119話 粟国の力は凄いんだぞっと
『アグニ召喚』
燕楽のおっさんが、真剣な顔でマナを集中し、ごつい手を前方に翳す。虎を模した真紅の全身鎧に身を包んだ燕楽の身体が真っ赤に輝き始めて、前方の地面に炎の線が走り、半径20メートルはある大型の魔法陣が描かれる。
そうして燃え盛る魔法陣から、真っ赤に燃えている溶岩の塊のような手がぬうっと突き出され、続いて燃え盛る嘴の尖った鳥の頭が現れて、焔のトーガを羽織る胴体が浮き上がり、身長10メートルはある巨大な焔の精霊が姿を見せた。
炎の精霊『アグニ』だ。粟国家の苗字の由来となっている精霊だ。
「グォぉぉぉ!」
その咆哮により空気が震え、離れた場所にいるのに、その熱気がみーちゃんたちまで吹いてくる。アグニの足元から燃え始めて、辺りの空気が高熱でゆらゆらと揺らぐ。
「炎の化身『アグニ』。粟国家の秘奥魔法ですね。私も初めて見ました」
「いきなり最強の魔法を使っちゃうんだね〜。かっこいい〜。でも、近づけないね。玉藻の尻尾が燃えちゃうよ。ぼぼーって」
感心した様子で闇夜がアグニを見て、玉藻がもふもふ尻尾をフリフリ振りながら、ニヒヒと笑う。
「粟国一門だけしか、近くにはいれないみたい」
「あの人たちは火炎耐性を持っているようよ。日本の魔法使いにしては……ま、まぁまぁ、やるわねっ」
「粟国一門は炎の使い手ですから。私も近寄れません。ですが、この距離でも回復魔法は届きますので、問題はないかと」
粟国家30人はアグニのそばにいるが平気そうだ。みーちゃんたちは30メートルほど後方にいるのだ。
ニニーも粟国家を遠回しに褒めて、火炎耐性を持たない聖奈がみーちゃんたちと一緒にいる。二番目に安心できる場所だと判断した模様。
「膨大なマナを使用しているのに……余裕そうねっ!」
「勝利さんにお聞きしましたが、アグニは半日は保つらしいですよ」
なるほどねぇ。しかし猛将と呼ばれるだけはある。粟国のおっさん、魔法の使いどころを理解しているな。
「アグニよ、前進しろ。全てを焼き尽くして進め!」
「グォぉぉぉっ!」
燕楽のおっさんが、猛々しい顔で手を振り指示を出す。眼前に繁茂する草木の中に炎の巨人は進み始める。
進軍ルートは、真白たちが進んだと思われるビルほどの大木がない、まだ魔石強化された道路が残っている場所だ。
鬱蒼と生える草木にアグニが触れると、炎に包まれたかと思うと、一瞬で灰へと変えていく。充満する毒の花粉は火の粉へと変わり、隠れ潜んでいた魔物たちが、強大な敵を見て、一目散に逃げていく。
擬態していたトレントや、食人花が枝を伸ばし、蔓でアグニを絡めとろうとする。刃が重なり合ったような花を持つ刃花が、刃の花びらを撃ちだし、地面から根っこの槍が突き出す。種を弾丸に変える花もいる。
だが、その全ては無駄な抵抗であった。全てアグニに触れると同時に灰燼と化して、痛痒も感じることなくアグニは歩みを進める。
あっという間に、真っ白い灰が宙を舞い、地面に降り積もって、道を作り上げるのだった。まさに俺の後ろに道はできるといった感じだな。
「来ます!」
アグニの暴虐に逃げる魔物たちだが、一部は迂回して俺たちの方に向かってくるので、俺はメイスを構える。バトルのお時間だ。
カサカサと地面を這うように走ってくる無数の魔物たち。
「はっ! 僕に近寄れるものかよっ!」
『溶岩流』
勝利が得意げに口元を歪めて、片手を薙ぎ払うように振るうと、押し寄せる魔物たちの地面に溝が生まれて、溶岩が吹き出す。ドロリとした赤熱する溶岩流は、走ってくる魔物たちを次々と灰に変えていった。
『爆炎』
『爆炎』
『爆炎』
粟国家の兵士たちが揃って同じ魔法を放つ。空を飛び接近してくる魔物たちが、兵士たちの放った爆炎に包まれて、燃えながら落ちていく。
