128話 魅了されちゃったぞっと
美羽の思考は塗り替えられた。思考は空白となり、意思はなくなり、佇むだけとなった。その小柄な可愛らしい身体は彫像のようにピクリとも動かなくなる。
『道化の仮面が発動。しかし、魅了は解けなかった!』
大失敗だ。注意をしてたのに、隙を狙われた。ゲームでも、同じボス戦だったんだよなぁ。ボスは『茨の女王』で、3ターンに一度、ランダムで仲間へと『洗脳棘』がどこからか飛んでくるのだ。
ゲルズが遠隔操作で攻撃をしてくるという設定で、しかも『洗脳棘』は一度受けると、高確率で精神異常になり、しかもボスの特殊攻撃のため、回復しないと解けなくなる普通とは違う効果なのだ。
なので、初見殺しの敵だったのである。対抗手段を持たないと、回復役を攻撃されたら、普通に詰んでしまう。俺も初見は苦労したものだ。
現実では、こうなるらしい。まったく動けないし、考えることもできない。ゲームでは画面を見て悔しがったが、現実だと後ろに浮いてボーッと眺めているだけだ。
………あれぇ? なんだ、思考はできるな。身体は動かないけど。いや、なんだか、第三者視点だ。守護霊のように、ピクリとも動かないみーちゃんを見ている感じだ。
ゲーム仕様だからか、精神異常の時は第三者視点になるのか、なるほどね。たしかに『魅了』の時でも、コマンドにて行動は選択できたからな。俺ってば、つくづく人間を止めているよね。
『くははは! やったわ! どうかしら、妾の『洗脳棘』は? 妾の必殺奥義。もはや強力な解呪魔法以外では、この娘は元には戻らない。妾のものよ!』
『道化の仮面が発動。しかし、魅了は解けなかった!』
「みー様!」
「エンちゃん!」
「ちょっとしっかりしなさいっ!」
三人が茨姫と戦闘をしながら、動揺して泣きそうな顔になる。必死になって声をかけてくるが、美羽はまったく反応しない。
『無駄よ。無駄無駄無駄ぁ〜。この棘は『邪悪なる生命の木』から作った特別製。貴女たちの言葉なんて、絶対に届かないわ!』
『道化の仮面が発動。しかし、魅了は解けなかった!』
得意げに嘲笑うゲルズ。もはや勝ちを確信しているのだろう。
『クハハハ、貴女たちも素材にしてあげるから、安心するのねぇ。真白にも会わせてあげるわよん。さぁ、仲間に攻撃されて反撃できるかしらん?』
『道化の仮面が発動。しかし、魅了は解けなかった!』
『さあっ! お仲間を攻撃しなさい、鷹野美羽!』
『鷹野美羽は魅了されている!』
ゆらゆらと身体を揺らして動けないみーちゃんです。
『あ、あら? 攻撃しなさいっ! ……お、おかしいわね?』
命令をしてくるゲルズだけど、みーちゃんが動かないので戸惑っている。すまん、みーちゃんの魅了状態は見惚れて動けなくなるだけなんだ。『魔導の夜』のゲームでは、魅了は見惚れて動けなくなるだけなんだよ。
「くっ、あたしのせいね………。それなら、『カリバーンの革腕輪』なら回復できるかもしれないわっ!」
『カリバーンの革腕輪』は、精神異常にも効果がある。ニニーは苦渋の表情で腕輪を外そうとする。毒の充満するこの空間で外せばどうなるかは、結果は火を見るよりも明らかだが、それでも美羽を助けようとしてくれる。
ゲームでも同じイベントシーンあったや。シンが洗脳されて、ニニーが腕輪を外して渡すんだ。その後、猛毒攻撃を受けて倒れちゃうんだよね。
そんで……そんで……たしか……ゲルズに捕まってしまい……その後は素材にされかけるという鬱展開となって、パーティーから途中離脱するんだった。復帰はするんだけど、その際に鬱展開があってシンに惚れる展開だったかな?
