120話 順調に進軍だぞっと
『迷いの森』の力は意味をなさなかった。なぜならば、炎の巨人『アグニ』が、片端から森林を燃やし尽くしていったからだ。
いかに『迷いの森』といえど、迷わすための森林を燃やされて、核となる木も破壊されれば、その効果を失う。
森林がなくなり更地になれば、迷う要素ゼロだもんな。『迷いの森』の豪快な攻略法だ。
ゲームでも、核となる木を破壊して『迷いの森』の効果を消して進んだけど、さすがに森林を燃やし尽くして進むことはできなかった。
なので、燕楽のおっさんは凄い。現実って素晴らしい。
魔物の大群と戦闘をしながらの進みなので、進軍は遅いがそれでも身体強化をした軍団である。二時間程度でかなり進行できていた。
「防毒の魔道具は大丈夫か? 正常に起動しているか? 今浜隊との通信は途切れていないか? 魔石のマナは尽きていないか?」
順調だけど、約1名はなぜかとっても神経質だった。神経質なのは、勝利である。
「はい。問題なく防毒の魔道具は動作しています。今浜隊からは、問題なく魔物を駆逐していると報告を受けております。魔石のマナは今浜隊が用意してくれたマナが満タンの軍用高レベル魔石なので、まだまだ余裕です」
「なにか異変があれば、自分だけで勘違いだとか思って黙っていないで、報告しろよ? わかったな? 偵察隊、変な所があったら、報告しろよ? 黙ってるんじゃないぞ? 首元がチクリとしたとか、そういうのでも報告しろよ? チクリだからな、チクリ!」
「緊張しているのはわかりますが、粟国勝利殿。ここはこの新城に指揮はお任せを」
「わかってるよ! 一応確認しただけだ。東京は危険だからな!」
苦笑混じりに声をかける新城と、緊張した表情で言い争う勝利である。先程から何回も同じやり取りの繰り返しをしている二人だ。
「あれ、何回繰り返しているわけ? ちょっとうざいんだけど!」
「まぁ……勝利さんも緊張しているのだと思います」
ニニーの苛つく言葉に、聖奈が苦笑混じりにフォローの声をかける。勝利と仲良い娘だからだろう。
「だめだよ、ニニーちゃん。聖奈ちゃんの恋人なんだからさ〜、ラブラブなんだから」
「いえ、まだ候補です。ですが……秘密です」
楽しそうにからかう玉藻の言葉に、頬に手を当てて照れる聖女である。少しあざとい。
「まぁ、公爵家の嫡男ですものね」
「そんなことよりも、どうしたのでしょうか? 進軍が止まったようです」
同じ女子には通じませんよと、聖奈を闇夜がジト目で見つめる。しかし怯むことなく話題を変えて、聖奈が不思議そうに前方を見る。
たしかに『アグニ』が歩みを止めている。なにかあったのだろうか?
先行して偵察していた兵士が、新城と会話をしている。なんだろう? 新城と燕楽は苦々しい顔になっているぞ。
会話を聞きたいところだな。奥の手を使うか。
必殺みーちゃんイヤー発動。
みーちゃんイヤーとは、気になる会話が行われていたら、ぽてぽてと近づいて、さり気なく目の前で立ち聞きする技だ。みーちゃんは無害なモブだよと、無邪気な顔で近寄るのがコツです。
「『爆裂花』と『化石蔦』がこの先に繁茂しているだあっ?」
「はい………この先は炎の魔法は危険であります」
ぽてぽてと近づき、二人の側にちょこんとみーちゃんは立つ。
みーちゃんを気にすることなく、燕楽が腕組みをして、忌々しそうに怒鳴り、偵察兵士が気まずそうに肩を縮める。
「まずいですね……残り距離は約5km。まだ『迷いの森』の効果は残っています。どうしましょうか?」
新城も困り顔だ。わかるわかる。って、わかりたくなかったよ。
「『爆裂花』は炎を受けたら、爆発するのよね。『化石蔦』は蔦の中に魔法の原油が入っていて、燃やすと延焼が激しいわ。魔法の効果があるから、その炎に巻かれると、魔法障壁が削られてしまうのよね」
ニニーたちももちろん美少女イヤーを使い、集まってきている。魔法の原油。機械で精製できない厄介な石油のことだ。
この世界はこんなんばかりだよ。魔法がなかったら、人類は原始人から進歩していなかっただろうな。いや、反対に魔法があるから、こんな魔物も生まれるのか。
「魔塔の嬢ちゃんか。人質がいなけりゃ、このまま燃やし尽くして進むんだが………対策されちまったか。仕方ねえな、アグニは消しておくか」
「アグニをこの地形で逆に利用される可能性が高いですからね」
