138話 大冒険は終わりだぞっと
みーちゃんはぱちくりと目を覚ました。さらりと絹のような滑らかな自身の髪の毛が顔にかかるので、かき上げる。
「ふぁ〜、おあよ〜。今何時〜?」
かなり硬いベッドから起き上がり、寝ぼけ眼でこしこしと目元を擦る。タオルケットをどかして、うんせと起床する。
周りをキョロキョロと見渡すが、仮設兵舎の一室を割り当てられたみーちゃんのお部屋は、静かで他に誰もいなかった。少しだけ寂しい。
耳を澄ませば、外は騒がしく、窓からはさんさんと、強い日の光がカーテンの隙間から漏れている。エアコン代わりの冷風の魔道具により、この部屋は涼しいが外は暑そうだった。
「お着替えしなきゃね」
まだまだ眠いけど、だるい身体をむりやり動かして、着替えを取りに鞄に向かう。みーちゃんは良い子だから、ちゃんと起きないといけないのだ。
でも、昨日は頑張ったから、寝ていても良いかもしれない。ちょっと貧血気味かもしれないし。
吹き飛ばされた肩は既に元通りだ。お肌はぷにぷにで傷一つない。身体も思い通りに動くし、痛い所もない。元気いっぱいみーちゃんだ。
まぁ、ここのダンジョンは植物系統の敵ばかりで良かったよ。『薬草』がたくさんドロップしていたから、2、3個食べたのだ。
HPは20ほど回復し、『試作型ティターニア』も元通り。強化しておいた服も元通り。
その後にぐっすりと寝たので、HPも、MPも満タンとなった。
問題はミストルティンの力を受けてしまい『魔法封印Ⅳ』となっていることだ。未だに魔法が封印されているので、回復魔法が使えないのだ。
教会があれば回復してもらうんだけど、この世界には教会で回復魔法を使える神父がいないようなんだ。
……まぁ、治せるんだけどね。ゲルズからドロップしたHP全快、全状態異常回復する『生命の葉』があるから。
アイテムボックスから、黄金の葉っぱを取り出して、ひらひらと振って考える。
「齧れば治るんだけど……しまっとこ」
少し悩んだが、誰にも見られないうちに、そそくさと仕舞っておく。
だって『生命の葉』は希少なのだ。素材として使用すればHP、MP、状態異常の全てを回復する『エリクシール』を作れるからだ。
なので、素材とするためにとっておいておきたいのだ。ゲーマーあるあるといえよう。
「魔法封印Ⅳ回復ポーションは錬金術で作れるし、もったいないよね」
魔法封印Ⅳ回復ポーションは、錬金術士Ⅲをマスターすれば作れる。今回のダンジョンは結構色々と薬草関係がドロップしたのだ。
まぁ、少し時間がかかるから、この部屋から『マイルーム』に移動して、『錬金』はしたくない。みーちゃんがいないと大騒ぎになるかもしれないからね。
なんかゲームだと、シンが魔法封印されて、封印を解除するためのストーリーがあったような気もするが覚えてないや。
モブなみーちゃんは空気なので、そのようなストーリーが存在していないのである。
また思考が幼くなっているような気がする。コテリと首を傾げて、困ってしまうが、別に良いだろうと考え直す。
みーちゃんは自由なのだ。前世に囚われる必要はない。きっと紳士諸君なら満面の笑みで、そのとおりだと満場一致、スタンディングオベーションで一斉に拍手し賛成するに違いない。
さようなら中の人。もう引退して良いぞと、笑顔で紳士諸君は見送ることは確実である。
難解なる思考で昨日は脳を酷使したので、片隅で休憩にすることに決めて、服を手にして着替えようと考え……ピタリと動きを止める。
