15話 勘違いをするんだなっと
熟練度が5になった。延々と戦闘を続けて、ようやくである。もう時間も16時だ。そろそろおうちに帰宅する時間であろう。
初級神聖魔法Ⅱが使えるようになった。まぁ、威力はあんまり変わらんけど。こういうのは気分の問題だ。千里の道も一歩からだよな。でも、初級神聖魔法Ⅱのラインナップに、状態異常回復魔法Ⅰがあるんだよ。あまり効果はないが欲しかったんだよね。
ゲームでは、毒などの状態異常もⅠからⅣの表記があったんだよな。そのレベル以上の状態異常回復魔法でないと、治せない仕様だ。ちなみに状態異常は欠損も含まれる。腕が欠損したりすると封印扱いになる。ファイナルドラゴン世界樹の転生というゲーム名にしても良いと思う。
つくづく、このゲームを作った制作会社には感心してしまう。たぶんプライドとかよりも、金が大事だったのだろう。微妙にシステムを変えているところが、またたちが悪かった。
ともあれ、熟練度5だ。1日の稼ぎとしては十分と言えよう。レベルは4で1上がっただけだけどな。アンデッドは経験値渋いんだよ。
9歳の美少女がダンジョンに毎日来れるわけではない。というか、一月に一回来れれば良いほうだろう。できるだけ稼いでおきたかったのだ。
むふーっと、美羽が満足そうに可愛らしい顔に笑みを浮かべているので、闇夜はその笑顔に癒やされながら、腰のポシェットからハンカチを取り出す。
「みー様。汗を拭いて差し上げますわ」
「ありがとう、闇夜ちゃん」
ぷにぷにの頬をむいむいと拭いてあげる。くすぐったいよと、美羽が笑い、ますます闇夜は癒やされて頬を緩めてしまう。
そんな癒やされる光景の中で、またもや冒険者が敵を釣ってきて、手を上げて合図を出してくる。
俺は闇夜のフキフキ攻撃から逃れると、メイスを握りしめる。時間的にそろそろ終わりだろう。
「スケルトンが4匹です!」
「そろそろ最後ですので、二人で倒しませんか?」
「うん、いいよ!」
予め、『戦う』コマンドを選択しておけば、NPCが戦闘に加わっても横殴りとしてカウントされるので問題はない。ダメージを先に与えておかないといけないけどな。
MPは残り5か。休憩とかで1時間に2ずつ回復したけど、ターンアンデッドや回復魔法を使っちゃったんだよね。今回もターンアンデットで良いかな? ターンアンデッドは全体魔法だから問題はないが……範囲魔法を試してみるか。
「闇夜ちゃん、工夫した回復魔法を使ってみるね!」
「工夫?」
「うん、工夫したの!」
不思議そうに首を傾げる闇夜に笑顔で嘘をつく。熟練度がアップしたから覚えたとか答えたら、ゲームのやりすぎと怒られるか、病院に連れて行かれるかもだからな。仕方ねーんだ。
範囲回復魔法は本来は、パーティー全体にかかる。しかし、範囲魔法攻撃として敵に向けると、範囲が変わった。これ、パーティーに闇夜たちも数えられていないから、同じ表記だが、有効範囲が表示された。
円形の範囲だ。10メートルぐらいの円形か? なるほど、ゲームと同じ仕様だ。全体魔法は全体だが、範囲魔法は円形っと。メモメモ。
でも、魔法の威力で効果範囲は変わりそうだ。ゲームでも円形、扇状、直線と、範囲魔法は色々と効果範囲が違ったからな。たぶん準拠しているのだろう。
なにはともあれ、残りのMPで範囲回復魔法を使う。闇夜には漏れた敵を倒して欲しい。
範囲攻撃は普通は敵を支点にできないが、ロックすれば可能だ。ロック状態の方が便利な時もあるので使い分けていた。
今回は初なので、マニュアル操作で敵の足の速さを考えつつ範囲魔法を使おうと、俺はコマンドを選ぼうとする。丘の麓からガシャガシャと骨の足音を立てて、スケルトンたちが見えてきたが
ドカン
