122話 無敵なる男
弦神長政。混乱の世界で自身の力を試したいと、馬鹿な理由で皇族を裏切った男だ。曰く、皇帝の重鎮を殺していけば、日本は戦国時代よろしく混沌の国となるとのことであった。
その後も皇帝の重鎮を次々と殺していく男だ。
表向きには帝城真白と共に死亡したとされていた。アンブローズ・ニニーが探していた真白の仇である。
正直、本当にそんなことを起こすのかという疑問はあった。なにせ、今は皇帝の権威は強く、真白一人消えても、それほど混乱は起きないと思い、原作通りになるか、疑っていたのだ。神たる勝利の痛恨の失敗だった。
やはりストーリーは原作通りに動く。疑ってはいけなかったのである。
「父上、ここは僕に任せてポイズントレントを倒してください。あの毒は危険です」
「む……そうか、わかった。さっさと倒して、この場を脱出するぞ」
「わかりました」
長政を倒すのには時間がかかる。その間に毒が充満したら自分たちの負けだ。そのため、長政を受け持つと告げる勝利の言葉に親父は頷き返す。
バチリバチリとウィンクをするのも忘れない。親父なら、この意味に気づいてくれると信じている。
本来なら聖奈に、かっこいい自分を見せて好感度を上げたいところだが、そんな余裕はない。そもそも今浜が用意していた魔石を使わなかったのは、たんに自分の用意した魔石の方が高価であったからだ。
原作に今浜などというネーミングキャラはいなかったので、裏切られるとは想定していなかった。神である勝利といえども、書かれていない内容は知ることができなかったのだ。
たぶん今浜は雑魚だったのだろう。なんだよ、長政と義景って。今浜の野郎の名前を聞いておくべきだった。神たる勝利を騙すとは許せない。
「くく、良いね。まずはガキを殺しておくか」
含み笑いをして、巨漢の長政はズイと踏み込んでくる。嫌な笑いを見せる野郎だ。学校で何でも思い通りになると勘違いしていた喧嘩の強い不良を思い出してしまう。
前世での勝利は一般人らしく、さり気なく距離をとっていたものだ。
「てめぇもガキだろうが。僕に敵うと思ってんのか」
まだこの時点では14歳のはずだ。全て力でなんとかなると信じているのだ。力のある者が厨二病をこじらせると、こうなるといった感じだろうが。
長政は専用魔導鎧『玄武皇』を装備している。メタリックグリーンで、重装甲の鎧だ。鱗のように魔導鎧の装甲が光っている。
防御力を重視した魔導鎧だ。その性能を原作で知っている勝利は余裕の笑みを見せて、背中に担いでいたグレイブを持つ。
あの魔導鎧の力、そして長政の固有魔法。その弱点も知っている勝利は思う。
勝てねぇよと。
僕じゃ敵わない。相性が悪すぎる。というか、こいつはシン以外には絶大な力を発揮する相手なのだ。
しかし、秘策がある。長政と戦う可能性があるので、しっかりと準備してきたのだ。
もう一人の敵は恐らくは戦わない。あいつの性格からいって、ここから去るつもりだろう。
転生者たる闇夜なら切り札の一つや二つ持っているだろう。鷹野美羽を助けることができると信じている。助けられなければ、その未来は鬱展開だ。
多少罪悪感は湧くが、助けようがないので、仕方ない。なんとなく胸が心苦しいが、自分だって危険な状態なのだ。
「いくぜ!」
「かかかかててて」
かかってこいと、かっこよく答えようとして、恐怖から吃ってしまう。
長政が僅かに腰を落とすと、足を踏み出して勝利へと向かってくる。ドンと地面が弾けて小さなクレーターを跡に残し、拳を繰り出してきた。
『紅蓮水晶盾変化』
勝利は直ぐに自分の残る26個の紅蓮水晶を操作して、自身の前に展開させた。
6個の水晶を基点にして、魔法陣が描かれて、紅く光る半透明の魔法盾が生まれる。
長政の拳は魔法盾へと触れて、その攻撃を阻まれて弾かれた。反動を受けて、体をよろけさせて、長政は後退る。
「ほう、さっきの盾よりかはマシなようだな?」
熊みたいな顔を愉悦の表情へと変えて、長政は嗤う。
「当たり前だ。今度のは僕自身が操作しているからな!」
勝利の目の前に展開された魔法盾は合わせて4層。どのような攻撃をも防ぐんだと、口元をヒクヒクと引きつらせながら、教えてやる。
これで諦めてくれねぇかなと、勝利は考えるが、長政は逆に楽しそうな顔で拳を腰だめにしてきた。
「良いね。俺様の攻撃を防げたのは、お前が3番目だよ!」
「あ、あきゅらめて、投降しろ!」
