126話 植物園見学だぞっと
不気味なるダンジョンだった。なにが怖いかというと、その環境が怖い。
かなり広い通路だ。横幅は30メートルはあるだろう。予想外に広い通路だ。それだけ敵も展開しやすい場所だということだろう。
暗闇の中でニニーの生み出した光源が辺りを照らすが、蔦に覆われた壁や床、でこぼこのおうとつがあり、蔦が絡まり小山となっているところもある。
太陽の光は完全に届くことはなく、反対に魔法の光源があるために、光が届かない箇所は真っ暗だ。ゲーム仕様の美羽の『暗視』でもわからない。
常に毒々しい色彩の花が、ガスでも吹き出すように、プシュープシューと毒花粉を吹き出している。暗闇では蔦がズリズリと蠢いており、怖すぎる環境だ。
正直な気分で言うと、防護服完全装備でも、ここにはいたくない。なんだか、寄生とかされそうである。
とはいえ、見た限り低レベルだから、問題ないんだけどね。気分の問題だ。低レベルと判断した理由は簡単だ。
『麻痺毒Ⅰを受けた。しかし、美羽には効かなかった!』
という、ログが延々と宙には表示されていたのだ。
うん、物凄いうざい。ネトゲーなら、ログ表示無効とか設定できるけど、さすがにオフゲーでそこまでの設定はできなかった。あれって、ネトゲーだと、延々と様々なログが出力されるからあった仕様だもんね。
毎分一行の割合で出力されるログである。画面を最小化しとこ。
毒の地形を歩いてると判断されているらしい。皆は厳しい表情で歩いている。
「皆、マナが尽きたらおしまいよ。自分のマナも防毒のマナもね!」
「わかっています。真白お兄様を見つけ次第脱出します」
「オーケーよ。でも、『鏡渡り』のマナは残しておかないとまずいから……」
その先は言い淀むニニー。現状把握はしっかりとできているらしい。ゲルズと戦闘をするのは危険すぎるが、倒せるとも考えているのだろう。マナの消耗率を考えているようだ。
「任せて! コンコンって倒しちゃうよ」
「私の練習の成果を見せる時です」
闇夜と玉藻も勝てると信じているらしい。幼いのに、三人は魔法使いとしてかなりの強さを持っている。たしかにそんじょそこらの敵では相手にはならないに違いない。
問題はゲルズはそんじょそこらの敵ではないということだ。『ニーズヘッグ』の5人衆の一人、嗤う植物園の所長『ゲルズ』は、二つ名はかっこ悪いが、その戦闘力は極めて高い。
だが、闇夜たちを強く止めない理由は、原作よりも遥かに早いイベント発生となっているからだった。
『魔導の夜』では、このイベントはもちろんシンが学園に入ってからだ。即ち、まだまだ発生するわけがないイベントなのだ。
本来はこの悪夢の植物園は、育っており凶悪な迷宮となっている。しかし、今は『防毒の指輪Ⅰ』程度で防げる毒。周りの魔物も弱い。
早すぎるのだ。ゲームでいえば、年月が経つほどに強くなるボスなのに、真っ先に攻略を仕掛けた感じだ。6英雄といえども、最初に狙われたら雑魚だったということである。
新しい植物園というだけあって、作りたてなのだろうし、恐らくは植物を操り、強化する神器である宿り木『ミストルティン』も手に入れていないに違いない。
この状態ならば、今の闇夜たちでも逃げるぐらいはできるはずだし、鬱展開をなんとかできるかもしれない。
この目でどうなっているか見ないといけない。これはストーリーにあったイベントであるが、ストーリーどおりのイベントではないのだから。
「皆さん、魔物です!」
考えながら歩いていると、鋭い声で闇夜が注意を促してくる。すぐに気を取り直して、弓を構えて臨戦態勢をとって、周りを確認すると、魔物の姿が目に入ってきた。
