115話 いざ鎌倉に行くぞっと
帝都を出る。何度も旅行などで外には出たが、軍用車両で向かうのは初めてだと、鷹野美羽は不謹慎だけど少しワクワクとしながら、窓の外を眺めていた。
奏上の儀の後は大変だった。みーちゃん、勝手に奏上書を変えちゃ駄目でしょと、怒られちゃったのだ。
だが、その後で良くやったよと安堵の顔で褒めてくれた。自由裁量を手に入れたことで、いつでも同行する武士団の指示を受けることなく逃げることができるらしい。
パパとママは東京行きに猛反対した。床に寝転んで、行きたい行きたいと駄々っ子モードになっても許してくれなかった。危険極まりない場所だから、当然である。あまり知らない人を助けるために、愛する我が子に危険な場所には行ってほしくないのは当たり前だった。
いかに善人である両親も、そこは線引きしたのである。家族が一番大事なのだ。ここで反対されなかったら、心配してしまうレベルの善人であるので、ちょっと安心したのは内緒だ。
でも回復魔法を後方で使うだけ、真白たちを助けることができたら回復魔法を使うだけ。適正レベルの場所にいるだけだからと、真剣な顔で説得したのだ。
真白を助けることができなかったら、私一生後悔すると伝えて、渋々ながらようやく東京行きを認めてくれたのだった。
自由裁量は絶対に必要だった。なので、こっそりと奏上書をすり替えたんだけどね。忍法『幼い少女は無邪気』の術だ。まさか皇帝が変更した文言に気づくとは思わなかったぜ。
アホっぽいふりをして、自由に行動するのを許してねと言ったのにね。さすがは皇帝といったところか。まぁ、承認はおりたので、問題はない。
謁見の間でのみーちゃんは全て演技だったのだ。巻物って、綺麗に巻くの大変なんだな、驚いたよ。
なので、鷹野家の護衛の皆は少しでも危険だと思ったら、みーちゃんを運んで逃げる気満々だ。まぁ、当然の考えだとは思うけどね。みーちゃんは貴重な回復魔法使いにして、伯爵家の当主だからね。
乗っている超大型輸送用装甲車の椅子にちょこんと座りながら、同じく乗っている人たちを見る。
闇夜、玉藻、金剛チームとマティーニチーム、そして帝城家と鷹野家、油気の家門の分家の皆さんだ。ニニーは外国人なので、本来は同行許可は出ないはずだが、『鏡渡り』に使う魔法の鏡は闇夜の所から持ってきているので、後から合流予定だ。ニニーの存在はバレるが、自由裁量なので目を瞑ってもらう。
魔塔にはアニキトクと本当に連絡したらしい。ニニーよ、退学にならないことを祈るよ。そして、ニニーが死亡したら、責任を取る鷹野家はまずいことになるだろう。まぁ、魔物なんかに殺させないけどね。
計100人はいます。それだけの人数が乗れる装甲車だ。
大型輸送用装甲車『大狼』。『犬の子犬』コーポレーションの誇る装甲車だ。コンセプトは大量に人員を運べる輸送車。なので、単純に大きく細長い装甲車だ。
総計150人が乗れる大型装甲車は、強襲艦のように長方形で、全高8メートル、全長50メートル。分厚い魔鉄装甲と各種結界魔道具を取り付けられており、『重量緩和』、『浮遊』完備。対魔物用に機銃が8門搭載されている。
『大虎』と人気を二分しており、単純に人員を多く運べる『大狼』は武装は少ないが運搬のみを考えると便利だ。
窓から外を覗くと、支援部隊1000人、多数の軍用車両が後に続いており、壮観な眺めだ。既に先遣隊が鎌倉に向かい、調査隊と合流しているはずだ。
「帝都をでます」
アナウンスが流れて前方を見ると、帝都の門が近づいてきていた。常に門は開けられており、滅多なことがないと閉じられない。
5メートル程度の堤防のような壁が延々と帝都周りを囲んで存在している。高さはあまりないがそのぶん分厚く10メートルは壁幅がある。各所に見張り塔が立っており、一定間隔で壁に埋め込まれている結界石が見えた。
前世と違うところだ。魔物が存在するために、この壁は存在した。魔法があり、魔物がいて、ダンジョンがある世界なので、このようなことになっている。
