154話 英霊の護衛なんだぞっと
「ええと……鷹野芳烈です。美羽がお世話になっております。マツさんは旅館の女将さんだったのでは?」
自己紹介をしたマツを見ながら戸惑うパパ。まぁ、観光先の旅館の女将をしていたからね。戸惑うのもわかるわかる。
「はい、そのとおりです、鷹野様。私はあの時、師より護衛任務ができるかの訓練を受けていました。美羽様の屋敷を守ることができるかの訓練です」
「えぇと、あそこは『ガルド農園』の旅館じゃ……そうか、ドルイドの魔法使いさんも手を貸しているのですね」
巫女服を着たマツは、はいと微笑み優雅に頷く。大和撫子を体現したような美女だ。
パパはマツの返答にピンと来たらしい。
「『ガルド農園』の土壌などの理由はここにあったのですか……なるほど、理解しました」
秘密は隣にちょこんと座って、足をぱたぱたと振る可愛い娘なんだけどね。みーちゃんはニコニコと笑顔で何も言わないよ。
「ご明察のとおりです。勘違いされやすいのですが、俗世を離れて暮らす魔法使いや魔女にはパトロンがいます。魔法の研究には、大金がかかりますので。師のパトロンの一人が『ガルド農園』の出資者の一人なのです」
胸に手を当てて、微笑みながら話すマツだが、これは本当っぽい。少なくともオーディーンのお爺ちゃんはパトロンがいなくちゃ暮らしていけない。
フリッグお姉さんが稼いで、お爺ちゃんが湯水のように金を使い、魔道具や貴重な書物、高価な機械などを買い集めているからね。魔法使いの研究にはとにかく金がかかるものらしいよ。
「私は護衛任務にふさわしいと合格を受けた者です。旅館の女将をしている間、何人の侵入者を捕縛したか、覚えきれないほどです」
「そんなに? まだ三ヶ月も経っていないですよ」
まさかのマツの発言に目を見開くと、パパは驚きの声をあげる。懸念はしていたが、まだまだ大丈夫だと考えていたのだ。
「鷹野様はこう言ってはなんですが、少々危機感が足りないかと。あの地はわかりやすい金のなる木です。騒ぎを起こして、問題視させようとする者から、秘密を盗もうと倉庫に忍び込む者、あるいはドルイドたちを誘拐しようとする者など、感心するほどに侵入者は多かったのです」
「なんてことだ! 私は問題はないとしか報告を受けていません!」
椅子から立ち上がり、血相を変えるパパだが、やんわりとマツは宥める。
「はい。全て対処済みなので問題はないと報告されていたのでしょう」
「そうなのか……ありがとうございます。私も鎌倉を管理する者です。今後警備を増強しましょう」
素直にありがとうと、口にできるパパかっこいい。下手にプライドがあると、怒ったり不機嫌になる人も世の中にはいるのだ。
「鷹野殿の護衛にも危機意識は低すぎるでござるな。拙者が刀を下げているのに、預かりもせずに当主の前まで案内するとは、気がしれん」
「うっ! そ、それは……当主様のお客様だと聞いて……」
壁際に立っていた護衛たちは、ガモンに非難されて口籠る。その責める目つきに、怯みを見せてしまう。
そうなのだ。ガモンは刀を下げているのに、護衛は預かりもせずに通しちゃったんだよね。
これは『魔導の夜』の世界設定の弱点の一つだ。護衛は案山子のように後ろに立ち威圧する。で、侵入者に気づかないとか、いきなり護衛対象がお客に斬りかかられて、騒然となる。
うん、小説やアニメではよくあるパターン。テンプレだよね。と、テンプレで済まされるとパパたちの命が危ないのである。
なぜ、こんなことになっているのか、自分なりに推察したけど、多分この世界の重要人物は、護衛よりも強いからではないだろうか。
偉い人はだいたい強力な魔法使いだからね。
だからこそ、お客様が刀を持っていても、護衛対象が初撃は防ぐと考えて、その後に守れば良いと思っているのでは……。恐ろしい考えだけど。護衛舐めてんのかと、声を大に言いたい。
夜に侵入されるのは、ゲノム兵だからだろうと、考えを放棄した。確かに『姿隠し』を使われたら、『魔法感知』の魔導具では気づけないんだよ。
それか『姿隠し』をしていても、気配を察知できる強者……。即ち護衛対象しか気づけないわけ。
現実に照らし合わせるとこんな推察ができた。金剛お姉さんが『魔法感知』の魔導具を大量に屋敷に設置したのは、そういう意味なのだ。
そして『魔法感知』の魔導具は決まった波長のようにマナを薄く広げているから、回避しやすいらしい。
駄目だこりゃと、金剛お姉さんたちには悪いけど、既存の護衛には期待するのは止めて、英霊たちを呼んだのだ。
「鷹野様。私は陰陽師として、多少腕に自信があります。夫のガモンは刀と土魔法を使用できますので、お屋敷の警護にお役に立てるかと存じます」
「はいはーい。そして、リーダーたるこのニムエはもっと腕に自信があります。というか、そろそろ私が話しますので、マツは下がっていてください。優勝者は私ですよ?」
おっとりとした口調で告げるマツを、ピコピコと笹のような耳を動かして青髪の美女は、不満そうにグイグイとマツたちを押し退けた。
「ええと、ニムエさんは、エルフのドルイドさんですか?」
「いえ、私は家門がエルフで、アダッ、違いました。ドルイドのエルフです」
パパがニムエの耳を見て問いかけると、素直に答えようとして、脇腹をマツが肘打ちした。とっても痛そうである。
