12話 もう一人の転生者
日本魔導帝国。上流階級には魔物から人々を守る魔法使いが貴族として存在している。その階級社会は絶対である。なぜならば中位以上の魔物には魔力が伴わない物理攻撃が効かない。魔力を用いた攻撃でないと倒せないのだ。なので、平民は逆らうことができない。下克上は不可能な世界観なのだ。
帝都の貴族街。帝国の皇帝が住まう皇城から少し離れた高位貴族が住む一等地に豪華な屋敷がある。
絢爛豪華な屋敷だ。洋風建築であり広大な敷地を持っている。庭園も広く噴水があり、草木は剪定されており、多くの招待客を呼んでも充分なパーティーを行える。屋敷自体も古くからあるだろう歴史の重みを感じさせる。
その屋敷は帝都でも指折の魔法使いが住む住居であった。火属性の使い手、粟国勝利が住む屋敷だ。
満9歳、真っ赤な燃えるような赤毛の獣のような顔つきの少年だ。その顔は2枚目であるが、乱暴な性格である。少年ながらに、その歪んだ性格が表に出ており、人の良い者が見たら残念に思うだろう。
毛足の長い絨毯が敷き詰められて、天井には小さなシャンデリア、ソファやテーブル、チェストから家具などは全て高級であり、その一つだけでも平民の年収数年分程の価値がある。
そして勝利の服装は当然の如くブランド品のオーダーメイド。一着数十万円は超えるのだ。
「おぼっちゃま。そろそろダンジョンへの出発の時間でございます」
「あぁ、すぐ行く。準備しとけ。あぁ、火に弱い敵なのだろうな?」
「はい、おぼっちゃま。新しくできたばかりのダンジョンで3階層しかないのも確認済みでございます」
「ならば良い」
執事が深々と頭を下げて、声をかけてくるのを聞いて、勝利は幼い子供であるにもかかわらず、大人顔負けの尊大な態度で答える。
「かしこまりました」と、部屋から執事が下がっていったのを見て、フンと鼻を鳴らす。
「僕がおぼっちゃまね。何度聞いてもむず痒いぜ」
窓から外を見て、広々とした庭園を見て、楽しげに笑う。庭師が何人も働いており、汗水かいて剪定を行なっているその姿を見て優越感に浸り、歪んだ笑みを見せる。
「まさか『魔導の夜』の世界に転生できるなんてな。最高だぜ。しかも良いモブに当たったもんだぜ」
勝利の中身は子供のものではなかった。別世界で死んだ男の魂である。
「夏のコミケに間に合わないと急いでいたら、死んじまったが、こんな良いモブに転生とはねぇ」
男は元は青年であった。夏のコミケに行こうと急いで高速エスカレーターを登っていたら、足を滑らせて死んだ。
「全く、あのおっさんは俺ぐらい受け止めろよな。左側に立っている奴らの義務だろ」
エスカレーターを駆け上っていたら足を滑らせた。だがそういう時は左側に立っている奴らが受け止めるのが普通だ。勝利はそう思っていた。
エスカレーターは登るもの。のんびりと立ちつくしており、登らない怠惰な奴らはせめて落ちようとする人間を受け止めるぐらいはしないといけない。駆け上る人の邪魔をしているのだから。そう考えていたので、受け止めることもせずに落ちていったおっさんに苛立ちしか覚えない。憎しみすらある。
身体に激痛が走り、死ぬ時は恨みばかりが募った。今回のコミケは有名な絵師が書く『魔導の夜』の同人誌を買うつもりだったのだと。それ以外は自分はフリーターであったので、将来の不安を考えると特に問題はなかったが。
「まぁ、良いや。ここが『魔導の夜』で、俺はやられ役の天才炎使い。粟国公爵家の長男にして跡継ぎ」
クックとほくそ笑む。金持ちの長男として最初は産まれたと考えていた。
