145話 家族旅行に仕事は混ぜたくない
外の様子を車窓から眺めながら、鷹野芳烈は疲れたようにため息を吐く。
「なにか、最近の私は過大評価されている感じがする」
元は魔導省で働いていた自分は、平凡な人間だと自覚している。画期的なアイデアや、今までのやり方を一新する驚きの方法などを考え出すことなどできない。
多少先見の明があり、過去に投資が上手くいったというのが、いくらか自慢なだけの人間だ。表彰されたことも、なにか賞をとったことすらない。
自慢といえば愛らしい家族だが、それは普通の話だろう。
「それなのに、皆は私のことを勘違いしているような気がする………」
美羽の代行として、鷹野家を盛り立てようと頑張っているが、どうも相手の反応が変なのだ。
魔法使いではないと、蔑んでくるのならばわかる。昔はそういった目でさんざん見られていたからだ。
しかし、皆は私を尊重してくる。それが嫌だとは言わないが、貴族がそのような態度をとってくるのには違和感を覚える。自分の子供時代の記憶が偏見を与えているのだろうか。
投資で家を買うことができました。それも義父が助けてくれたお陰ですと、会食などで言えば、周りの人たちはそうでしょう、そうでしょうと、意味ありげに頷いて、次の投資先はどこにする予定でしょうかと、熱心に尋ねてくる。
最近、資本提携を結んでいるベンチャー企業の『ガルド農園』や、便利な魔道具を作成し始めている魔道具会社の『ウルハラ』が中心で、あとはたいしてしておりませんと答えた。
「なるほど、鷹野殿、最近私も農園関係の投資先を考えておりまして、『ガルド農園』の方をご紹介して頂けないでしょうか?」
「広く一般人にも魔道具を提供しようとする『ウルハラ』の理念に賛同してましてな。今度の夜会にご一緒に参加なさりませんか」
「ガハハ、よう、芳烈殿。次は何に手をつけるんだ? 俺も一口噛ませてくれ。そうそう、美羽ちゃんの婚約者は決めたか? うちの次男はなかなかの魔法使いだぞ?」
と、なぜかうちもうちもと、自分の投資先に一口乗ろうとしてくるのだ。正直ベンチャー企業なので、投資金額もたいしたことはない。
なので、失敗しても損害は少ないと思ったし、食品関係で利益が出る投資先かもと考えて、鷹野芳烈と美麗、美羽の個人マネーから投資しただけだ。
みるみるうちに、『ガルド農園』も『ウルハラ』も大きくなって、株の含み益はとんでもない金額となっていった。
もう一般人ならば、一生どころではない。孫の代まで働かなくても良い金額になっている。
そのことにより投資家として、先見の明があると評価されていると最初は思っていた。しかし、どうも違う気がする。
今孔明とか、絶対に投資家としての評価ではない。なので、困惑していた。偶然が重なりあった結果なのに、高い評価すぎるのだ。
ちなみに粟国公爵の提案は丁重にお断りした。他の貴族たちからくる婚約の申し出と共に、焚き火に使っている。美羽に婚約者はまだ10年は早い。
「だけれども……美羽が将来継ぐための手伝いをできるのなら、それも良いか」
偶然の産物で高評価を受けても、自分はこれまで通り堅実にやっていくだけだ。そして、美羽が当主として働く時にやりやすいように地盤固めをするだけだから、周りからの高評価も利用しよう。
「パパ、疲れてるの?」
隣に座る美羽が心配げな顔で、アイスブルーの瞳を向けて尋ねてくる。気遣いのできる可愛らしい娘だ。
「いや、大丈夫だよ。少しだけ仕事で疲れたかな?」
微笑みながら、美羽の柔らかな髪を優しく撫でる。
「回復魔法を使ってあげる! 今ならパパの手にあるお茶でほーしゅーは良いよ!」
「ありがとう、みーちゃん。でもあまり回復魔法に頼ることはしたくないんだ」
副作用がないと言っても、たいしたことでもないのに回復魔法に頼りたくはない。回復魔法に頼ると、いくらでも無理をしそうであるし、美羽の回復魔法を望む者たちはいくらでもいるのだ。
「それじゃ肩もみするね! パパいつも私たちのためにお仕事して、ありがとう」
立ち上がって、小柄な身体をよろけさせる危なっかしい美羽の肩をおさえる。相変わらず、目を離すと危なっかしい。
「それは車から降りて、おうちに帰ってからね」
「旅館についてから、肩もみするね!」
「あぁ、お願いするよ」
「ふふっ、みーちゃんはパパが大好きね」
美羽の隣に座る妻が優しく微笑む。
「パパもママもだーいすき! アヴッ」
花咲くような笑顔を見せて、美羽は私に抱きつこうとし転んで、テーブルに置いておいたジュースを零して、頭からかぶった。
「あ〜、もうみーちゃんったら。ほら、タオルを出してあげるから少し待ってて」
張り切りすぎて、元気いっぱいの美羽に苦笑しながら、妻が鞄からタオルを取り出そうとする。だが、後ろで待機していた侍女が慌ててハンカチを取り出し、涙目の美羽を拭いてあげるのだった。
「平和だな〜」
何ということはない子供の起こしたトラブルに、平和な一幕だと私もハンカチをとりだして拭いてあげるのだった。
家族旅行でよくある風景だった。
現在、芳烈たちはシルバーウィークの9月も下旬に、家族旅行に来ていた。
目的地は鎌倉である。
毎年行っている家族旅行。今回は身重だから、取りやめようと思ったが、大丈夫だというし、医者からも問題ないでしょうとのことだったので、旅行に行くことにした。
仕事で鎌倉の様子を見てくる話が出たのだが、ついでに家族旅行となったのだ。
