144話 ドルイドたちを助けるんだぞっと
一面に広がる草原にオーディーンのおじいちゃんがつまらなそうな表情で、『ミストルティン』を片手に立っており、それをこっそりとみーちゃんは『隠れる』で見ていた。
おじいちゃんの前には、石化した元人間であったトレントたちが、ゴロゴロと無数に転がっている。
石化したトレントたちは、苦悶に満ちた人の顔が中心に生えている花が頭になっていたり、脳がそのまま外に剥き出しになっていたりと、ホラーな光景を作り出していた。
サクサーラが幻影魔法で、おじいちゃんのそばに隠れ潜んでいるのが見える。『英霊』となったことで、パーティーに入っていることになったので、彼らの隠れ身は、みーちゃんには意味をなしていないのだ。
まぁ、それはおいておいて、今からオーディーン手品ショーの始まりである。
つまらなそうな顔でおじいちゃんが、ミストルティンを掲げて、使う準備をする。
緊張気味にみーちゃんは、MP回復ポーションⅡを手に持ち、使う準備をする。
『では使うぞ』
『うん!』
思念で了承を返すと、おじいちゃんは『ミストルティン』を使用した。
「ミストルティンよ。トレントを自壊させよ」
『ミストルティン』が、おじいちゃんの意思に従い、淡く光り始める。
『ドルイドを助けよう!』
サブクエストのイベントシーンだ。クエストボードが空中に表示された。
鷹野美羽はモブだ。仲間の神様も同様に空気のような存在だ。ゲームの仕様から、逃れることのできないデメリットを持つ。
だが、ゲームで決められている仕様だからこそ、使える能力がある。
それがサブクエストのイベントだ。
よくあるだろう? たとえばクエストアイテムの溶岩の杖を使って、その力で火山をおさめたりするイベント。
バトルではアイテムとして使っても、しょぼい炎魔法の効果しか出せないはずなのに、なぜかイベントでは物凄い効果を発揮するアイテム。
『ミストルティン』を手に入れたあとに、トレントになってしまった人を助けるサブクエストがあるんだ。
その真似をしたら、ドンピシャで『ミストルティン』は効果を発揮した。
『ミストルティン』は、装備すると土魔法Ⅳまで使えるが、フレーバーテキストで記載されていた設定だと植物も操れる槍なんだ。
ゲームでは実際に通路を塞ぐ蔦を開いたり、今のようにトレント化した人間をサブクエストで助けたりできた。
現実でも同様の事が行えた。『ミストルティン』を『使う』と、勝手にトレントを自壊させてくれるのである。
違うところはゲームでは、救助者は少しだけトレント化していたから、簡単に治ったが、今回は脳だけとか、花に顔だけとか、サイボーグレベルの肉体部分しか残っていない。
なので、ボロボロとトレントが石灰化して、残った人の脳が地面に落ちる前に回復魔法を間髪容れずに放つ。
『快癒Ⅳ』
優しい光と共に天使がどこからか現れて、星の欠片を脳にぶつける。光に包まれて肉体が作り出されて、元の人間の姿に戻って倒れ込む。
『睡眠』
数キロ離れた場所に潜むフリッグお姉さんが、素早く寝かす。すよすよと寝息を立てる復活した人を見て、みーちゃんは緊張を解いた。
回復魔法を見られたくないから、全員回復させるまで寝かせる予定だ。
知らないうちに汗をかいていたらしい。目に汗が落ちてくるので拭いながら、回復したかを確かめる。
『生きてる?』
『は、はい。生きてます』
鑑定をしていたフレイヤの言葉に、ホッと安堵する。
『良かった。このやり方で大丈夫みたいだね』
さっき助けた9英雄は、レベルが高いこともあり、脳と脊髄だけとなっても、数十分は生きていける恐ろしい魔力を持っていた。なので、失敗はあまり恐れなかった。
まぁ、脳と脊髄だけでもなかなか死なないなんて、魔法の世界って本当に怖いなとは思ったけどね。
だが、今助けた人はレベルが低い。トレント化を解けば、数秒で死ぬだろう。なので、失敗をしたら助けようとしたのに殺すことになるので、緊張していたのだ。
