150話 クリスマスがあって良かったぞっと
ジングルベール、ジングルベール、鈴がなーる。
もこもこおヒゲに、赤白サンタ服。お決まりのサンタさんが出現である。最後にサンタの帽子をかぶって完成だ。
「子供にプレゼントを贈るお爺さん。その名もサンタクロース!」
左手を腰にあてて、右手を斜め上へとピッと伸ばし、両足を構えてハイポーズ。
12月25日クリスマスの日、自室にて世界最高のサンタクロース鷹野美羽が爆誕した瞬間であった。
前世の経験を活かして、サンタクロースを演じちゃうぜ。前世でサンタコスしたことないけど、フィーリングで大丈夫だろう。
灰色髪を靡かせて、深い蒼色の瞳を輝かせて、ふんすふんすと鼻息荒く小柄な少女はドヤ顔になった。
背負う白い袋も用意してある。中身はお菓子セットの詰め合わせがたくさん入っているのだ。
『魔導の夜』の世界は魔法のある世界だ。なので、奇跡は身近にある。だから、前世でのキリスト教や仏教という大宗教団体は、世界に広がる大団体というわけではない。
魔法があると、神や仏の奇跡も単なる魔法の一つで、天使降臨とかも召喚魔法の一つ扱いにされるからね。民衆に敬われる原因の一つがなくなっちゃうんだよ。
殆どの回復魔法使いは神の力を借りてないしね。宗教団体が回復魔法使いを囲おうとしても、為政者がそれを許すわけがない。なので、勢力圏は意外と狭い。
だが、クリスマスなどのテンプレイベントを原作者が逃すわけがない。
自分が作った世界観を無視して、クリスマスや正月は普通に日本魔導帝国にイベントの一つとして流行っているのだ。
ちなみに恵方巻きとハロウィンは無かった。『魔導の夜』が出版されていた頃は、まだまだ恵方巻きとハロウィンはマイナーイベントだったからね………。
というわけで、ワクワクのクリスマスは存在しているので、みーちゃんは張り切っているのだ。
「よし、それじゃパーティーに招待した人たちに、みーちゃんサンタがお菓子のプレゼントを配りにいくぞ〜!」
しゅっぱーつと、手をあげてぽてぽてと自室を出ようとする。
だが、身体が浮いて自室へとふよふよと戻されてしまった。
「もしかして『浮遊』の呪文を無意識に使っちゃった?」
「違います、お嬢様。今日は駄目です。ちゃんとしたドレスを着て頂きます」
みーちゃんの専任侍女さんである、黒髪ショートヘアーの森蘭子さんが、反論は許さないという厳しい瞳で見てくる。
「え〜! お小遣いを使ってサンタクロースの服を買ったんだよ!」
「わかっています。なので、一度は着させて満足して頂こうと見逃しました」
「サンタクロースみーちゃん、可愛いよね?」
周りに詰めている他のメイドさんたちへと、くりくりおめめを潤ませて、声をかける。なぜだか知らないけど、蘭子さん以外に5人も今日はいるんだよ。なぜだか知らないけど。
「お可愛らしいです。ですが今日はこちらをどうぞ」
「お母様が用意してくださったドレスですよ」
「このティアラを付けると、王女様みたいで皆が見惚れます」
メイドさんたちは肯定してくれたあとに、ドレスを押し付けてくる。普通のワンピースとかではない。前世では、漫画の中でしか見たことのない豪奢なドレスだ。
「はい、ではバンザーイ」
「バンザーイ」
蘭子さんが手をあげるように言ってくるので、素直に手をあげる。そうしてサンタクロースみーちゃんは、あっという間に終了となった。
「きゃー、お肌艶々ですね!」
「髪も絹のように艶々です」
「髪も後ろで纏めましょう」
興奮したメイドさんたちが群がってきて、フリフリドレスを着させられて、山ほどのアクセサリーを身に着けさせられる。
銀のティアラに、大粒のダイヤモンドを中心にあしらったネックレス。下品にならない程度の小粒の宝石がついた腕輪。
あっという間に、みーちゃんお嬢様バージョンに変身である。
「おー、とっても可愛らしいね!」
姿見の前で、クルリンと回転してスカートをフワリと浮かせて、変身したみーちゃんに感心してしまう。さすがは世界一のモブな美少女だね。
ふふふ、さらにみーちゃんはまだ変身を2回残しているんだよ。お昼寝モードと、前世モードだ。前世モードはいらないと、紳士諸君は反対するかもしれないけど。
「はい。とっても可愛らしいです、お嬢様」
口元に小さな手をあてて、むふふと微笑むみーちゃんに、可愛らしいですと、メイドさんたちも同意して、やりきったぜと全力で試合を終えたような充足感に満たされた顔で、パチパチと拍手をしてくれる。
みーちゃんは本当に可愛らしいな。紳士諸君よ、ノータッチでよろしく。写真集は発売されるかは不明だぜ。
「それじゃ、パーティー会場に行ってきまーす!」
「担いでいる袋は置いていってくださいね」
さり気なく袋を担いで、部屋を出ようとしたが止められてしまった。
解せぬ。
鷹野伯爵家へと引っ越しして、初のクリスマスである。今までは、おうちで家族だけでパーティーをしていた。ママの作る鶏の唐揚げはジューシーで最高だったし、手作りケーキは至高の一品だった。
キャッキャッとクリスマスを楽しんだものである。仲の良い家族最高だよね。
しかし今年からはパーティーをするらしい。貴族って面倒くさい。後でこぢんまりとした家族だけのパーティーをする予定だけどね。
