161話 皇族の血
長政は万能感に酔いしれていた。皇族のみに使える『覚醒』のさらに上、『真覚醒』を行えたことにより、身体に膨大なマナが駆け巡り、自分の力が数段階上がったと感じるからだ。
強大な黄金のオーラで身体を覆い、一歩踏み込むごとに、コンクリートの床が溶けていき、自らの周囲は帯電して、バチバチと電気が走る。
「イミルの野郎は気に食わないが、確かに言うとおりの力はあったな」
長政を『ニーズヘッグ』に案内した傭兵団長は長政にたいして丁寧な態度で接してくるが、その態度は演技であり、その裏ではなにかを企んでいるとは感じていた。しかしそれが何かわからないので、不気味な奴と思っていた。
封印が解けて、ようやく本来の自分へと戻った長政へと、イミルがある物を手渡してきた時を思い出す。
『長政様。この実は皇帝の血族の真の力を引き出します。副作用は強力な致死性の毒。本来は回復魔法使いが癒やしの魔法をかけながら食するものですが、貴方様ならば大丈夫でしょう?』
手渡してきたのは、純金でできたような林檎の形をした果物であった。強大なマナを宿しており、魔法の果物であるのがひと目でわかる。
『真の力? そんなもん聞いたことねぇぞ?』
長政もそれなりに皇族としての勉強をしてきたが、そんな都合よくパワーアップできそうなものなど、誰からも聞いたことはなかった。
なので、訝しげにイミルへと尋ねると、恭しく頭を下げて伝えてきたのだ。
『滅多に手に入らない物ですので、口伝すらも失われたのでしょう。これは私が偶然東京で手に入れた生命の樹から採れた生命の実。10年に一度しか生ることはないらしいです。どうやら腐らない魔法の実のようで、三つほど生っていたのを手に入れたので、一つをこれから大義を成す長政様へと献上いたします』
『ふーん……まぁ、貰っておくか』
胡散臭いことこの上ない。だが、これが毒だったとしても構わないから余裕であった。からかわれているのならば、その分を後悔させてやれば良いが、こいつはそんなことをする性格ではない。
『神鎧』は無敵の装甲だ。神の鎧だ。その効果は遅効性の毒であっても、感知してあらゆる毒や病気を防ぐ。栄養や回復魔法などは、必要な分だけ取り込む。あらゆる物を防げば食べ物すら取れなくなってしまう。しっかりと区別して取り込むことができるのだ。神の鎧とは伊達ではないのである。
即ち食べても良い効果は影響を受けて、悪い効果は防ぐために、胡散臭い魔法の食べ物でも問題はないのだ。
なので、食べることにしたのだが、自身の力がここまで増大するとは想像だにしなかった。
『真覚醒モード』になれば、空気の流れさえ読み取ることができる鋭敏さと、自らの身体をつま先から指の一つまで十全に扱うことができるようになっていた。もはや以前とは次元が違う存在となったのだ。
目の前の少女も、シャドウマンティスを操る腕前と、国宝レベルのマナを宿す装備から推測するに、強大な力を持つのだろうが、もはや自分の敵ではない。
「この俺の力を初めて見た栄誉と共に死ねっ!」
右足を踏み出し、黄金に覆われた拳を繰り出す。突風が巻き起こり、床が凹みひびが入る。
フレイヤとの間合いを一瞬で詰めて、拳を胴体へと叩き込む。『神拳』の一撃は相手の魔法障壁を破壊し、身体をバラバラに砕き、肉片として辺りに撒き散らす。
はずであった。
「なんだ?」
だが、胴体に叩き込んだはずなのに、少女はびくともしていなかった。身体が砕けるどころか、微動だにせず、体幹を崩すことなく立っていた。
なぜだと疑問に思う長政だが、その拳が鏡のように表面が磨かれた丸盾によって防がれていたのを見る。
「いつの間に盾を! だが、盾ごと破壊してやるぜぇっ!」
左足を軸足にして、長政はクンと左腕を引き込むと、フレイヤの頭へと繰り出す。砲弾のような速さと威力を持つ一撃だが、狙った箇所には既に盾が構えられており、再び防がれる。
「やるな!」
ニヤリと楽しげに笑い、長政は左手を引き戻しながら、右足のミドルキックを放ち、左足の膝蹴りを続けて繰り出す。そうして、右腕からフック、左の掌底を続ける。
だが、予想していた反動は全くない。『神拳』の一撃一撃は、全て必殺の威力を持つ。たとえそれが、ミスリル製の重装甲魔導鎧でも、紙のように打ち破り倒せる自信があった。
だが、狙う場所には、既に盾が構えられていた。右足のミドルキックは盾により滑るように受け流されて、左足の膝蹴りは半身を下げて避けられる。フックは真下からの突き上げで軌道を変えられ、掌底は再び盾で受け止められる。
お互いに高速での戦闘だ。一般人では何をしているのかもわからないだろう速さで、全ての攻撃を長政は防がれてしまった。
