124話 槍使い
隻眼の老人。即ち、美羽を支援に来たオーディーンはボサボサの白髭を撫でながら、思念を送る。
『お嬢、お主どこにおる?』
『みーちゃんモード解除中、みーちゃんモード解除中ピコンピコン』
可愛らしい少女の思念が返ってくるので、半眼となる。
『ふざけている場合か? 合流場所は変なことになっていたぞ』
『最近はみーちゃんの意識が強いんだよ。っていうか、長政と戦闘してるんでしょ? 長政を直接見て、ようやく思い出したよ、あいつ敵だった。雑魚ボスでいたよ。いや、雑魚ではなかったかなぁ。う〜ん、ゲーム的には雑魚だったんだよね、硬いだけだったし。皆をお助けした?』
ゲーム的にはとの返答。観察していたところ、たしかに単純極まる力しか持っていないようだったので、ゲーム時のお嬢には雑魚だったのだろうと苦笑する。どこまでいっても、敵の強さをゲーム基準で考える者だ。
しかし、やはりというべきか。あの傭兵たちの出現は予想してはいないようだった。
『いや、まだだ。変な奴がいてな。追い払ったところだ』
殺す気で攻撃はしなかった。まだ人間内で収まる魔法で攻撃をして、倒せれば良し。倒せなければ、オーディーンは本気を出すつもりだった。
こちらをドルイドと勘違いするのは予定通りだった。ドルイド狩りに怒って現れた凄腕魔法使いをやろうよと、お嬢が提案してきたのだ。
たしかにオーディーンの姿はドルイドと勘違いされてもおかしくない。相変わらず、狡猾な少女だ。
『変な奴が? こっちにニーズヘッグのゲルズはいるみたいだよ? 他の奴?』
『ストーリーを思い出したのか?』
『うん、長政を見て芋蔓式にね。人間の記憶は連鎖しているからさ。一つを思い出したら、それに関わるストーリーも思い出したんだ。アニメでは改変されていて、名前も出なかったけど、ゲームではでてた」
もう少し早く思い出せれば良かったんだけどと、悔しがりながら、美羽は話を続ける。
『ゲームではお兄ちゃんって呼ばれてたけど、名前はでなかったんだよね。闇夜ちゃんの兄だったのか。メインストーリーはボタン連打したけど、全体像はざっと読んでたんだ。その中に書いてあったんだけど……なんというか鬱展開のやつ。んん? もしかして闇夜ちゃんはあのヒロインか? ゲームでもいたな……同じ名前のヒロイン。……ま、まぁ、いっか。だいぶ変わったけど、良い方向に向かったと思うし』
朧気な記憶でも、なにかきっかけがあれば思い出すことはある。バターを塗ったパンを床に落としたことで、同じことをした昔の出来事を思い出したりと。その日の記憶が連鎖して思い出すこともある。
闇夜のことも、なにかを思い出したらしいが、気にすることはやめた模様。オーディーンにとっては、どうでも良いことだ。
其れよりも確認しないといけないことがある。
『なるほどな。しかし、そこに偽のゼピュロスや、漆黒の鎧を着込む男はいたか? 漆黒の鎧の男は、儂のⅣレベルの魔法を消したぞ』
『Ⅳレベル? マジか……逃げられたんだな?』
そんなあからさまな敵は顔見せだろと、お嬢は決めつけてくるが、たしかにそのような流れであったと苦笑してしまう。
面白そうな相手ではあった。興味深い魔法を使う相手であった。
『勘が良いな。なにか不思議なことを言って、去っていった。あとは長政という男と、ポイズントレントたちだな』
『了解。それじゃお助けして恩でも売っといてよ。高値でよろしく』
『そちらは大丈夫なのか?』
『現在、ダンジョンで魔物と戦闘中。弄ばれてます』
『わかった。大丈夫ということだな』
その声に僅かに怒りが混じっていることに気づき、通信を切る。怒っているお嬢の邪魔をすることもないだろう。
「さて、では助けるとするか」
「助けてくれるんですね!」
なぜか真っ赤な猿が自分の周りを興奮してウロウロまわっていたが、気にすることなく周囲を確認する。猿ではなく人間のようだが、どうでも良い。
『ムニン』
その一言の思念に従い、隠れ潜むカラスがカァと鳴き、紅き瞳になる。
『ポイズントレント:レベル22、弱点火』
「雑魚だな」
もう一人、戦闘を仕掛けている唯一の人間へと鋭く眼光を送る。他にもいたが、魔物よりも優先して武士団が殺したようだ。
『弦神長政:レベル58、物理無効、魔法無効』
「なるほどな。硬いだけか」
激しい戦闘を繰り広げているが、よくよく見れば、赤髪の男は冷静に攻撃を受け流して、最低限のダメージに抑えている。
その光景を見て、オーディーンにはある疑問が首をもたげている。
それは人間の強さを示すレベルが、本当にそのレベルどおりなのか? ということだ。
魔物はそのレベルどおりなのだろう。奴らは本能に従いその能力を十全に使う。
