13話 9歳になったんだぞっと
鷹野美羽9歳。満9歳になりました。可愛らしい幼女から、可愛らしい少女に進化したぜ。
髪の色は変わらず銀色のような美しく滑らかな灰色で、背中まで伸びている。サファイアのようなアイスブルーの瞳で可愛らしいお鼻と小さい口。小柄な顔は通りすがる者は、その可愛らしさに振り向いて見惚れちゃうだろう。
相変わらず、レベル1、熟練度1の神官Ⅰだけどね。6歳から全く成長していません。ステータスはオール4になったけどな。普通に成長した分が加算されたらしい。
だって魔物と戦闘がなかったんだ。レベルを上げるにも熟練度を上げるにも魔物を殺さなければならない。後から気づいたんだけど、『魔導の夜』は敵を倒した、ではなくて、敵を殺したと表示されるんだ。
珍しい表現だが、これが成長の足を引っ張っている。
6歳の幼女がダンジョンに入れる? これが中世ファンタジーなら、こっそりと入れるだろう。でもこの世界はしっかりと検問があるんだよ。幼女は中には入れませんでした。他ジョブのスキルがあればなんとかなったんだけど、それには魔物を倒さないといけない。
卵が先か、鶏が先かという話になるんだ。ちくしょう。
「ここがダンジョン?」
「えぇ。ここがダンジョンというものですわ」
コテンと首を傾げて、手に持つメイスを強く握りしめて尋ねると、隣に立つ闇夜が頷き、腰から黒い刀身の刀を抜き放つ。
俺の目の前には荒涼とした大地が広がっていた。空はぼんやりと光る土の天井だ。結構広く遠く離れた場所が峡谷のように道を狭めていた。あの峡谷を通ると隣のエリアに入れるのだろう。後ろには入ってきた入口がポッカリと開いている。
数キロは距離があるぞ。ゲームでは狭かったけど、なるほど、敵との戦闘をしたりすると、この広さになるのか。縮尺が大幅に変わるのな。ゲームと違うところだ。
「緊張していますの? みー様?」
「もちろん、緊張しているよ! だって不死者は怖いもん」
黒羽鴉のような濡れているような黒髪おさげを揺らして、ふふっと闇夜が微笑む。まだ9歳なのに、絶対に美人さんになると思わせる少女だ。まだまだ幼いから、可愛らしさもあるがそれでも美人さんだと感じさせる。
「大丈夫ですよ、みー様。私たちには護衛の皆さんもおりますし、危なかったら、私が守りますっ!」
フンスと鼻を鳴らして、闇夜が胸を張る。まだまだ幼い平坦な胸だ。クスリと俺は笑ってしまう。笑っちゃったことに、不機嫌になり頬を膨らますと、ぷぅと文句を言う闇夜。
「もう〜、信用していないのですね。酷いです」
「ごめんごめん。私は闇夜ちゃんを信用しているよ〜」
テヘヘと小さく舌を出し、悪戯そうに返すと、仕方ないですわねと、頬を緩めて微笑んでくれる。親友同士のお茶目な会話だ。
「闇夜お嬢様。美羽お嬢様。そろそろ敵が襲ってきてもおかしくありません。ご注意を」
この3年間、俺に魔法や戦い方を教えてくれた先生が注意してくる。元Bランク冒険者の先生だ。魔法剣士で剣にも魔法にも長けている。属性は無属性のために黒髪黒目は変わっていない。侯爵家の教官で、なかなか腕が良いという噂の中年のおっさんだ。
「わかりましたわ。では『起動』」
闇夜がマナを身体に纏わせて、ビッタリと身体についているレオタードのような服に力を送る。宝石の嵌まった肩当てに胸当て、手甲に脚甲を着けているが、後はピチッとしたレオタード。
マナの仄かな光に覆われて、魔法の障壁が身体全体に張られて、防御壁となる。肩当てや胸当てに仕込まれた魔法陣が発動して、身体を守る謎仕様だ。
金属音と共に、鎧全体に光のラインが走っていく。完全に起動したことを示すように、鎧が僅かに装甲を展開するように変形した。
『魔導の夜』のエロティックな『魔導鎧』である。女性用は全て同じ仕様だ。このエロティック装甲が『魔導の夜』が受けた理由の1つだ。わかりやすいよな。大人のファンを増やす必須条件だと言えよう。
