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「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
5章 冒険者

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116話 聖女の力だぞっと

「それじゃ、帰ってきたおでん屋のお爺ちゃんから受け取ったの? 研究している魔道具だと言われて、渡されたの?」


「うん、私のししょーなんだ!」


「うぅ〜ん………怪しい………怪しすぎます……でも、そういう世捨て人の魔法使いって、たまに聞きますよね………」


 小説の世界で良かったと、みーちゃんは内心で胸を撫でおろしちゃう。


 腕組みをしながら難しい顔をして、みーちゃんの言い訳に考え込む闇夜。


 そうなんだ。この世界では、世捨て人の凄腕魔法使いがいるんだよ。シンも怪しすぎる存在、魔女に拾われて、修行を受けて『虚空』の使い手となった。


 能力の高い者を弟子にして育てる、世捨て人の凄腕魔法使いは、この世界ではお伽噺ではなく、本当にいるので、闇夜たちははんぺんなのだ。違った、半信半疑なのだ。


 ここは鷹野美羽が世捨て人の魔法使いに選ばれたことをさらにアピールだ。


「おでん屋の弟子にしてくれるけど、夏は暑いから、おでんが売れないって、また今度って旅に出たんだ!」


 余計な設定を新たに加えるアホの娘である。調子に乗っているとも言う。


「うぅ〜ん………可愛らしい………愛らしすぎます……純粋さを持つ人間の前に、世捨て人の魔法使いって、現れると聞きますので………」


 本当かしらと、みーちゃんのもちもちほっぺをさわさわとくすぐるように触れる闇夜。とってもくすぐったい。なぜか、生暖かい視線へと変わる闇夜。


「みー様の頬は、いつも触り心地いいですね」


「玉藻にも触らせて〜」


 ふにふにとみーちゃんのほっぺへと、片手をペタリと触れさせて、その触り心地の良さにうっとりとする闇夜。


「凄いね〜。絶対に秘密だね。玉藻たち三人の秘密だね!」


 薬指に嵌めた指輪を見せながら、玉藻が嬉しそうに告げるので、闇夜はふんすふんすと鼻息が荒くなり頷いた。三人の秘密というのが、心の琴線に触れたらしい。


「どこの家門も秘密はあるものですから、もう追及はしませんわ」


「そうだね。玉藻のお家だって、魔道具作りの秘密あるしね〜。もうこの指輪の秘密は忘れた〜」


 エヘヘと玉藻が嵌めた指輪を眺めて、ご機嫌な様子だ。


 見かけは少し高価な魔道具だ。審美観に優れている玉藻のセリフであり、もうこの指輪を調べるつもりはなさそうだ。よかったよ。


 調べれば、最近大量に魔道具を鷹野家に渡している『ガルド農園』が出てくるが、闇夜たちは調べないと信じている。他人が見ても、指に嵌めなければ、少し高価な魔道具としか思われない。


 後はカモフラージュとして、レジ袋に入れておいたお菓子を分けて、美羽たちは鎌倉に到着するのであった。


 みーちゃんたちは、何事もなく鎌倉に着いた。主人公なら必ず何かイベントが発生しただろうが、やはりモブはイベントと遭遇しないようだ。急いでいたから助かったけど。


 だが、近づくにつれて、皆の話し声は少なくなり、緊張と不安が広がっていった。真白が行方不明となって一週間以上経過しているのだから、当然だ。


 俺も真面目な顔になり、外を眺めるのであった。



 大型輸送用装甲車『大狼』が、捨てられた土地鎌倉へと入る。もはや住む人はおらず、草木の中に消えていきそうな街の跡地だ。


「ベースに到着しました」


 運転手のアナウンスを聞いて、俺達は外に出る準備をする。リュックサックを担いで、ゴミはレジ袋に入れてまとめておく。皆は無言でハッチが開くのを待つ。


 ゴウンゴウンと重々しい音を立てて、分厚い金属製の後部ハッチが開いていく。


「みー様、申し訳ありませんが、先に行きます!」


「とうっ!」


 完全に開ききる前に、細く開いた隙間から険しい顔で闇夜がひらりと飛び出し玉藻も続く。


「落ち着いて、闇夜ちゃん、玉藻ちゃん!」


 ここで急いでも、特に意味はない。気持ちはわかるが、無駄にスタミナを使うだけだ。だが、闇夜たちは先に進んでしまい、みーちゃんはハッチを登ろうとして、ズリズリと滑り落ちてしまう。


 ゲーム仕様のこの身体のデメリット。結構きついよね。


 仕方ないので、完全に開くまで待つと俺は飛び出して、周りを見渡し顔を顰めてしまう。


「む………意外と被害が多いんだね」


 結界柵に囲まれたプレハブの兵舎や、テントが目に入る。拠点設置はうまくいったようだ。


 だが、多くの人々が傷つき座り込んでいる。包帯を頭に巻いて蹲る者や、包帯に血をにじませて、シートの上に寝かされている者が大勢いる。忙しく衛生兵が必死の表情で走り回っていた。


 うめき声がそこかしこから聞こえてきて、基地というか野戦病院のようだった。被害が多すぎじゃないか?