そして、ニムエの頭もとっても痛そうである。裏切らないのと、口が滑るのは別問題なのではとの恐れが、現在みーちゃんの心に生まれてるんだけど、大丈夫かなぁ。
「もう、痛いですよ、マツさん。駆け落ちしたあなたたちは、イダッ、痛いですよ!」
「ほほほ、申し訳ありません。何でもありませんので、気にしないでください」
個人情報を漏らそうとするアホなニムエに、高速肘打ちをするマツ。ガモンは額に手を当てて嘆息している。
「あ〜……皆さん複雑な事情がありそうですね……」
ほら見ろ、パパは苦笑して困り顔になり、ママは駆け落ちなのかしらと、思案顔だ。
「あの……。もしかして結ばれない家門同士の方たちだったのですか? 大恋愛をしてロミオとジュリエットみたいに、最後は奇跡の蘇生魔法で復活させたあとに駆け落ちを?」
思案顔じゃなかった。興味津々の顔だった。ちなみにこの世界のロミオとジュリエットは魔法が関わっているので、エンディングが違います。
「こほん。それはまた今度ということでお願いいたします」
恥ずかしそうに頬を赤らめるマツ。そうですねとパパが苦笑混じりに頷き、手を組み合わせて、テーブルに乗せると真面目な顔になる。
「貴方たちが、おでん屋さんのお弟子さんということは分かりました。ですが、申し訳ありませんが、信用できるかと言われると、会ったばかりですので、難しいとお答えするしかありません」
当然の帰結であった。まぁ、ここでハイわかりましたと護衛に雇用するのも危機意識がなさすぎだもんね。
「それは当然だと思います。その答えはですね……えぇとですね、そのですね、少し待っていてください!」
ニムエはフフッと笑うと、ポケットから手帳を取り出して、ペラペラと捲り始めた。
なんだろうと疑問に思ったが、『こようについてのもんどうしゅう』と表紙に書いてあった。
素晴らしい、事前準備万端だ。殴っても良いだろうか。
「ちょっと待ってください! えぇと、どこでしたっけ。目次をつければ良かった!」
「代わりに私が話します。鷹野様、美羽様との契約は済んでおりますので、ご覧になって頂ければ」
四つ折りにした紙を、机にスッと置くマツ。それはどこらへんに書いてありますかと、涙目になって、マツの裾を引っ張るニムエ。素晴らしい、警戒心ゼロにパパとママがなってるよ。可哀想な娘を見る目に変わったよ。演技だよね。そうだと言ってよ、パトラッシュ。
「拝見させて頂きます………。これは! この条件ではとてもではないが無理です。一人につき契約金1000億円を前払いなんて!」
手渡された紙を見て、驚愕の声をあげるパパ。隣でママが金額を聞いて、息を呑む。確かにちょっぴり高いかもね。
だが、ガモンは肩をすくめて、動じない。
「しかしながら、拙者らはもう美羽様から受け取ってしまったでござる」
「一人1000億円をですか?」
信じられないと、パパが目を向けるが、3人ともコクリと頷く。
「その条件をよくお読みになってください。1000億、またはそれに代替する物と書いてあるはずです」
「代替………回復魔法ですか!」
すぐにマツの言わんとしたことに、ピンとくるパパ。さすがはパパ、頭いい!
「そのとおりです。私たちは皆それぞれ美羽様の最高回復魔法にて、死んでいるはずだった命を救って頂いているのです。そして、私たちは自身の命に1000億円の価値があると自負しております」
「我ら、雇用して頂けなければ、1000億円の借金を負うことになり申す。そこは勘弁して頂きたい」
ニヒルに口を吊り上げて、ガモンが言うのを聞いて、パパはみーちゃんへと顔を向けてきた。
「この人たちは信用できるのかな、みーちゃん?」
「うん! 信用できるよ! だっておでん屋のお爺ちゃんの弟子で、私の兄弟子だもん!」
ニパッと笑顔で、フンスと頷く。ニムエの頭以外は信用できるよ。今の会話は何ページ目ですかと、探しているエルフ娘の頭以外は。
「美羽様が稀有なる回復魔法の使い手と知った師は、その力を悪用されないようにとのご懸念もあり、私たちを送り出しました。専任でなくても、雇用して頂ければ、これほどの喜びはありません」
マツのお願いに、少しの間、考え込むパパだが、ため息を吐くと頷いた。
「専任とはいきませんが、わかりました。家の者たちと共に護衛をして頂きたい」
「ありがとうございます、鷹野様。お館様に忠誠を誓い、何人たりとも指一本触れさせません」
「拙者らを雇って良かったと、きっと思ってもらうように粉骨砕身の気持ちで働くでござる」
「えぇと、月給がこの契約書には書いていないんですけど、どうしようかな」
深々と頭を下げるマツとガモンを見て、パパは月給を決めないとと考える。
「そうですね。それでは後ろに立つ護衛5人分でいかがでしょうか?」
『霧睡眠』
最後の一人、ニムエは先程のアホな姿ではなく、冷徹なる表情で指を鳴らす。
抵抗する様子も見せずに、護衛たちは崩れ落ち、寝息を立て始めた。
ニムエはくるりと身体を回転させると、透き通る表情を浮べて、悪戯をする妖精のようにクスクスと笑う。
「このニムエ。対人戦では最強を自負しております。美羽様を、いえ、ご主人様を守る最高の人材だと、教えて差し上げます」
美しく微笑む湖畔の魔女ニムエがそこにはいたのであった。
護衛たちはいきなり寝かされて、かすり傷を負ったけどね。護衛というか、マティーニのおっさんパーティーなんだけどね。
後で、マティーニのおっさんたちに、ペコペコとニムエは謝っていました。