だが、人間はというと、甚だ疑問が残る。美羽や自分のようにゲーム仕様と思われる存在ならば、常にそのレベルと熟練度にあった行動をとれる。
しかし、この世界の人間たちは、身体能力以外にも、武器や装備の能力、そして人間自身の技の熟練度、敵対者への心の持ち方など、様々な要因が絡む。
現に今も圧倒的にレベルは高いのに、赤髪の男を倒すことができないどころか、受け流されている。レベルに合った能力を持っているとは、とても思えない。
武士もそうだ。レベル22を超える武士が多いのに、ポイズントレントとの戦闘は苦戦を強いられている。
敵の方が数が多いとはいえ、だらしないことだ。
「魔導鎧に頼りすぎた弊害ということもあるのだろうな」
腕を持ち上げて、つまらなそうに空中をかき混ぜるように動かし、魔法の力を張り巡らせると、フッと冷笑を浮かべた。
「同じ種類の敵であるのは幸運だった」
『氷結龍Ⅱ』
オーディーンの魔法は発動し、天に暗雲が生まれて、水晶のような美しさを持つ氷の魔法陣が描かれる。
「クォォォォン」
そして、魔法陣から龍が顔を覗かせた。咆哮と共に、百メートルにも及ぶ巨大な氷龍の頭が地へと降りてくる。その後ろに生やす氷の胴体がくねりながらあとに続く。
真夏の空間に霜が降り、冷気が漂い吐く息が白くなる。
「な、なんだ、あれは!」
「馬鹿げた大きさだ」
「ま、魔法なのか」
木々を掻き分けて、戦場へと降りてくる氷龍に、皆が恐怖し身体を震わす。
氷龍は動揺し恐怖する武士団を気にすることなく、地面すれすれへと降りてきた。もちろん武士団は巨龍を躱すこともできずに、氷の身体に押し潰される。
そう思って、身体を強張らせたが
「あ、あれ?」
「潰れていない」
「俺たち、氷龍の体の中にいるぞ!」
彼らは押し潰されることもなく、まるで水中にいるかのごとく、氷龍の体内にいた。息も可能であり、見かけと違い寒くもない。
「クォォォォン」
再び氷龍は咆哮をあげると、地面すれすれを飛び回る。木に体を擦りつけるように進むが、樹皮一枚凍らせることもなく、一本の大河が流れるように飛んでいく。
しかし、人間はまったく凍ることはなかったが、ポイズントレントは別であった。氷龍が通り抜けたあとには氷木のオブジェクトとなり、凍りついていた。毒の花粉も全て雪の結晶となって、地へと降り注ぐ。
森林内を氷龍は遊弋していき、対抗しようとするポイズントレントたちを尽く呑み込んでいく。
僅か数十秒の間に、ポイズントレントは全て氷木となって駆逐されるのであった。
静寂と共に、天へと頭を向けてひと鳴きすると、氷龍は細かな雪へと姿を変えて、まるで最初から存在しなかったかのように姿を消した。
氷龍がいた証拠は、ただ氷のオブジェクトが夏の日差しを受けて、輝くのみとなったのである。
「ふむ、こんなものか」
範囲魔法でも、配置されている場所に関係なく、グループ攻撃をできる『氷結龍Ⅱ』。
オーディーンはそれを使って、ポイズントレント達を倒したのである。同じ種類の魔物だからこそ、可能となった攻撃方法であった。
パンと手を打ち、最後の目標に顔を向ける。長政とやらは、戦闘を止めて呆然としていた。目の前で行われた魔法の力を見て、信じられないと顔に書いてある。
「な、なんだ、てめぇ? 化け物か?」
「ふむ……やりすぎたか? いや、これはまだ人間の使える域であろう」
動揺して後退る長政へと近づく。こいつを倒して、命令は達成だ。力の使い方を知らぬ馬鹿者だが、相手にしなくてはなるまい。
「は、ははっ! しかし俺には効かねぇ! 未来の伝説を作る英雄たるっ、俺にはなぁ!」
気を取り直して、赤髪の男を無視して、こちらへと構えを見せる。
「俺様の『神拳』を喰らえぇっ!」
拳に高密度のマナを集めると、長政は踏み込みだけで地面を爆発させて、超加速をし殴りかかってきた。
「未来の英雄か」
『グングニル』
アイテムボックスから、専用の槍を取り出し、手に持つとヒュルンと回す。
レベル50になったことで、『槍使いⅣ』が解放された。オーディーンはかつての力を取り戻し始めている。
『エイミング』
くるくると槍を回転させると、迫る『神拳』を絡めとるように槍を回転させる。ふわりと長政の腕が浮くと、槍を手元に戻し石突にて胴体を突く。
「げはぁっ!」
『神鎧』で守られているはずの、長政の身体に石突はめり込み、くの字に折ると吹き飛ばす。
地面へと転がり、苦悶の表情でえずきながら、恐怖の表情で長政はオーディーンを見てくる。
「な、なんだ? なぜ、俺の『神鎧』が?」
「つまらぬな……。物理無効、魔法無効なぞで良い気になっていたか、小僧」
グングニルは神の槍だ。その特殊能力の一つは攻撃が『万能属性』となる。無効能力は意味を成さない。