根っこをひょこひょこと足代わりに動かして、蔦の陰から歩いてくるのは、風車のような花びらを持つ魔物だ。その後ろからも、多くの魔物が続いて姿を見せる。
指示を出さなくとも、フギンは次々と現れる魔物を解析してくれた。とっても良い子だ。
『刃花:レベル18、弱点 火』
くるくると花びらを風車のように、回転させながら迫ってくる。よく見ると花びらは金属のように固く、花の先端は刃と化している。
うじゃうじゃと蔦の隙間を植物の身体を利用して抜け出てくると、獲物を見つけたと嬉しそうに集まってきた。その数は30体はいるだろう。
『刃の花びら』
刃花は、花びらをみーちゃんたちに放つ。花びらをプチリと切り離すと、飛ばしてきたのだ。
ひらひらと舞うように飛んでくる優しい攻撃ではない。まるでブーメランのように勢いよく飛ばしてきており、花びらの側面が鋭い刃であるために、極めて危険な魔法だった。
「はぁぁぁっ!」
『闇剣一式 巨骸剣』
黒髪の美少女は裂帛の声をあげて、漆黒の刀にマナを巡らせる。刀におどろおどろしい闇のオーラが生み出されると、骸骨がその刀身を覆う。
闇夜は作り出した10メートルの刀身を振るう。重さを感じさせない軽い動きで一閃すると、襲い来る花びら全てを弾き飛ばす。
地面に足を強く踏み込むと、闇夜はおさげをくるりと首に巻き、強き目つきで切り返す。
『巨骸剣散弾』
刀身を覆う頭蓋骨がケタケタと嗤うと、バラバラに解けて散弾となって飛んでいく。無数の頭蓋骨から成る闇の散弾が刃花へと食いつくと、バリバリと食い荒らす。
エフェクトが物凄い情操教育に悪い武技である。なんだか、夜に一人で眠れなくなっちゃうよ。
「下だよ!」
玉藻の注意に、闇夜はその場をタンと飛翔して離れる。その場から槍と化した根っこが飛び出すが、当たることはない。
地面が捲れ上がり、根っこの槍が闇夜を追いかけてくる。くるくると身体を回転させながら、ぎりぎりの見切りでもって、闇夜は全ての攻撃を躱す。
「『茨姫』よ! 気をつけて、根っこを槍と化して攻撃してくるの!」
ふわりとニニーが空中に浮いて、自分へと攻撃してくる根っこを回避していく。
「りよーかい!」
『蜃気楼』
姿を消して、幻を囮にして逃げる玉藻。
「踊ります」
『みかわしの舞Ⅳ』
既にここまで来る間に、『道化師Ⅳ』へと熟練度は上がっている。回避率大幅アップの最高レベルの『みかわしの舞Ⅳ』を使い、地面から飛び出す根っこを舞いながら回避する。
5ターン間しか効果はないが、回避盾には必須のスキルだ。みーちゃんの身体から光の粒子が鱗粉のように舞い散り、一寸の見切りで躱す。
クンと身体を半歩ずらすと、目の前を根っこが通り過ぎていく。トントンと地面をリズミカルに踏み込み、次から次へとみーちゃんを貫こうとする根っこを全回避していった。
「『切り株とむし』もいるわ! 甲羅が硬いから気をつけて!」
ニニーが指差す先には、切り株を甲羅に背負っている2メートル程の大きさのカブトムシがわさわさと這ってきてくる。
「あそこの花が動いてるよ!」
「『人食い花』ね! 毒を吹き出すから気をつけて!」
花弁がすり鉢のように牙となっているラフレシアのような花が、カサカサと虫のように繊毛のように生えた根っこを動かして近づいてきていた。
「たくさんいるね!」
『切り株とむし:レベル25弱点 火』
『人食い花:レベル22弱点 火』
フギンがみーちゃんの命令を先読みして、魔物を解析してくれる。たいしたレベルじゃない。魔法や毒で攻撃されても、たいしたことはない。ダメージを受けたら、回復するよ。