必ず街や村は低いながらも壁で囲まれている。ダンジョンから採れる魔石や魔法のおかげで豊かな日本には過疎の進んだ村はない。少子化問題などないからだ。
だが、小さな村もほとんどない。なぜならば、魔物に襲われて、滅びるから。
とはいえ、昔と違い交通の発達した現代。結界を発動させて閉じこもれば、魔物の大群でも数日は防げるので、連絡を受けたらすぐにヘリなどで助けに向かえる。なので、村や街などが滅びるようなことは滅多にない。
ダンジョンも環境ダンジョンで、階層も浅いのがこの世界の特徴のため、発生してもすぐに攻略できる。
だが、滅多にないということは、稀にあるということだ。小さな村は結界石を維持する予算もないために、魔物に襲われたら簡単に滅びる。
それを防ぐため、よほど予算のある観光地のような小さな村でもない限り、滅びるので小さな村はほとんど存在しなかった。
なので、ガソリンスタンドの代わりに存在する魔石スタンドは、街中ならともかく、田舎の道端に多数あるということはない。村がないからね。道の駅もないんだ。
他の県に行く場合などは移動の際には結構な長距離となるのが、この世界の基本だ。鷹野家の運送会社が儲かるはずである。
何かが変われば、前世とは似て非なる現代文明になるのだなぁと思いながら、外を眺める。
壁の外は魔石強化したアスファルト舗装の大道路が延々と続き、魔物避けの結界塔がぽつりぽつりと建っていて、装甲車を停車して道によってくる害獣駆除をしている冒険者たちの姿が見えた。
こちらを見て、指差して驚きの顔をしている。害獣はもちろん魔物のことだ。完全には駆除できないので、冒険者へと下請けしている。
強力な魔物は金にもなるから、率先して軍や武士団、冒険者にすぐに駆除されるが、毒を持つ毒鹿や肉が食べられない鱗猪というレベル3程度の弱い魔物たちは放置されるので、政府は補助金を出して駆除をさせているのだ。
魔石強化されたアスファルト舗装は巨大な装甲車の重みにもヒビも入ることなく耐えており、ゴゴゴと音を立てて進む。
「お兄様は大丈夫でしょうか……」
心細い呟きが隣から聞こえてきたので、身体を向ける。
装甲車は走破性を高めているため揺れが激しく、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない。申し訳程度の布が金属製の椅子を覆っているだけなので、揺れるたびに浮き上がりお尻も少し痛い。
いつもの快適な車と違う揺れと乗り心地に、不安が増したらしく、瞳を潤ませて闇夜は不安そうに顔を歪めていた。
少しワクワクとしていた自分に反省して、俺はそっと闇夜の膝に乗せている手に、自分の手を重ねた。
「大丈夫。ましろんは強いから、生きてるよ」
あの男は外見はなよっとした弱々しい感じを受けるが、本当は凄く強いことを俺は知っている。
「そうでしょうか? お兄様はまだ生きているでしょうか?」
「うん。私はましろんが強いことを知ってるよ。闇夜ちゃんはましろんが強いと思わないの?」
「……私も信じています。みー様もお兄様が強いと信じてくれているのですね」
「もちろんだよ!」
俺は大真面目な表情で返す。ましろんは強いよ。
だって、素のレベルが40と表記されていたからね。強い部類に入るよ。レベルは嘘つかない。
闇夜は俺の信じているという言葉に強さをもらって、フフッと微笑んでくれた。
美羽の吸い込まれるようなアイスブルーの瞳に、嘘やおためごかしがないことを感じたのだ。
「短い間しか会ったことのないみー様が信じてくれているのに、私が信じないのは妹として失格ですね。私もお兄様が生きていると信じています」
みー様はいつも勇気をくれると、ぽっと頬を染めて、闇夜は手を強く握り返す。
いつも助けてくれるのは、みー様だ。幼稚園の頃からそれは変わらない。嬉しさと心強さを貰い、落ち込んでいた闇夜の顔は明るくなるのであった。