と、スケルトンたちが轟音と共に猛火に包まれた。荒れ地が炎に包まれて、俺の獲物が燃えていく。炎の余波を受けて、釣り役のおっさんが吹き飛んでいた。
「グワッグワッ」
混乱して俺はカモの鳴き真似をしちまう。グワッグワッ。俺の獲物がぁぁぁ。
幼い美少女が手をパタパタとする姿が炎に照らされる。グワッグワッ。
「悪いな。そのスケルトンたちは僕たちが追っていたんだよ」
幼い男の子の声音だが、やけに乱暴そうな感じを与える声が奥から聞こえてきた。
斥候の冒険者たちはそのことに驚いている。近づいてきていたのに気づかないとか、護衛失格だからな。
「何者だ、貴様っ!」
怒気を纏わせて、護衛隊長が声を荒らげて誰何する。そりゃ、そうだ。俺たちからそこまで離れていない。炎の魔法が少しずれていれば、俺たちもこんがりローストチキンになっていただろう。
炎で燃える荒れ地の中、灰に変わっていくスケルトンたちの後ろの空間から、真っ赤な『魔導鎧』を着込んでいる小柄な男の子が現れた。何やら機械がゴテゴテ付いているマントを着ており、バサリとはためかせる。
「『姿隠しのマント』で、他家に接近するのは許されておりませんぞ!」
隊長は多少口調を改めるが、それでも怒気を隠さない。護衛の冒険者たちも武器を構えて警戒を崩さない。
口調を改めたのは、明らかに高価そうな『魔導鎧』を着込んでおり、貴族、しかも高位だからだろう。燃えるような赤毛の男の子。生意気そうというか、幼いなりなのに、下衆そうな醜悪な笑みで、顔を歪めている。教育が悪かったのだろうとわかる悪ガキだ。
『魔導鎧』が高価そうなのは、男の子の魔導鎧は身体を覆っていたからだ。安い魔導鎧は胸当てだけとか、肌を覆っている部分が少ない。装甲が全身を覆うぐらいに使われているのは恐ろしい金額がかかる。男に限るんだけどな。
女性の場合は露出が高い程高価ではないよ。そこまで作者も酷くはなかった。なんか宝石とかたくさん付いていると高価だと判断されている。
「そりゃ、失礼。だけどなぁ、てめえらが俺が追っていた奴を持ってっちまったんだよ。酷えのはそっちだろ」
こいつはどこぞのチンピラかいなと、凄みを見せようとして、肩を切るようにして、顔を歪める男の子の姿に呆れちまう。9歳が凄んでも威圧されないから。………されないよな? んん?
そう思っているのは俺だけらしい。隊長たちは冷汗をかき、執事さんとメイドさんは俺と闇夜を守るように位置を変えている。
闇夜の顔を見ると険しい顔だ。皆は威圧されている。学芸会でも選ばれることはなさそうな大根役者な男の子に、だ。
これはあれだ。たぶんマナとかで威圧されている。ゴゴゴとか言って。実は俺は相手のマナをちっとも感じれない。可視化してくれないと困るんだけど。
とりあえず、空気を読んで、俺も真剣な顔で杖を握って男の子を見つめる。なんか間抜けな光景だ。俺をからかっていねぇか? ドッキリとかじゃないよね? 俺は良い子だから、皆に付き合うよ。
どうやら、ドッキリではないらしい。自分の力に威圧されていると男の子は満足そうにして口を開く。
「僕の名前は粟国勝利。聞いたことがあるだろ? 粟国公爵家の嫡男さ。そちら様はどなたかな?」
一応貴族風の半端に丁寧な言葉を吐きつつ、男の子は顎をしゃくる。なんとなくイラッとくる男の子だ。勝利とか言ったっけか。
「こちらは帝城家の長女、帝城闇夜様の部隊です」
「あぁ〜、帝城闇夜ね。どこにいるんだ? 物陰か? 肉盾にでもしてあるのか? それとも荷物持ちか? おーい、根暗ワカメちゃん、どこにいるんだ〜、クハハハ」
勝利はキョロキョロと廻りを見渡し笑う。だが、途中で俺と闇夜を見て、ギョッと驚きの顔となった。なんだこいつ? もしかして、小説のキャラか?
