135話 敵の切り札なんだぞっと
「どうかしらぁん? これだけの軍勢を貴女たちは倒しきれるかしらん?」
自身の優勢を信じている演技を見せながらも、ゲルズは後ろへとジリジリと下がっていく。雑魚では俺たちを倒せないと悟っているのだ。
後ろを見ると、オーディーンは9体のブレイントレントを石化し終わっていた。さすがはオーディーン。まったく傷も負っていない。
魔導鎧を装備した俺たちにとって、時間稼ぎの格下など相手にならないのである。
オーディーンとフリッグの鎧はレベル40のゲームでは店売りされていた弱いやつだけどね。正直すまん、素材がないんだ、素材が。
なので、ミスリルとかは使っているが、専用機に比べると性能はガクッと落ちる。それでも、今までの布の服よりは遥かに性能は良い。装備エフェクトもオンにしたしな。今回は強敵だから、装備でハッタリをかますようにしたのだ。
「皆で一斉に襲いかかるのよん!」
蛍光色のマニュキュアを爪に塗りたくったゲルズが、必死の形相で、さっと手を振る。
「………」
声帯がないアーミートレントたちは無言で蔦を蹴り、廃棄の瓦礫を押しのけて歩いてくる。
よろよろと歩く姿はまるでゾンビのようだ。怪力と体から放つ毒花粉。それだけがアーミートレントの攻撃。ボスが肉壁にするだけの雑魚。倒されるだけの存在。
命令を下したゲルズは『邪悪なる生命の樹』へと駆け寄り、捻れた木々が重なってできている幹の中へと身体を滑り込ませた。
追いつこうと思えば、追いつけるだろうが………その場合は、手持ちの攻撃用魔道具で抵抗してくるだろう。
それをやられると、今俺がやっていることが無意味となってしまう。せっかく敵が雑魚をばら撒いてくれたのだ。
「アーミートレントたちよ、押し潰してやりなさいよん!」
ゲルズの指示に従い、アーミートレントたちが地を蹴る。怪力のアーミートレントたちの踏み込みは強く、地面を抉りながら跳ねるように迫ってきた。
千の魔物たちが一斉に迫ってくる姿は恐怖だ。しかもアーミートレントたちは血のような毒々しい花の中心に人間の顔が生えているモノ、脳と目玉だけが絡み合う木の枝の中にあり、こちらを剥き出しの眼球で睨んでくるモノなど、怖気をもたらす化け物だらけだ。
「ゾンビよりも質が悪いよな。まぁ、走るゾンビは流行りだけどね」
呟きながらも美羽の顔には恐怖も怖気もない。ぱっちりオメメは冷たく、機械的な無感情を見せて、皮肉げに口元を小さく曲げる。
木の枝の両手で掴みかかってくるアーミートレントを冷静に観察する。目の前から左右に広がり5体、高く飛翔して、体当たりしようとする敵3体。その後ろからも、アーミートレントたちは続々と押し寄せてきていた。
「大群ゾンビでも『忍者』には無意味と教えてやる」
『縮地法』
アーミートレントたちが、美羽の身体に触れる寸前のところで、転移したかのようにかき消える。
美羽の身体は羽根よりも軽くなり、風よりも速くなり、アーミートレントたちの横を通り過ぎていく。
トットッと、地に僅かに衝撃を残し、ノロノロとスローでまるで時が止まったかのような敵の動きの中を進む。誰も追いつけない超高速の世界を美羽は走り抜けた。
疾風がアーミートレントたちの間を奔り、押し寄せる魔物たちの僅かな隙間を縫うように。残像すら残さずに。
ふわりと地に爪先からトンと足をつけて、灰色の髪を靡かせて美羽は遥かな後方にいた。
アーミートレントたちは、その身体に風が撫でたとしか感じられなかったであろう。千の大群は対象が消えたことにより、ウロウロと周りを探すが、そのときには美羽は既に駆け抜けている。
