160話 大晦日の女神様
「そ、そうですね。わかりやすいですよね。案内人はそこらへんに転がっていると思います」
長政たちへと振り向いて、どうでも良いような態度で、少女は辺りを見渡すふりをする。
車の陰に捕縛された案内人がいるか、それとも死体となって転がっているかは、少女の態度からはまったくわからなかった。
おどおどとしていた弱気な少女の姿はなく、その瞳は無感情であった。まるで、長政が目の前にいるのに、いないかのように淡々と答えてくる。
その異様さに背筋がゾッとするが、しかしそれこそが少女の演技であり、戦闘前の心理戦なのだろうと、長政は推察した。
まさか、踏み潰せば終わる虫けらとでも言うような目で見てくる姿が、本当の姿ではあるまい。
拳を突き出し、腰を落とし身構える。
「追手か? 俺が生きていることに気づいたのか?」
長政は自身の死の偽装がバレて、追手がかかったと思っていた。
ニヤニヤと笑みがこぼれて、戦闘の空気を感じて気を引き締める。周囲の暗がりに光る無数の赤い光が、殺意を持ってこちらを見てくるのがわかる。
追手は殺し、罠は踏み潰し、この長政様の力を思い知らせるのだ。バレているのならば逃げているはずなので、鷹野なんちゃらは殺せないだろうが、自分を捕縛、または殺しに来たのであれば、かなりの凄腕魔法使いであるのは間違いない。
倒せば、長政の力と脅威が伝わり、人々は恐怖するだろう。そして、混乱の混沌の時代が訪れたときには、皇族を倒し、貴族を屈服させて、新たなる皇帝として立つのだ。
自分の力と『ニーズヘッグ』の力があればできると、長政は信じていた。
「はぁ……えぇと、貴方はどなたなのでしょうか? 猿? ゴリラ?」
しかし予想と違い、まったく興味がなさそうに、少女はとりあえずなんだか自分を知っているような口振りで聞いてくるから答えたという反応をした。
「なっ! 俺を、俺様を待ち受けていたんだろうが! 弦神長政を捕縛しに来たんじゃないのかよ! 未来の英雄、日本を征する俺を」
羞恥と怒りをないまぜにして、怒鳴りつける長政に、なにかが心の琴線に触れたのか、少女はすうっと瞳を細めて、ようやく興味を持った色を見せる。
「英雄? そうですか……英雄なれば、話は別です。私が手を差し出す価値があるかも試しましょう」
少女が片手をあげると、ざわりと周囲の暗闇が騒ぎ出す。そうして、何者かが動き出す。
「さぁ、英雄の力を私に見せてください」
静かなる声が響き、無数の殺意の波が襲いかかってきた。
「ちっ、俺だと知らねぇ奴らか。それじゃたいしたことはねぇな」
妖しい少女の態度にどこか畏れを持ったが、その心を気のせいだと吹き飛ばし、戦意をあげて迫る敵を見据える。
地を這うように迫る敵。1メートル大の大きさで、赤い目を光らせる。その手には鎌のような物を持ち、こちらとの間合いを一気に詰めてくる。
そうして暗闇から現れたそのものの正体が目に入ってきた。
「チチチチチ」
「チチチチチ」
「チチチチチ」
ガラスを削るような音ともに、外から入りこむ僅かな街灯から、姿が映し出される。キロリと光る赤い複眼、棘のような尖った漆黒の外骨格を持ち、複数の脚がカサカサと高速で動き、前脚の鎌が鋭そうな刃を見せ、カチカチと尖った顎を動かす。
それは蟷螂であった。暗闇から怒涛の如く迫るのは、自然界には存在しない異形の怪物である魔の蟷螂であった。
「シャドウマンティスだ! 気をつけろ!」
その正体に気づき仲間が叫び、迎え撃つべく短剣を構える。
