118話 東京に侵入だぞっと
『関東大神災』とはなにか? 前世での『関東大震災』と同じ日時で起こった大災害だ。
違うのは、地震と共に封印されていた怨霊『平将門』が封印から解かれて、東京を滅ぼしたのだ。あるあるなテンプレ展開だといえよう。
東京の中心地。前世では有名すぎる住所に朽ちてボロボロの平安京のような宮殿を作り、その周囲を植物で覆うと、その姿を消した。
ゲームではもちろん『平将門』を倒して、良いドロップを手に入れたよ。怨霊『平将門』が住む宮殿なんて、プレイヤーほいほいに決まってるだろ?
実はメインストーリーには直接は関わってなかった。メインストーリーで行くのは、東京の中層までだったんだ。アニメでも、ゲームでもそうだった。
危険すぎる場所として、設定だけが原作では残っていたんだ。
なので、深層はメインストーリーと関係ないので、小説キャラを使うことなく、マイキャラで攻略できたんだ。メインストーリーがあると、関わりのあるキャラを連れていかないといけないしね。
最高レベル近くになると、小説キャラよりステータスが多少低くとも、多種のジョブをマスターできるプレイヤーが作成したキャラの方が強かったんだよ。何しろ山ほどスキル覚えるからな。
最終的にはソロが一番強いんだけどね。
まぁ、そんなことは今回は放置で良いだろう。
今は東京がどうなっているかということだ。
東京は『平将門』の放った魔物の中でも悪辣な植物の魔物の力と、膨大なマナにより、恐ろしく成長率が高くなった土壌により、今では高層ビルが建ち並ぶ横に、同じぐらいに高い大木が聳え立っている。
地上は、真昼でも重なり合った枝葉のために日差しが注ぐことはなく、常に薄暗く、土は湿っている。
人が姿を変えられたような、不気味に変形した木々や、毒々しい色彩の草や人の背丈もある巨大なキノコが生えている。
もちろん木々の中には、魔物が擬態しているものもいるし、ビルほどの太さを持つ幹には、巨大蜘蛛や毒蛾も巣にしているし、鬱蒼と生えている草むらには、毒蛇や化蛙が潜んでいた。
何より、この土地の恐ろしい所は、そこらじゅうに咲いている様々な花だ。赤ん坊の頭ほどの大きさの花が咲いている。まるで毛細血管が這っているような赤黒い花や、人間の目玉のような花弁を持つ花、蕾のようだがピクピクと花びらを震わせているもの。
その花たちは、常に様々な花粉を撒いている。それは人にとって猛毒であり、魔法使いでさえも、この地に無防備に足を踏み入れたら、数時間も持たずに死ぬであろう。
それが『呪われし滅びし東京』だ。日本魔導帝国が復興を諦めて、放棄した都市。
そんな所に、ドルイドは住んでおり、『迷いの森』を展開させて、侵入を防いでいる。
『迷いの森』は、空間を歪める魔法だ。たとえちゃちな広さしかないお化け屋敷でも、ドーム以上の広さのお化け屋敷に変える。
真白たちは、そんな様々な楽しすぎるギミックがある場所にいるらしい。ドルイドたちに捕らえられているということである。
………そうだったかなぁ。あれから懸命に思い出そうとしているんだよね。
原作は途中で読むのを飽きたけど、アニメは全話見たし、ゲームもやっている。真白の話も出ているはずなんだよなぁ……。でも、ちっとも真白に繋がる記憶がない。
さすがにここまで思い出せないのはおかしい。思い出せないのではなく、もしかして原作のみでしか扱われなかったのか?
真白の話が改変されたとしたら……まずいかもしれない。アニメでは描写できない鬱展開……『魔導の夜』はそういうの多かったからなぁ。
仕方ないので、柔軟に対応するしかないだろうと、気を取り直す。
「うわぁ……緑の匂いが凄いね」
鷹野家の用意してくれた機動力重視の量産型魔導鎧『狩衣』の着心地を試しながら、美羽は広がる壮大な光景に感嘆した。
滅びし東京は、ゲームでは何度も来たが、現実では圧倒される光景だ。
次の日である。大森林前で、俺たちは真白を助けるべく準備をしていた。
ビルほどの太さの木々が聳え立っているために、車両は入れず、徒歩で侵入するしかない。
「たしかにむせ返るほどです。緑の匂いとはこれほどなのですね」
「そうだね。コンちゃんと同化している嗅覚だと咳き込んじゃう。コンコンって」
目の前の光景に闇夜が口元を押さえて、玉藻がふわぁと口を開けて、可愛らしい鼻をスンスンとひくつかせる。
闇夜は漆黒の魔導鎧『女夜叉』だ。蝶の刺繍が入った着物をレオタードの上に羽織り、装甲が各所に取り付けられている。
玉藻は金色の魔導鎧『試作型白毛』だ。やはりレオタードに白金の着物を羽織っている。
なんというか、二人ともすごーい……ノーコメントにしとこ。
「イギリスでも、ここまでファンタジーな光景はそうそうないわねっ!」
腕組みをして、偉そうにニニーが胸を張る。ニニーは持ってきた魔鏡から、転移をして合流したのだ。
三角帽子に切れ込みがエグいローブをレオタードの上に羽織って……まだ10歳だよ。酷い造形の魔導鎧ばっかだ。
エロチックで、かっこよいので、原作者の望み通りなんだろうけどな。
「全員準備は万端か? トイレには行っておけよ!」
ガハハと、豪快に笑う粟国燕楽。炎使いの特性をフルに使って、攻略しようと考えているのだろう。
「父上、慎重にいきましょう。必ず『迷いの森』の核を燃やしてから進みましょうね? それと、全ての植物も燃やしていきましょう。あの毒花粉の中には付着するタイプがあるので、それが魔法障壁に付着するとマナをどんどん削っていくんです」
「あぁ、わかった。お前、なかなか勉強しているんだな、見直したぞ。ガハハハ」
「さすがは勝利さんです。勝利さんのお側にいれば安心ですね」
燕楽と共にいる勝利が肩をバンバン叩かれて褒められていた。聖奈が感動した面持ちで、勝利の腕にそっと手を添えている。
燕楽が救助に向かうと宣言して、その息子の勝利と、聖女の聖奈も行くことにしたのだ。もちろんみーちゃん軍団も行くよ?