チッと舌打ちして燕楽が指をパチリと鳴らすと、アグニが火の粉と変わって消え失せる。まぁ、化石蔦とか投げられたら、大変なことになるもんな。
ちなみに『化石蔦』は、茨のような蔦で、棘を刺して石化の毒で獲物を石に変えます。この世界は化石は、文字通り魔法で石に変えちゃうんだよ。
こういう凝った設定は本当にいらなかったよ、原作者め。
「そうですね、仕方ないですね、父上。仕方ないので、撤退しましょう」
なかなかの気弱っぷりを見せる息子をジロリと燕楽は睨みつける。
「それができるか? 後少しで帰還できるのか? この先に人質が多数いるんだぞ?」
「しかし、炎が使えないのですよ? 僕たちは足手まといとなるだけです」
威圧感を与える燕楽に、プレッシャーで弱々しい顔になりながらも、勝利は抗弁する。
だが、燕楽としては認められないことだろうことはわかる。後少しで皇族を救出できるのに、被害もないのに対策を取られたから撤退するとなると、粟国家の評判は地に落ちるだろう。
なにせ、燕楽は豪放磊落の猛将という話だからね。その評判が落ちるのは避けたいはずだ。
「私たちが前に出ます! 鷹野家は風の一門ですので、スパパーンと切っちゃいます!」
ていていと、細っこい腕を振って、みーちゃんはアピールだ。風の刃で切り裂いちゃうよ。
「ふむ……仕方ないですね。進軍速度は遅くなりますが、それでいきましょう。良いですね、粟国公爵?」
「反対する理由はねぇな。こちらは通常魔法で警戒をする」
意外や、新城の言葉に素直に燕楽は頷く。
「防毒の魔道具は大丈夫か? 正常に起動しているか? 今浜隊との通信は途切れ、あいたっ」
「それはもういい。俺らは鷹野伯爵のすぐ後ろで警戒するぞ」
またもや壊れたテープレコーダーのように、同じことを繰り返す勝利の頭を殴って、のしのしと後方に歩いていく。慌てて、兜を直しながら勝利が後に続く。聖奈はちゃっかりと勝利のあとを追っていった。常に安全な場所に移動する娘だなぁ。
「さて、それでは私たちの出番です! 『迷いの森』の木々を切り払って進みましょー」
えいえいおーと、手をあげる。鷹野家の分家さんたちが得意げな顔で前に出る。風の刃で切り裂いて進むつもりだ。
だが、少し待ってほしい。無駄に刈っても時間がかかるだけだ。
すぅ〜と息を吸う。みーちゃんモードから、本気になる。鬱蒼と茂る草木を前に、自らの魔法の力を身体全体に巡らせる。
『気配感知』
ステータスボードが、宙空に出現し、周囲の敵が三角のカーソルで指し示される。
『狩人』の固有スキル『気配感知』。ゲームでは敵からの不意打ち無効、敵への不意打ちアップだ。
現実でどうなるか、ずっと不思議だったんだ。どうやって不意打ちを防ぐの? ってな。
答えはこれだ。敵の位置を知ることができる。このスキルはパッシブのために、無意識に危険な敵には気づくが、意識的に使えばご覧の通り。
敵のいる位置がわかるんだ。そして、場所がわかれば、あとは簡単だ。
『フギン。核を探せ』
思念を送ると、木々の合間に隠れ潜むオーディーンのお爺ちゃんに借りたカラスのフギンがカァと鳴く。
そして、木々の合間の三角印に文字が出現した。
『迷いの森の核:レベル10』
「見つけた」
ビーフジャーキーを見つけた子犬のように、獰猛なる瞳を輝かせて、俺は弓を構えて、武技を発動する。
『風乱矢』
魔法の矢に逆巻く風の竜巻が絡みつき、みーちゃんの灰色髪を靡かせて、狩衣の裾をバタバタと翻させる。
「やー」
周囲を凍らせる可愛らしい掛け声を口にして、背を伸ばし、凛とした表情で弦を引き絞るとピンと離して、矢を撃つ。
突風を巻き起こし、矢は疾風の速さで飛んでいく。通路を塞ぎ、壁のように無数に絡みつく蔦の僅かな隙間を縫うように飛んでいくと、核として使われている木に正確に命中して、その幹へと突き刺さる。
魔法の矢は、その衝撃波を木の内部に走らせて、爆発を引き起こし砕くのであった。
「おおっ! 核を砕いたのか!」
「信じられん……」
「まさか………森林奥にあるはずなのに」
核を砕いた影響は、すぐに皆は理解した。なにせ、壁となっていた蔦が引き下がり消えていったのだから。
「次」
ポツリと呟いて、俺はフギンが解析してくれた次の核へと狙いを変える。
『狩人』は遠隔攻撃の持ち主だ。その距離はどこまで続くか? 現実でも数キロ離れていても、近距離攻撃は命中させることができる。
ならば、遠距離攻撃の射程は?
