表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「書籍化」モブな主人公 〜小説の中のモブだけど問題がある  作者: バッド
5章 冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/380

114話 遠征

 粟国勝利は青褪めていた。神たる勝利は想定外のことに青褪めていた。身体の震えを隠さなくてはならないので、目に力を込めて、唇を強く噛み、傍目にはふてぶてしい顔に見えるぐらいに、頑張っていた。


 なぜならば、現在進行形で恐ろしいことになっていたからだ。


 なぜならば、勝利は皇城の謁見の間で、皇帝の前に跪いていたからだ。


 壁際に多くの貴族が集まり、眼力だけで人を殺せそうな皇帝の前にいるからだ。


 勝利の前には、堂々たる態度で父親が立っている。至極真面目な顔に変えて、手に持つ巻物を広げて、その内容を読んでいる。


「粟国家から奏上致します。東京にて行方不明となった武士団及び、長政様たちを救援に向かうべく、我等にて支援に向かうことをお許しください」


 巨漢の父上は真っ赤な髪に豪傑の顔立ちで、きっちりとした軍服を着込み、鍛え上げた分厚い胸を張り、堂々たる態度で宣言した。


「鷹野家から奏上致します。東京にて行方不明となったましろんを救援に向かうことを、支援にて向かう我等の活動の自由をお許しください」


 隣に立つちんまい身体の少女鷹野美羽が、幼く可愛らしい声音で巻物を手に宣言する。なにか微妙に内容が変なのは暗記できなかったのだろう。灰色髪で幼気な少女は元気いっぱいといった感じで、ふんふんと鼻息荒い。


 鷹野美羽の横には鷹野芳烈が眉を顰めさせて、顔が多少青褪めているので、親近感を覚えてしまう。


 灰色髪の少女ちゃんのアホっぽいセリフに、失笑と頑張ってと応援する生暖かい瞳が集まっていた。


 なぜこんなことにと、混乱でいっぱいの勝利だが、次に聞こえてきた声に意識を取り戻す。


「弦神聖奈から奏上致します。東京にて行方不明となった武士団及び、長政様たちを救援に向かうべく、支援に向かうことをお許しください」


 そこまで大きな声量でなくとも、なぜか皆の耳に入る涼やかな声音で、大人顔負けの堂々たる態度なのは、聖奈だ。まだまだ10歳であるのに、周りの人々が思わず敬ってしまうような清らかな空気を漂わせていた。


 黄金でできた玉座に座り、頬杖をついて皇帝は目線で宰相へと指示を出す。宰相は奏上の巻物を受け取りに、父親、美羽、聖奈へと順に歩み寄る。


 父親と聖奈は、手慣れた様子で奏上書を巻き取り、宰相に渡し、美羽だけはこんがらがっちゃったと、親に助けを求めて、巻物を巻いていた。なんなんだこいつ? 幼すぎだろう。宰相も手伝うよと顔を緩めて、巻物を巻いていた。


 可愛すぎる。しかもわざとではなく、天然だ。原作ではなぜいなかったのかと、疑問に思うレベルだ。思わず宰相が手伝ってしまうのもわかる。すぐに死にそうな鳥の雛みたいな小動物的庇護欲を喚起させる少女だからだ。


 すみませんと、美羽の親が申し訳なさそうに謝り、巻物を全て受け取った宰相は皇帝へと運んでいった。本当は親が奏上したかったのだろうが、当主は鷹野美羽なので、あの少女に任せるしかなかったのだろう。


「ふむ……」


 奏上書を受け取った皇帝は、中身へと目を走らせていく。そして、微かに口元を薄く笑みに変えて、鋭き目を向けてくる。


「奏上と、この書。全て同じ内容であるのを確認した。粟国家、弦神聖奈とも問題はないか?」


「はっ! 粟国燕楽。これより我が息子共々に向かいたいと思います。我が息子はこの歳で炎の使い手。東京にて必ずや助けになるかと、臨時にての武士としたいと存じます!」


「粟国公爵、他息子の勝利を含む家門の者を30名。臨時にての武士として……か」


 奏上書には、今回特別に連れていく面々が書いてある。勝利としては、東京に行くのは遠慮したい。仮病となりたいが、勢力を伸ばすチャンスだと父親が喜んでいるので、否応もない。それに、聖奈も向かうのだから、選択肢は決まっている。


 内心では却下してくれと祈っていたが、神たる勝利の願いは叶わなかった。


「よかろう。この奏上書を認めることにする。この奏上書のメンバーを武士団と共に連れてゆくが良い」


「ははっ! 吉報をお待ちください!」


 頭を下げて、その顔に狡猾なる笑みを浮かべる燕楽。今回の長政、真白行方不明事件を聞いて、父親たる燕楽の行動は素早かった。


 東京の武士団を救援に行くべく、奏上書を書き始めたのだ。長政が死んでいても、遺体を見つけることができればよいし、少なくとも損害を出している大隊を回収できれば、功績になる。