ちなみに男は段々重装甲になっていく。セオリーと言う他ない。この世界の住人は疑問を持たないみたいだし。何故か女性はその方が魔法が使いやすいとかなんとか理由はつけてあった気がするな。
問題は俺だ。
「『起動』、『起動』!」
ふんぬーと力んでも、全く鎧は光らない。本日も起動失敗です。
「やっぱりだめだぁ〜」
しょんぼりとする灰色の美少女である。
「みー様は変わってますわね?」
「う〜ん、美羽お嬢様は切り替えが上手くいかないようですね」
闇夜が困ったように、眉をへにょんと下げる。教官は困った顔になる。美羽はしょんぼり顔になる。
俺、魔導鎧を起動できねーんだよ。うん、正しく言うと、起動はできるけど、できない。これはトンチじゃねーよ。
闇夜と俺、教官、そして護衛9人。合わせて12人のパーティーだが、俺だけ起動できない。だが困った様子を見せても、護衛兼冒険者の内の何人かが周りに展開する。俺が起動できなくても、戦いは始めるのだ。冷たいのではない。問題はないからだ。
荒れ地と言っても、丘はあり、枯れ木も生えており、平坦ではない。ゲームではジャンプを何回かすれば、頂上に行ける丘も、現実では結構高い。
魔導鎧を光らせて、斥候をする冒険者たち。すぐに冒険者の一人が耳元に手を当てて連絡してくる。教官がうんうんと頷いて、俺たちに顔を向ける。
「スケルトンを8体見つけたようです。10時に3体。2時に5体です」
インカムを通じて連絡をしているのだ。前世のインカムと違い、魔導を利用した通信で、教官の瞳には相手の姿がホログラムとして映っているはず。俺も試したから知っている。
ぶっちゃけ言えば、相手の顔を見ての通信は小説的にかっこいいから。俺はそう思っている。
何はともあれ、敵を確認したらしい。今までたくさん訓練してきたが、9歳レベルだとお遊戯の域を超えていない。ドキドキと胸が鳴る。恋じゃねえぜ。
丘を越えて、カシャカシャと骨を鳴らしてスケルトンが現れた。白骨死体がカチャカチャ近づいてくるが、あまり怖くない。映画などで慣れすぎているかもな。その手には棍棒があり、叩かれたら痛いでは済みそうにない。
「参ります!」
タンと地を蹴ると、スタタタと9歳ではありえない速さでスケルトンに向かっていく闇夜。そうなんだ。魔導鎧に備わった身体補正と、魔法で身体能力を強化しているから、原付バイクよりも速い。
「はあっ!」
小柄な身体をめいっぱい引き絞り、スケルトンの懐に入り込むと、闇の光を宿す刀を横薙ぎに振るう闇夜。
サンッと音を立てて、スケルトンの胴体が真っ二つになる。他のスケルトンが棍棒を振り上げるが、軽く跳ねて棍棒を振り上げているスケルトンの懐に入ると、骨の足を蹴る。パキリと音を立てて、脆そうに折れるスケルトンの脚。体勢を崩すスケルトンの頭に柄を叩き込み砕くと、くるりと回転して他のスケルトンを切り払う。
トントンとそのままジグザグに走り、残る2体を鋭い剣撃で切り払っていった。走る闇夜のおさげがゆらゆらと揺れて、きりりと凛々しい表情が美しい。
あれ、9歳なんだよ? もう歴戦の戦士に見えちゃうんだけど。侯爵家の魔法使いって、強いのな。
俺が何もせずとも、5体のスケルトンは倒された。だが、反対側からも3体現れる。
「私に任せて、闇夜ちゃん!」
闇夜が倒すと、経験値が入らないのだ。戦闘回数としてもカウントされない。理由は予想できている。たぶんパーティーではなく、NPC扱いされているからだ。パーティーに入れることのできるメンバーって、冒険者ギルドの酒場からなんだよ。
酒場のカウンターで誰を仲間にすると聞かれて、闇夜ちゃんと答えるの怪しすぎるだろ。成人しないとパーティー編成は絶対にできないのが確定した瞬間だった。酒場のマスターもそんな会話はしてくれない可能性は高い。