そうして、鞄を振り上げて、鷹野投手第一球。
「美羽ちゃん、起きたかな?」
「とやっ!」
「グハッ!」
ガチャリとドアを開けて入ってきた真白に豪速球をぶつけるのであった。
「おはよー、ましろん。今起きました!」
魔球鞄アタックを受けて倒れ込んだ真白へと、てとてとと近づくと花咲くような笑顔を見せてあげる。
テンプレには引っかからないのだ。もしも着替えていたら、真白のラッキースケベイベントとなっていただろう。そんなことはさせないぜ。
「なんで……鞄を?」
「なんとなくましろんは主人公タイプに思えたんです!」
真白って、ラッキースケベが多そうなキャラに思えたんだよね。か弱い男の子に見えて、女の子とのスキンシップ過多のハーレムキャラ。
「なんか……貶されている感じがするのは気のせいかな?」
「だって、私が着替えようとしたら、入ってきたので。もしかして狙ってましたか?」
「いや、起きた気配がしたから、グフッ」
ニコリと微笑みながら尋ねると、冤罪だと抗弁しようとする真白。だが、最後までセリフを口にする前に、続いて現れた闇夜が鞄の上から真白を容赦なく踏みつけた。
「そうなんですか? 申し訳ありません、みー様」
「ちょっと! お兄ちゃんが怪我をするじゃないっ! 離れなさいよ、闇夜!」
「申し訳ありませんが、お兄様のためにも今ここで更生した方が良いのです」
しれっとした顔で、グリグリと鞄を踏みつける闇夜である。同じく姿を見せたニニーの抗議の言葉など、まったく聞く気がなさそうだ。
「まぁ、真白さんが怪我したら、またエンちゃんが治してくれるよ。きららーんって」
今日はコンちゃんを頭に乗せている玉藻がクスクスと笑いながら入ってきたが、そのセリフにピカンとアイデアが浮かんだ。
「無理だよ、玉藻ちゃん。私、今は魔法使えないみたい」
「え?」
「ええっ!」
「えぇぇぇぇぇ!」
みーちゃんの爆弾発言は見事導火線から火がついて、大爆発を引き起こすのであった。
爆弾発言に処理班は現れず騒然となったが、みーちゃんは食堂で、もきゅもきゅお昼ごはんを食べていた。この味噌汁はきちんと煮干しで出汁をとっているね。あ、レトルトですか、そうですか。
「なるほどなぁ。やはりそう旨い話はないということかよ」
「このサバの味噌煮はとても美味しいです!」
レトルトでも美味しい。脂はノッているし、柔らかい。味もよく染み込んでいるよ?
端っこあたりが、特に脂がのってて美味しいと、ちまちまと箸で摘んで食べる愛らしい少女を見て、燕楽は腕を組んで苦笑いする。
「300人からの負傷者、30人以上の欠損者を回復しましたからね。当然といえば当然でした」
「うむ………我らの落ち度だな。鷹野伯爵が平気な顔をしていたので、平気だと考えてしまったが、平気な訳がなかったのだ」
新城が頭を抱えて落ち込んで、老提督も嘆息する。
「当然かと。私よりもみーちゃんは回復魔法を使える回数が多いですが、それでもやはり疲れていたのです。ほ、んにんは、へ、ヘイキ……」
きりりとした凛々しい顔で聖奈が口を開くが、段々と小声になり顔を青褪めて、椅子に座り込んでテーブルに突っ伏した。口を押さえて、苦しそうにしている。
なんだか、二日酔いが治りかけていたおっさんみたいな聖女である。
「ああっ、聖奈さん大丈夫ですか? や、優しく、背中を擦りますね」
うへへと鼻の下を伸ばし、勝利がふんふんと鼻息荒く、わきわきと手をいやらしく動かして、聖奈の背中を撫でようとする。下心丸見えの男の子だ。本当にこいつ10歳?