前世の自分の家は貧乏で、大学にも行けなかった。学力が足りないとか、学校の先生は言っていたが、大学なんかは金を積めばどこかには入れるものだ。両親もちょくちょく学校をサボり怠惰な僕に大学には行かせないとぬかしやがったのだ。貧乏だからと正直に言えば良かったのだ。
それが今度は金持ちに転生。最初は異世界転生かと思っていたが、少し変わった日本だと思っていた。だが問題はない。金持ちなのが重要なのだ。前世では金持ちでも持っていなかったメイドや執事を持ち、何でも手に入る。最高だと喜んでいた。
5歳になるまでは。5歳になってから驚いた。親父が魔法を使ってみせたのだ。はぁ? と驚き、自分の名前の意味に気づいた。
『魔導の夜』の天才炎使いだと。炎使いとして名を馳せている粟国公爵家の長男。努力せずとも、魔法使いのランクはAと言われていた天才だ。
もちろん天才炎使いにして公爵家の嫡男となればテンプレだ。入学時に主人公に絡み、見事やられる役だ。ボコボコにやられて主人公の強さを引き立てるだけの役。以降は情けない奴と公爵家の嫡男の座を追われて、時折出番があっても、学院に侵入した敵組織にやられる。魔物の大群に遭遇して逃げる。などなど、やられ役のモブなのである。
だが勝利は知っていた。このやられ役の勝利のポテンシャルは高いことを。インタビューで作者が言っていたのだ。真っ当に努力すれば、主人公に近い力を持っていたでしょうと。
「僕はモブに転生した。だが能力の高いモブ。粟国勝利様だ」
幸運だった。努力すれば主人公のようになれるならば、努力すれば良い。前世でよく見た展開と同じだ。悪役令嬢に転生したら、そのポテンシャルを活かして、主人公を上回る。金も権力も才能もあるのだ。まともにやれば主人公などは相手にならない。
勝利も同じようすれば良いのだ。努力すれば良い。そうすればやられ役にはならない。
『魔導の夜』の大ファンであった勝利は、どのようなストーリーか、敵の組織、設定集などを読み込んでおり、全てを知っていた。自身は神のような存在だとも考えていた。ゲーム版は原作破壊と言われており、他有名ゲームの大ヒット作品の良いところ取りをして作った物だったので、原作ファンの自分は触れもしなかったが。
ゲーマーのためにやりこみ要素を加えたという話であったが、魔法などは全て適当、炎の矢Ⅰなどそんな魔法は原作にはないのだ。なんだⅠって。属性も召喚も何もかも他のゲームのパクリで、ゲーマーにはそこそこ人気が出たが、原作ファンとしては絶対にやらないと誓ったものだ。
まぁ、ゲーム版など関係ない。ここは小説の中であり、自分は才能溢れるキャラだ。7歳にして『マナ』に覚醒。原作通りだが、その後は訓練は真面目に出ており、9歳にして早くもCランクだと言われている。このまま体術や魔法の訓練を続ければ主人公を倒せるだろう。
しかし、テンプレのモブが活躍する展開にするつもりはなかった。なぜならば品行方正になるつもりはなかったからだ。
原作の勝利は乱暴者で、簡単に人を殴る。八つ当たりで使用人に魔法を向けたりする男だ。そのために、後に主人公の仲間になる弟に後継者の立場を奪われるのだが、そこは原作通りにいくことにした。
いわゆるざまぁ返しというやつである。
勝利の転落は入学時に主人公に絡むところから始まる。主人公は元は公爵家の嫡男。だが『マナ』が覚醒せずに放逐。その際に魔女に拾われて『虚空』の属性使いだったと判明し、修行した後に学院に入学する古典的主人公なのである。
これまたテンプレで、勝利が放逐された無能がなぜ入学できたと罵り馬鹿にして決闘する。その時の状況がネックである。
馬鹿にしたら、侯爵家の元婚約者が庇うのだ。そして、さらに馬鹿にする勝利に怒り、主人公は貴方より強いわよと告げて、ならば決闘をとなるのである。
その際の会話を覚えている。