「少し顔色が良くなって良かった! それでね、闇夜ちゃんたちにプレゼントがあるんだ!」
ほっと安心しながら、棚に置いてあるちっこいリュックサックを手にとる。
「ん? なになに? お菓子〜? お菓子なの?」
俺と闇夜のやり取りを見て、優しい笑みを浮かべていた玉藻が興味深げに近寄ってくる。
ゲーム基準となるが、東京の厄介さは理解している。美味しい敵や素材がたくさんあるので、ちょくちょく通っていたが、対抗策を持っていない場合は少し面倒だ。
友だちが怪我をしたりするのは、とっても嫌なんだ。だから、切り札を切っておく。俺は彼女たちを信じてもいる。
「集まって、集まって。これあげるね! みんなには内緒だよ」
リュックサックからレジ袋を取り出す。袋の中にガサガサと手を突っ込み、仕舞っておいた物を、顔を寄せ合って集まった二人へと見せる。
ちらりと周りを窺うが、レジ袋に入れていたために、他の人たちは気にはしていないようだ。
レジ袋に入れてあったので、お菓子かなと首を傾げる玉藻たちだけど、みーちゃんのちっこい手の中にある物を見て、怪訝な顔となった。
「これは………指輪ですか? 魔力を感じますわ」
「緑色の指輪だね。魔道具?」
みーちゃんの手の中にあるのは、三個の指輪だった。ニニーはすまないが、信頼関係を結べてないので、渡す予定はない。
緑色の金属製の指輪で、変哲もなさそうに見える。みーちゃんアイには、どこにでもある指輪にしか見えないが、魔力の見える闇夜たちには違うように見えるらしい。
「これは、『防毒の指輪』だよ」
ニコリと元気に笑って、二人へと教える。本当の名前は『防毒の指輪Ⅰ』だけど、Ⅰは現実だと変な名前なので教えなかった。
「へぇ〜。どうしたの、これ? そこそこの魔力を感じるよ。全部同じデザインということは量産型の魔道具よね?」
「これは毒を防ぐんだよ!」
もっと言えば、レベル20以下の毒を無効にするアクセサリーだ。奏上の儀の前の2日間、頑張って熟練度を上げたのだ。
『機工士Ⅲ』をマスターして、レベル60までの装備レシピは解禁した。それと『錬金術師Ⅱ』、『鑑定士Ⅱ』までマスターにしておいたのだ。東京に行く前に備えておきたかったんだよ。
そして作成したのが、ミスリル鉱石とサファイア、魔石Cを素材とした『防毒の指輪Ⅰ』だ。耐性ではなく、無効化なので、素材が高かったよ。
だが、レベル20までの毒をシャットアウトするので、東京の中層辺りまでなら使えるはずだ。それに俺にはマナは見えないけど、見える人たちもこの程度のレベルのアクセサリーなら、そこまで驚かないだろう。
ゲームのアイテムを隠したいが、親友は大事だ。バレないように細心の注意を払って用意したんだよ。
「ありがとうございます、みー様。でも薬指に嵌められるでしょうか、少し大きいですが。あら?」
「うん、ブカブカだよね………あれ?」
闇夜たちは薬指に指輪を嵌める。子供だから、薬指に指輪は嵌めるものだと思っているのだろうと、微笑ましいと二人を眺める。ぴったりに指輪の大きさが変わったので、驚くがすぐにニコニコ顔となってくれた。
「指輪が縮まったよ! 装備者の指の大きさにぴったりに変わるって……お父さんに聞いたことある。これ、ロスもがもが」
魔道具作りの名門の娘である玉藻が叫ぼうとしたが、闇夜が素早く口を押さえた。
え? まじで? ロストテクノロジーって言おうとしなかった? 装備品の大きさが装備者に合わせて変わるのは当たり前だよね?
どうやら、俺はなにかやっちゃったらしい。細心の注意を払ったのに穴があったか。
仕方ないなぁ。大人の誤魔化し方を披露するか。これぞ前世の知識と経験の力だ。
「みんなには内緒だよ」
自信満々にペカリと笑顔で答えた。内緒の言葉だ。ルピーはあげられないけど、指輪をあげるよ。
「もちろんですわ」
「うん、大切にするよ!」
良かった。調べさせてと言われたら面倒なことになっていたよ。
迷わないですぐに答えてくれた親友たちに美羽は嬉しそうに微笑むのであった。




