136話 邪悪樹と戦闘なんだぞっと
巨大なる『邪悪樹』となったゲルズは、身体を浮かされて激しく動揺してしまう。まさか、自身が持ち上げられるとは想像もしていなかった。
「そ、そんな、何万トンあると思ってるのぉ!」
「いくら重くても関係ないぜ!」
突進する美羽の体は虎の形のオーラで身体を覆い、その小さなおててで、ゲルズの身体を軽々と持ち上げる。
本来は数万トン、いや、数十万トンの重さを持ち上げるパワーで掴めば、掴んだ部分が砕けて持ち上げることなどできない。
しかし、これは武技なのだ。たとえ、柔らかい蔦でも掴んでしまえば、数十万トンを誇る巨体でも、その全体を掴んだことになる。
「タイガーアターック!」
気合の声をあげて、虎の形をしたオーラを纏わせた美羽はゲルズを空高く打ち上げた。魔法の力は巨体全体に衝撃波を与えて、その身体にダメージを与えていく。
「ガハァッ!」
ゲルズは自らの身体全体に深い衝撃が走り、苦悶の声をあげる。
美羽はすぐにその後を追いかける。オーラを後に残し、勢いよく空に打ち上げたゲルズ以上の速さで空を駆り、その巨体を追い抜くと空中でピタリと止まる。
そうして、オーラを今度は龍の頭へと変えて、両手を広げると、まるで龍がアギトを開けたかのようになる。
「ドラゴンフォール!」
数十万トンの巨体が目の前に迫るが、臆せず美羽は落下して、その体に突進した。
「ガガガァっ!」
ゲルズの叫びが虚しく響く中で、龍のアギトに噛まれたその巨体は次なる衝撃波を受けて地上に落とされる。
まるで隕石が墜ちるかのように、ゲルズは炎に覆われて、森林内に落下すると、森林や廃墟を押し潰して、地面へと叩きつけられた。
激しく大地が震え、砂煙や砕かれた木々、廃墟ビルの欠片が空へと火山の噴火のように噴き上がり、辺りへと広がる。
砂煙で視界が通らなくなる中で、美羽は落下してくると、大木の先端にふわりと爪先をつけて着地するのであった。
「なるほどな、現実だとダメージを負うと小さくなるのか」
砂煙で視界が阻まれても、俺には固有スキル『忍びの心』がある。これは複合ジョブに相応しく、『盗賊』に『狩人』と『道化師』の固有スキルの一部性能も混じっているが、その中の『不意打ち無効』により、敵の気配がはっきりわかるのだ。
『邪悪樹』の身体は、端っこの脆い部分が砕けたのだろう。その大きさは80メートル程になっている。ゲームでは小さくならなかったので、現実ならではということだ。
『邪悪なるゲルズ:レベル63、土無効』
解析するとレベルがゲームよりも低い。たしかゲームだと72だったはず。たぶんイベントを早めた影響だろう。
『お嬢、ここまで影響が出てるぞ。気をつけろ』
『5kmは離れた場所に落下させたんだけど、駄目だった?』
『当たり前だ。辺り一面に影響がでておる。石化した者たちを台無しにしたくなければ、あまり周囲に影響が出る大技は使わないことだな』
『了解。ごめんごめん』
オーディーンの責める思念が届くので謝っておく。せっかく石化したのに、回収不可能になったら痛いからな。
『援護するわよ、お嬢様』
『全能力向上Ⅴ』
フリッグから、全能力を50%アップする支援魔法が飛んでくる。バトルが終了するまで、向上する便利な魔法だ。
さらに身体が軽くなり、手の中の短剣をキュッと握りしめると、その場を飛び退く。
砂煙の中から人の太さほどもある蔦の槍が、今まで美羽が足場にしていた木へと、ズドンと打ち込まれる。
俺は後ろで砕かれた木の音を後に駆け抜けて、木々を足場にゲルズへと向かう。
『邪悪蔦雨』
砂煙の中から、さらに無数の蔦が現れて、美羽を貫こうと迫る。
「どうやら敵の姿が見えているのは、俺だけじゃないらしい」
冷たき視線で美羽は呟くと、身体を弛ませて力を足に込めると加速する。
『縮地法』
美羽の身体がかき消えて、風だけが吹き荒れる。邪悪なる蔦は、次々と突進してくるが、その速さに追いつくことはできず、木々を砕くのみ。