現実でも同じ展開になりそうだよ。ゲームだと鬱展開がムカついたから、ボタン連打で早送りしていたんだ。
「ニニーさん、それをすると貴女が!」
茨姫の茨を刀でいなしつつ、闇夜がニニーを制止しようとするが、かぶりを振って悲痛な声でニニーは答える。
「あたしを助けて、美羽はこんなことになったんだもの。だからっ!」
『道化の仮面が発動。美羽は回復した!』
あ、回復した。
「エンちゃんなら、回復すればなんとかしてくれるかも……」
迷う表情で、茨姫の花びらの刃を躱しながら玉藻が言う。
「そうよね。それじゃ外すわっ!」
眉根を寄せて、硬い決意の表情で腕輪を手を震わせながらも外そうとするニニー。その決意には泣けるものがある。感謝しかないよ。ありがとうニニー。
「大丈夫! 回復しました!」
でも、回復しちゃった。シュタッと手を挙げて、制止の言葉をかけてあげる。
ほへ? と口をポカンと開けて唖然としたニニーだが、すぐに顔を真っ赤に変えて怒鳴ってくる。
「なんでよっ! なんか絶対に解けないとか言ってたわよ!」
「私は回復魔法使いなので、常に自己回復をしてるんでした!」
「非常識っ! そんな回復魔法使い聞いたことないわっ!」
わかるわかる。俺もそうだと思う。
だけど回復できるんだ。『道化の仮面』でね。
『道化師Ⅲ』をマスターにすると取得できる『道化の仮面』は、毎ターン50%の確率で精神異常を治すスキルだ。
これは絶対に必須のスキルだった。精神異常無効とかは、時折『貫通』攻撃で抜かれてしまうパターンが、ラストダンジョンとかではあったんだ。
そのため、精神異常を自動で治すスキルは絶対に欲しかった。東京でも精神異常を引き起こすスキル持ちの魔物は多かったしな。
運が良ければ、そのターンで治る。今回は運が悪かったけどね。『カリバーンの腕輪』が手に入るイベントは残念だけど諦めておくよ。
『ば、馬鹿なっ! その棘を作るのに三年かかったのよっ? なぜ、どうしてよぉ?』
「回復魔法使いには効かないんです!」
『キィィィ! 茨姫っ! こいつらをさっさと倒しなさい!』
悔しそうに絶叫するゲルズを無視して、弓を掲げて皆へと叫ぶ。
「一気に茨姫を倒しちゃおう!」
「了解です!」
「わかったよ〜」
「仕方ないわねっ!」
もう隙を見せない。美羽の言葉に、戦意を向上させて、闇夜たちは戦闘を再開する。
「グキャア!」
茨の鞭を振るい、花びらの刃を撃ち出す。根っこからの槍衾、口からは猛毒の息を吐いてくる茨姫。
闇夜が刀で鞭を弾き飛ばし、花びらの刃を玉藻が狐火で燃やす。槍衾は素早く回避して、時折魔法障壁を貫かれてしまったら、素早く回復。猛毒の息は『猛毒Ⅱ』であったが、もちろん美羽がすぐに癒やす。
闇夜が『連撃』を使用して、高速の刃の軌跡を残し茨姫の身体を切り裂く。体勢の崩れたその隙を狙って、炎を玉藻が叩き込む。美羽は、せっせと回復しながら、弓で地味にダメージを与えていく。
じわじわとこちらへと形勢は傾いてくる。あれから『魅了棘』や『混乱棘』が飛んできたが、問題なく回復させておいたので、脅威にはなっていない。
それぞれがしっかりと役割分担どおりに戦闘をしていくが、一人だけ困ったちゃんがいた。
『ストーンブラスト』
石礫をニニーが放つが、茨姫に完全抵抗されて消えていってしまう。
「くっ! こいつ魔法抵抗高すぎでしょ!」
ニニーだけは、さっきからほとんど魔法が入っていないのだ。3発に1発入るといった感じか。威力がしょぼすぎる。
何度も魔法を放って、悔しそうな泣きそうな顔になるニニー。天才たる自尊心が壊れそうだ。このままだと魔法を使うたびに『強化魔法陣』を使いそうなので、とても困る。
「ニニーちゃん! ニニーちゃんの魔法は弱すぎるんだよ」
「うぐっ………し、知ってるわよ! 本当はあたしが弱いなんて! 自分の魔法が弱いなんて……こうなったら……」
必死になって隠していた弱点を知られて、ニニーは泣きそうな顔だ。魔塔では、誰一人気づかなかった。なぜならば、試験はどれだけ高度な魔法を使えるかが判断基準で、威力は見られなかったからだ。
