117話 真白がいなくなった理由だぞっと
『快癒Ⅲ』
みーちゃんの可愛らしい声が響くと、肘の先から片腕の無かった男から光で作られている腕が生えて、やがて光が収まると片腕は再生した。
「おぉ! ありがとうございます、鷹野伯爵!」
男は泣いて喜び、頭を深々と下げてお礼を言ってくる。まさか欠損を治してくれるとは、想像もしていなかったために大泣きである。
いかに武士団といえど、欠損を治せる回復魔法使いは日本には四人しかおらず、治してもらうには莫大な金と、人脈や権力が必要だと思っていたからであった。
「たいした欠損じゃなくて良かったです」
『左腕封印Ⅱ』だったから、全然大したことなかったよと、花咲くようなみーちゃんスマイルで手をフリフリと振ってあげる。こんな程度なら、ゲームでは数え切れないほど何度も回復したよ。
「聖女様……。ありがとうございます!」
「聖女は聖奈ちゃんですよ」
感極まって肩を震わせながら、男が言うので勘違いを訂正してあげる。メインヒロインはそこにいるよ。
なぜか怯えた小動物のように、勝利の背中に張り付いて、聖奈は俺を見てきている。大丈夫、聖奈が聖女だって、しっかりと言っておくから安心してくれ。モブが聖女になるには、まだ条件が足りないんだ。具体的には、マスターしないといけないジョブがまだある。
「そうですな。奇跡の使い手である聖女は聖奈様もですね」
ウンウンと頷き、再度頭を下げると、男は離れていく。わかってくれて良かったよ。
「これで全員治ったかなぁ?」
周りを見渡すと、先程までの絶望の空気はなくなり、生き生きとした活発なやり取りが行われている。
「………そ、そうですね。30人近い欠損のある方々を全て治したようです」
みーちゃんが聖女の座は奪わないとわかったのか、てこてこと聖奈は近づいてきた。ちょっと口元が引きつっているのは、マナが尽きて疲れているからだろう。
「あの……精神の疲れはないのですか? 頭痛は? 精神からくる疲れは? 何もないのですか?」
「んと……少し疲れました。あと、マナが尽きちゃった。自由研究でもそう書いておいたんだ」
これで自由研究は正しいと証明できたわけだ。帰ったら、研究結果に追記しておこう。30人治すとMPが枯渇しましたとね。あ、マナだった。
『快癒Ⅲ』はMP消費の極めて少ない魔法だが、それでも空になった。途中で『妖精の輪舞Ⅲ』を使わないと、流石に30人は無理だったな。
途中途中で踊りを挟んだから、少し変な娘だと見られてしまったが仕方ない。妖精の半透明の翅を生やしてぴょんぴょん踊ったよ。
「へ、へー………。み、美羽さんは、本当ににんげ、いえ、変わった回復魔法使いなのですね。同じ回復魔法使い同士、親友になりたいので、そうですね、みーちゃんと呼んでも良いでしょうか?」
「うん! それじゃ、私もせーちゃんで良いかな?」
「もちろんです! 二人でこれから頑張っていきましょう!」
ガシッと握手を交わす。やった、メインヒロインと仲良くなれたよ。二人で連絡先を交換しておく。勝利はいらないや。尊いとか呟いて、なんか聖奈とみーちゃんを見る目が興奮してて怖いし。
「『精神快癒』が欲しかったら、いつでも連絡してね!」
「えぇ、どうしようもない時はお願いします! 命がかかっている時はお願いすると思います。気軽に私にかけないでくださいね? 親友の頼みです。お願いですからね? 終わりのないわんこそばのように、勝手にホイホイかけないでくださいね?」
遠慮の言葉を口にする聖奈。聖女ちゃんは奥ゆかしいね。わかったよと笑顔で答えると、満面の笑みで聖奈はコクコクと激しく首を縦に振るのであった。
さて、皆を治すのにかなり時間がかかったので、闇夜たちを追いかけないとと思ったら、ぞろぞろと闇夜たちが兵舎から出て、俺たちへと近づいてきていた。
「ガハハハッ! なんだ両手に花か、勝利?」