「僅か20km。必ずみー様はお守りします。そして、お兄様を助け出します」
「そうね。天才魔法使いニニーに任せなさいっ!」
強い決意の瞳を見せて、みーちゃんの手を握ってくる闇夜と、自信満々のニニー。
「回復魔法使いが二人とも助けに向かって良いのかなぁ? 駄目なんじゃないかなぁ?」
玉藻だけは、少し迷った表情となっている。そりゃそうだ。普通は回復魔法使いは後方待機だもんね。
「私は闇夜ちゃんたちと一緒に行くよ! 絶対に行くよ! せーちゃんも皇族として行くしかないんだよ」
聖奈は頭が回るらしい。一緒に行くと言った時に確信したよ。
どうも小説とは違う、いや、これが皇族としての正しい性格なのだろう。まぁ、昨日からのやり取りで薄々気づいてたけど、見てみぬふりをしていたんだ。
だが、小説の時はもっと純粋だった描写だった。今の性格とは違う可能性が高い。なぜ性格の乖離が発生しているか?
その理由はいくつか思いつくことはある。心を入れ替えるような、自身の環境が大幅に変わるようなことがあったのではなかろうか。
幼いときは活発で、親の離婚で、大人になったら暗い性格になってしまっていた。そういったパターンのような感じだ。幼い頃の性格は強いトラウマで変わることが多いからね。
まぁ、推測だし、性格が変わらなければ、シンが困るだけだろうから、モブなみーちゃんは気にしないよ。
個人的には、あの小悪魔聖奈の方が面白そうだしな。
「僅か20km。そこまで近いなら、安全に同じ皇族のせーちゃんが助け出すという美談となると思っているんだよ。炎使いが護衛についているようだしね」
「あのさり気ない行動は勉強になります」
闇夜が感心して眺めている。勝利の裾を握って、顔を微かに俯けて、心細そうに小声でなにか言っている。
猿はウキャーと喜びを露わに顔を真っ赤にして、恐る恐る聖奈と恋人つなぎで手を握る。聖奈は笑顔で勝利へと微笑み返す。
「コロコロ転がっているね〜、あの人。コロコロ〜コロコロ〜」
手をフラフラと揺らして、玉藻のからかうセリフに苦笑しつつ、話を続ける。
「なので、本来は私が後方待機のはずなんだけど、自由裁量を許されているから、私も前線に行くの!」
みーちゃんの知らない所で、闇夜たちが魔物にやられて死んでしまったとか、絶対に嫌だからね。
ここなら、『戦う』コマンドに困らない。山ほど魔物はいるからな。身体強化を使えば、20kmなんて、ないようなもんだ。注意しながらでも一、二時間で目的地まで到着するだろう。
問題はないはずだ。燕楽のおっさんの攻略法は正しい。すぐに真白は助けることができる。
「では、各員、準備はよろしいでしょうか?」
新城さんが前に出てきて、声をあげて皆の注目を集める。
「粟国公爵と鷹野伯爵、そして聖奈様の部隊が私の部隊、総計300名と東京内に侵入します。指揮はこの新城がとります。皆さんは私の指揮下に入ります」
コクリと皆が頷く。
「炎の魔法での森林焼却の影響で、魔物の大群が大移動をするはずです。燃やして確保した通路に魔物たちが押し寄せないように、今浜の部隊500名がその後ろで掃討作業。あわせて、魔物に回り込まれて、後方へのルートを遮断されないように、各100名ずつの10部隊が各要所にて展開。残りは古城提督と共に鎌倉拠点にて待機となります」
「ガハハハ、了解だ。なに、任せておけ。すぐに長政様たちを連れて帰還してくる」
「傷ついたら、回復しますね!」
「体の癒やしはお任せください。精一杯頑張ります」
強気な態度を崩さずに、燕楽が腕組みをして笑い、みーちゃんは頑張りますと、シュタッと小さな手を挙げる。任せておいてね、すぐに回復するよ。
聖奈も両手を胸の前で祈るように組んで、清らかなる聖女に相応しい空気を醸し出しながら皆へと告げる。
「お兄様、今参ります」
「魔道具もバッチリだよ!」
「ふん、天才魔法使いニニーに任せなさいよね!」
三人共にやる気満々である。もちろんみーちゃんもやる気満々だぜ。
「うむ、皆の武運を祈る。無理はしないように。こちらとの通信は常にオープンにしておくように」
「皆さんの魔導鎧と魔道具は、この今浜が武士団最高の魔石にて充填済みであります」
古城提督と今浜青年が敬礼をして見送ってくれる。
「さて、それでは進軍致します! 新城隊進軍!」
新城さんの掛け声が周囲に響き、皆は前進を開始し始める。
魔導鎧の金属音が、ガチャガチャと鳴り響く中で、美羽たちは滅びし東京へと足を踏み入れるのであった。