 たしか調査隊は1000人の大隊のはず。この人数だと全滅レベルじゃないか? 全体の被害が3割を超えていそうだ。精鋭じゃなかったのか?


 兵舎に入っていく闇夜と玉藻が目に入るが、どうしようかなぁ。


「大変です! 勝利さん、怪我人があんなに!」


 迷う俺に、可愛らしい悲鳴が聞こえてきたので、顔を向けると、聖女たる聖奈が俺たちとは別の装甲車から降りてきて、泣きそうな顔で両手で口元を押さえていた。


「えぇ、これだけの被害が出ているなんて………危険ですね。聖奈さん、ここはかなり危険な場所のようです」


 粟国勝利が早くも魔導鎧を着込んだ姿で聖奈へと声をかけている。なんであいつはもう魔導鎧を着込んでいるわけ? 


 ヘルメットは被っていないが、後は完全装備だ。がっちがっちの重装甲だ。真紅の鎧はかっこいいけどな。


 あと、前に見たときより、下衆な笑みが薄れている。なにかあったのだろうか?


 今は発情した猿のように鼻の下を伸ばして、口元をだらしなく緩めて、聖奈の肩に手を乗せている。聖奈はまじで聖女だな。触らないでと、ペチリと手を跳ね除けてもおかしくないのにね。


 さすがは高潔な精神の持ち主。メインヒロインなだけはあるなぁと眺めていると、聖奈が俺の視線に気づいて、てこてこと近づいてくる。


「鷹野伯爵。正式にご挨拶を交わすのは初めてですね。弦神聖奈と申します。優れた回復魔法使いと聞いておりますので、よろしくお願いしますね」


「初めまして、鷹野伯爵です! 鷹野家の当主で回復魔法使いです! 美羽って呼んでいいよ!」


「では、美羽さんと。私も聖奈でお願いします」


 危険な戦場に来ているため、聖奈は白に金糸でラインの入った神官服を着ている。清純そうな雰囲気がその服装により、さらに上がっていた。


 輝く銀髪に、ルビーのような紅い瞳。小顔で優しい目をしており、緩やかに小さな唇が笑みを浮かべている。小柄な背丈と素早さを重視した体型。


 まさしく聖女だ。反対に灰色髪にアイスブルーの瞳、同じような可愛らしい顔立ちのみーちゃんは、なんかパチモンみたいだ。「偽聖女現る! の巻」とかで、出番がありそうだ。少し落ち込むよ。


 みーちゃんは灰色の迷彩服だしね。


「司令官に会う前に、この惨状をなんとかしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「うん? 何をするの?」


「皆様に癒やしを与えたいと思います。任せてもらって良いでしょうか?」


 真剣な表情で、みーちゃんの手をとって、ぎゅうと握ってくるので、コクリと頷く。聖女の力は知っているからね。任せた。


「ありがとうございます。それでは魔法を使いますね」

 

 怪我人の横たわる場所の中心に歩いていく。その目立つ服装に皆は気づき、聖奈へと視線を向けていく。


 皆の視線を集める中で、聖奈は座ると両手を胸の前で組んで、目を瞑って朗々と詠唱を始める。


「八百万の神よ。我が願いを聞き届け給え。傷ついた人たちを助ける癒やしの力を与え給え!」


『聖女の祈り』


 聖奈の身体から膨大なマナが可視化されて吹き出す。強烈だが優しい光がその身体から発せられて、世界を光で包み込んだ。


 パアッと光が傷ついている人を覆うと、その傷を癒やしていく。光の波動はこの一帯に降り注ぎ、苦しむ人々を全て癒やした。


「おぉ……この光は……」

「傷が無くなっている!」

「身体が動くぞ! 動く、動くぞ」


 皆が聖女の奇跡に驚き、怪我が治ったことに感動の面持ちとなる。


 大規模回復魔法だ。ゲームでもこのイベントがあったよ。魔物の大群と戦い、劣勢になっていた軍全体を回復した奇跡の魔法だ。


「皆様を癒やしました……。ですが、これはあくまでも応急処置です。動けても無理はしては……いけません」


 その効果は『小治癒Ⅰ』と『マナ小回復』というチートじみた性能だ。原作が始まる前から、もう使えたんだね。さすがはメインヒロインだ。


 顔を蒼白にして、たどたどしい口調で聖奈は立ち上がろうとして、よろけて勝利の胸によりかかり、魔法障壁にガツンと弾かれた。


 勝利はしっかりと魔法障壁も発動させていたようだ。用心深すぎだろ。


「ああっ、すみません、聖奈さん。ここは危険なので魔法障壁は解除したくないんです」


「い、いえ、ここは戦場ですものね。大丈夫です」


 頭を押さえて、あんまり大丈夫ではなさそうな聖奈だが、弱々しい顔で俺を見てくる。


「申し訳ありません、美羽さん。この魔法は恐ろしく精神が疲労してしまいまして……数日間は私はお役に立てません。ですが、傷ついた人々を助けるために使用するしかなかったのです」


