155話 正月の準備なんだぞっと
四日後である。12月30日、ついに明日は大晦日だ。
無事に英霊がパパに雇用されて、ひとまず安心と、ダウンジャケットを着込んだもこもこみーちゃんはお庭にいた。
ぺったんぺったんぺったんこ〜と。胸のことじゃないよ。
お正月に向けて、餅つきをしているのだ。餅つきって、前世では町内会が公園で餅つきイベントをしていたものだけど、この世界も変わらないらしい。
杵を手にして、ぺったんこ〜。
「はいっ!」
「たあっ」
杵はみーちゃんには重いので、闇夜ちゃんと一緒に臼をついている。ぺったんこ〜と。
相変わらず、みーちゃんは『戦う』を選択しないと身体強化できないので、闇夜ちゃん頼りだ。闇夜ちゃんは、満面の笑顔でみーちゃんの手を握って杵を振っています。違った、杵の柄を握ってます。
「みー様と一緒にお餅つきができて良かったです。クリスマスはお会いできなかったので、とっても悲しかったんです」
黒髪の美少女は、ニコニコと笑いかけてくるので、頷いて微笑み返す。
「プレゼントありがとうね! ……とっても嬉しいよ!」
闇夜からのプレゼントも縫いぐるみだったのだ。縫いぐるみはいくら増えてもまったく構わないので、嬉しかった。
少し躊躇ったのは、縫いぐるみがデフォルメされた2等身闇夜人形だからだ。可愛らしいけど、よく作ったよね、この人形。手縫いらしいよ。
ちなみに、闇夜の所には2等身のみーちゃん人形も置いてあるらしい。ううーん、この歳なら友だちの縫いぐるみを作るのは普通なのかな?
「縫いぐるみだったよね〜。ニシシ〜、玉藻人形貰ったんだ! デフォルメされた可愛らしい人形だったよ。狐っ娘モードで可愛かった!」
臼の隣に座る玉藻が、サイドテールをぶんぶん振って、嬉しそうにする。どうやら玉藻も縫いぐるみを貰ったらしい。
なるほど、謎は解けた!
「闇夜ちゃん、プレゼント間違えたでしょ? 本当は私の人形を渡してくれる予定――」
「間違えてませんよ?」
「またまた〜、恥ずかしがらずに間違えちゃったって」
「間違えてませんよ、みー様?」
「あ、はい……」
恥ずかしがっちゃって、間違えたけど認めたくないのか。まぁ、あるあるだよね。しょうがない、間違えたと正直に言う時まで、大切にとっておくよ。
「そいや!」
「ほいさ!」
息の合ったコンビネーションで、餅つきはすすむ。玉藻は素早く餅をひっくり返して、水をペシッとかけていく。
最初は蒸かしたただの餅米が、みるみるうちにお餅らしくなっていく。なんだか感動だ。餅を作っているという嬉しい気分になる。
鷹野伯爵家は、総出でお餅つき中だ。たくさんの杵と臼がズラリと並び、皆がえっさほいさと餅つきを楽しんでいる。
「頑張って〜。きな粉にあんこ、醤油にバター、もちろん海苔も用意してあるよ〜」
臼の隣に座るナンちゃんが、みーちゃんたちの餅つきを応援する。その手には小皿とお箸を持っていて、ワクワクとした瞳で見つめてきていた。
「コンコンッ」
「キャンッ」
「ワフワフ」
その隣には頭にコンちゃんを乗せたゲリと、フレキがお座りしている。
子犬化して、もはや野生を忘れたのか、尻尾を千切れんばかりに振って、つぶらな瞳を向けてきて、なんか食べ物だよね? くれる? くれる? と期待をしている。
ごめん、お餅は子犬にはあげられない。お餅ができたら、僕にもちょうだいと飛びかかってきそうだなぁ。君たち、神の眷族じゃないの? もう子犬にしか見えないんだけど。
「うーん、できたら教えて〜………。ぬくぬく〜」
芝生の上で寝そべって寝ているグーちゃんのもこもこの背中に乗って、丸まって、眠そうな声でセイちゃんが言う。おやすみなさいと、目をつむっていたりもした。
暖かそうだなぁ。みーちゃんも後でグーちゃんの背中に乗ろうっと。
「同じ水魔法使いですよね? エルフって初めて会いました!」