それに、ニニーは試合では負けなし。天才だと言われるのも無理はない。彼女自身、研修での魔物との実戦では『強化魔法陣』を使って誤魔化していた。うん、実は基本魔力は低いんだ、ニニーって。
ニニーは唇を噛み締めて、予想通りにタクトを振り上げ、『強化魔法陣』を使おうとするが、それは駄目だ。
「でも、ニニーちゃんは精緻な魔法を使えるよね! だから、皆に支援魔法をかけてあげて! たぶんニニーちゃんの戦い方に合ってると思う!」
「支援魔法?」
「うん、闇夜ちゃんたちにかけてあげて!」
コクリと強く頷いてみせる。攻撃の魔力は弱いが精緻な魔力操作を使えるニニーにはぴったりだと思うんだ。
たぶん30%ぐらいステータスが上がると思うよ。ゲームで知ってるとか、ソンナコトハナイヨ。
「支援なんて目立たないじゃない!」
「目立つ支援魔法を使えば良いよっ!」
「目立つ支援魔法……ありねっ!」
ニニーはみーちゃんの言葉に、顔を俯けて考え込むが、すぐになにかに思いついたのか、顔を輝かせる。
「今まで使おうとしたことはなかったけど、これがあるわっ!」
タクトを振り上げて、詠唱を始めるニニー。イングランドの古き……とか、なんとか長い詠唱だ。
隙だらけなので、根っこに狙われちゃうニニーだ。仕方ないので、弓で掩護する。ちょっと長いんだけど。後で猛練習してね? 発動まで2ターンかかる支援魔法なのは知ってるけどさ。
『騎士王の円卓』
ニニーがタクトを振るうと、蒼い光の粒子が舞い、神秘的な輝きの魔法陣が地面全体に描かれた。
神秘的な光に煌々と照らされる闇夜たち。みーちゃんの体からも力が漲ってくるのがわかる。
「これは……凄まじい力です」
「これならいけるよ!」
闇夜と玉藻が自分の手をニギニギと握って、感心の声を上げる。たしかにチート魔法だよ。
『騎士王の円卓』は、パーティー全体の全ステータスを30%上げて、かつ物理、魔法ダメージ軽減。精神異常、状態異常耐性がつくんだ。まさにチート魔法である。
「これならいけます!」
全身から闇のオーラを吹き出して、闇夜は突きの構えをとる。
『闇剣3式 黄泉送り!』
ダンと地面を蹴ると、放たれた一条の闇の矢となって、茨姫へと肉薄する。茨姫は根っこの壁を作るが、あっさりと貫いてその身体を大きく削る。
「コンコンまほーっ!」
黄金の粒子に身体を覆わせて、金色の瞳をカッと見開くと、玉藻が扇を高々と振り上げる。
『九尾の狐変化!』
玉藻が輝き、巨大な九尾の狐へと変身して、茨姫に槍のように尻尾を突き出すと、貫いていく。
強力な支援魔法で、自身の限界を超える魔法を使えるようになったのだ。覚醒モードというやつだろう。ゲームと少し効果が違うみたいだ。羨ましい。
「ワタシモシンジラレナイチカラガー」
もちろん、みーちゃんも覚醒モードなので奥義を使う。『狩人Ⅳ』となり、マスターとなって使えるようになった武技だ。モブには覚醒モードなんてなかったような気がするけど、気のせいにしておく。
空気は読まないといけないと思います。
ゲームだと、原作キャラはそれぞれかっこよい覚醒イベントがあった。俺もいつ覚醒イベントがあるのかなとワクワクしていた。
モブの覚醒イベントは無しでクリアとなった。
鬱展開だ。思い出しちゃったぜ。
今回は覚醒イベントがみーちゃんにもあることにしておこう。
『サテライトアロー』
天へと弓を掲げて、矢を打ち放つ。魔法の矢は天井で消えると、キラリンと輝き、光の柱を茨姫の頭上に落とした。
膨大な白光の柱が、茨姫を押し潰し、その光で消滅させていく。皆の目が眩む程の白光が柱となって、広間に聳え立つ。
「ぐぎゃぁぁ!」
皆の攻撃でぼろぼろとなっていた茨姫に抵抗できる術はなく、苦悶の表情で身体が光の中に消えていくのであった。
「やった! 皆の力が合わさったね!」
やったねと、弓を掲げてぴょんとジャンプする。
「ふふっ、そうですね、みー様」
黒髪をかきあげて、刀を鞘に収めて闇夜が微笑む。
「ニヒヒ〜、大勝利っ!」
ブイサインで、ニヒヒと玉藻が尻尾をぶんぶんと振る。
「あたしのおかげねっ! これからは支援魔法の天才と呼んで!」
ニニーが新たなるプライドをたてて、タクトを手の中でくるりと回す。
皆の力を結集して、ようやく美羽たちは強敵茨姫を打ち倒すのであった。