「口元が震えているぜ?」
再び長政が仕掛けてくる。土埃を撒き散らし、地面にへこみを作りながら接近してくる姿はまるで猪のようだ。しかも視認も難しい速さで懐へと入ってこようとする。
「させるかよ!」
盾を前に配置して、勝利は手のひらを翳すとマナを練る。
『溶岩流』
突進してくる長政の前に、大きな溝が横に走る。溝から溶岩が吹き出す。高速の速さで突進していた長政は止まることなく、溶岩の中へと入りこむ。
同様にワラワラと現れたポイズントレントたちの何匹かも迫ってきており、同じく溶岩の中に飛び込む。
岩をも溶かし、川とする超高熱の前に、ポイズントレントはマッチ棒のように燃えだし、灰となる。
「死ねや、こらぁ!」
しかし溶岩の中を突き破って、姿を現した長政は焦げ一つなく、拳を繰り出してくる。
再び4層の魔法盾が展開されて、長政の拳を阻むが、1層の魔法盾の構成に歪みが走り、支点となっていた水晶が砕け散ってしまう。
「なんて、威力だよ! 畜生め!」
『紅蓮水晶槍変化』
第4層の魔法盾を形成していた水晶を解放して、一つの槍へと合体させる。
「うぉぉ!」
『紅蓮槍』
グレイブを横手に構えて、勝利は武技を放つ。横薙ぎに振られるグレイブは、長政を赤熱した刃をもって、切り裂き焼き尽くさんとする。
左下からの全力の振り上げ。紅蓮の炎を宿すグレイブを前に、長政は腕をあげてガードする。
だが、その行動こそ勝利の狙っていた隙であった。浮遊している炎の槍がその瞬間に加速して、長政の顔にまともに命中する。
ゴウッと炎を巻き起こし、長政の顔が高熱の炎に覆われる。
「やるな、勝利!」
だが、長政が頭に突き刺さっている槍を軽く握りしめて、あっさりと砕いてしまう。そうして覆っていた炎はかききえて、無傷の長政がニヤニヤと嗤い顔で現れるのであった。
『神拳』
そのまま拳を掲げてマナを集中させると、長政は軽い感じで腰だめに構える。神秘的な紅き粒子を纏わせて、長政は勝利へと武技を繰り出してきた。
残りの魔法盾がガラスのようにあっさりと砕かれると、そのまま勢いを減じることなく、魔法障壁を殴りつけてくる。
グローブのような大きい拳に、魔法障壁は僅かに耐えたが、破壊されて胴体へとめり込む。
魔導鎧の拉げる音と、衝撃が勝利を襲い、吹き飛ばされる。ポイズントレントと激しく戦闘を繰り返す武士団の中をバウンドをして転がり、木の幹に当たりようやく止まった。
「俺の固有魔法を知らなかったようだな。おい?」
神秘的な光を宿す拳を見せて、長政はせせら笑うが、もちろん勝利は知っている。
「全てを砕く『神拳』と、あらゆる攻撃を防ぐ『神鎧』だろ………」
パリンと何かが砕ける音を聞きながら、勝利は立ち上がる。超高密度のマナの塊である『神拳』と、同じく超高密度のマナで形成される『神鎧』。あらゆる魔法を破壊して、あらゆる魔法を弾き返す最強の矛と盾だ。
「なんだ、知ってんのかよ。つまらねぇ」
「皇族の固有魔法なんて、有名に決まってんだろ。頭にスポンジでも詰めてんのかよ」
「んん? やけに元気だな?」
憎まれ口を叩く勝利を見て、怪訝な顔になる長政。ヤバいと顔を引きつらせながら、勝利はグレイブを握り直す。
やべぇ、家の宝物庫に保管されていた高位身代わりの符。今では作成できない希少なる符を勝利は万一のためにと持ってきたのである。
先程、その身代わりの符が砕け散った音がした。価値にして、八十億円すると聞いた身代わりの符が。
「なにかイカサマをしているな、てめぇ?」
「当たり前だ! これでも喰らえっ!」
小手に隠れた手の指全てに嵌められている魔法の指輪。その全てを勝利は発動させる。一つ一つが三億円の高位魔法を付与してある指輪だ。
『火炎』
『氷結』
『爆裂』
『爆裂』
『稲妻』
炎や氷、稲妻色とりどりの魔法が、勝利の手から放たれて、長政に向かうがニヤニヤと笑ったまま、逃げもしなかった。
「つまんねぇな。所詮ガキか。魔法を連続で防げば、『神鎧』はマナを消耗して維持できないと思ったんだろ?」
全ての魔法を受けきっても、長政は微動だにしなかった。その身体も傷一つなく、魔法障壁も展開されたままであった。長政は余裕の態度で、勝利を見下しながら、鉛色の粒子を宿す拳を見せる。
「無駄だ。この魔法はたんに硬えだけなんだ。敵の威力に合わせてマナを消耗するタイプじゃないんだよ」
「なにっ……そ、そんな」