………ジーッと見つめると、なぜか顔を赤らめて逸らす。ふっ。美羽の可愛さにやられたか。鼻で笑いつつ、勝利の顔を記憶と照らし合わせる。
小説のキャラ。主人公、相方の男、あとヒロイン。うん、誰にも合致しねぇな。敵キャラも何人か顔は覚えているが、照合の結果、ゼロだった。うん、あいつは小説のキャラじゃないな。
いちいち主人公周りのキャラではと考えるのは悪い癖だ。ここは現実。多くの人間が生きている。主人公とかかわるキャラなんか、ロトくじで3等を当てるよりも難しいに違いない。
そ〜っと、俺へと再び顔を向けてくる勝利だが、その視線を阻むように、闇夜が俺の前に立った。おさげをフワリとかきあげつつ、冷たい目で勝利を睨む。
「これは粟国家の方とは露知らず。私が帝城闇夜ですわ。お見知りおきを」
スカートはないが、まるでスカートがあるかのように裾を持つフリをして、カーテシーを闇夜は行う。9歳には見えない立派な姿だ。親友はぱちぱち拍手をしても良いか?
しかし、立派な挨拶をした闇夜に対して、なぜか勝利は驚きの表情へと変わった。なぜか焦ったような顔で闇夜を穴が開くほど、ジロジロと見つめてくる。
ここはあれだ。今度は俺が闇夜を勝利の視線から守る時……闇夜さん、ディフェンスしないでくれる? 闇夜が手を横に広げるので、俺は闇夜の前に庇うように出ることができない。ちょっと闇夜さん?
グイグイと押し合いへし合いしている俺たち二人を前に、勝利は気を取り直したようでニヤニヤ笑いを再開した。
「あ〜、そういうことかよ。ちくしょう。俺だけじゃなかったのか」
「なんのことでしょうか?」
なぜか悔しそうにする勝利に怪訝そうに眉を顰めて、闇夜は尋ねる。だが、この答えは勝利はかぶりを振ることだけだった。
「聞かなくてもわかってんだろ、僕の名前を」
「申し訳ありません。粟国様とお会いしたのは今日が初めてかと」
知り合いなのかと、闇夜の顔を見たが、不思議そうで、初対面っぽかった。なんだ? あいつが一方的に知っているだけか? まぁ、闇夜は美人だからな。自分は知っていると勝手に思っている男がいてもおかしくない。まだ9歳なのに、恐ろしい娘。
だが、闇夜の言葉に勝利は目を見開き驚くと、また闇夜をジロジロと見てくる。失礼な奴だな。俺が壁になって………闇夜さん、ディフェンスしないでくれる?
「そうか、そうなのか。あ〜、そういうパターンありかよ。なるほどな」
なにがなるほどなのかはわからないが、機嫌良さそうに笑うと、勝利はなぜか余裕を取り戻して、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべてきた。9歳で厭らしい笑みを浮かべるとは、こいつの将来が不安だぜ。
「まぁ、お互いに悪かったな。そこの屑魔石は恵んでやるよ。じゃあな」
突如として態度を変えると、勝利はマントを翻して去っていった。公爵家の護衛が丘向こうから焦って走ってくるのが見えて、合流していった。なんぞ、あいつ?
「変な男の子だったね?」
「変態ですわ。みー様を舐めるように見てましたもの」
プンスコと怒る闇夜だが、見つめている時間は闇夜の方が長かったよ。
「もしかしたら、闇夜ちゃんに惚れたのかも!」
「えっ? なにかおっしゃいました?」
無邪気な笑顔で、推測を口にしたら、ギロンと睨まれて、なぜか圧を感じたので、お口チャック。この世界には鬼がいるかもしれないな。
魔物との戦いよりも怖かった。
それはともかく、魔物の取り合いか。なるほど、気をつけないとな。
美羽は勝利のことを覚えていなかった。チョイ役だったので仕方ない。それこそがモブだという証左であるし。