先頭を歩いていた赤毛の巨漢の粟国のおっさんが豪快に笑いながら、バシバシと勝利の肩を叩いてからかう。どうやら話は終わったようだ。またもや、みーちゃんはハブられた模様。
「どうやら、信じられませんが、全員を治して頂けたのですね」
「聖女が二人揃うと、ここまで状況が変わるのですか……凄いことです」
渋いお爺ちゃんと、凛々しい中年の男が、周りで忙しく働く武士団を見て、信じられないと驚愕している。
「あぁ、申し訳ありません。私は今回の東京調査隊を率いる提督を任された古城長束といいます。皆を代表して感謝を。皇女様、伯爵」
「改めまして、新城です。聖女様のお力添えありがとうございます」
老提督が帽子を脱いで頭を下げてくる。もう一人は出発する前の顔合わせで挨拶したおっさんだ。平凡な顔の中年のおっさんで、名前はたしか新城さんだった。援軍の司令官だ。
「予想よりも遥かに被害が大きいので、すぐに撤退を考えておりましたが、状況が変わりましたな。これならば作戦を再開できますよ」
軍服を着込んだ熊のような体格の若い男が提督に進言し始める。こちらの誰こいつと尋ねる視線に気づくと、恥ずかしげに頭をかいて、挨拶をしてくる。
「自分は今浜です。皇帝陛下の任を受けて、援軍の先遣隊として先に合流してました」
そういえば、先遣隊が合流してたんだった。まだ20代に見えるのに、優秀なんだなぁ。
どういった状況なんだろうかと、疑問の顔になる俺だが、闇夜が真剣な表情で手を握ってくる。
「みー様。………どうやらお兄様は生きているようです」
半分は安堵の表情だ。兄が死んでいたのではと常に考えていたのだろう。しかし、今も音信不通であることが、もしかしたら本当は死んでいるのではとの不安を闇夜は感じているようだったが、話を続けてくる。
「お兄様は『生命探知』の魔道具を所持していました。今も問題なく魔道具は動作しているとのことです」
前世のバイタルチェックみたいなもんか。なるほど、それで真白は行方不明。死んではいないとの表現だったのか。
俺はみーちゃんモードを抑えて、ちっこい手を顎に添えて、真剣に考え始める。
テンプレだけど助けられないのは、難しい場所にいるからかな?
「聖女様がいらしたことにより、状況は変わりました。それらを含めて、『大虎』内で再度話しましょう」
古城提督の言葉に皆が頷き、ロマンあふれる地上用揚陸艦『大虎』へと、俺たちは向かうのであった。
作戦室がある分、『大虎』は便利だ。地上を走る揚陸艦なだけはある。他にも仮眠室とかもあるし、車両なども運べるので、動く拠点といったところだ。
惜しむらくはコストがかかり過ぎること。『大狼』の15台分らしいから、地上での活用方法が限られてしまうことを考えると、一概に『大虎』が『大狼』よりも優れているとは言えない。
だが、ホログラムが作戦机の上で表示されると、SF映画よろしくかっこいいので、こちらの方が良いとか思ってしまう。
「これが、調査隊が侵入した東京です」
薄暗い作戦室で、解像度の高いホログラムが東京を映し出す。前世のストリートのビューよりも良い解像度で、まるで自分がその場にいるようだ。
魔法建築の技術が存在するこの世界では、建物は鉄筋コンクリートでなくとも、強靭な建物が建てられる。なので、滅びし東京は高層ビルが林立している。
「『関東大神災』の跡ですね」
闇夜がホログラムを見て、悲しげに呟く。
「はい、『関東大神災』により、東京は放棄されて、何度か取り戻そうとしましたが、凶悪な環境のために全て失敗。今では魔物が徘徊する危険指定区域となっています」
「ドルイドが住み着いてるのは確認しまして、ドルイド狩りをしている傭兵も発見しました。兵の展開と、各地の調査も順調に進んでおり、問題はありませんでした」
今浜が説明をすると、古城提督が厳しい顔つきで、これまでの経緯を説明してくれる。
「傭兵とは?」
ホログラムの明かりに照らされた顔を真剣にして、勝利が尋ねる。
