140話 皇帝は褒賞を下賜する
帝都の中心に位置する皇城内にて、謁見が行われていた。
東京遠征の報奨を出すための謁見である。巷では『東京事変』と呼ばれている長政の反逆があった今回の遠征は、皇帝の支持の如何を測る指標になる。
特に中立派といえば聞こえは良いが、実質は風見鶏である貴族たちにとっては、重要な謁見であった。
壁際に立ち並び、ヒソヒソと小声で喋る貴族連中。
日本魔導帝国のトップである皇帝弦神刀弥は、表面上は厳格で冷酷なる表情を浮かべて、座布団の上にあぐらをかき、肘置きに肘をつかせて、堂々たる態度をとっていた。
だが、貴族たちの様子を見て、内心では辟易していた。
『あ〜、おっさんは日本酒を飲みたい。帰っていいかな?』
『駄目ですよ、父上。ここは頑張りどころです。威厳のあるところを皆に見せてください』
思念で、隣に座る息子の信長と話し合うが、その内容は見かけと違い、気弱で面倒くさそうであった。
信長が窘めてくるので、仕方ないかぁと、小さくため息を吐く。
『うちのかみさんはどこにいる?』
『息子が裏切ったことにショックを受けたふりをして、部屋で寝ています』
『心強いかみさんだこと。実の息子だよ?』
『権力闘争で、子供の何人かは死ぬと思っていたらしいです』
『うちは3人しかいないでしょうが。……まぁ、他にも継承権を持っている奴らはいるからねぇ』
『そのとおりです。油断なさらぬように、陛下?』
隣でニコニコと微笑み、父親をからかう息子にもうんざりしつつ、刀弥は居住まいを正して、宰相に目で合図を送る。
わかりましたと、宰相は頷くと、口を開き謁見を始めると皆に伝えるのであった。
シンと静まり返る謁見の間を見渡すと、『拡声』の魔法を使い、どこにいても聞こえるようにして、重々しく口を開く。
「今日は遠征での褒賞を与えるために、皆に集まってもらったが………その前に皆に告げておこう。長政のことだ」
僅かにざわめきがおき、皆が階上の刀弥を注視する。今の皇族は仲の良いことで有名だ。子供を大事に思っている皇帝がどのような沙汰を下すのか、皆はそれぞれ、皇帝の言葉を待つ。
ゴクリと息を呑み、甘い罰が与えられるか、重い罰なのかと、皆が予想する中で、あっさりと告げた。
「死罪とする。国への反逆罪は重く、さらに長政は皇族であった。彼奴めは皇族から名前を外した後に、死刑を執行することとする」
日本魔導帝国は法律がある。なので、普通ならば弁護士がついて、長い裁判の後に刑は決まるものだ。
しかしながら、超法規的な処遇を与えることが皇帝にはあった。無論乱用はしないが、今回の事件はそれほど重大かつ危険なことであったのだ。
「何ということだ……」
「実の息子だぞ?」
「いや、今回の事件はそれだけ大変だったのだ」
宮廷雀共がぺちゃくちゃと煩い中で、内心は実の子を死罪とすることに、哀しみを覚える刀弥だが、外に悲しむ感情は出すわけにはいかない。
自分は皇帝なのである。皇族であるのに、反逆した長政を決して許すわけにはいかないのだ。
許せば、帝城家との溝が生まれるし、皇帝の勢力も減るのは間違いない。
その結果は勢いづいた貴族との権力闘争。最終的に苦しむのは臣民たちだ。
堂々たる態度で、冷酷に長政を罰する姿を内外に示す必要がある。
壁脇に立つ神無公爵が、あてが外れたのだろう。僅かに忌々しそうな表情となるのを刀弥は見逃さなかった。
もしも死刑以外なら、声を挙げて皇帝を批難するつもりだったのかもしれない。隙あらば食いつこうとする男だ。今回のことは痛手であった。
長政を死罪にしても、皇帝の勢力を減じるために、神無公爵は謀略を練るだろう。
いや、神無公爵だけではない。
他の野心溢れる者たちも同様だ。宮廷は地獄よりも魔界よりも酷い場所なのである。