 東京の奥地に向かうつもりは毛頭なく、ドルイドと接触する気もないらしい。手堅い功績のみを求めるつもりらしい。


 神無公爵は反対に動かないらしい。自分をのけ者にした結果だと、貴族たちに吹聴するつもりなのだろうと、燕楽は言っていた。


 これは皇族の失態である。箔付けのために無駄に被害を出してしまったということにして、現在鰻登りである皇族の人気を凋落させて、帝城王牙を武士団のトップから引きずり下ろす。嫡男も死んでいるはずだし、帝城家と取って代わるのは難しくないだろうということだった。


 さらに聖奈が皇族の失点を消すために、東京に向かうことにしたと聞いて、勝利も巻き込んだ。


 どうせ安全地帯での、傷ついた武士の回復ぐらいだろうと、その護衛につくように命令したのだ。護衛の間に、もっと仲良くなるようにとのことだった。


 断ることはできなかった。未来の婚約者確定の聖奈からも、護衛をお願いできますかと、連絡をしてきたのだ。まさか愛する聖奈を放置して、東京は怖いのでと、断ることはできなかった。


「聖奈も粟国公爵と同じ奏上であるな。よろしい、護衛50人と共に救援の武士団と共に向かうことにするが良い」


「はいっ! 吉報をお待ちください!」


 思わず見ている者の頬が緩むような、嬉しそうな顔で聖奈は頷き頭を下げる。その際に勝利へとチラッと視線を送ってきた。


 二人の目が合い、相思相愛だと確信する。うへへと鼻の下を伸ばして、口元を緩める。


 必ずや聖奈を護ろうと勝利は固く決意した。固く決意した。絶対に東京に入らずに、聖奈と共に後方にいようと。


 まさかの東京調査隊殺害事件のイベントだとは思っていなかったのだ。真白が殺された事件は知っていた。設定集を読み込んだので、神たる勝利は知っていた。


 帝城真白は帝城家の衰えた権勢を取り戻すべく、同じく権勢を失いつつあった皇族の長政と一緒に東京調査隊を編成して東京に向かうのだ。理由は東京の調査、ドルイドの臣民化だった。


 その功績をもってして、帝城家の失墜を防ごうとしたが、既に弱体化した武士団では、調査など無理であった。そのため東京にて死亡する。


 調査隊の僅かな生き残りが、襲撃があったと報告してくる。それが真白イベントだ。これもまた先々で鬱展開となる原因の事件だった。


 なにかとストーリーに変化はあるが、根本は変わらなかったようだ。


 だが、ゼピュロスと東京調査隊殺害事件がリンクしているとは考えもしなかった。


 なぜならば、ゼピュロスのドルイド狩りと、東京調査隊殺害事件は、原作でも、アニメでも、設定集でも、別の事件のように語られていたからだ。


 真白の仇討ちに来るアンブローズ・ニニーも過去にとは言っていたが、何年前とは言ってなかった。だから、原作開始の2、3年前だろうと、勝手に考えていた。


 詐欺である。原作開始前の過去の事件は設定集でも時系列が載っていなかったのだ。なので、リンクしている事件とは想像もしていなかった。


 ドヤ顔で『ゼピュロス』は東京でドルイド狩りに向かっているでしょうと語った過去の自分をぶん殴りたい。


 東京は空を飛べないと危険なのだ。そして、東京調査隊を殺した相手はもっと危険だ。あの地形で厄介な敵との遭遇。魔物すらもあそこはドン引きするタイプがいるのだ。


 炎使いの自分でも、下手をすると死ぬ。聖奈だけが頼りなのだと、内心は怯えきっていた。


 家にある魔道具を山ほど持っていき、秘蔵の『エリクシール』も持っていこうと、父親に伝えようとして、ん? と違和感に気づく。


 なんで鷹野家の奏上を認めるセリフを言わないんだ? 根回しは終わっており、この謁見の間はパフォーマンスであるはずだ。


 周りを窺うと、やはり戸惑った空気が漂っている。なぜなのかは理由がわかった。皇帝がまだ鷹野家の奏上書を読んでいるからだ。少なくとも、奏上の儀の前に、一度中身は読んでいるはずなのに、どうしたんだ?