シャドウマンティスは、暗闇に潜伏して己の気配をかき消す魔物だ。闇に隠れて、襲う相手が気づく前に鎌を振り下ろし、殺害して食べる。魔法も使用して、その身体能力も高く、その力は生半可な冒険者では、正面から戦っても勝てない力を持つ。
こちらは12人。シャドウマンティスは100匹はいるだろう。蟷螂の波に呑み込まれて、骨すら残さずに食べられる。
普通の冒険者程度ならそうなったであろう。
だが、長政の仲間は普通ではなかった。
『雹礫』
先頭の男が無数の氷の礫を生み出して、シャドウマンティスに攻撃する。散弾となった氷の礫は、シャドウマンティスの外皮を突き破り、あっさりと吹き飛ばす。
『飛刃』
他の仲間が短剣を横薙ぎに振ると、数メートルはある風の刃が数匹のシャドウマンティスたちを分断した。
同様に慌てる様子もなく、魔法や武技を使い、迫るシャドウマンティスたちを仲間たちは冷静に倒していく。
「残念だったか? 予想と違ったか? この俺様の仲間は生半可な腕じゃねぇ!」
余裕を見せるためか、長政は腕組みをして楽しげに仲間の戦闘を見て自慢をしてくる。
長政は仲間、仲間と言っているが、本当は『ニーズヘッグ』の精鋭たちだ。長政が一方的に仲間と言い放ち、将来は部下にする予定と勝手に考えている者たちだ。
今回、鷹野なんちゃらを殺すべく長政が依頼されたが、長政のフォローのために、監視カメラの無効化や、魔法感知の魔道具を破壊するべく同行した者たちである。
『ニーズヘッグ』の暗殺部隊の精鋭という触れ込みで、長政に同行したが、その力は下級貴族を魔力でも、練度でも上回る。
シャドウマンティスが闇の弾丸を放ち、間合いを詰めて鎌を振っても、防御壁を作り闇の弾丸は受け止めて、振るわれた鎌は短剣であっさりと弾き返し、切り返して反対にシャドウマンティスを切り裂いていった。
「そうなんですか。それでは私も少し力を見せます」
次々と倒されていくシャドウマンティスを前に、動揺することもなく、平静な表情で少女は再び片手を軽く振る。
『魔物統率』
「踊りなさい。可愛い私の愛し子たち」
ガラス玉のような無機質な光を瞳に宿し、少女が感情を感じさせない声音で告げる。
がむしゃらに敵へと迫ろうとするシャドウマンティスたちの身体が仄かに光る。
「ん? 強化魔法か? 気をつけろ、多少強くなる可能性があるぞ!」
「多少強くなったところで、我らの敵ではない!」
シャドウマンティスの身体が纏うマナのオーラが僅かに大きくなったが、それでも遥かに自分たちの方が魔力は上回っていると、余裕を崩さない。
『雹礫』
男の一人が氷の礫を再び作り出す。その数は32個。鋭き氷の礫がシャドウマンティスに向かって放たれる。
先程までは、簡単に身体を貫き吹き飛ばした魔法だが、シャドウマンティスたちは足を止めて、翅を広げる。
「チチチチチ」
「チチチチチ」
「チチチチチ」
「チチチチチ」
『闇弾』
『闇弾』
『闇弾』
『闇弾』
それぞれのシャドウマンティスたちが10個ずつの闇の弾丸を撃ち出す。空を飛び、闇の弾丸は飛来する氷の礫へ正確に命中していき、その全てを撃ち落とし、残る8発が魔法を使った男へと振りかかった。
「な! がはっ」
魔法障壁がなぜか貫かれて、男は鎧を破壊され、たたらを踏む。敵の行動に驚愕して体勢を立て直そうとする男だが、その顔に影が落とされる。
「チチチチチ」
3匹のシャドウマンティスが影から現れると、男の足を切り、地に落ちていき無防備となった首を2匹が同時に鎌を振るい切り落とした。
「ランティ! おのれっ!」