『縮地法』は使用後3ターン素早さを200%アップさせて、回避率を大幅にアップする忍術スキルだ。初めて使うが、その能力はわかっている。
わかっていると思っていた。このスキルを使用した際には、だいたいの攻撃は回避できるのだ。はぐれポヨポヨと同じ回避率だ。
「能力は知ってたけど、現実だとこうなるのか」
まるで転移したかのように、地を駆け抜けることができる。敵の動きが止まったかのように見えるし、身体が軽すぎる。まるでサイボーグが加速装置を使った世界だ。
既に、『邪悪なる生命の樹』は目の前だ。幹の中に取り込まれているゲルズが見える。
「ちぃぃっ! なんて速さなのぉ!」
ゲルズは想定外の速さに動揺し、顔を歪めながら、自らのマナを『邪悪なる生命の樹』に流す。赤きマナが血のように『邪悪なる生命の樹』の木の枝に伝わっていき、幹が大きく震え始める。
最終形態になろうとしているのだ。ゲームでもゲルズにある程度ダメージを与えると、『邪悪なる生命の樹』に融合して最終形態へと変わっていた。
『邪悪樹変化』
ゲルズが切り札の魔法を使う。『邪悪なる生命の樹』は根っこを地中から抜き出し、辺りを覆っていた木の枝や蔦を切り離す。地面に亀裂が走り、周りの木々が折れて倒れていく。
「クハハハ! 妾の最終奥義『邪悪樹』よん! 人々の生命力を吸い取りぃぃ、無限なる耐久力とぉぉ、圧倒的なぁぁ魔力ぅぅ。もはや貴女たちには死あるのみぃぃ!」
得意げに哄笑するゲルズは、『邪悪樹』と融合した巨大なる身体を持ち上げる。天井を覆っていた蔦や木の枝がバサバサと落ちてきて、アーミートレントたちの何体かは押し潰されていく。
高さにして100メートルはあるだろう。『邪悪樹』は巨大な人型となり、その胴体の心臓部分にゲルズの上半身が抜き出てくる。
木の枝を絡めて作った異形の翼、足は根っこが広がり存在はせず、その胴体から生えている無数の蔦や木の枝は蛇のようにのたうっている。
鉤爪のような手を振り上げて、『邪悪樹』へと完全融合をしたゲルズの哄笑が辺りに響き渡る。『邪悪樹』の体は赤く光り、地面へとそのオーラは伝わり、暗闇が支配していた世界を、不気味に脈動する赤き光の世界へと変えた。
「さあっ! ロキよぉぉ、貴女たちも私の栄養にしてあげるわよん」
オォォォと、咆哮する『邪悪樹』。
たぶん、森林を監視している武士団の見張りにも、『邪悪樹』の姿は見えて、大騒ぎになっているかもしれないと、俺は嘆息しつつ、ゲルズを無視し、後ろへと振り向く。
「オーディーン! ダイヤモンドドラゴンだ!」
「了解だ」
オーディーンは、ヒノキの槍を放ると、両手を前に突き出し、複雑に動かす。魔法の力がその手に宿り紫電を奔らせる。
「大魔道士の魔法というものを見せてやろう」
『召喚ダイヤモンドドラゴン』
隻眼の大魔道士は、両手を天に翳すと召喚魔法を使用した。満天の星に巨大な魔法陣が描かれていき、複雑にして精緻なる幾何学模様の美しい文字が生み出されていく。
脈動する赤き光を、天に描かれた銀の輝きを放つ魔法陣が上書きする。そうして、魔法陣から、ヌゥっと煌めく竜の姿が抜け出てきた。
曇り一つない透明なダイヤモンドの鱗、白銀の雄々しい身体。魔力の塊のような黄金の瞳に、6枚の銀の翼を生やし、『邪悪樹』にも劣らない100メートル近い巨大なる竜『ダイヤモンドドラゴン』である。
「クォォォン」
地面へとズシンと降り立つと、バサリと銀の翼を広げて、剣のような牙を見せて咆哮する。その鳴き声は、まるで美しい鳥のようだ。
『ダイヤモンドドラゴン:レベル50、全耐性、精神異常無効、状態異常無効』