『フレイヤ、精神快癒はよろしくね』
『は、はひっ。わか、わかりました!』
『精神快癒』
助けた人には『快癒』と『精神快癒』をまとめてかける予定だ。治癒魔法だと『隠れる』は解除されないので、みーちゃんとフレイヤの姿は誰も見えない。ちなみにフレイヤの『姿隠し』は、オーディーンのおじいちゃんにかけてもらいました。
『よし、次をお願い!』
『了解だ』
先程と同じ工程をして、どんどんと助けていく。
キュポンとMPポーションの蓋を開けて、飲みながら回復させていく。
今回の東京遠征で、手に入れた多数の素材。それを使用したMP回復ポーションⅡを多数用意して、フレイヤ、フリッグに分配してある。
その数総計300本。せっかく手に入れた素材だが、人命には代えられないよね。そのほとんどは無くなっちゃうが、素材はまた手に入れれば良いのだ。
ここは、人命救助をするのみと、アイスブルーの瞳に強き意思を光らせて、みーちゃんはその後数時間を皆を救うのに費やすのであった。
そうして、クタクタになり、ゲーム製ポーションは飲んでもお腹がたぷんたぷんにならなくて良かったと思いながら、最後の人間へと回復魔法を放つ。
最後の一人が起き上がり、戸惑った顔でオーディーンへと顔を向ける。ちょうど寝ていた人たちも、一人、また一人と目を覚まし、寝ている者たちを揺すったり、声をかけて起こす。
多くの人々が目を覚まし、オーディーンを注目し始める。と、オーディーンの持つ『ミストルティン』が、蠟燭の最後の炎のように一際明るく輝くと、その神秘的な輝きは薄れて、みるみるうちに錆びた槍へと変わっていった。
ナイスサクサーラ。タイミングはバッチリだ。
フンとつまらなそうに一瞥して、オーディーンは槍をぽいと捨てた。……ように見せかけて、アイテムボックスの中の『錆びた偽ミストルティン』とすり替えて捨てた。
「あ、あの……貴方が我らを助けてくれたのでしょうか?」
リーダーなのか、壮年の男が声をかけてくるので、オーディーンは顎で山と積み重なっている服を示す。
慌てて真っ裸の皆は我先にと服を取りにきて着替えるのであった。
そうして、リテイク2回目。
「助けていただきありがとうございます、ご老人。その………魔道具も使って頂けたようで……」
偶然にも、皆が注目している中で、『ミストルティン』はいかにも力を失いましたという感じで錆びた槍へと変わった。
少しだけ不思議そうな顔をしているが、それでも『ミストルティン』の力で助けられたと考えたのだろう。気まずそうだ。
「わ、我らを助けて頂いたお礼をしたいのですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「気にするな。儂は森が煩かったので、邪魔な奴らを排除しただけだ。だが、礼というならば、この先にある街で暮らせ。そして、最初に会った商人の話に乗れ。以上だ」
つっけんどんな様子のおじいちゃんである。もう少し演技をしてくれないかな? 周りの面々は戸惑っているよ。
確かに、最低限のセリフは教えたけど、もう少しアドリブを入れてくれていいのに!
ハラハラしながら、ちっこい手を握りしめて二人の会話を眺める。
ドルイドの男性は、自分の胸を叩いて、オーディーンの話に素直に頷かなかった。
「あ、申し訳ありませんが、我らは自然と共に生きるドルイド。街に住むことはできません」
誇りを持っているのだろう顔だ。オーディーンの言葉を考慮するに値しないという尊大な空気を醸し出している。
……なんか変じゃないか?
『ねぇ、フレイヤ。この人たちはあまり感謝の念を口にしないね。おかしくない?』
普通ならば感涙にむせび泣くことはせずとも、もうすこし感謝の念を見せてもおかしくないと思うんだけど。最低でも命の恩人の提案だ。考慮するぐらいはするんじゃない?
見る限りだと、感謝を口にしてはいるが、どうも夢うつつといった感じだ。なんでだろう?