重さを感じさせない美羽の動きは、触れたら折れそうな木々の先端を足場に高速でゲルズへと迫る。
「アァァァ、殺す殺すっ!」
憤怒の声が響いてきて、さらなるマナの力を前方から感知する。
『空蝉』
美羽は短剣を持つ手で印字を描く。二人の美羽がブレて現れると、本体へと重なって消える。
『吸収蔦蓋』
編まれた蔦が網となり、美羽の周囲から押し包もうとしてくる。全ての蔦には短剣の如き太さの棘が生えており、獲物をズタズタに切り裂こうとしてくる。
「縮地法でも躱せないな」
薄笑いと共に、アイスブルーの瞳を細めてスキルを使用する。
『舞い踊る剣』
道化師の『手品』の一つ。『舞い踊る剣』が空中から二本現れる。攻撃力は低いが自動攻撃してくれる便利な剣だ。
「いけ、ソード!」
気分は新人類だと、剣に命じる。シミタータイプの剣は、空中を飛び蔦とぶつかる。まるでシミターの達人が振るうが如く、その剣閃は鋭く、塞がっていた前方に穴を空けてくれる。
「とやっ!」
その隙間へと目指して俺も二刀を振るい、迫る蔦を切り裂きながら、駆けていく。
何本かの蔦が命中し、身体を切り裂こうとするが、命中した瞬間に美羽の身体がブレて、傷を負うことはない。
『空蝉』の効果だ。敵の攻撃を2回まで身代わりになって受けてくれる『忍者』の最高の防御術である。
それでも全ての攻撃を受け止めることはできずに、空蝉が消えて、美羽の身体を蔦が切り裂く。
しかし、多段攻撃だ。2回攻撃を無効化すれば、かすり傷レベルのダメージ。気にすることはない。
頬や服に切り傷がつき、鮮血が舞うがダメージ自体は10程度だ。
シミターが空けた穴から飛び出ると、砂煙が突風により吹き飛ばされる。
バタバタと灰色の髪が靡き、視界がクリアとなり、『邪悪樹』の姿が露わになる。
『邪悪樹』の中心にいるゲルズは怒りを隠さずに顔を真っ赤にして憎々しげに美羽を睨んできていた。
「やるわねぇぇ!」
『食人花吹雪』
ゲルズが魔法を使い、多数の魔法陣が空中に描かれると、新たに牙を生やしたラフレシアのような花が魔法陣から現れる。
ガチガチと歯を鳴らし、不気味なる花が空中に乱舞する。
俺は空を飛ぶシミターに迎撃するように命じて、自身も二刀を振るう。眼前に迫る食人花を縦に割り、次に迫る食人花を身体を捻り躱すと一閃する。
空を舞うように美羽は移動して、食人花を次々と散らしていく。
「趣味の悪い花吹雪だぜ!」
「ぶっ殺すわぁっ!」
ニカリと笑う美羽に、怒りを隠さないゲルズは『邪悪樹』の体から蔦を触手のように放ってくる。
その攻撃は多段ミサイルのように、空を埋め尽くし、美羽を殺そうと迫ってきた。
「弾幕シューティングは得意なところを見せてやるよ!」
『縮地法』
『ティターニア』の翅を広げて、鋭角に美羽は空中を駆け抜けて、次々と迫る蔦をぎりぎりで回避していく。
ティターニアが駆けた後に残る魔法の粒子が空中に美しい幾何学模様を描いていく。
『鎧柔化Ⅴ』
森林内から、光の銃弾が放たれて、『邪悪樹』へと命中する。
「な、なにをっ?」
『邪悪樹』の身体が淡く輝き、その身体の防御力が大幅に下がったが、ゲルズは何をされたのか理解できないのだろう。
『攻撃3倍化』
戸惑いの声をあげて、一瞬動きを止めてしまうゲルズ。その隙を逃さずに、フリッグからの支援が飛んでくる。金色のオーラに包まれて、俺はアイテムボックスから作っておいた手裏剣を取り出す。
「忍者の真骨頂だぜ!」
『石火』
キラリと手裏剣が輝き、俺は身体を捻ると回転力を腕に伝えて投擲する。手裏剣は空中にて分身したかのように、無数に増えると『邪悪樹』の身体にトトトと命中した。
『邪悪樹』の巨体に比べると、あまりにも小さい手裏剣だ。しかし、その攻撃はちっぽけではない。