「ニニー様に任せなさい!」
空中を飛びながら、ニニーはマナをタクトに流して、素早く振るうと魔法陣を描く。いくつも空中に魔法陣を描くと、魔物の群れにタクトを指す。
『魔法強化』
『連弾化』
『風烈輪』
1メートル大の風の輪が5個生まれる。物理的な力を宿し猛回転してシュイーンと丸鋸のような音を立てて飛んでいく。
切り株とむしも人食い花も、風烈輪に切り裂かれて、地面へと倒れていった。風烈輪は一匹を切り裂いても止まることなく、次々と魔物を分断していき、無数の魔物はあっという間に駆逐されていった。
「ど、どう? 魔塔の天才の力は!」
フフンと自慢げに胸を張るニニー。
たしかにたいした力だ。魔法の威力は一級だが………。
肩で息をして、ニニーは汗をかいている。疲れているのだ。『魔法強化』はマナの消耗を3倍にする。消費が激しいので、雑魚相手には使わなくても良いはずだけど………。
「まだまだマナはあるわ! どんどん来なさい!」
タクトを軽やかに振ると、ニニーは新たなる魔物の群れへと魔法を使う。
「真白お兄様を助けるまで、マナを節約してください」
「わかってるわ! どんどん行くわよ!」
「はい!」
闇夜とニニーがお互いに連携をとりあい、攻撃をしていく。玉藻も支援のために、幻影を生み出すと敵の囮になって、駆け回る。
通路の蔦の隙間から、魔物はどんどん現れてくるが、三人は怯むことなく殲滅していく。
「私も掩護するよ!」
『ニンフの踊りⅣ』
腰をふりふり、平坦だけど胸元をちらりと見せて、みーちゃんダンシング。魔法の力がドレスと変わり、みーちゃんの身体を覆う。
そうして、ひらひらと狩衣を翻し、クルリンと回転して、可愛らしい踊りを踊る。
『切り株とむしは魅了された! 踊りに見惚れている』
『刃花は魅了されなかった!』
『人食い花は魅了された! 踊りに見惚れている!』
格下のため効果は高く、半分程の魔物が魅了されて、その場で佇むとみーちゃんの愛らしい踊りを眺めて動きを止める。
『ニンフの踊りⅣ』は名前どおりに、魅了して操るわけではなく、敵の注目を集めて動きを止める武技だ。最低一ターン。最大で三ターンの動きを止めるのだ。
「非常識な力ね!」
「これなら、敵の動きを止めることができるから、マナを節約できるよ!」
敵はみーちゃんダンスに見惚れて、身体をゆらゆらと揺らして動きを止めている。敵の半分の動きを止めることができれば、戦闘はかなり楽になる。
それに最大のメリットがあるのだ。
それが何かというと………。
『ニンフの踊り』は、全体への効果を及ぼす武技なのだ。なので、群れが現れても、全部みーちゃんは一回は攻撃したことになる。
ぐんぐんと熟練度が上がっていくよ。これなら、『狩人Ⅳ』もマスターできるだろう。
危なげなく敵を駆逐して、先に進むこと一時間。通路を進んだ先に、茨が絡みつく蔦の門前へと辿り着いた。
「皆、待って! この先にゲルズはいると思う!」
たぶんボス部屋だ。最低でも『茨姫』が待ち受けているだろう。残念ながらセーブ部屋は見当たらない。
「そうですね。みー様の言うとおりだと思います。準備をしましょう」
「フォーメーションを決めないとね」
「あたしの最高魔法を食らわしてやるから、任せなさい!」
三人は真剣な表情で頷くけど、そうじゃないんだ。
「んとね、私の考えた作戦があるんだけど聞いてくれるかな?」
この扉の先。もしかすると、もしかするかもしれない。
ゲルズの性格はゲームで見た。そして、その先の展開も。それを元に作戦をたてようと思う。
モブなみーちゃんは、正々堂々とボスと戦う必要はないからね。




