121話 危険なる敵
勝利は『迷いの森』を順調に攻略できたことにより、安堵で胸を撫で下ろしていた。
毒にかかって死ぬことを恐れたのである。原作でも『迷いの森』の攻略はあったが、危険極まる場所だと、強調されていた。
可愛らしいヒロインたちとのハーレム無双ストーリーを書く傍ら、恐ろしく悲惨なストーリーを描くこともある『魔導の夜』の原作者が危険極まる場所だと描写していたのだ。
花の毒で死ぬ。大蜘蛛の麻痺毒で生きながら、食われる。石となって永劫を過ごす。魔物に殺られて、アンデッドとなって徘徊する。一番嫌なのが、植物に寄生されて、樹木となって生きながらえるパターンだ。
どれをとっても、遠慮したい死に方である。
ちなみにシンはこの迷宮を攻略していない。野生児のヒロインが『迷いの森』を通らない安全な場所を案内したからだ。そして、中層に待つボスのもとへと辿り着き、どうやってあの森を攻略したと驚かれるのである。
即ち、危険だ、危険だと描写されながら、この『迷いの森』のまともな攻略方法は不明であったのだ。
冗談ではない。悲惨な死に方の描写が得意な原作者の設定した危険なる森林。普通に死ぬだけではないのだと、心底怯えていた。
だが、ようやく攻略できた。考えられる限り、もっとも安全な攻略の仕方だ。なにせ『迷いの森』自体を破壊したのだから。
なぜ、あの美羽という美少女が原作で登場しなかったのかも、少し理解した。天才だ。もしかしたら、メインヒロインたち以上に。
聖奈が霞むほどの回復魔法使いで、風魔法の天才。なるほど、原作では殺してしまうはずである。時折存在する、主人公を食ってしまうキャラクターだ。
きっと原作者が最初に考えたストーリー設定ではいたのではなかろうか。有能すぎて、その存在をプロットの段階でなかったことにする。実にありそうな話だ。
転生者の闇夜はとんでもないことをしてしまったのだ。かなりストーリーが変化したのは、美羽のせいだろう。噂に伝え聞いたが、その能力を『ロキ』がコピーしたというのだから、原作からストーリーが変化している理由もわかる。
だが、気にしても仕方ない。この先、原作に絡むかどうかもわからないからだ。それに彼女がいて、とても助かった。
それよりも次が問題だと、気を取り直す。
こちらの方が問題であった。簡単に口に出してはいけない内容であり、本当にそのとおりなのか、神である勝利も半信半疑であったのだ。
直線にして僅か20km先に存在していたドルイドの隠れ里に勝利たちは到着していた。
ビルほどの太さがある大木を利用している隠れ里で、枝のうえに家が建っている。異世界ファンタジーの世界観だ。『魔導の夜』の世界観には合わない。
木の上にある家と聞けば、エルフとかが住んでいそうだ。
だが、異世界ファンタジーと違う所がはっきりと存在する。バラックのような小屋であり、薄汚れているトタン板を組み合わせて作られているために、神秘的な小屋ではなく、貧困層が作った小屋にしか見えない。朽ちかけのベニヤ板で壁を補強してあるのが、また痛々しかった。
そして、錆びた鉄格子の中に、多くの武士が囚われていた。疲れ切った様子で、何日も風呂に入っていないために、体臭が酷い。
意外と食料には困っていなかったのか、痩せ衰えてはいない。
長政とその部隊20人程が囚われていた。魔導鎧は魔石を抜かれており、マナは感じられず、ただの金属塊と化している。その体には毒の鱗粉が張り付いており、魔法を使えなかっただろうことがわかる。
「長政様! 大丈夫ですか? 粟国燕楽が御身をお助けに参りました」
親父が兵士と共に駆け寄り、心配げに声をかけている。新城将軍も同じように長政の横に跪いている。
その様子を見ながら、杞憂であればと願いながら周りを警戒する。不意討ちがあってもおかしくない状況だからだ。