手裏剣が命中した『邪悪樹』の体の各所が、手裏剣から放たれた膨大なエネルギーに耐えきれずに大爆発していき、欠片が宙に舞う。
「また小さくなったな、ゲルズ!」
「な、なんなのよぉ! 妾の身体がァァ! ゆ、許さないわぁ!」
身体を拗じらせて、苦悶の声をあげながら、ゲルズはマナを『邪悪樹』に巡らせる。
バチバチと紫電がその巨体を駆け巡り、どす黒い血のような花が咲いていく。
「むっ!」
『防御』
その事前の行動は見たことがあると、腕をクロスさせて防御態勢をとる。
「これならぁぁ、どうかしらぁぁ」
『邪悪花水晶閃』
カッと強い閃光が辺りを照らすと、花から赤光のレーザーが放たれた。
全周囲へと、レーザーは隙間無く、雨のように降り注ぐ。森林が薙ぎ払われ、炎に包まれて、雲が切り裂かれて、地が割れる。
美羽の身体にも、レーザーは命中し超高熱で焼こうとしてくる。強い痛みが走り、202の大ダメージを食らったとログに表示された。
やがて死の光線の乱舞が収まり、ゲルズの哄笑が聞こえてくる。
「どう? それだけの傷を負えば、もはや動くことも叶わないでしょう?」
『ティターニア』の装甲は溶けて歪み、身体にも火傷が残り、切り裂かれて骨が覗いている。なるほど、たしかに残りHPが80を切っているや。
だが、ぼろぼろとなった俺を見て、勝利を確信したのだろうが、そうはいかないんだ。
そっと小さなおててを胸につけると、回復魔法を使っておく。これまでの戦闘で『神官Ⅳ』の熟練度はマスターとなっている。
『極大治癒Ⅲ』
ピロリン
『鷹野美羽は417ポイント回復した』
キラキラと美羽の身体が光ると、『ティターニア』の歪んだ装甲は綺麗に戻り、輝きを取り戻す。美羽の切り裂かれた体は光に包まれて元のぷにぷにお肌に戻った。
「全快したな」
むふんと胸を張って、ゲルズを見下ろす。
「は、はぁっ? な、ば、化け物がぁっ!」
目の前の光景が信じられないと、口を馬鹿みたいに開けて唖然とするゲルズ。でも回復を使うのはプレイヤーとして当然だよね。
「な、………ならば、そのマナが尽きるまで削り取ってやるわん!」
「やってみな!」
ゲルズは狂ったように咆哮すると、美羽へと様々な攻撃を繰り出してくる。
空を駆り、手裏剣を投擲し、隙を狙って俺は『邪悪樹』の身体を削っていく。
森林が炎で燃えて、木々が吹き飛び廃墟が砕けていく。暗闇の中で『邪悪樹』が蔦を振るい、光線を放ち、美羽を叩き落とそうとするが、回復魔法が使える美羽を倒し切ることはできない。
それどころか、徐々にその身体が削られていくごとに、小さくなっていく。
遠くから見れば、『邪悪樹』が一人で暴れているように見えただろう。それほど美羽は小さく、そして超高速機動を繰り返していたからだ。
「く、なんて厄介な奴!」
苛立ちと焦りを覚えてゲルズが慌てるが、攻撃ダメージを俺は指折り数えていた。総ダメージを考えると、そろそろ終わりかな。
余裕を見せる美羽だが、少しだけそれは早かった。
「し、仕方ない、仕方ないわあっ! 切り札を使わせてもらうわよぉぉぉ!」
「切り札?」
ゲームだと、切り札は『邪悪樹』だけのはずと、疑問の表情となってしまう。
「そのとおりっ! ついこの間手に入れたこの神器を使わせてもらうわよん!」
『邪悪樹』の身体が一瞬輝くと、閃光が美羽の身体を貫いた。
肩が吹き飛ばされて、錐揉みして地面へと墜落してしまう。
「ガハッ、こ、これは?」
大ダメージを受けた。力を溜めるアクションもなしにだ。
「クハハハ! どう? 神器『ミストルティン』の力は! 貴女はもはや魔法を使えないわぁん!」
余裕を取り戻し、勝利を確信するゲルズ。
「あぁ……もう『ミストルティン』を手に入れていたのか」
『ミストルティン』をまったく使ってこないから、手に入れていないと思ったよ。
『391ダメージを受けた。鷹野美羽は魔法を封じられた!』
これは参ったぜ。致命的な大ダメージだな。