それでもマシな始まりであったと、家族としての内心は押し隠し、刀弥は毅然たる態度をとる。その姿は紛れもなく皇帝であった。
最初の功労者は帝城真白と、古城提督だ。功績はないが、長政の裏切りがあったため、遠征隊に瑕疵はなかったこと。今回の損害に対する責任を負わすことはないと明言して終える。
表向きはこれで終わりだが、後で旨い案件をいくつか渡す予定だ。
二人の苦労を労い、穏やかに謁見を終える。この二人は親皇帝派だから、問題はない。無論、真白が死んでいた場合はとんでもないことになっていただろう。
その次は粟国公爵だ。その息子共々に、長政の裏切りから、部隊を助けて最小限の損害で抑えたことを褒める。
粟国公爵は野心溢れる男だが、そこまで警戒はしていない。この男は堅実であり、皇帝を蔑ろにしてまで権力のトップに立とうとはしないだろうと予測しているからだ。
皇帝を蔑ろにして、貴族のトップに立てば、高ころびをする可能性があると、常に用心している節がある。
なので、そこそこの権力を与えておけば満足するので、その行動は予測しやすく、御しやすい相手でもあった。
問題は次期当主である勝利だ。今回の対応を見るに、有能であるのは間違いないが……あまり野心溢れる男であれば、警戒する必要がある。
まだまだ10歳であるので、今はまだ大丈夫であろうが………。
聖奈との婚約も視野には入れるべきだろうが……娘は娘で皇帝を望む気配がある。粟国公爵家の権力や財力を与えればなにをするかわからない。
現状では、信長の皇帝即位はほぼ決まっている。長政のこともある。ここで波風を立たせたくないのが、正直なところだ。
聖奈が次に呼ばれて、自分の前に跪くので、これまでと同じように労いの言葉をかける。
そうして、援軍にて負傷者を癒やし、八面六臂の活躍をしたことを宰相が語り、聖女を褒め称える。
8割の負傷者を癒やした奇跡の聖女だ。周りも一斉に万雷の拍手を送り、喝采する。
聖奈は優しそうな癒やされる笑顔で、周りへと手を振って応えてみせる。
10歳であるのに大したものだ。皇族として非常に助かるが、鉄面皮をしていると、我が娘ながら舌を巻くしかない。罪悪感の欠片もなさそうである。
今回の事件が悪い影響を与えないように、祈るばかりだ。おっさんの祈りは神に届かなそうではあるが。
それでも聖奈は長政のようなことはしないだろうとの信頼はしているために、そこまで警戒はしない。
新城への褒賞も続けて終えると、気を引き締める。
次が問題なのだ。
「では、次に鷹野伯爵と伯爵代行、前へ」
「はっ!」
「はいっ!」
今回の功労者は誰かと言われれば、間違いなく目の前の少女だろうと、刀弥は跪く父娘を見ながら思う。
「此度のこと、ご苦労であった。聖奈の補助をして、大隊を助けたとか」
「はいっ! せーちゃんはお友だちなので、助けるのはとーぜんですっ!」
元気よく小さな手をあげて、少女が無邪気な笑みで答える。皇帝を前に全く物怖じしない娘だ。
艷やかな灰色の髪は角度によっては煌めく銀髪に見えて、純真さを表すようなアイスブルーの瞳は見る人を惹き付ける魅力がある。
きっと将来は美しい女性になるだろう天真爛漫な少女は、小動物を思わせる小柄な体も相まって、とても可愛らしい。
魑魅魍魎とも言われる貴族たちも、その愛らしい姿に、礼儀がなっていないと侮蔑するのではなく、癒やされると相好を崩している。
話の半分でも本当ならば、信じられない力を持っているのが、目の前の少女鷹野美羽であった。
彼女を当主にしておいて良かったと思う反面、最近の中ではもっとも警戒する者を台頭させてしまったと、刀弥は微妙な気分になってしまう。
もちろん警戒する相手は鷹野美羽ではない。
「ほぅ、聖奈と親友となったというのか、鷹野伯爵?」