慌てずに行動するその姿は練度が高く鍛えられている。さすがは粟国公爵家だ。炎は殺傷力が本当に高いよな。
「こちらにも来ます!」
燃え盛る炎を遠回りで迂回して、草むらから魔物たちが飛び出してくる。闇夜が刀を抜き放ち、玉藻が扇を顔の前に構える。ニニーがタクトを振り上げて、聖奈が俺の横にぴったりと来る。
聖奈が俺の側に来た理由はわかりやすい。
「聖奈様を守れ!」
「鷹野伯爵に一歩も魔物たちを近寄らせるな!」
漆黒の魔導鎧『安土22式』を着込む聖奈を守る近衛兵がハルバードと盾を構えて、みーちゃんたちの前に出る。
着込んでいる魔導鎧はバラバラだが、鷹野家の護衛たちと金剛お姉さんやマティーニのおっさんたちも同じく俺たちを守る壁となってくれる。
うん、わかるわかる。護衛が多いのはみーちゃんと聖奈なんだよね。聖奈はここが安全だと思ったのだ。
「はぁーっ!」
裂帛の掛け声をあげて闇夜が、2メートルはある図体の大蜘蛛を唐竹割りにする。
「コンコンまほー!」
扇をバサリと開いて、狐っ娘はウィンクをすると、大きく飛翔して、パタパタと扇を振るう。
『狐火乱舞』
蛍火のような小さな炎が扇から舞い上がると、カサカサと地面を這って接近してくる魔物たちへと放たれて、ドカンドカンと吹き飛ばす。
「魔塔の天才の力を見せてあげるわっ!」
『氷結津波』
なぜか、地面から数センチ浮かんでいるニニーが、全てを凍結させる凍れる津波で魔物たちを押し流す。魔物たちは、津波に浚われて、氷像となって地面にゴロゴロと転がっていく。
魔物たちが皆の攻撃で吹き飛び倒されていく中で、みーちゃんはといえば、ボンボンを持って応援をしているだけだった。
というのは昔の話だ。
この展開は充分に予測していたよ。いつまでも守られているだけの可愛らしい美少女じゃないのだ。
メイスを仕舞い、腰に下げていた組み立て式の小さな弓を素早く抜くと、向かってくる魔物へと構える。
弦がない機械式のアーチェリーだ。玩具のように小さい短弓だが、武器なんだ。
「戦っちゃうぞっと」
『使う』
俺の選んだコマンドに従い、弓から光で形成されている弦がヒュインと張られ、ちっこい指にかかる。
『戦う』
迫ってくる魔物の中でも、絹糸を稀にドロップする巨大毛虫を狙う。光の弦に蒼き魔法の矢が生み出されて、きゅっと俺は弦を引き絞ると、口元を薄く笑みに変えて、矢を放った。
魔法の矢は空を切り裂き、ストンと毛虫の頭に突き刺さる。そして、バンと火薬が爆発するような音をたてて、毛虫の頭は四散するのであった。頭をなくした毛虫は、動きを止めて地に伏す。
「………いつまでもみーちゃんは守られているだけじゃないんだよ」
ちょっと想像と違ったグロい結果になったけど、ほとんど予想通りだね。
「それは『理力の弓』ですね?」
ヒュヒュンと矢を次々と放っていくみーちゃんに、聖奈が驚きの表情で聞いてくる。
「うん! これは『理力の弓5式』だよ! よく知ってたね」
「武器マニアの家庭教師が色々と教えてくれるんです。欠陥品ではないですか! それは矢を作るのに、装備者のマナを激しく消耗するので、販売中止になったものですよね?」
「大丈夫! 矢代を考えると、雑魚狩りはこの武器が一番なんだ」
聖奈の詰問に、ニコリと微笑み、ていやと矢を放つ。ぷすりと矢は刺さって、お化け蛾が爆散する。
「いえ、マナが尽きると回復魔法を使えなくなるのではないでしょうか? ここはマナを温存するべきでしょう。そもそもその武器が売れなかった理由は、マナの消費が激しいのに、威力が低すぎるからであって……なんでみーちゃんの矢が当たった敵は爆発するのでしょうか?」
「まだまだ大丈夫!」
念の為に、翅を生やしてぴょんぴょんと『妖精の輪舞Ⅲ』を踊る。小柄な幼い美少女が、本物の妖精のように可愛らしく踊るのを見て、聖奈はぽかんと口を開けて、唖然としていた。拍手をしても良いんだよ?
