尽くすのであった。
「なんだ、弱かったね」
空中でくるりと回転すると、美羽はふわりと降り立ち、ナーガラージャの最期を見て言う。魔神とかいうから凄い強いかと思ったが、ちょっと拍子抜けだったな。
『月光』シリーズは、ダメージ倍率0.5倍で、敵のMPに1%ほどダメージを与える使えない武技だ。だが、属性が万能属性なのである。
小説では使うキャラはいなかったから、ゲーム内だけの技だ。主人公であるシンの価値が無くなる技である。ダメージ倍率がマイナスになるしょぼい武技だから良いと運営は思ったのだろうか? 原作破壊にも程がある。
たぶん万能属性しか効かない敵への救済武技だったんだろう。ろくでもないことしかしないよな、運営って。今回は助かったけどさ。
「や、やったか? ですね」
「え?」
ぎゅうと拳を握って、フレイヤがふんすと息を吐く。そのセリフ言っちゃうのと、ジト目で見つめちゃうぜ。
「あ、でも、あれだけダメージを負っていたら………。ここからが本番みたいですね」
アワアワと慌てるフレイヤが、目を細めて雰囲気を抜身の刀のように変えて、ナーガラージャへと視線を向ける。
美羽もナーガラージャへと顔を向ける。炎の中で身体をよじらせて、滅びの時を待つばかりであったナーガラージャだったが、その身体の中心から禍々しい血のような紅い光が天へと昇っていった。
紅い光が天を貫くと、ピシリと空間にひびが入り、空が真っ赤に染まり始める。
空間に入ったひびから暴風が吹き出すと、粉雪舞う世界を吹雪へと変えていく。
「な、なんだこれ?」
「どうやら連コインをしたようです。小銭を持っていたんですね」
「座布団あげたほうが良い?」
猛烈な吹雪に、手を顔の前に掲げて防ぎながら叫ぶと、フレイヤがなかなかのセンスを見せる。
『Warning! 転生者の魂を生贄に次元の壁にひびが入りました。神が器に召喚されます!』
眼前に表示されたログにさすがに驚く。転生者の魂?
「見てください!」
フレイヤの指差す先、空間のヒビから小さき光球がふわりと舞い降りてくる。炎の中で藻掻き苦しむナーガラージャの中に入っていった。
そうして、身体の半分が吹き飛び、燃え尽きそうであったナーガラージャの身体がみるみるうちに再生していく。
しかもさらに腕が新たに生えて6本になり、身体を人の大きさほどもある宝石を散りばめた黄金の鎧が覆う。
頭には不思議な光沢の髪飾りをつけて、額が縦に割れると瞳がギョロリと生まれる。
完全回復したナーガラージャが軽く手を振ると、突風と共に超高熱の柱は消え去ってしまう。
「さてさて……魔に満ちたる世界に召喚されしは、我にこの世界を管理せよとのことか?」
先程とは打って変わって、静かな物言いでナーガラージャが周りを見渡しながら言う。
「わかる、わかるぞ。マナは感知できない俺だけど、ナーガラージャの身体から吹き出す膨大な魔法の力を感じるぜ」
「どうやら私たち以外に神が召喚されたようです。ウルトラレアですよ。やりましたね」
「あんまり嬉しくないなぁ」
チッとちっこい舌で舌打ちをする美羽に、隣に立つフレイヤが楽しそうな表情で告げてくる。
ナーガラージャは、片手をあげると光と共に魔法の力を解き放つ。
「さぁ、魔に満ちたる夜は終わり、光よ訪れよ」
その瞬間、周囲の様子が移り変わる。破壊された倉庫群ではなく、緑溢れる自然の世界へと一瞬で変わってしまった。
なんだこりゃと、びっくりする間もなく、同じように周囲の光景が一瞬で元へと戻る。
「む……明けぬか……。そうか、他の神が既に楔となっているのだな」
ナーガラージャが初めて興味を持ったかのように、美羽たちへと視線を向けてくる。本能でわかるぜ。こいつに『解析』は無効だろう。
「さてさて……管理するでもなく、放浪する神にこの世界は勿体ない。ここはルール通りにいこうではないか」
「ルール?」
「さよう。どちらかがこの世界を追い出されるということです。我は『ナーガラージャ』。この世界を管理するべく召喚されたものなり」
「俺の名は『ロキ』! この世界で家族や友人たちと仲良く暮らすものなり!」
ナーガラージャへ名乗りをあげ、ニヤリと口端を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべると、再度の戦闘態勢をとる。えーと、話の流れはさっぱりわからないけど、これで4回目の変身だよね? テンプレならこれで終わりだよね?
なら、戦うのみだ。ロキの力を見せてやる。
「では、フレイヤがお相手しますね」
「フフッ、楽しくなってきたわね」
隣にいるフレイヤとフリッグも戦闘態勢をとり、神様との戦闘が再開されるのであった。
なんか、いつの間にかフリッグお姉さんがいるけど、気にしない方が良いよね。
アースウィズダンジョン2巻、絶賛発売中です!よろしかったから、お手元にどうぞ!