隣の男が仲間が倒されたことに、憤怒の表情となり短剣にマナを込める。
『飛刃』
短剣を振るい、魔力の刃をシャドウマンティスへと振るうが、シャドウマンティスたちも鎌を振り上げてくる。
「チチチチチ」
『闇刃』
3匹のシャドウマンティスたちは、その鎌に闇のオーラを纏わせて、迫る魔力の刃に同時に斬りかかる。魔力の刃はシャドウマンティスよりも遥かに魔力が上であったが、3匹同時の迎撃には耐えきれずに霧散した。
「こ、こいつらっ」
自身の魔法が打ち破られたことよりも、シャドウマンティスたちの連携した動きに目を剥き驚く男に、さらに他のシャドウマンティスたちが襲いかかり、連撃を繰り出すと肉塊に変えていった。
「い、いかん! こいつら、先程と動きが全く違う、気をつけ、ガッ」
短剣で迎え撃とうと鋭き剣撃を繰り出すが、シャドウマンティスは鎌を合わせるように振り、カキンと弾き返す。
そうして他のシャドウマンティスが、腕を切り裂き、よろめき動揺する男の胴体を貫く。
「こ、こいつら、一匹の魔物のように」
最後まで言葉を口にすることもなく、漆黒の魔物が足を狙い、腕を切り裂こうとして、首を刈ろうとしてきて、漆黒の剣閃がいくつもの軌跡を残していって、次々と攻撃を受けて、対抗することもできずにバラバラとなり倒される。
「つ、強い」
「逃げ、ギャッ」
「味方を盾に……」
仲間たちはなんとか対抗しようとするが、シャドウマンティスたちは倒されても、しがみつき動きを止めようとして、魔法は死骸を盾にして防ぎ攻撃を続ける。
シャドウマンティスの力は多少上がっただけだ。しかし、その行動は優れた兵士の連携を上回り、まるで機械のように、敵の隙を作り出し、防御を突破して、倒していく。
精鋭たちが倒されていくことに、長政も驚きを隠せなかった。たしか虎の子の暗殺部隊と呼ばれていたはずだ。
だが、その精鋭はシャドウマンティス如きに倒されていった。
「なんだ……。やるじゃねぇか。もしかして『ソロモン』の幹部か?」
だが、驚きはしたが、長政は余裕を崩さなかった。味方が次々と倒されていっても、自信ありげな態度で少女を睥睨する。
「チチチチチ」
仲間の全員が倒されて、シャドウマンティスたちが、長政に群がり襲いかかる。長政の姿がシャドウマンティスに覆い尽くされて、蠢く漆黒の塊となる。
「だが、俺様には無駄、無駄、無駄だあっ!」
長政の咆哮と共に漆黒の塊から、黄金の光が溢れ出す。
『神気爆発』
黄金のオーラが吹き出して、漆黒の塊を吹き飛ばす。強烈な閃光が暗闇を切り裂き、爆発し辺りを照らし、爆風が吹き荒れてシャドウマンティスたちは光の中に消えていった。
「クククク。皇族の力、『真の覚醒』をした俺様の初戦だ。ド派手にいこうじゃねぇか」
爆発が収まった後に、のそりと現れたのは、黄金のオーラを纏う長政であった。
髪の毛も瞳も、その全てが黄金に煌めいている。
強大な力を宿し、長政はクックと嗤い、挑発するようにクイッと手を招くように振る。
「てめえじゃ俺には敵わねぇ。さぁ、かかってきな」
余裕の態度を見せる長政に、フレイヤはようやく微かに笑みを浮かべて、興味を持った。思念を受けて、ふんふんと頷く。
「原作ストーリーではなかった? ゲームではなかった展開? そうですか、それは面白そうですね」
ようやく歯応えのある者が現れたかと、フレイヤは長政へと身体を向ける。
「いいでしょう。それでは英霊を選別する女神『フレイヤ』が相手をしてあげます」
フレイヤは美しい花のような笑みを浮かべて、長政へと告げるのであった。