「な、なかなかやるな!」
「そうですか? まるで子供の駄々っ子パンチのようにわかりやすい攻撃なのですが?」
平然とした表情で、たいしたことのない攻撃だとでも言うように淡々と言うフレイヤ。
『神拳』での攻撃。しかも『真覚醒』モードとなった自分の一撃をやすやすと防がれたことに長政は驚くが、それ以上に内心では動揺していた。
攻撃を受け止められたことは、まだ許容できる。だが、まったく反動がないのだ。盾で防がれたのに、反発がない。まるでクッションでも殴っているかのようだ。
その意味を頭の片隅では理解したが、たまたまだとその考えを打ち消す。そんなはずはない。技量において隔絶した差があるわけがない。
「『真覚醒』した俺様の技を喰らえ!」
拳に自身の莫大なマナを込めて余裕の笑みを向ける。
『神気光拳』
黄金で描かれた黄金の手甲に腕が覆われて、長政は高速拳を繰り出す。残像を残し、光の軌跡を煌めかせて、無数の拳がフレイヤを砕かんと迫る。
あまりの速さに面での攻撃となった迫る拳を前に、平静と焦る様子もなく、フレイヤは盾をアイテムボックスに仕舞うと、小さな手を握りしめて、拳を作る。
「『聖騎士』は『闘士』の技も含めているんです」
『閃光乱撃』
フレイヤの拳が閃光のように一瞬光ると、長政の拳へとぶつかる。お互いの拳がぶつかり合い、長政の拳が弾かれる。
「打ち合いか! 乗ってやるぞ!」
「打ち合いになるかは、あなた次第ですよ」
長政の空間を埋め尽くすような黄金拳の高速連撃。
対するフレイヤの拳は閃光が奔った瞬間に、長政の拳を弾き飛ばす。
「ウォォォ!」
身体にマナを巡らせて、気合の声をあげて長政は連撃を止めることなく続ける。拳の残像が一つ、また一つと弾かれて消えていく中で、余裕の笑みを崩さない。
「俺には攻撃は通じねぇっ! 『神鎧』には傷一つつけられねぇんだ! てめえのやっていることは無駄だ、無駄無駄〜っ!」
「チートコードで、対戦をする方なんですね。ですが、ろくな技も出せずにパンチボタンをめちゃくちゃに押すだけでは、私には勝てません」
「ぬかせっ! いつまで耐えられる?」
淡々と言うフレイヤに、長政はせせら笑い、攻撃を続ける。
長政の拳が弾かれ、弾かれて、弾かれていく。
いくら、自身のマナを込めても、拳を繰り出す速度を上げても、結果は同じ。全て弾かれていく。
高速戦闘のために、数分の戦闘であったが、長政には酷く長く感じる時間が続くが、状況に変化はない。
「い、いつまで、無駄だって、言ってるだろうが」
「無駄かどうかは私が決めます。それよりも連コインの準備をしたらどうでしょうか?」
「な、なぜ」
ドドドと轟音をたてて拳同士が打ち合うが、長政はなぜ自分の拳だけが弾かれていくのかを理解し、冷や汗を流す。
こちらの拳が伸びきる前に、力が乗りきる前に、フレイヤの拳が命中するのだ。しかもこちらの拳の打点をずらし、ほとんどの力を出し切ることなく、長政のマナは無駄に消耗していった。
己との隔絶した技量を改めて意識して、恐怖から息が乱れ始め、長政の拳は速さを失い鋭さが無くなる。
乱れ始めた拳の連撃の合間を縫うように、フレイヤの拳が命中し始めて、長政の身体が揺らぎ始める。
「効かねえって、言ってるだろうが!」
「どこまで耐えられるかも試したいところなんです」
「や、やめ、げふうっ!」
遂に完全に体勢を崩されて、拳を繰り出すこともできずに、長政は自らの身体に無数の拳を叩き込まれて吹き飛んでしまう。
勢いよく床に転がっていき、魔法強化製コンクリートの壁へと体はぶつかりようやく止まる。
「効かねえって……」
たしかに吹き飛ばされたが、内部では衝撃すら完全に緩和する。そのため、全くの無傷である長政は立ち上がるが、その声音は恐怖で僅かに震えていた。
だが、息を吐くと気を取り直して、腕を伸ばして身構える。
「仕方ねぇ………切り札を見せてやる!」
「良いですよ、次はどのようなチートコードを使うのか興味がありますので」
段々と興味がなくなってきたのか、フレイヤはつまらなそうな顔になって、手招きをする。
「はっ! 舐めるのもそこまでだ!」
手を伸ばして手刀の形にすると、黄金のマナを込め始める。顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべて気合いを入れると、長政は切り札を使うことにした。
『光輪剣』
手刀が一際黄金の光を放つと、黄金のオーラが手刀から剣の形へと伸びていった。3メートルはある長さの黄金の剣へと手刀を変えて、得意げにドヤ顔となる長政。