『風乱矢』
『風乱矢』
『風乱矢』
『風乱矢』
『風乱矢』
まるで蜘蛛の巣が絡み合ったような蔦の合間、針の穴を通すような僅かな通り道を俺の撃った矢は飛んでいく。
これまでの魔物の大群との戦闘にて『狩人Ⅲ』まで熟練度は上がっている。Ⅲは達人レベルなんだぜ。
5kmなんて、目の前だ。僅かな隙間は、大きな穴だ。弓の達人の前には動かない敵なぞ、的当てにしても簡単すぎる大きな案山子に過ぎない。
残像の残るような速さで、俺は連続で矢を放っていき、迷宮のような蔦の合間を縫って進み、次々と矢は核を破壊していく。
そうして、やがて前方を塞いでいた『迷いの森』で発生していた偽りの蔦を全て消し去るのであった。
「ふぅ……」
『迷いの森』の効果を全て打ち消したことを確認して、息を吐いて弓をおろす。汗を拭って、疲れをとる。汗をかいてなかったや。まぁ、気分の問題だよね。
前方を見ると、罠として張り巡らせたのだろう『爆裂花』や『石化蔦』、それに様々な花は残っているが、壁のようにぎっしりと道を塞いでいた頑丈な蔦はきれいさっぱり消えていた。
「皆さん、スパスパーって、草木を切って進みましょー!」
「………はっ! りょ、了解です!」
呆然と突っ立っていた分家の人たちが風魔法を使い、草木を刈っていく。良かった。これなら、すぐに救援に行けそうだよ。
「さすがはみー様です!」
「おぉ〜、スパスパだね〜。エンちゃん、すごーい。スパスパ〜」
「ちょっとどうなってんの? こんな風魔法を使えるなんて……て、天才? 私以外の天才?」
ぱちぱちと闇夜が拍手をして褒めてくれる。玉藻が尻尾を激しく振って、頬を興奮で赤くし、ニニーはジロジロと見つめてきていた。
照れるなぁ。そんなに褒めないで?
てれてれみーちゃんは、小柄な身体をくねらせちゃう。ぷにぷにほっぺを赤くしちゃう。さっき天才を超えて、達人になった弓使いの鷹野美羽です。
「やれやれ、当代の伯爵はとんでもない才能の持ち主だな」
「これならば、兵の展開ができます。鷹野伯爵、ありがとうございました。風魔法が無くとも、もう我らだけで対応できます。マナの消耗が激しいでしょう。鷹野伯爵は後方に待機をお願いします」
「あれれ?」
大丈夫だよ? すぐにこの程度なら回復できるよと答えたかったけど、よいさと金剛お姉さんに担がれて、再び後方に運ばれるみーちゃんでした。
解せぬ。
「お疲れ様でした、みーちゃん。あれだけの弓の使い手は見たことがありませんでした。風魔法を駆使していたとはいえ、素晴らしかったです」
ニコニコと笑顔の聖奈が褒めてくれる。後方に移動した途端に、合流するちゃっかり聖女である。
まぁ、燕楽と勝利は動きやすくなったので好機と見て、また前線に移動したから仕方ないけど。邪魔な蔦がなくなり動きやすくなったので、身体強化と武器にマナを覆わせるだけで、魔物と対抗できると考えたのだろう。
もちろん功績を求めて、鷹野家の分家の半分も前線で戦っている。
そうして、さらに2時間後。
「長政様を発見しました!」
ようやく『生命探知』の元に辿り着いて、兵士の一人が喜びの声をあげるのであった。




