129話 涙の再会だぞっと
茨姫を倒すと、亡骸は灰となって消えていく。茨姫が展開していた周囲の茨が石灰化していき、パラパラと崩れていった。茨はなくなり、あとは迷宮を構成する普通の蔦だけの壁と変わる。
四人の少女たちは勝ったことを喜ぶが、水を差すように、ゲルズの嫌らしそうな声が再び響いてきた。
『く、クハハハ、やるわねぇ。素晴らしいポテンシャル。そこの回復魔法使いだけではなく、残りの三人も素晴らしいわぁ』
多少悔しそうな感じもしてくるが、それでもまだまだ余裕なのだろう。
「次は貴女の番です! お覚悟を!」
「お兄ちゃんを返してもらうわよっ!」
闇夜とニニーが意気軒昂と、戦意旺盛な様子で姿の見えない相手を探す。
だが、石灰化した茨とは別に、未だに残る蔦の隙間に隠れて配置している魔法花があるのだろう。
『くふふふ。いいわよん。貴女たちの頑張りに免じて、真白に会わせてあげるわぁ』
間延びした声音に、人をいたぶるような嫌らしさを混ぜて、ゲルズは答えてくる。絶対に罠だと思わせる口調だこと。
「ニニーちゃん、玉藻ちゃん」
小声でこっそりと二人へと声をかけると、小さく頷いてくれる。作戦開始だ。この展開は予想していたから、事前に作戦を練っておいたんだ。
予想通りならば………。
『さぁ、貴女たちの愛しの男に会わせてあげるわぁ』
ゲルズの声に合わせて、奥で壁を作り上げている蔦が2つに割れると、通路が現れる。そして、通路から、人がよろよろとよろけながら歩いてきた。
ぎりぎり光源が届かずに、人の輪郭はわかるが、本当に真白かはわからない。そのぎこちない歩き方からは、嫌な予感しかしないため、皆は顔を顰めて、緊張する。
『感動の再会ねぇ。さぁ、苦労してここまで来たのだもの。愛のハグをしてもいいのよぉ?』
「お兄様……」
よろけて近づく真白が、光源の明かりのもとに足を踏み入れようとする。本当に真白であるか、その顔が露わになりそうになる緊張の瞬間。美羽はくわっと、ぱっちりおめめを見開く。
「ましろんで間違いないよっ! 今だよっ、ニニーちゃん!」
フギンで確認した。本物の真白に間違いない。
「オーケー。信じるわよっ、美羽。『鏡渡り』!」
美羽の言葉にニニーは頷き、タクトをすかさず突き出すと魔法を発動させる。
『鏡渡り』
特別な魔法の鏡を介して転移する魔法。アンブローズ・ニニーが使える特別な魔法。
準備をしておいたニニーが、魔力で構成された魔法の鏡を真白の足元へと作り出す。
真っ黒な鏡が地面に作り出されて、そのまま真白は落とし穴に落ちるように、鏡へと吸い込まれていった。
チャポンと落ちていき、魔法の鏡が波紋を残す。
『へ?』
ゲルズの戸惑った声が聞こえてくるが、ガン無視だ。作戦どおりに動く時。
「皆、脱出だよ!」
「わかりました!」
「てったーい」
「うまくいったわね!」
全員はすぐに駆け出し、地面に作られた魔法の鏡へとダイブしていく。
『まままちなっさいよ! あ、あんたら、そんな方法で逃げるつもりぃ!』
ゲルズが慌てて制止の声をかけてくるが、もう遅い。逃げる準備は万端だよ。
「真白お兄様を助けた今、ここに用はありません」
フッと冷笑を浮かべて闇夜が鏡へと消える。
「ニヒヒー。エンちゃんの作戦大成功〜!」
コンコンとふざけるように狐の鳴き真似をして、玉藻も続いて鏡に入る。
「ふふん。天才は優先順位を間違えないのよっ!」
ニニーが得意げに笑いながら、次に鏡へと飛び込む。
『あぁぁぁっ! ふざけんじゃないわよ! せっかくの素材が!』
絶叫するゲルズに、美羽は鏡の前でピタリと足を止める。灰色の髪をかきあげて、皆には見せない冷酷無比な表情を浮かべて伝えてやる。
「安心しろよ。すぐに俺たちも感動の再会をする予定だからな」
はぁ、と怒りを混ぜて告げる。こいつは本当に酷い敵なんだ。真白を解析した時に、ゲームどおり、いや、原作通りなのだろうと確信した。
こいつは殺しておかないと駄目な奴だ。容赦はしない。そうしないと、きっと大勢のモブな人々が犠牲となるだろう。
「『ニーズヘッグ』の『ゲルズ』。再会まで、首を長くして待ってな!」
そう答えると、俺も勢いよく鏡へとダイブするのだった。
ゲームとは違うんだ。ストーリーどおりに進行する必要はない。なので、おさらば、また会おうだぜっと。
「ぐほっ」
勢いよく鏡に飛び込んじゃったらどうなるか?