「玉藻がしてあげるね、聖奈ちゃん」
「あ、ありがとう、ゴザ、うぅ」
ジト目の玉藻がペシリとその手を叩き、かわりに撫でてあげる。優しい娘である。聖奈はもう動けなそうだ。
現在、食堂にて皆でみーちゃんを囲む会をしています。回復魔法を使えなくなった発言を聞いて、急遽集まったのだ。
忙しい中で集まってくれて、恐縮です。
外では大勢の武士たちが走り回って忙しそうだ。なぜか大森林から煙がのぼり、山火事が発生しているからだ。そのために少なからず魔物が外へと向かってきているらしい。
だが、魔法が存在し、魔物が支配する世界だ。山火事は既に魔物たちが魔法で対抗しているのだろう。鎮火し始めていた。
なにが起こったのかは、さっぱりわからないけどね。みーちゃんは夜は早く寝るので知らないよ。
「起きたら魔法が使えなかったんだけど、すこーしずつ使えるようになっている感じ! ダムにアリが穴を空けたようなイメージです! 完全回復まで、一週間ぐらいかなぁ」
今からおうちに帰って、素材を集めて、錬金をして、ポーションを使用する。うん、大体一週間だろう。
ちょっとはっちゃけすぎた。ここらへんで反動っぽいものを見せる必要があるので、『魔法封印Ⅳ』はちょうど良い。
反動はお揃いですねと、安心したかのような顔をする聖奈を放置して、ポケットからごつい通信機を取り出す。ホログラムが浮き出すロマン溢れるタイプだ。
「これは? ここまで通信できる通信機なのかい? 見たことがある。ハイパワーのやつだ」
真白が物珍しそうに通信機に触る。
「うん、高性能な物らしいよ! もう中継器を設置したみたい」
「手回しが良いな。鷹野家の物か……。芳烈だな?」
燕楽のおっさんが眉根を顰めて尋ねてくるので、嬉しそうに答えてあげる。
「そうだよ。パパから通信したいって!」
ポチリとボタンを押すと、通信機に嵌められた水晶部分が光り、スーツ姿のパパの姿が浮かび上がってきた。
「こんにちは、皆さん。私の名前は鷹野芳烈と言います。初めましての方が大勢いるようですね」
「初めまして、鷹野殿」
穏やかに微笑むパパに、古城提督をはじめとして、自己紹介をそれぞれが始める。一通り挨拶が終わると、ずいと燕楽が身を乗り出す。
「で、ここで芳烈殿が連絡をしてきた理由を聞いてもいいか?」
「えぇ、もちろんです。私が掴んだちょっとした情報によれば、救援は予想外のことはあったようですが、うまくいったようですね?」
「ちょっとした、かよ。あぁ、予想外のことはあったが救援はうまくいったな。で?」
ちょっとした情報かよと、苦笑する燕楽。この状況をリアルタイムに近い速さで掴んでいる芳烈の力に感心していた。
「しかし、どうやら私の娘は随分力を発揮してしまったようです。大勢の人々を助けたとか」
「それには多大なる感謝を。彼女と皇女様がいなかったら、大変な損害を出していただろう。感謝の言葉だけではない。陛下から多大なる報奨もでるだろう」
「そうですね、古城提督。美羽の力を考えれば、報奨もかなりのものになるでしょう。ですが、報奨が多いのは困るのです」
「ふむ?」
パパの顔が穏やかな表情から、真剣な表情へと変わり、皆を見渡して話を続けてくる。
「皇女様と違い、鷹野伯爵家はそこまで強い護衛がいないのです。か弱い美羽を助けるためにも、一つお願いがあります。これは、帝都に戻る前で無ければならないので、ここで話し合いを求めました」
「どのようなお願いかな、鷹野殿?」
「皆が得をして、平和にこの事件を終わらせる方法です。もちろん今回のことは最善とはいきませんが、それでもこのまま帰還するよりは良い話だと思いますよ」
再び穏やかな笑みを浮かべて語るかっこいいパパに皆は注目し、みーちゃんはおかわりを貰いに行くのであった。
お腹空いちゃったんだ。