屋敷をぽてぽてと歩いて、パーティー会場に向かう。当主専用の扉があるらしく、そこから入る予定だ。
吹き抜けの2階の大扉から、パーティー会場に入ってみんなが見えるように、階段を降りるんだと。マジかよ、本当にそういう設計の建物あるのね。
「とっても可愛いよ、みーちゃん」
「本当、お姫様みたい」
「えへへ、ありがとう!」
扉の前に立っていたパパとママが、みーちゃんの姿を見て、嬉しそうに褒めてくれる。
はにかむように微笑んで、二人の間に入り、手を繋いで準備オーケー。ママのお腹はかなり大きくなっているので、階段を降りられるか不安だ。
回復魔法をかけると副作用が怖いから、幸運が上がる気休めの魔法をかけておこう。
『祝福』
ママの身体に銀色の粒子がパウダーのように降り注ぐ。幸運が上がり、クリティカル率アップやドロップ率アップなどが有ると言われている聖魔法だ。
検証されたが、効果は微妙でよくわからないと、検証班は攻略サイトで記載していたけど、こういうのは気休めでも良いんだよ。
「あら? この魔法はなぁに?」
「うんとね、幸運が上がる魔法だよ。ママの身体が大丈夫なようにってかけました!」
「あら、ありがとうね、優しいのね、みーちゃん」
「えへへ〜」
褒められたので、小柄な身体をくねらせて、テレテレみーちゃんだ。よし、これから出産までは毎日かけよう。
フンスと決意したみーちゃんを微笑ましそうにパパが見ていたが、真剣な顔になる。
「それじゃ、行くよ」
「はい、あなた」
「うん!」
そうして、扉の向こうから司会者が鷹野家のご入場ですと告げるのが聞こえてきて、ゆっくりと大扉が開き始める。ご入場って、新郎新婦かよと、ツッコミを入れたいけど我慢だ。
控えの間よりも、パーティー会場は眩しくて、思わず目を細めてしまう。パパとママが繋いでいる手を強く握りしめてきて、緊張していることが伝わってくる。
『光源』の魔法が付与された魔法の宝石が散りばめられた黄金のシャンデリアが広間を隅々まで明るく照らす。
毛足の長い絨毯が敷かれて、壁際にはずらりとテーブルが並び、和洋中の様々な料理と、専任のコックや板前が立っている。
温かい料理は、コックがその場で最後の仕上げをして、お客に手渡している。ローストビーフの塊を分厚く切っており、とっても美味しそうだ。最初に向かう場所は決まったね。
板前はケースから寿司ネタを取り出して寿司を握り、中華料理は蒸籠が湯気を吹いている。デザートは芸術品のように凝っているケーキを始めとして、アイスやドーナツ、お饅頭や最中なども並んでおり、全種類制覇は気合を入れないと難しそうだ。
ウェイターたちが銀のトレイに乗せた飲み物を運んでいたり、食べ終わった小皿を片付けたりと忙しそうだ。
目を奪われるほどの、豪華絢爛なパーティー会場がそこにはあった。これ、自宅でのホームパーティーの括りに入るんかな。
だが、パパとママが緊張したのは、この豪華絢爛な料理や内装に対してじゃない。
老若男女、大勢のお客様がみーちゃんたちを見にきているからだ。
これが好意的な優しい視線だけなら別に良い。
だが、そうじゃないと、俺はすうっと目を細める。
7割近くの招待客は好意的な表情だ。パパとママのお友だちは、みんな良い人ばかりである。笑顔で手を振ると、微笑ましそうに手を振り返してくれもする。
しかし、仕事上の関係で招待した客は違う。もちろん好意的な人もいる。
だが、値踏みをするように見てくる奴。明らかに蔑んだ表情の奴。妬み嫉み、様々な感情を持った奴らの視線が刺さってきた。
上等なスーツを着込む男たち。宝石で飾りつけ、絢爛なドレスに身を包んでいる女たち。どんなに立派な服装でもその下品さは隠せない。
クリスマスに招待するには、ドレスコードならぬ、ヒューマンコードがなっていないぜ。悪意を持っている奴らは特にな。
だが、ここで厳しい態度をしてはならない。頭の良い所を見せてはいけない。相手に警戒心を持たせてはいけない。
なので、みーちゃんモードは変えないのだ。俺はぐっすりとお昼寝タイムだ。お布団を敷いてお休みなさい。
皆が見つめる中で、階段前の踊り場で足を止めると、ご挨拶をするようにと言われているので、スカートの裾をちょこんとつまみ、カーテシーを行う。
「鷹野当主、鷹野美羽です。来年には11歳になります。今日はクリスマスパーティーなので、みんなで楽しも〜! ジングルベールジングルベール鈴がなーるっ!」
ぴょんと飛び跳ねて、輝くような笑顔でご挨拶だ。クリスマスは楽しまないとね!
「鷹野芳烈です。皆さん、今日は我が家のクリスマスパーティーに出席して頂きありがとうございます。ささやかながら、料理を用意させて頂きました。どうぞお楽しみください」
「鷹野美麗です、本日はホワイトクリスマスなら良かったのですが、雪は降りませんでした。初雪はいつになるのか楽しみですね」
鷹野家の挨拶が終わると、万雷の拍手が巻き起こり、クリスマスパーティーは始まるのであった。
新年会の前哨戦だと、パパが真剣な表情で呟くので、疲れちゃわないか不安だ。クリスマスパーティーは一緒に楽しみたいのになぁ。
パパたちを悪く言う人には、ブラックみーちゃんサンタクロースがお礼の贈り物をしちゃうぞっと。