「陛下………なにか問題がありましたでしょうか?」


 宰相が困り顔で皇帝へと声をかける。やはりおかしいと思ったらしい。


「あぁ、いや、この奏上書はなかなかよく書けていると思ってな。この奏上で間違いないか、鷹野伯爵?」


 巻物を解いて、はらりと広げるとこちらへと見せてくる。


「はい! 間違いありません、へーか!」


 エヘンと胸を張る幼い少女にほっこりしつつ、なぜ皇帝が時間をかけて読んでいたのか理解した。


「こ、これは! た、鷹野伯爵が書いたのか?」


 奏上書を見て、驚きを隠さずに顔面蒼白となり、宰相が声をあげる。


「はい! 間違いありません、さいしょーさん」


「これは、いつの間に………しかし……」

 

 混乱する宰相だが、気持ちはわかると勝利も唖然とした。他の面々も唖然としていた。

 

 当然だ。何しろ奏上書は汚い字で書かれていたからだ。幼い子供が頑張って、筆で書きましたといった乱暴な字だった。皇帝が読むのに時間をかけていたのも当然だ。汚い字なので、読み取るのに時間をかけていたのだ。


「くっく、そうか、奏上前に変えたのか」


「当主は自分でそ~じょ〜しょを書くのよって、聞いたので自分で書きました! 前のは置いてきました!」


 可笑しそうに笑う皇帝へと、子供らしく怯むことなくハキハキと美羽は答える。ウワァと勝利はドン引きである。きっと自分では良いことをしたと信じているのだろう。


 美羽の父親は謝ろうか、どうしようか迷っている。当主が提出した奏上書だ。ここで否定するのはまずいとわかっているのだ。なんとなく苦労人の小市民っぽく、勝利はますます親近感が湧いた。


 くすくすと聖奈が笑ってしまっていた。愛らしくも幼すぎるその態度を見せられては仕方ないだろう。壁際に立っている貴族たちの中でも笑っている者たちが出てきた。

 

「そうか、奏上と、この書の内容に変わりはないな?」


「はい、間違いありません、へーかっ!」


「そうかそうか、先程の奏上とたしかに変わりはないな。ハッハッハッハッ!」


 皇帝は遂に呵々大笑しながら、奏上書を片手で巻き取る。皇帝の態度に周りの貴族たちも笑い声をあげて、謁見の間は騒がしくなる。


「まったく、鷹野家の当主は可愛らしいことで」

「本当に。当主代行は何をしているのかしら」

「やはり、あの噂は大袈裟だったようですな」


 鷹野家を馬鹿にする声も聞こえてくる。まぁ、この奏上を見れば、馬鹿にするのもわかる。父親はもう少し子供を見ていないといけないだろう。


 だが、違和感を覚えた。何人かは笑うどころか、厳しい顔をしていた。龍水のババアや神無の狐目やろー、そして父親の燕楽もだ。王牙は苦笑顔になっていた。


 なぜなのかは、すぐにわかった。

  

 皇帝がピタリと笑うのをやめると、スゥッと目を細め厳しい顔つきになる。


「余を試すようなことをするとはな。……なるほど『魔法の使えぬ魔法使い』とはよく言ったものだ、芳烈よ」


「は、ハハッ!」


 困惑顔になる芳烈へと、皇帝は巻物をパンと手で打って告げる。


「わかった、奏上を認めよう。小生意気な謀をしたことも許そう。鷹野伯爵。そなたは自由裁量にて行動することを許そう! はっ、生意気な輩よ」


「へへーっ、鷹野美羽、きっぽーをお手紙します!」


「良いであろう。期待しているぞ!」


 ぺたんと床に座り込み、小柄な身体を丸めて、美羽は平伏した。平伏することはないのに、この娘は全然宮廷礼法を知らないようだった。


 しかし、皇帝は変なことを口にした。


 自由裁量だって? そんなことを口にしていたか?


 笑い声はピタリと止まり、信じられないと皆が鷹野芳烈を凝視する中で、奏上の儀は終わったのであった。


 奏上にて、芳烈がその内容に狡猾にも手を加えていたと、後から説明を受けた。自由に動けるように、いつでも逃げられるように、内容を微妙に改変していたとのことだった。


 鷹野美羽は、鷹野家の宝だ。万が一にも今回の遠征で死なないようにとの手を打ったらしい。


 『魔法の使えない魔法使い』。今孔明と呼ばれるだけはあると、勝利は感心し、あの小市民っぽい態度は、演技だったのかと、覚えていた親近感はきれいさっぱりなくなった。


 僕も逃げられるようにしたかったと思いながら、勝利は遠征に向かうのであった。


 神たる勝利ですら恐怖する、滅びし東京へと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] みーちゃんの天然バカ(を装った)行動が、おとん(芳烈)の策略と勘違いされて、謎に今孔明として株が上がるの笑える。今作、みーちゃん周辺とそれ以外のギャップが本当に面白いです。 [気になる点]…
[良い点] ストーリー補正って便利なものを考えついてくれてありがとうございます。 これで行き過ぎたみーちゃんとなっても、イベントが発生してハラハラドキドキが続きます。 [気になる点] 真白は本当に死ぬ…
[一言]  >『魔法の使えない魔法使い』。今孔明と呼ばれるだけはあると、勝利は感心し、あの小市民っぽい態度は、演技だったのかと、感じていた親近感はきれいさっぱりなくなった。 自…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