まさかと、ショックでよろける勝利。その様子を見て、フンと鼻を鳴らすと、長政は拳を構える。
「この力と俺の頭脳。10年だ、10年で、この日本を牛耳ってみせる! ちやほやされる全属性使いではなく、この弦神長政が英雄となる!」
長政は足を踏み込み、勝利との間合いを詰めると、今度こそ魔導鎧ごと、スクラップにしてやると殴りつけようとした。
だが、拳が勝利の頭に命中する寸前であった。
「な、なに?」
長政の足元から、巨漢を包み込む巨大な燃え盛る炎の手が現れて、その身体を掴むのであった。
「くっ、動けねぇ! な、これは?」
拳を振り上げて破壊しようと振るうが、炎の手をすり抜けてしまい、そのまま宙に持ち上げられてしまう。そうして、炎の手のあとから、炎の巨人が姿を現すのであった。
「『アグニ』だ、長政。お前の自慢の拳だと、形のない炎は一瞬弾き飛ばしても、継続して生み出される炎は打ち消せねぇだろ」
「親父っ! い、いえ、父上!」
「親父で良い。よくやったぞ、勝利」
ふぅと、息を吐いて首をコキリと鳴らして、獣のように親父が笑っていた。
「ば、馬鹿な! お前は『アグニ』を今日は召喚しているはず。マナが足りずにもう使えないはず!」
炎の手に掴まれて、ジタバタと暴れながら、驚愕の表情で長政が叫ぶ。
「あぁ、色々と小細工をしてくれたようだが、俺にも切り札があるんだぜ、小僧?」
空になった『エリクシール』の小瓶を投げ捨てて、燕楽は口端を釣り上げる。体力とマナを全回復する秘宝『エリクシール』。勝利が絶対に持っていきましょうと強く意見をしたので、用心深い燕楽は持ってきたのだ。
「そうだ! この僕の作戦だ! ねぇ、どんな気持ち? ぶははは、なんだっけ? スカスカのスポンジの頭脳と、魔法を破壊できないヘロヘロパンチで、天下を取るって? あはは、ぶぅわか!」
調子に乗って、舌を突き出しケラケラと笑いながら、勝利は小躍りして身動きのとれない長政をからかう。『アグニ』ならば、長政の『神鎧』に対抗できる。
神たる勝利は知っていた。設定集に倒し方の例えが載っていたからだ。曰く、形のない継続魔法なら、長政を捕縛できると。
とはいえ、普通の魔法では砕かれて、すぐに消えてしまう。『アグニ』レベルでないと、長政を封じることは不可能だった。
勝利のアイコンタクトは、しっかりと親父に伝わったということだ。
神に敵うわけないだろと、ムキャーと狂喜乱舞する勝利に燕楽は苦笑をして、聖奈は兄を捕縛できて、ホッと安堵する。
「面倒くさいことをしてくれたな。小僧一人じゃできないことだ。誰の協力があったのか、きっちりと吐いてもらうからな」
「ば、馬鹿な! こんなことで俺が捕まるなんてっ!」
諦めずに拳を振るい、蹴りを繰り出し焔を弾き飛ばすが、すぐに身体を覆ってきて動きを封じられて、長政は憎々しげに叫ぶ。
この様子だと、長政はマナが尽きるまで暴れているだろうと、燕楽はポイズントレントを倒すように、小躍りする息子に指示を出そうとする。
「それは私にとって、とても困るな」
だが、頭上から声がかけられて、すぐに顔を向ける。
「何者だ!」
空に浮くのは2体の魔導鎧であった。一体は飛行用なのかウィングが背中に取り付けられている虫のようなイメージの緑色の魔導鎧だ。もう一体はボロボロのマントを羽織った幽鬼をイメージさせる漆黒の魔導鎧であった。
「申し訳ないが、ここで長政君を捕縛されるのは、クライアントにとって、とても困るんだよ」
漆黒の魔導鎧を着た者が、スッと手を翳してくる。フッと突風が吹き荒れると、アグニを風が貫く。
そして、アグニの身体が震えると、巨人は攻撃を受けた箇所から、火の粉となり霧散してしまうのであった。
「なに! 俺のアグニを一撃だと!」
粟国家の秘奥魔法が一撃で破壊されたことに、驚愕して燕楽が叫ぶ。アグニを一撃で破壊するとは、あり得ない威力の攻撃であった。
「よくやった、お前らを雇って良かったぞ、『ゼピュロス』!」
炎の捕縛が消えて、長政が喜びの表情で地へと降り立つ。
「『ゼピュロス』? どこに『ゼピュロス』がいるんだ?」
あり得ない光景を見ながらも、勝利は長政の言葉に反応してしまう。『ゼピュロス』が何処かに隠れていると考えたのだ。
「ほぅ……どうやら蝶を探し出せたようだな」
漆黒の鎧の持ち主は、その言葉を聞いて、面白そうに口元を歪ませるのであった。