「よし、元気でた!」
MPが満タンになったので、また矢を撃ちまくる。どんどん敵は爆発していき死んでいく。なんで爆発するんだろうね? みーちゃんもわからないよ。たぶん『理力の弓』の命中エフェクトが青く爆発するからかな?
『理力の弓』はレベル30の魔法弓だ。一発MP3消費する魔法の矢で攻撃をする特殊な弓だ。
まぁ、矢の攻撃力はタダなのでレベル5程度、だから総合的な攻撃力はレベル20程度。
つまり矢代が必要ないので、雑魚狩りには使える弓なわけ。MPは『妖精の輪舞Ⅲ』で余裕で回復できるしね。
それに攻撃力は『狩人』の固有スキル『弓、銃装備時攻撃力100%アップ』で補正できる。
そう、今回のジョブ構成はメイン『狩人』なのだ。こんな感じ。
鷹野美羽
レベル50
メインジョブ:狩人Ⅱ☆☆
セカンドジョブ:道化師Ⅳ☆☆
サブジョブ:盗賊Ⅳ☆☆☆☆
HP:458
MP:247
力:278
体力:269
素早さ:427
魔力:114
運:309
東京は状態異常を使う敵が多いので、この構成だ。神官は外したけど問題はない。装備ジョブから外して劣化した分は、その分回復魔法の重ねがけでフォローできる。
お客様扱いされると思ったので、『狩人』必須だったんだ。魔導鎧も『狩衣』にしてきたしね。
「どうして、機械のように一定のマナで矢を構成できるんですか? その矢を構成するのに、かなりの集中力が必要となりますし、マナだって無駄に注ぎ込むことになるので欠陥品と呼ばれていたのに」
「……やけに詳しいね、せーちゃん?」
「弓を、いえ、皆さんを遠距離から掩護できればと思って、私もその弓を使おうと思っていた時があったんですが、挫折したんです」
「あぁ、聖女が幻想的な弓矢を使うのは、たしかに絵になるもんね。やーやー」
「うっ……」
ペチペチと矢を撃って答える。何を狙っているか。すぐにピンときたよ。わかるわかる、弓矢を使う聖女は神秘的で絵になるもんね。
でも、みーちゃんはゲーム仕様のアシストがあるから、平気なんだよ。普通は集中力とマナの精緻な操作が必要なのか、なるほどね。
「み、見たところ、それはシャーマン系のマナ回復の踊りですよね? 仙術系統の瞑想のようなものですね? 空気からマナを吸収しているのですか? マナの精密操作も素晴らしいです。今度一緒に練習しましょう!」
「たぶん、せーちゃんでは覚えられないと思う」
「オリジナルの固有魔法なのですね? ですが私も使えるようになモガ」
早口でみーちゃんに詰め寄る聖奈。たしかにみーちゃんの力は素晴らしいが、ゲーム仕様なので諦めてねと、その口を押さえる。
「戦闘中だよ。それはましろんたちを助けたあとね」
「そ、そうでした。聖女の完成形を目の前にして、私としたことが焦ってしまいました。ごめんなさい。そのとおりですね。私も邪魔をしないように後ろで応援します」
無駄なお喋りをする前に、バトル中だ。しかも大群とのバトル中だ。少し真面目に戦う必要がある。大体の敵はレベル15から20前後だが、油断はしたくない。
聖奈も真剣な表情になり、おとなしく頷く。
「毒がきます!」
倒した化け物蛾や毒花から、鱗粉や花粉が舞い散り、兵士たちに降り注いでくることを確認した兵士が注意を促す。
「よし、防毒結界を発動させよ!」
「了解! 防毒結界作動!」
新城さんが指示を出し、ランドセル大の大きさの魔道具を工兵が操作する。魔道具に嵌められた魔石からマナが流れ始めて、青い光がドーム状に味方を覆うと、周囲の毒を弾き飛ばし無害化していった。
「ここからが本番だね!」
ふぅと息を吐き、みーちゃんはさらなる魔物の大群へと矢を放つのであった。