『えぇと、たぶんどこか夢のようだと思っているんだよぅ。捕まってからトレント化まで、それほど時間が経過していないし、『精神快癒』で、癒やしちゃったから……』
『ふーん。まぁ、その方がいっか。感謝されたくて助けたんじゃなくて、助けたかったから助けただけだしね。狂信者も生まれそうにないし、良かった良かった』
勝手に助けたのは、みーちゃんだからね。今回の東京遠征では、魔法の苗が何個か手に入ってホクホクだし気にしないよ。
『んと、私としては少しだけ納得がいかないけど、……彼らは代償を支払ったし良いかな』
『戦いでおうちを無くしちゃったもんね』
ゲルズとの戦闘で、更地にしちゃったし。代償は払っていたか。
この展開なら、ドルイドたちの集落を鎌倉に作るのは残念だけど無理かな。彼らを雇用しよう作戦は失敗かぁ。
と思っていたら、おかしそうにクックとオーディーンは笑って、帽子の位置を手で直しつつ、眼光鋭く相手の男を睨む。
「何年だ? 東京に住んでから?」
「は、はい?」
「『関東大神災』後に、森林と化した滅びし東京に、貴様らの祖先は自然と共に生きると決めて移住した。その際には優秀な魔法使いたちがいたようだな?」
オーディーンの言葉をドルイドたちは、シンと静かに聞く。
「その時には、外の人脈もまだ残っておったし、資産もあったろう。自然と暮らすと標榜しながら、外から欲しいものを手に入れていたのではないか?」
「そ、それは爺さんの代の話なので……。いや、まさか……でも………」
自然とともに暮らす。いい話に聞こえるが、外の世界にある物を時折購入していたのではないかと、オーディーンが問いかけると、男は口籠り落ち着きがなくなる。
心当たりがあるのだろう。たまに東京では手に入らない物があったようで、疑問に思っていた様子だ。
「そして、今の貴様らは本当に危険な東京で暮らすと決心して生きているのか? もはや外の世界のことがわからぬから、東京に籠もっているだけではないか? 今の世代に問いかけたことはあるか?」
微かに間を取ると、オーディーンはドルイドたちにとって、言われたくないことを告げる。
「外で暮らしてみたくはないかと」
大声でもないのに、その声は人々へと響き渡る。
「法を拒否して暮らすのに、その力は脆弱で奴隷狩りを防ぐこともできぬ。東京に埋もれるボロ布地を漁り、瓦礫を集めて建てた家に住む。自身で選んだ道ならば良いだろう。だが、そうではあるまい? 誇りという名の欺瞞にて自身の心を騙していないか?」
「そ、それは……しかし、俺たちに何ができる? 外は恐ろしいと習っています! 金も戸籍とやらもない愚かなる奴隷だと、我らを捕らえた者は蔑んでおりました。選択肢はないのです!」
誇りを盾にして、自分たちの心を守ろうとしていたのだろうが、オーディーンはその悲痛な叫びを鼻で笑い飛ばす。
「この先に金と仕事に住処を用意する者がいる。儂の弟子も数人貴様らを守るために送ってやろう」
「……うますぎる話だ」
「そうだな。せっかく助けたのに、野垂れ死んでは残念だと考える『お人好し』がおるのだ。まぁ、信じるか信じないかは、そなたら次第だ」
帽子を直しながら、つまらなそうにオーディーンは言うと、背を向ける。
「そ、その人は誰なのですか?」
「少なくとも、儂ではないのは確かだ」
口端を微かに釣り上げると、オーディーンは転移を使い去っていった。
「『お人好し』……」
ポツリと男は呟き、周りのドルイドたちも戸惑いながら、それでも教えられた場所へと向かうことにするのだった。
人々がぞろぞろと歩いていくのを、こっそりと見送りながら、みーちゃんはウンウンと頷く。
『おじいちゃんかっこいいね!』
オーディーン、渋い、渋くかっこいい! みーちゃんも今度やってみようと、心のメモにお絵描きしておく。
口元に手をあてて、ふふふと微笑んで颯爽とでんぐり返しをしながら去るのだ。かっこいい!
『そ、そうですね。あの人たちも働いてくれそうですぅ』
『回復魔法で完全に元気になったしね! 雇えると良いなぁ。脳や顔だけとかになってたのに、回復したしね。髪も艷やかだし、肌も奇麗、手足も元通り!』
無理強いはしないけど、できれば働いてほしい。ホワイト企業だから安心してね。
『あのぅ……耳が、えと、そのぅ、花だけだった人たちの耳が、笹みたいに長くなっているんですが……』
『………さすがに顔だけから復元するのは無理があったのかもね! 大丈夫、フレーバーテキストだと、寿命は人間と変わらないし、魔法の素質が少しだけ上がっただけだから!』
みーちゃんに悪気はなかったんだよ。おててで目を塞いで蹲り、知らないふりをします。