『俺が勝ったら、てめえは絶対服従の俺のペットになりやがれ』と、その婚約者の女の子に言うのだ。もちろん女の子は良いわよと答えて決闘が始まり、テンプレ通りに勝利はボコボコにされて、転落人生の開始。見事なざまぁとなるのだ。
「でも、ぼくが勝ったらどうなるんだろうな。へへへへ」
婚約者の女の子はプライドの高い性格で誇り高い。勝利が勝ったら、ペット扱いされても文句は言うまい。そのことに勝利は興奮を覚える。薄い本の展開を自分が行えるのだ。中腰に座らせて、へっへと舌を出すように命令をしてやる。プライドの高い女の屈辱を耐える顔は大好きだ。くっころ女騎士など大好物なのだった。
主人公の弱点も小説で知っている。努力を重ねれば勝てるに違いない。まさか主人公も勝利が弱点を知っているなどとは想像もしてまい。上手くやれば一撃で倒せてしまうかもしれない。その時の皆の顔が楽しみだ。
ハーレム鈍感主人公から、ヒロインをむりやり奪う。なんと楽しそうなことか。他のイベントも奪い取ってヒロインを横取りしてやる。自分と相性の悪い敵は主人公に押しつければ良い。
これこそモブに転生した甲斐があるというものだ。まだまだ先の話だが、勝利はニヤニヤと来たるべき未来を楽しみにしていた。
原作の大ファンであるが、その世界に来たのならば主人公になりたい。強大な力を持っているのだから、英雄になりたい。それは前世では不可能なことであり、原作大ファンと言っても、それと比べるとゴミのようなものだった。
「ぼっちゃま。車の用意ができました」
ドアを開けて執事が伝えてくる。
「わかった。今行く」
尊大な態度など前世ではやったことがない。転生してよかったと笑うのであった。
ダンジョンに向かうために、魔法が付与された装甲を持つリムジンに乗り、優雅に足を組み出発する。勝利が乗る以外にも、護衛の冒険者が乗る数台の車が後に続く。
「ダンジョンはどんなのなんだ?」
『魔導の夜』はダンジョンが背景にある。しかし、小説では、そこまで詳しい情報は載っていなかった。ダンジョン物ではなく、学園ファンタジーものであったために、数巻はダンジョン攻略のストーリーがあったが、階層の詳細な描写はなかったのである。
実は今日が初めてとなるダンジョン攻略だ。戦闘のみでダンジョンを攻略する予定はないが、不安は少しあった。
「はい、ぼっちゃま。不死者のダンジョンでございます。火に弱い魔物ばかりですので、初陣にはちょうどよいかと」
執事は性格はともかくとして、この子供が強い魔法使いだと知っていた。だが、戦闘には万が一があるために、簡単そうなダンジョンを選んだのである。
「魔石は安く、不死者は素材も渋いですが……」
「あぁ、構わない。金なんぞいくらでもあるんだ」
手をひらひらと振って、勝利は気にすることはなかった。なぜならば、自分は公爵家の者だ。金など唸るほどあるのだから。
「それと、帝城侯爵家の長女もこのダンジョンで訓練をするらしいです」
「侯爵家の? ………帝城家の長女って誰だ?」
「帝城闇夜様でございますね」
「闇夜? あぁん? あの根暗ワカメかよ。はぁん、描写はねぇが、こんなところでこき使われてんのかよ、笑える」
闇夜の名前は聞き覚えがある。たしかこの時期は分家に預けられて、いじめを受けているはずだ。勝利も嫌いなキャラだった。暗くて、キャラも不気味だった。それに加えてストーカーで話し方も苛ついた。なんであのキャラを作者は書いたのだと掲示板で不思議がったものだ。アニメで全カットされた時は大笑いをした。
「会ったら、少し虐めてやるか、ククク」
特に気にする必要はないだろうと、勝利は記憶の隅に放置するのであった。