キラキラと目を輝かして、青髪のホクちゃんは隣で餅つきをしている人へと話しかけていた。
ホカホカのお餅が完成したので、ナンちゃんが手際良く皿に乗せてテーブルへとてこてこと持っていく。
額に薄っすらとかいた汗をタオルで拭き、闇夜が隣へと視線を向ける。
「あの方が新しく雇った護衛なんですか、みー様?」
「うん。水野ニムエさんと、木立に佇むのが山手ガモンさん。屋敷に防御符を仕掛けているから、今はいないけど奥さんの山手マツさん。巫女さんだよ! 皆凄腕だよ!」
「あの侍は凄腕に見えますね。立ち姿に隙がありません」
「身だしなみに隙があったから、パパに注意されていたけどね。無精ひげを剃らされてたよ」
ツルツルと顎が気になるのか、ガモンは手で撫でている。うん、無精ひげは駄目なんだ。小説の世界だから、別に良いのかなぁと思ってたら、普通に駄目だった。
「それはみー様のお父様らしいですね。もう一人は……あれですか?」
蘭子さんと組んで餅つきをしているニムエへと顔を向ける。
「ああっ! なんで水を全て入れてしまうんですか!」
「面倒くさくなったんです。それに全部いっぺんに入れたほうが、合理的ですよ」
「餅米がべしゃべしゃになっているのが見えないんですか!」
「あれぇ? 本当ですね。これがお餅になるんですか?」
「なるわけ無いでしょう! お粥になってますよ!」
蘭子さんがとても大変そうである。お餅をひっくり返して、水を入れる相方にニムエを選んだのは失敗だったようだ。
ニムエはご主人様の護衛はメイド服ですよねと、メイド服を着込んでおり、メイドの仕事を蘭子さんから教わっている。
なので、今回の餅つきの相方に蘭子さんは選んだのだろう。絶叫しているけど。
臼の中身がどうなっているのか、大体想像できるよ。
「あの方は、そこまで腕の良い護衛には見えません。なんというか、強者のオーラを感じないのです」
マヌケな姿を見せるニムエに、ジト目を向ける闇夜。わかるわかる確かに全然腕の良い魔法使いには見えないよね。
「確かに少しドジっ子だよね」
困惑する闇夜が見つめる中で、ニムエは臼に手を翳していた。
「大丈夫です。このニムエにお任せください」
『水抽出』
餅米から水が流れ出てきて水球になると、芝生へと落ちていった。
「凄い! 水の魔法ですよね! 私にも教えて!」
「ああっ! ただの乾いた餅米になりました!」
「ザラザラしてますね、これがお餅になるんですか?」
実にポンコツなところを見せるニムエである。蘭子さんが可哀相になってきたよ。
「でも、あれで腕は良いよ。マティーニの人たちがあっさりと倒されたし」
「そうなんですか………」
「楽しそうな人だよね〜。退屈はしなさそう」
うーんと困惑する闇夜。ケラケラと楽しそうに腹を抱えて笑う玉藻。
確かに退屈はしないよ。それに彼女は有能だ。あれで料理も掃除もバッチリらしい。時折、ドジなところを見せるらしいけどね。
それに9英霊最強だ。みーちゃん護衛杯では、圧倒的な強さを見せた。なんでゲルズに負けたのかわからないレベルだった。水と植物では相性が悪かったのか、他の理由があったのか知らないが。
「みんなぁ〜。お餅できたよ〜。つきたてもっちもち〜」
ナンちゃんが手際良くお餅を小分けにしており、相変わらずのんびりとした声で言ってくる。
「つきたてのお餅を食べるのは、お餅を作った人だけの特権………」
ぱちくりと目を開き、のそのそとセイちゃんもグーちゃんから降りてきた。おやつと聞くと、ちょうど良く目を覚ます少女である。作ってないでしょ、セイちゃん。良いけどさ。
寒空の下での餅つき大会なので、妊娠中のママはいない。パパは新年会の準備を風道お爺さんとしているらしい。大変そうだ。
「私、醤油と海苔!」
「みー様と一緒にします」
「玉藻はきな粉〜」
つきたてのお餅だ。去年までは真空パックのお餅だったから感動だよ。小さく小分けされたお餅に海苔を巻いて、醤油をちゃっとつける。