無論、教える気はないが。
「ま、まぐれだ、まぐれだあっ!」
長政は叫びながら、超加速をしてオーディーンに迫ってくる。たしかに身体能力はたいしたものだ。
「あとはつまらないがな」
右拳のストレートを憤怒の表情で繰り出す長政。その拳に槍の先端を合わせて突く。拳に槍がめり込むと、グシャリと潰し弾き飛ばす。
鮮血を右拳から流しながら、無理矢理体勢を戻して、左足からのミドルキックを放ってくる。オーディーンは半身をずらして、キックを紙一重の見切りで躱すと、クンと膝を僅かに落として、槍の三連撃を撃ち出す。
トストストスと、長政の魔導鎧に突き刺さると、重装甲をへしゃがせて突き破る。
「うぎゃー! お、俺の無敵の拳が! 鎧が! ど、どうなってやがんだ、いてぇ、いてぇよぉ〜」
拳は砕かれて、鎧は貫かれ、長政は脂汗をダラダラと流し悲鳴をあげて、流れる血を押さえようと慌ててうずくまった。
「その魔法のお陰で痛みというものを感じたことがなかったようだな。これで終わりだ」
隻眼を細めて、グングニルを構え直す。雑魚といったお嬢の言うとおりであった。ろくに武技も持たずに、体術も全然訓練が足りない。才能だけでやっていくつもりの子供だったのだろう。
だが、トドメを刺すかと、つまらなそうに槍を繰り出そうとするが、制止の声がかけられてきた。
「老翁よ、お待ちを! そいつは反逆者です。捕らえて皇帝へと突き出し、罰を与えねばなりません!」
「私からもお願い申し上げます!」
赤髪の男。たしか、粟国燕楽という男が制止の声をかけてきていた。聖奈という少女も、同じように願ってくる。
「仕方ないか。できるだけ高値に、だったな」
高値という言葉に、燕楽は眉をピクリと動かし敏感に反応した。
「老翁よ。ここでの貴方の功績。莫大な報奨を皇帝陛下は授けると約束しましょう。もしも、満足できぬ場合は、この粟国燕楽が粟国公爵の名に誓い、代わりに払いましょうぞ!」
「わ、私からも個人資産からお払いすると約束します」
やれやれと、オーディーンは嘆息する。
「わかった」
『足払い』
「ぶへぇっ!」
腰を落とすと、這うような体勢で回転し、槍を振るう。話し合っている隙を狙い、足に力を込めて跳躍し逃げようとしていた長政は、跳躍する寸前で足を払われて転倒する。
「ふん、わかった。しかし、このまま逃げられて悪さをされても困る」
オーディーンは槍に指をつけると、スイッと流れるように動かす。
『封じのルーン』
オーディーン魔法の一つ。ルーン文字だ。ボウと青白い炎の文字が槍に宿る。
『封じのルーン』を付与した武器で、次に専用武技を使うと、狙った箇所を永遠に封印できる。とはいえ、封印できるのは武技だけだが。
しかし、この世界のことを研究しているオーディーンには、ある確信があった。
『死足封技』
フッと槍を振るうと、長政の足を通り過ぎる。
皆がどんな魔法を使ったのか、ゴクリと息を呑む。この謎の老人が使った魔法の威力は凄まじいと、目の前で見せつけられたからだ。
「な、なんともねぇ?」
怯えてガタガタと体を震わす長政が不思議そうな顔になる。
ふむと、オーディーンは頷くと、再び『封じのルーン』を槍に描く。
永遠に部位封印を行える武技。封印Ⅳにする武技だ。もちろんデメリットはある。部位封印無効の敵には通じない。主にボスが持つ能力だ。
そして、ルーン文字を書くのに一ターン、武技を使うのに一ターン。そして、この武技は敵にダメージを与えることはない。
最後に格下の敵であっても、発動率は5%以下であった。もちろんゲームで美羽は一度しか使わなかった。こんなん使えねーと。
というわけで、足を封印するのに15回も同じことをするオーディーン。
いまいち決まらなかったが、仕方ない。そういう技なのだろうと、皆が理解したのであった。
しかし、効果は絶大であった。
「あ、足に力が入らねぇ! マナが流れねぇ!」
緊張感を無くし、隙があったら逃げ出そうと考えていた長政は青褪めて叫ぶ。まるで堰き止められるかのように、今まで簡単に流れていたマナがまったく足に流れなくなったのだ。
やはりとオーディーンは内心で頷く。武技が使えない状態とはなにか? 恐らくはマナが流れない状態になると予測していたのだ。
「うむ、では次は腕だな」
やれやれと呟くオーディーンの言葉に、首を横に激しく振って、長政は泣き叫ぶ。
「や、やめでぐれぇっ! 俺からマナをどっだら、なにがのごるんだぁっ」
次に振られる槍が、段々と迫るギロチンに思えて、許しを乞う長政だが、もちろんオーディーンがその言葉を聞き届けることはなく、17回目に腕の封印が発動したのであった。