答え。横に立てかけられている鏡から飛び出すと、前の人に体当たりをしちゃうでした。
鏡の前に立っていたニニーが、みーちゃんダイブを食らい、コロンと転がって、床にべちゃんとうつ伏せになった。
「痛いじゃないっ! なんで勢いよく飛び出してくるのよっ! 気をつけて飛び込むように言ったでしょ!」
額を赤くして立ち上がるニニー。
「ごめん。ついつい」
なんかかっこよく飛び込まないといけないと思ったんだ。ごめんなさい。
周りを見ると、鏡を設置しておいた地上揚陸艦『大虎』の貨物庫だった。金属の床に魔法の鏡を設置しておいたのだ。
「それよりも、ましろんは?」
「それが……見て……」
ニニーは辛そうな顔になり、前へと顔を向ける。そこには倒れている真白と、膝に乗せている闇夜。それを泣きそうな顔で見つめている玉藻の姿があった。
「お兄様………」
「ヤ、ヤミヨカイ」
なぜ、皆が辛そうな顔になっているかは、一目瞭然であった。
真白はその身体の半分が木になっていた。手足は茶色で節くれだった根っこへと変わっており、脇腹から内臓を覗かせている。根っこが外骨格のように包んでいるが、隙間だらけの網のようで、腸や胃に根が絡みついている様子がわかる。
髪も木の枝となっており、顔の半分はゴツゴツした木の皮で、瞳は玩具の人形のように木製だった。
ゲルズの固有魔法にて、トレントに寄生された身体とされたのである。
鬱展開。ゲームではもっと酷かった。
なにしろ、根っこへと支配された脳が剥き出しになっており、顔の肉はなくなっており、腐った筋肉組織と木の枝が絡み合っていた。胴体にいたっては、脊髄と心臓のみが残っていて、もはや異形のトレントゾンビといった感じだったのだ。
なので、真白と会っても、ニニーのお兄ちゃんとはまったくわからなかったし、ピンとくるわけがない。
ゲームでは感動の再会とゲルズに言われて、その姿を見てニニーは言葉を失うんだよね。
他の捕まった人々も同じ感じである。鬱展開、ここに極まれりといったところだよ。俺がボタン連打をしても無理ないと思います。
その後、操られた真白と戦闘になって倒すしね。しかも倒した瞬間に意識を取り戻すというテンプレ展開でした。俺、そういう鬱展開だいっきらいなんだ。
悲惨なる再会。ニニーの気が狂わないのが不思議なぐらいだよ。シンがその後の心の支えになるんだよね。なんか、シンってそんなんばかりだけど、ハーレム主人公って、だいたいそんな感じか。
もはや助かるまいと、闇夜とニニーが涙を流し、沈痛の面持ちで玉藻がみーちゃんの手をぎゅうっと握りしめる。
「お兄様……助けにくるのが遅れて申し訳ありません……」
「お兄ちゃん……こんなことって………」
二人の涙混じりの声に、真白はなんとか手を伸ばして、闇夜の頬をそっと撫でる。
「イインダ………サイゴニアエタダケデモ………」
辛そうな顔で、口元を震わせて真白はなんとか笑おうとする。
『快癒Ⅲ』
話しにくいだろうと、親切から状態異常を回復してあげる優しいみーちゃん。
銀色の粒子と共に、小さなエンジェルたちが真白の周りを飛んで、星屑をぶつける。
侵食していた木の枝も、根っこも全て石灰化して、サラサラと散っていき、光が真白の欠損していた身体を覆う。半分以上木となっていた顔も、削られていた脇腹も、存在すらなくなっていた手足も全て光に包まれる。
そうして、光がパシンと弾けると、真白は元の人間の姿に戻るのであった。
「えぇっと………」
闇夜の頬に手を当てたまま固まる真白。目を丸くして、言葉を失う闇夜たち。
「え、エンちゃん、これも治せるの!」
「うん。賭けではあったんだけどね」
狐耳をピンと立たせて、信じられないと驚愕する玉藻へと、ニパッと輝くような笑みで答えてあげる。
わかるわかる。たしかに手の施しようもなさそうな状態異常だったもんね。
ゲームではトレントによる寄生は、『猛毒Ⅱ』だった。しかし、ここは現実。どうなるかはわからなかったが……。
フギンに解析してもらったところ、こう表示されたんだ。
『帝城真白:レベル40、頭部封印Ⅲ、手封印Ⅲ、足封印Ⅲ、猛毒Ⅱ』
こう表示されたのだ。正直幸運だった。この程度なら『快癒Ⅲ』で一発回復である。ポーションなら、各部位を治すために何個も必要だけど、回復魔法なら一回である。
回復が無理なら、保管しておこうと思っていました。保管の方法は乙女の秘密ということにしておこう。
「お兄様っ!」
「お兄ちゃん!」
ガバッと真白の胸に飛び込み、泣きじゃくる二人。激しく泣くので、真白は優しい微笑みで二人の頭を撫でながら、みーちゃんへと顔を向ける。
「ありがとう、美羽ちゃん。まさかこの状態で助かるとは思っていなかったよ」
「私も助けることができて良かったです!」
目と目が合い、二人は笑う。
「なので、早く服を着てくださいね」
「あ……はい」
真っ裸なので、少女の教育に悪いと思うんだ。
「キャー、えっち!」
みーちゃんの言葉に、熟れた林檎のように頬を真っ赤にしたニニーが、真白の頬をバシンと力いっぱい叩いた。
「ちょ、ちょっとニニーさん、真白お兄様は治りたてですよ!」
「もう怪我一つないじゃない!」
「少しだけど生えてるよ!」
キャーキャーと恥ずかしそうにニニーが暴れて、ボカボカと真白を叩き、慌てて闇夜がその手を掴み押さえようとする。真白のセリフはノーコメントにしておくよ。
先程までの暗い雰囲気はなくなり、明るい空気へと変わり、内心でホッと安堵する。良かったよ、うまくいって。
「エンちゃんって、やっぱりエンちゃんだね!」
ニコニコと嬉しそうに、ニニーたちのじゃれ合いを眺めながら、玉藻が言ってくる。
ほほう、なにか含むところがあるなら正直に言ってご覧?
そうして騒ぎを終えて落ち着くまで、結構な時間を必要とするのであった。
闇夜たちが幸せそうだから、良いんだけどね。
真白を助けることができて、本当に良かったよ。