大魔道士が召喚できる召喚獣の一体『ダイヤモンドドラゴン』。レベルは召喚者と同じである。多彩なるスキルに魔法、高いHPと硬い防御力と耐性を持つ最強格のドラゴンである。
とはいえ、レベル50だとそこまで強くないと予想するし、この子は巨大すぎて普段使いはできないねと、その雄壮なる姿を見て思ってしまう。
「な、なななな! 竜を喚びだすというのぉぉっ!」
言葉を失い、顔を歪めるゲルズ。ゲルズから見たダイヤモンドドラゴンはマナの塊であり、ダイヤモンドの輝きではなく、宿している膨大なマナの輝きに目が潰れそうな圧力を感じたのだ。
「し、神話の竜を喚びだす……」
自身の優位さが失われたと考えて、慄き震えるゲルズだが、俺の目的はゲルズと戦わせるためではない。いかに強力な召喚獣でも、格上のゲルズと戦えば、あっさりとやられるだろう。……と思う。現実だとどうなるかはわからないけど。
「周りを頼んだ!」
「うむ」
言葉少なに頷くと、オーディーンはダイヤモンドドラゴンの胴体を駆け上り、頭へと辿り着く。そして、トンと片足を足踏みする。
ダイヤモンドドラゴンは、カッと目を見開くと口を開き、アーミートレントたちへと向ける。
口内にエネルギーを溜め込むと、ダイヤモンドドラゴンは閃光を放った。直線状に放たれた閃光の息吹。アーミートレントたちを閃光にて薙ぎ払い、ゆっくりと口を閉じる。
ドラゴンブレスは、極めて強力だ。その一撃はあっさりとアーミートレントたちを焼き払い、灰すら残さないと思われた。
しかし、閃光が収まったあとに目に入ってくる光景では、ブレスを受けた魔物たちは、傷一つ負っていなかった。
しかし、その半分近くは傷一つない代わりに、石と化していた。彫像のように地面に立っている。
『金剛竜の息吹』
見た目と違い、敵を『石化』させるだけの息吹だ。ド派手なエフェクトであるのに、ダメージは与えない。
しかも、ボスには『石化』は通じないので、雑魚敵専用技だ。ちらりと確認すれば、アーミートレントたちの中で数十匹が石化していた。
「オーディーン、そこは任せた! フリッグは俺のフォローを!」
アーミートレントたちは石化しておく。そのためには、雑魚を一遍に石化できるダイヤモンドドラゴンが必要だったのだ。
「しょうがないわね。任せなさい」
ダイヤモンドドラゴンにしがみつき、鱗を剥ぎとろうとするフリッグが諦めて、ふふっと妖しく微笑む。微笑んでも、ポンコツぶりは隠せていないと思うけどな。
「俺はゲルズを倒しておく!」
ヒュウと呼気を整えて、身体に魔法の力を巡らせる。ティターニアが粒子を生み出し、蒼き光を宿す。
ニイッと笑みを浮かべると、俺は地を蹴り巨大なる『邪悪樹』へと、蒼きオーラを宿し矢のように突進する。
ゲルズはダイヤモンドドラゴンを警戒し、まったく俺に注視していない。
ちっこい体躯の鷹野美羽だ。アリに噛みつかれても、ビクともしないと考えているのだろう。
だが、残念。美羽は見た目はありんこのように小さいが、宿す力は巨人並なんだぜ。
『龍虎二段』
『邪悪樹』と化したゲルズの巨大なる胴体へと、体当たりを仕掛ける。高層ビルのようなゲルズにダメージを与えることはできないだろうと思われたが、その身体がふわりと浮く。
「な、なに?」
「まずは投げ飛ばす!」
完全に忘れていた美羽の攻撃に動揺するゲルズ。美羽は猛獣のように鋭い眼光を放ちつつ、ちっこいおててでゲルズを掴むと、空中へと持ち上げる。
高層ビルのように巨大なる胴体を、ありんこのように小さな美少女が投げ飛ばすのであった。