「『ゼピュロス』と名乗る傭兵です。空を駆る『魔導鎧』を装備しており、森林を燃やし、隠れ住むドルイドたちを狩っているところを長政様の所属する隊が発見。名前を聞いて、ドルイド狩りを止めさせようと警告しましたが、のらりくらりと言い逃れて、法に触れていないの一点張りでして………その場は止めても、また他の場所でドルイド狩りをしておりました」
ちゃんと話し合いにはなったらしい。着陸して会話に応じたとのこと。まぁ、武士団相手だ。無視をするわけにはいかなかったのは間違いない。
「『ゼピュロス』ですか。危険そうな人物が空を飛んでいるのですね」
「まぁ、正直にいうと、腕は良さそうですし、魔導鎧も強力そうなカスタムアーマーでしたが、所詮傭兵です。国と争うつもりはなさそうでした。実際、話し合いには応じて、攻撃をしてくる素振りもありませんでした」
「そんなにおとなしかったのですか? 傭兵なのに?」
「傭兵だからこそでしょう。金にならないことはしないようです」
なぜか勝利が驚いた顔になるが、傭兵のイメージから、荒々しい、相手構わず喧嘩を売る奴だと思ったんだろう。実際は傭兵は金がかかるから、利益にならないことはしない。と思う。俺もよくわからん。
だけど、『ゼピュロス』か………どこかで聞いたことがあるな。石の竜に喰われた奴がそんな名前だったような気がする。
……面倒くさい奴がいるような感じがする。テンプレだと、物語の修正力が働いて新たな『ゼピュロス』が現れるというパターンか。
まずいな………。『アネモイの翼』がもう一個手に入っちゃうぞ。毎回殺せばいいのかしら。
だが、もう一つの可能性がある。修正力ではなく、修正しようとする人間がいる場合だ。ストーリーを知っている者、即ち転生者が修正しようとしているパターン。原作厨とか、よく聞くもんな。
その場合は、もしかしたら俺を殺した相手かもしれない。エスカレーターで俺を殺した奴。あいつはマジに許さない。
今世は素晴らしい家族と友達に恵まれているが、それはそれ、これはこれ。それ相応の仕返しはするつもりだ。
少なくとも、前世で貯めた5000万円分は仕返しをしてやる。貯めるの大変だったんだからな。前世で苦労した分の仕返しをさせてもらう。
僅かに危険な目つきとなり、心の中に復讐心を小さじいっぱいほど注ぐ中で、提督はホログラムの映像を指で触り、地図を拡大し説明を続ける。
「この地点にて、ドルイドたちと調査隊が接触。その後、音信不通。なにかがあったと判断し、救援に向かった真白副提督も行方不明になりました。部隊を前進させたところ、魔物の大群と遭遇し、大きな被害を出してしまいました」
苦渋の表情で、古城提督が語る。なるほどねぇ。
「ドルイドたちは『迷いの森』の魔法で、侵入を防ぐようになりました。あわせて、魔物の使用する『迷いの森』もあり、進軍は難しい状況ですが……当初発見されたドルイドの隠れ里に、長政様の調査隊と真白副提督の部隊の『生命探知』の反応があります」
「ドルイドたちに捕まっちまったのか………。だが、意外と近いな。東京への入口から直線距離で20kmというところか」
作戦机に大きな手を乗せて、粟国燕楽がにやりと嗤う。
「この程度なら、俺らなら楽勝だ。『迷いの森』は核としている木があるよな? 片端から森林を燃やして進んでやる。で、長政様と真白の小僧たちを救援して任務完了だ」
「強引に進むと?」
「そのとおりだ。危険地帯の森林を燃やしても、誰も文句は言わねぇよ。ここは炎の使い手である粟国一門に任せな、なぁ、勝利?」
「うぇぇっ! あ、コホン。そうですね、僕としてはやめ――」
文字どおり、ぴょんと飛び上がり、顔を引きつらせる勝利。止めようとしたが、燕楽はガン無視した。
「決定だ。簡単な任務だ。なに、数時間で帰ってこれる遠足だ。任せておけ」
どうやら、粟国燕楽は自信満々のようだった。まぁ、東京の魔物のメインは植物だからな。炎使いの粟国家なら大丈夫だろう。
もちろん、みーちゃんはついていくぜ。