ドルイドの隠れ里は、不気味なほどに静まり返っており、兵士たちの慌ただしく掛け合う声しか聞こえない。
「お兄様! 聖奈がただいまお助けに参りました。癒やしを差し上げますね」
聖奈が同じく駆け寄るのを見ながら、密かに用意しておいた魔法が無駄になるかもと、緊張を緩める。
「あぁ、すまねぇな、妹よ。ドジをふんじまった」
泥で汚れている顔を歪めて、長政は感謝の言葉を告げる。その様子に元気そうだと安心して、顔を緩めると聖奈は手を翳して回復魔法を使おうとする。
「八百万の神よ、癒やしてください」
『生命回復』
聖奈の詠唱により、黄金の粒子が螺旋を描いて、その身体から吹き出すと、長政へと降り注いでいく。黄金に包まれて、柔らかな光を宿すと、長政の体は癒やされていった。
「ありがとうよ、妹よ」
「いえ、長政お兄様のためで……す」
ガクリと力を無くし、身体をふらつかせて地面に手をおいて倒れそうなところを聖奈は防ぐ。
『生命回復』だ。聖奈の最高の回復魔法。欠損すら治し、完全な体に戻す原作でも2回しか見たことがなかった魔法である。
「ま、マナが尽きました。この魔法はマナを全消費して、反動として一週間はマナの回復はできません。精神もきついので、自然回復を待つしかありません。自然回復です。みーちゃんわかります? し、ぜ、ん、か、い、ふ、く。大事なことなので、2回言っておきます」
「うん、私だと今は回復できないよ、ごめんね、せーちゃん」
きつそうな顔をしながらも、聖奈は後ろに待機している美羽に言っていた。さすがにあれを癒やすのは無理だ。あれは呪いのようなものだと、原作では言っていたのだから。
まるで風邪にかかったかのように、顔を高熱で真っ赤にして、息も荒い。なので、切り札の回復魔法なのだ。反動がきつすぎて、簡単には使えない聖奈の最高の回復魔法だ。
兄である長政のために使ったのだろう。よろけて、支えを求める相手がいないことに気づいたのだろう。僅かに不思議そうな顔をして周りを見渡し、少し離れた勝利を見てくる。支えてあげたいが、今は警戒中なのだ。
「長政様、真白お兄様はどこにいるのでしょうか?」
長政に駆け寄ることなく、闇夜が声をかけている。美羽と手を繋いで、少し離れた場所から声をかけていることに違和感を感じてしまう。
やはりこいつも………。
「た、大変です! 『雑音』が発生! 通信不可!」
「なに!」
通信士の叫びに騒然となる。定時通信が切れた? 『ゼピュロス』の仕業だ! ここで仕掛けてくるのではと警戒していたが、当たっていた。
「落ち着け! 敵襲に備えて、警戒態勢をとれ! な、なんだ?」
新城の言葉にすぐに落ち着きを取り戻そうとする武士団だが、地面が立てないほどに激しく揺れる。
「見ろ! 通路が塞がれていく!」
切り拓いた通路を、地面から無数の蔦が突き出してくると、あっという間に埋め尽くしていってしまう。
「ちっ! 罠だったか。お前ら、戦闘準備!」
親父が険しい顔で、周りを落ち着かせようとする。勝利も身体にマナを巡らせて、戦闘に備えるが……。
「魔導鎧が!」
武士の一人が驚愕の声をあげる。驚くのも当たり前である。なぜならば、その武士の魔導鎧は光を失って、魔法障壁が消えてしまったからだ。
「俺のもだ!」
「まずい、防毒結界停止!」
「魔石のマナが空っぽに!」
「なぜだ! 交換したばかりだぞ!」
次々と武士たちの着込む魔導鎧の光が消えていく。練度の高い訓練された武士たちでも、この状況は想定外すぎて、動揺の声をあげる。
「これはいったい? ぐうっ!」
あり得ない光景に、勝利も動揺してしまう中で、親父の苦痛の声があがり、慌てて振り向く。半信半疑だったが、やはり起こったらしい。
吹き飛ばされて地面に転がった親父。大きくわき腹を抉られており、内臓すらも垣間見える。その結果を見て蒼白になってしまう。
くそっ! 展開していたはずなのに、貫通されたのか!