カシャカシャと現れる白骨死体3体。俺は目を細めて頭の中でコントローラを使用する。
『調べる』
スケルトン レベル1
敵のレベルが映し出される。弱点は解析できないが、こいつの弱点は調べなくても知っている。打、火、聖属性だ。
『戦う』
『逃げる』
続けて2つの選択肢が現れる。これこそが俺の弱点だ。困った俺のゲーム仕様。
『戦う』
その選択を選んだと同時に、着込んでいる白い俺のレオタードと神官服が融合したような防具が輝き、ガシャンと装甲が展開した。
美少女鷹野美羽、バトルモードだ。幼いので、少し背徳的なエロスを感じる姿である。紳士諸君、お触りも、見るのも、撮影だって禁止だからな。
そう、俺は『魔導鎧』を『起動』したのだ。『戦う』を選んだので、『起動』することができたのだ。
「たぁっ!」
可愛らしい声と共に俺はメイスで近づくスケルトンに攻撃を仕掛ける。スケルトンは棍棒を構えるが、その肩にメイスが当たると、あっさりとヒビが入り、受けた箇所からヒビは広がり砕け散る。
残りの2体が接敵してくるが、俺は後ろに下がると手を広げる。
『ターンアンデッド!』
聖なる光が神官の少女から放たれて、その神聖なる光を浴びるとスケルトンたちは『恐怖』となり、動きを止める。
「そやっ、てやっ!」
美羽はメイスをぶんぶんと振り、動きの止まったスケルトンたちに痛烈な打撃を与えると粉々にして砕いた。パラパラと骨が散らばり、ステータスボードに結果が表示された。
『魔物の群れを殺した。経験値3を手に入れた。魔石Fを3個手に入れた』
戦闘終了となり、俺の『魔導鎧』は光を失い元に戻った。
「美羽お嬢様。常にマナを身体に巡らせるのです。何度も言うようですが、敵との戦闘の時だけでは駄目ですよ」
「はいっ、先生」
元気よく答えるが、何度練習しても駄目なのだよ。理由もわかっている。ゲームだと戦闘のたびに魔導鎧が展開されているエフェクトだったからな! 戦闘終了で、装甲が納まるんだ。いらねーエフェクトだと今では思っているよ。
そう。俺は戦闘時にゲームみたいに『戦う』コマンドを選ばないと、力を出せないんだ。ゲーム仕様は無敵だと思ったが、思わぬ弱点が露呈した。
憑依した闇夜を助ける時は、戦闘以外でも使用できる回復魔法とイベント用にも使う『ターンアンデッド』だから、それに気づかなかったんだよな。まいったね、こりゃ。
なので、生活魔法も使えない。ゲームではなかったからな。それにこの『戦う』コマンドもそうだが………手加減もできない。止めようとしたり、手加減をしようとしても、ゲームにはそんなのなかったからか、無意識に全力攻撃しちまうんだよな。スタミナも減りにくい感じがする。疲れて動けなくなる時は戦闘終了後だし。
『戦う』コマンドを使わなければ、手加減もできるが、マナを使用できないので、9歳の平均値の身体能力だ。困ったね、こりゃ。防御力はそのままだ。ゲームでも不意打ちとか受ける時があるからな。その場合、自動で『魔導鎧』は『起動』する。力が『戦う』コマンドを選ばないと適用されないんだよ。
なんとかして、マナを『戦う』コマンド無しに使えるようにならないとなぁ。
「またスケルトンを発見しました! 4体です!」
「闇夜ちゃん、私に倒させて! 『マナ』を上手く使用できるようにしたいの!」
斥候の言葉に、俺はお願いをする。熟練度を上げたい。レベルも上げたいのだ。皆は倒しても変わらないだろ? 俺には必要なんだ。だって、おやつと戦っても、経験値も熟練度も手に入らなかったんだもん。おやつは美味しかったけどさ。
「わかりましたわ!」
スケルトンは神官にとってはカモだ。
「グワッグワッ」
可愛らしい鳴き声をあげて、美羽はメイスを振り上げて戦闘するのであった。