軍用の装甲車を改造した『犬の子犬』コーポレーションの観光用バスを使っている。
揺れは全くなく、外を見ないと動いているかも分からない高性能のバスは、後部座席が全て取り払われて、広々とした座敷となっている。テーブルもあり、もはや部屋である。
家族全員で寛げて、さらに執事と侍女にメイドも待機していた。
鷹野伯爵家となって、随分と贅沢な家族旅行に変わった。前後車両には護衛が乗った車が走っており、安全管理は万全だ。
正直言うと、仕事のついでにというのは止めたかったが、今回は妻が旅行に行ける時期と、休みを考えると、この日しか機会がなかったのである。
「ベトベトになっちゃった! ごめんなさい」
「いつまでたっても、あわてんぼうなんだから。気をつけないとだめよ?」
「はーい」
素直に謝る美羽だが、これからも同じことをするだろうと、おかしく思いながら、外を見ると結界柵が目に入る。
「お、鎌倉に着いたみたいだよ、みーちゃん」
「ほんと? 私も見たい!」
パアッと花咲くような笑みで、美羽は窓ガラスに突撃した。ほっぺたをむにゅうと窓ガラスに押し付けて、興奮気味に外を眺める。
「おぉ〜っ! パパ、ママ、お花がいっぱい咲いてるよ!」
凄い凄いと無邪気にはしゃぐ美羽を微笑ましく思いながら、私も目に入ってくる光景に感動する。
「確かに凄いね……これほどとは思わなかったよ」
「本当だわ。きれいね」
妻も窓の外に広がる光景に見惚れて、微笑みを浮かべる。他の面々も同様に外に広がる光景に感動していた。
一面に広がるのは、花畑であった。ハイビスカスのような花だが、その花びらは仄かに白く光っており、花弁は半透明で、美しい花だった。
風が吹き、花びらが宙に舞う光景は酷く幻想的で見惚れてしまう光景であった。
しばらく周りに咲く花を見ていると、光景が変わり、廃墟が解体されて、建物が建てられ、忙しく働く人々の姿が目に入るようになった。
「芳烈様、到着致しました」
「ありがとうございます、ヨウさん」
執事のヨウさんが教えてくれるので、礼を言って立ち上がる。
「どうやら、目的地に到着したようだよ」
「私、一番に降りる!」
まったく落ち着きなく、美羽が立ち上がると、ふんふんと鼻息荒くドアへと向かう。
ガシャンと分厚い装甲で守られたドアが音を立てて、開くのをまだかまだかと足踏みして待つせっかちな子だ。
「あまり慌てると、転んじゃうわよ」
「でんぐり返しで受け身をとるから、だいじょーぶ!」
妻の言葉にも、興奮した娘には通じないようだ。
「いっちばーん!」
ドアが完全に開くと、待ってましたと、ぴょんと美羽は飛び出した。
やれやれと笑いながら、私たちもあとに続く。
飛び出した美羽は、私たちを待っていた人たちに出迎えられている。
「お待ちしておりました。鷹野美羽様とその御家族様」
10人程の男女が立っており、私たちへと頭を下げてくる。
「この鎌倉において、唯一の旅館『はなはな亭』にようこそおいでになりました」
10人の男女は、和服姿で礼をしてくるが、際立って美しい礼をしてくるのは、まだ年若い美女だった。楚々とした着物を着こなして、その仕草は丁寧なものであった。
良家のお嬢様と言ってもおかしくない。いかにも大和撫子といった感じだ。ニコリと微笑む姿が美しい。
「私の名前はマツと申します。本館の支配人をしておりますので、どうぞお見知りおきをお願い申し上げます」
「どうもよろしくお願いします。鷹野芳烈です。今回は『ガルド農園』の旅館が建てられたので、招待されました。お世話になります」
「承っております。この土地をご覧になりにいらしたのですね。ですが、まずはお部屋にご案内致します」
「ありがとうございます。では行きましょう」
執事たちが荷物を持ってきてくれるので、護衛の皆さんと共に案内してもらう。
ぞろぞろと歩く中で、活気あふれる光景を目の当たりにする。たった二ヶ月なのに、もう建て終わって使い始めている建物も多いので、感心してしまう。
「旅館といい、他の建物といい、かなりの急ピッチで建てられたのですね?」
「はい。旅館と冒険者用の宿舎、そしてドルイドたちの住むマンションは一週間で建てられたと伺っております」
「魔法を使っているとはいえ、かなりの早さですね。それだけの早さだと、かなりの金額が必要だったのでは?」
建物を建築するのには、魔法を使うのは当たり前だ。しかし、たった一週間でマンションや旅館を建てるとなると、使用する魔道具の金額は通常の数倍はかかるだろう。
「さぁ……そこらへんの話はわかりません。私は旅館の女将として雇われましたので」
「あぁ、そうですよね」
楚々と頬に手を当てて困り顔になるマツさんに、確かにそのとおりだろうと納得して、頭をかく。
「それよりも、来る途中での花畑はどうでしたか?」
「綺麗でした。あれだけの花畑を見たのは初めてよね、みーちゃん」
「うん! とってもきれーだったね!」
マツさんの問いかけに、妻が感心して微笑み、美羽が手を広げてはしゃぐ。
「ふふ、喜んで頂けて私も嬉しいです。あれら『聖花』が、この鎌倉の特産品になる予定ですので」
マツさんが、ニッコリと嬉しそうに微笑む。
「ですね。私も『聖花』には期待しています」
今回視察にきた理由の一つが『聖花』だ。
まずは観光に使えるだろうと、先程の光景を思い出して、芳烈は微笑むのだった。