むにーん。ホカホカで柔らくとっても美味しい。
「全種類〜」
ナンちゃんは用意した付け合わせをすべて使うらしい。もちろんお餅は一つではない。むしゃむしゃと食べっぷりがとても良い。セイちゃんは眠そうな眼で、ぺとペととまんべんなくあんこをお餅につけていた。ホクちゃんはまだニムエたちのそばにいる。
「お餅つきの機械があるらしいですよ、ほら、これです蘭子。今から買いにいきましょう」
「知ってます! 手作りが鷹野家の伝統なんです!」
この間買ったスマフォを蘭子に見せて、得意げなニムエ。しばらくあのチームは餅を食べることはできなさそうだ。
「美味しいよ、コンちゃんは駄目だよ〜」
「わわっ、子犬にはあげられませんよ」
小狐のコンちゃんが玉藻の肩に飛び乗り、頬ずりしてきて、闇夜の前でゲリとフレキがお座りして尻尾を振って、お餅をちょうだいとプレッシャーを与えていた。
ほのぼのとした光景だなぁと、ほんわかと心が暖まる。こういったことは前世ではなかったな。仕事、仕事で、心が暖まるような楽しいことはなかった。
「はい、みー様。あーん」
「あーん」
闇夜が差し出してくるお餅に、パクリとかぶりつく。きな粉のお餅は独特な甘さがあって美味しい。闇夜はみーちゃんがモキュモキュと食べるのを見て、ほにゃあと顔を緩めていた。
「エンちゃん、あーん」
「あーん」
玉藻も差し出してくるので、雛のように食べる。ピーピー。
てへへと、嬉しそうにはにかむ玉藻。
平和だなぁ〜。
「それじゃ、パパとママにお餅持っていくね!」
パパとママ、それに風道お爺さんの分をトレイに乗せると、周りへと言う。みーちゃんが作ったつきたてのお餅を食べてもらわないとね。
行ってらっしゃいとの声を背に、屋敷へとぽてぽてと向かう。
ママは符の仕掛けが終わったマツさんとお茶を楽しんでいたので、笑顔で渡す。美味しいわと褒めてもらい、とっても嬉しかったので、うさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら、パパの所へと向かう。
そうして廊下を歩き、執務室が目に入ってきたところで話し声が聞こえてきた。
「顔写真付きの最新貴族年鑑……よくこれを手に入れることができましたね?」
「当たり前だ。芳烈よ、取引先のみの顔を覚えればよいのではない。自分を知っていると思い込んで話しかける輩もいるんだ。それにパーティーで見慣れぬ奴がいたらすぐに気づける」
「これだから貴族というのは………」
パパと風道お爺さんの会話だ。パパはうんざりとした声で、疲れていそうだった。
みーちゃんが癒やしちゃうよと、ドアをノックしようとするが、続いて聞こえてくる内容にぴたりと止まる。
「それと鷲津嘉隆には気をつけろ。この間のクリスマスパーティー時はおかしな態度だった」
「そうですね。当主主催のパーティーで、あれだけ目立つ反抗の仕方は少しおかしい」
「うむ……悪目立ちするだけで、得することなど何もない………新年会の招待状を鷹野家の分家の一部へと送付しているとも聞いている」
「そんなことが? でも当主主催の新年会の招待状を私も送っています。出席する者はいないでしょう」
「そうだな。だからこそおかしいのだ。護衛を増やしておけ」
「……わかりました。それに、こちらでも対処は考えますよ」
「ほう……良いだろう。お前のお手並みを見せてもらおうではないか」
酷く物騒な話だな。確かに風道お爺さんの言うとおりだ。鷹野家の隆盛が始まろうとしているのにおかしい。
フリッグお姉さんはなにか掴んでいるだろう。
「パパ、お餅持ってきたよ!」
トントンとドアをノックして声をかける。
とりあえずは、つきたてのお餅をパパにも食べてもらわないとね。
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