「はいっ! もうとっても仲良しです!」
「であるか」
その答えに含むことはなく、心底からの言葉だろうと感じる。
「それは喜ばしいことだ。鷹野伯爵が聖奈の親友となってくれて嬉しく思う。これからも同じ回復魔法使い同士、仲良くやってくれ」
「わかりました!」
素直に答える鷹野美羽の様子に、貴族たちが顔を見合わせて、また小声で話していた。
聞き耳を立てなくとも、その話の内容はわかる。たった今、鷹野家は皇帝派だと告げたのだ。
そういうことだと、わざと周りにアピールをした。正直な話、長政の件はかなり痛いので、鷹野家が皇帝派になると宣言してくれて助かる。
回復魔法使いは、それだけ希少なものだし、この少女の能力は恐らくは日本一、いや、世界一かもしれないからだ。
精神の疲れを癒やす魔法を使える鷹野美羽が皇帝派に入れば、これほど心強いことはない。
これで、鷹野家は帝城家の後ろ盾だけではなく、皇帝の後ろ盾も得たことになる。鷹野芳烈も満足のいく結果であろう。
鷹野美羽が聖奈と友だちと、ここで言うように仕組んでいたに違いない。
鷹野芳烈。今孔明と呼ばれる智者は、鷹野美羽の隣で緊張気味にしながら、ニコニコと笑っていた。
見た目は平凡で、家庭を大事にするお人好しそうな平民にしか見えない男だが、娘の鷹野美羽が伯爵になった途端に、その頭角を現した。
鷹野グループで、自分には従わない者たちを巧妙に排除して、ベンチャー企業を上手く使い赤字部門をたちどころに黒字とし、更には分家の中から、元から根回しをしていたのだろう有能な人材を引き上げている。
今回のことでは、大胆にも娘の功績を上手く使い、驚きの提案をしてきたのだ。まさか、聖奈へと功績を譲ると言ってくるとは思いもよらなかったことだ。
皇帝として、選択肢のない提案だった。
『魔法の使えない魔法使い』は見た目は平凡だが、中身は恐ろしいほどの知略を巡らせる男、それが鷹野芳烈であった。
ここまで短期間で、皇帝への貸しも作れるようになるとは、舌を巻くしかない。
「それでは褒賞を与えるとする。なにが欲しいか、述べてみよ」
「はい! えと、鎌倉で花畑を作りたいんです。ください!」
お駄賃くださいとでも言うように、小さな手を突き出してくる鷹野美羽のアホ可愛らしさに、思わず笑みが溢れてしまう。
この少女が芳烈の知略を受け継いでいなくて、本当に良かったとも内心では安堵する。
常識外の力を持つ反動か、歳よりも遥かに幼い少女だが、その方が皇帝としては助かるのだ。
力をもち、知略に長けた相手ほど最悪な相手はいないからだ。
「そうか、花畑か。良いであろう。鎌倉全てとはいかぬが、東京へと繋がる道路付近を下賜しよう」
「ありがとうございます、へーか!」
バンザイと満面の笑顔で喜ぶ鷹野美羽だが、欲しいというように、芳烈が誘導したのであろう。そうでなければ、鎌倉の土地が欲しいなどと、鷹野美羽が口にするわけがない。
今は無価値だが、このあとの話し合い如何によって、途轍もない価値に跳ね上がる可能性があるのだ。
多少落ち着きなく、喜ぶ娘を落ち着けようとする姿からは、本当に一般人にしか見えない。大した演技だ。
ありがとうございますと頭を下げて、二人が去っていくのを見ながら考える。
これからも鷹野芳烈は、家門の掌握に邁進するだろう。だが、それもあと数年で終わりそうだ。
そうなれば、側近にあげても良いかもしれない。いくら知略に長けていても、本当の魔法使いではない鷹野芳烈は、成り上がるのに限界はある。
もしかしたら、この案は良いかもしれない。
思いつきではあるが、伏龍を手に入れることとなるのだ。あれだけの知略の持ち主だ。きっと大きな役に立つ。
この案は後で考慮しようと思いながら、最後の人物が前に出てくるので、気を取り直すのであった。