「親父が使う最強技! この俺も使えるようになったんだぜ? 全てを切り裂く光の剣を喰らえっ」
ドンと大きな音をたてて床を蹴ると、長政は腕を振り上げてフレイヤへと剣を向けてくる。
「それが切り札ですか……それでは私も同様に切り札を見せましょう」
『神授付与』
空間から片手剣を取り出すと、フレイヤは魔法を使う。神の加護が天から光の柱となって降り注ぎ、剣が神秘的な純白の光を宿す。
「なんの付与かは知らねぇが、光輪剣には敵わねぇ!」
剣の重さも無く、手刀として扱えるために、長政の一撃は鋭く速い。咆哮をあげて、袈裟斬りにしようと振り下ろす長政だが、フレイヤは神の加護を受けた剣先を、ちょんと光輪剣に合わせた。
光の粒子がぶつかり合うことにより、わずかに撒き散らされて、光輪剣はその軌道をずらされた。
その隙を逃さずに、剣身の長い光輪剣の軌道をずらされて体勢を崩してしまった長政へと間合いを詰めると、フレイヤは軽く剣を振るう。
スパッと、長政の肩が綺麗に切り裂かれて、パクリと開いた傷から鮮血が舞う。
「あ、え? そ、そんな、くそっ!」
痛みよりも動揺から、思考を鈍らせて状況を理解しようとする理性を押し退けて、長政は信じられない思いで、光輪剣を再び振るおうと後ろに下がりつつ、剣撃を繰り出す。
だが、無駄な攻撃であった。長政の一撃は弾かれて、隙ができると再び間合いを詰められて斬られる。
先程の拳でのやり取りを焼き直したかのような光景であった。しかも先程よりも状況は遥かに悪い。
さっきは、フレイヤの攻撃は通じなかったが、今度は通じるのだ。
激しい攻撃が繰り出されるが、結果は最悪であった。
徐々に身体に切り傷が増えていく。そして、フレイヤには傷一つない。
「なぜだ、なぜなんだよ! そ、そうだ、魔法障壁は? なんで魔法障壁も発動しねぇんだ! て、てめえイカサマしてるだろ!」
いつもならば、魔法障壁など気にすることもない長政だが、『神鎧』を透過する敵の攻撃を見て、青褪めながら怒鳴り散らす。さっきまであった余裕の笑みは欠片もない。
切り傷だらけの長政を前に、ハァとつまらなそうな溜息を吐くと、フレイヤは長政へと答える。
「3メートルの剣を操る訓練はしたのでしょうか?
スポーツチャンバラがしたいのならば、児童館に行くことをお勧めします」
長政の光輪剣は威力だけならば、たしかにかなりの威力だろうとフレイヤは推測したが、それよりも剣を振るう腕前が素人同然だと見抜いた。
たんに身体能力に任せて、高速で剣を振るっているにすぎない雑魚である。
「く、くそっ、なにがスポーツチャンバラだ。馬鹿にしやがって。俺の真の力はこんなもんじゃねぇっ!」
ハァァァと気合いを込めて、長政はさらなる力を引き出そうとする。黄金のオーラが吹き出して空間を蜃気楼のように歪める。
だが、その光景に異変を感じたフレイヤは、違和感を指摘した。
「その技、だいぶマナを消費するようですが、止めておいた方が良いですよ? ほら、黄金のマナが変な色に変わってます」
「色? そ、そんなはずは……な、なんだこりゃ!」
指摘をされた長政は慌てて、自分のオーラを見ると、紫色の瘴気のような不吉で不気味なオーラが自身の身体から吹き出していた。それは黄金のオーラを上書きして、どんどん増えていく。
「な、な、止まれっ! 止まらねえっ! な、なんだコレ、ナンダ、ダマシタナ……カラダヘンニ」
長政の身体が禍々しいオーラに覆われて、その身体が変貌していく。皮膚を突き破り、筋肉繊維が膨張していく。首が伸びていき、髪の毛が抜けて、頭部が破裂し脳が剥き出しになる。
口に十字に切れ込みが入り、パカリと開いて、すり鉢状にびっしりと生えた牙がゾロリと覗く。
腕は2つに分かれると、4本の腕となり皮膚を破りどんどん伸びていく。足が一つにくっつくと、尻尾のようになり、地を這う。
身体全体は着ていた魔導鎧を中から砕くと、肋骨が飛び出し、さらに筋肉組織が膨れ上がり包み込む。
「オデ、オデハ……グ、グギャァァァ!」
黄色く濁った瞳から理性の光が消えると、倉庫の屋根を突き破り、異形の姿となった長政は咆哮する。
「貴方は英雄失格となりました。他での活躍をお祈りしますね。そ、それではバッター交代です」
長政との戦いで見せていた冷酷なる女神の姿は隠れ潜み、再び気弱な女神へと変わったフレイヤが言う。
「これは、もしかして裏イベントってやつだったのかな?」
破壊された倉庫の影から小柄な体躯の美少女鷹野美羽が姿を現すと、長政を見て、猛禽が獲物を見つけたかのように不敵に笑うのであった。
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