「ううん、皆を助けることができたんだもん。聖奈ちゃんはすごいことをやったよ!」


 俺じゃパーティー外を癒やす全体回復魔法は使えない。聖奈のやったことは正しいと、ニコリと笑って励ます。


「ありがとうございます。それでは、私は後方にいますので、前線の回復は美羽さんにお任せを」


精神快癒マインドキュア


 頑張った聖奈を癒やさなきゃと、みーちゃんは手を翳して魔法を使う。


 どこからか純白の聖なる風が吹いてくる。その優しい風は聖奈の身体を通り過ぎてキラキラと身体を光らせて癒やす。『精神快癒マインドキュア』はエフェクトしょぼいんだ。


「へ?」


「『精神快癒マインドキュア』だよ! 最近使えるようになったの! 聖奈ちゃんの『精神疲労』も回復できるんだ!」


 『神官Ⅲ』で覚える魔法『精神快癒マインドキュア』だ。これはレベルはなく、全ての精神異常を治癒する。『朦朧』『気絶』『混乱』『魅了』『精神疲労』などなど。精神異常の攻撃は種類が多かったので、運営は身体状態異常みたいにレベルによる難易度はつけなかったんだ。


 『神官Ⅲ』まで上げた理由がこれだ。この魔法が絶対に欲しかったのだ。


 『精神疲労』は、MP消費が5倍になる精神異常だ。小説の世界だと疲れ切ってしまうようだが、安心してほしい。


「……ほ、本当です……激しい頭痛や気持ち悪さや疲れがきれいさっぱりなくなりました……」


 蒼白だった顔色が、多少赤くなり元気な様子になったのが、傍目にも分かる。


「まだまだマナは残っているよね! どんどん使っていいよ! まだまだ起き上がれない人はいるようだし、応急処置レベルだと全然回復してないもんね!」


「えっ………。へぇ〜………美羽さん、そんなま、魔法を使えますの……。わ、わかりました」


 聖奈は嬉しそうに微笑み、また跪いて詠唱を始める。


「八百万の神よ。我が願いを聞き届け給え。傷ついた人たちを助ける癒やしの力を与え給え!」


『聖女の祈り』


 再び、全体回復魔法が世界を覆うと、人々を回復させていく。ゲームではパーティーで使ってもあんまり使えない魔法だけど、現実だと素晴らしいね。


精神快癒マインドキュア


「はい、回復したよ!」


 すぐに聖奈を癒やしてあげる。あと数回は使えるかな?


「八百万の神よ。我が願いを聞き届け給え。傷ついた人たちを助ける癒やしの力を与え給え!」


『聖女の祈り』


精神快癒マインドキュア


「八百万の神よ、傷ついた人たちを助ける癒やしの力を与え給え!」


『聖女の祈り』


精神快癒マインドキュア


「八百万の神よ。癒やせ!」


『聖女の祈り』


精神快癒マインドキュア


「八百万の神よ。傷ついた私を助け給え!」


『聖女の祈り』


精神快癒マインドキュア


 まだまだ使えるかなぁと、みーちゃんはどんどん聖奈を癒やしていくが、なぜか聖奈が抱きついてきた。


「ストップ! わかりました! わかりましたから! 私もちゃんと働きますから! これ、本当にきついんです! 精神がきつくなったり、軽くなったり、頭がおかしくなります! ストーップ!」


 なぜか泣きそうな表情で、みーちゃんに必死になってしがみついてくる。


「おぉ! 身体が軽い!」

「これなら戦える!」

「さすがは聖女聖奈様!」


 結構回復したおかげで、最初よりも遥かに動けるように、武士たちは回復しており、歓声をあげる。


「やったね、聖奈ちゃん! 次は欠損を治そう?」


「無理! 無理ですから! ギブアーップ!」


 勝利の背中の後ろに隠れて、ガタガタと身体を震わせながら、断ってきた。


 そうか、もうマナが尽きたよね。


 周りの人々は怪我は治ったが、片目が潰れていたり、腕が無かったりと欠損している人々が結構な数いる。


「それじゃ、今度は私に任せて!」


 『快癒キュアⅢ』なら、治せるだろう。欠損を表す封印の最高難易度Ⅳは特殊な呪い付きで回復できない場合のみだからね。普通の欠損なら、Ⅲがあればもう大丈夫。


「それじゃ、欠損している人たちは、私の前に並んでね!」


 ドクターみーちゃんの出番だぜ。聖奈の後だから全然目立たないだろうけど、モブはこんなもんだろう。

2022.11.2。2話更新です。同じ時間に1話更新してますので、お見逃しのないようお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 10mぐらいの距離しかないのに落差100mあるジェットコースターで何度も上下しているような感じでしょうかw ワンモアセッ!!!
[一言] ガツン ガタッ!?
[一言] 数分間のうちに精神疲労状態と快調を何度も揺り動かされるなんて……トラウマになりそうです。
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