親父の周りには密かに32個から成る『紅蓮水晶』のうち、6個の水晶を渡しておいた。自動展開される盾として、護身用にと。
ずっと魔法を維持するのは大変だが、水晶化して操作をしなければ、そこまで大変ではないと最近気付いたのだ。元服パーティーから、練習していた成果である。
攻撃を受けた際に、水晶には盾として展開するように構成しておいたのである。親父は魔物ごときに攻撃を受けないだろうから、このために渡しておいたのだ。
通常ならば、不意討ちでも紅蓮の盾が形成されて、攻撃を防ぐはずだったが、破壊されてしまったらしい。紅き水晶の破片が地面に落ちており、構成が崩されて消えていっていた。
「あ〜ん、なんで盾なんぞ展開されるんだ? 本当は身体をバラバラにしてやるつもりだったのによぉ」
不思議そうに呟くのは、先程助けた長政であった。拳から血を滴り落とし、ニヤニヤと顔を歪めている。親父のダメージが致命傷であることを見て、余裕そうだ。
そう、長政である。弦神長政が裏切っていたのだ。
魔塔帰りの天才魔法使いである真白が逃げることもできずに簡単に殺されるわけがない。一緒にいた長政が不意討ちで殺したのだ。
だが、皇族である長政が裏切っているなど、口にはできなかった。証拠もなしにそんなことを口にすれば、自分がどうなるのか、だいたい想像つく。
傷を押さえようとしながらも、もはや穴といってよいほどの抉られ方に押さえることができず、燕楽はふらつきつつも、長政へと怒鳴る。
「まぁ、良いだろう。その傷じゃ、もう死ぬだけだろ?」
「てめぇ、長政、どういうつもりだ!」
『大治癒Ⅲ』
「ふん、わからねぇか?」
「皇帝の座を狙うつもりか?」
『大治癒Ⅲ』
「ちげえよ。皇族なんぞくだらねえ。俺はこの魔法の力を、俺様の力を試したいんだよ。戦乱の中でな! そのためには、混乱が必要なんだよ!」
「試す? またガキっぽい馬鹿なことを考えやがったな」
『大治癒Ⅲ』
「全回復しました!」
全てを台無しにする緊張感のない少女の無邪気な声が響く。親父は全回復しちゃったらしい。抉れて内臓すら覗いていたのに、肉体は元に戻り、抉られたあとは大量の血が残っているだけだ。
なるほど、原作者が回復魔法使いを出さなかった理由がわかった。これではシリアスが消えてしまう。会話している間に、主人公が全回復とか敵が可哀想である。
「なんだ、てめぇ! なに、回復させてんだよ!」
顔を真っ赤にして、離れたところに立つ美羽へと怒鳴る長政。敵ながら、その怒りは少しわかって同情してしまう。
「なんと回復魔法使いはもう一人いました!」
「舐めやがって! ちいっ!」
元気に片手をあげて報告する美羽へと、さらに怒鳴ろうとして、長政は後ろに素早く跳躍する。長政の立っていた場所に炎で覆われた拳が通り過ぎていった。
「舐めてんのはどっちだ? 弦神長政、お前は粟国の名において捕縛する! 鷹野伯爵、回復感謝する!」
周囲に怒りのオーラを撒き散らし、完全回復した親父は拳をポキポキと鳴らして、長政を威圧する。まるで物理的に相手を潰すほどのプレッシャーであったが、長政は怒りを抑えて、楽しそうに顔を歪める。
「魔導鎧のマナもなく、どれだけ対抗できるか試してやるよ」
長政と共に捕まっていたはずの兵士たちの魔導鎧が輝き、魔法障壁を展開させる。この場に捕まっていたはずの奴らは全て裏切っていたらしい。
「たった20人でか? 魔導鎧はなくとも、こっちは300人いるんだぜ?」
親父も余裕の態度を見せるが、その顔は演技だ。魔石のマナが空になった理由を理解しているからだ。
「わかってんだろ? 今浜義景は俺の部下だ。今頃、後方は大騒ぎだろうよ。それに、俺様の仲間はこいつらだけじゃねぇ!」
『そのとおり』
長政の言葉に合わせるように、森林内におどろおどろしい声が響く。
『長政よ、予定を変更するわぁ。聖奈ではなく、そこの少女を頂いていくわねぇ』
「うわっ! なにこれ!」
その声と共に、美羽の立つ地面から蔦が無数に這い出し、小柄な身体に絡みついていく。
「みー様!」
「エンちゃん!」
「ちょっと!」
闇夜たち3人の少女が慌てて助け出そうとして、美羽にしがみつくが、同じように蔦に取り込まれて、そのまま地中へと引きずり込まれてしまった。
それと共に、木々の合間から人型の枯れ木が次々と姿を現してくる。その数は多すぎて数え切れない。枯れ木の体には花が咲いており、毒花粉を撒き散らしている。
厄介な魔物『ポイズントレント』だ。その身体は金属のように固く、痛みを感じないので、捨て身で攻撃をしてくる。しかも、その一撃は強力だ。そして、もっとも厄介なのが、撒き散らしている毒花粉はじわじわと身体を蝕み、最後には動けなくなり、ポイズントレントの苗床にされてしまう。
「くくく、どうだ? これで数の差も補えるよなぁ?」
握りしめた拳を見せて、ニヤニヤと嘲笑う長政。自身の優位を確信しているのだ。
マナの尽きた魔導鎧に、効果を失った防毒結界の魔道具。こちらが劣勢なのは、火を見るよりも明らかだ。
『炎晶乱舞』
先頭のポイズントレントがバランスの悪そうな身体であるのに、意外と速い動きで迫ってくるが、勝利は手を振り、隠しておいた紅蓮水晶を操り、矢の如き速さでその体を貫く。
張り付いた紅蓮水晶は真っ赤に燃えて、ポイズントレントを炎で焼き尽くす。
「あぁん? なんでお前の魔導鎧はマナが残ってるんだ?」
「そりゃ、僕の魔導鎧には軍よりも高価な魔石を使用しているんでね」
首を傾げて訝し気な顔になる長政へと、恐怖を押し隠して不敵に笑い返して、魔法障壁を展開させている勝利は長政に対峙するのであった。




