113話 夏休みは冒険の季節だぞっと
執務室に急いで向かう。皆は身体強化を使って恐ろしく速い。オリンピック選手も敵わない速さだ。
ビュンビュンと風鳴り音を跡に残し駆けてゆく。先頭は闇夜だ。あまり会ったことはないといっても、やはり肉親が心配なのだ。ただでさえ白い肌が、真っ青になっている。
その後ろに魔導鎧を着た玉藻と、ニニーが険しい顔をして金属音をカチャカチャと響かせて続く。先程の試合の疲れを見せることなく、疾走していた。
どんじりはみーちゃんです。泣きそうなうるうるお目々をしながら、ぽてぽてと走って皆からどんどんおいていかれています。『戦う』コマンドを使わないと、年齢どおりの足の速さなんだよ。遅いんだ。
前世の歳はと聞かれれば、前世だと疲れて一休みをしていたよと答えます。まだ、この体はスタミナがあるので、走れるんだ。
屋敷の中を3人は走り、報告に来た召使いと共に俺の視界から消えていく。マラソンで一人おいていかれた気分なみーちゃんだよ。しょんぼりしてもいいよな。
「みんな、まって〜」
いくら手足を動かしても追いつけない。追いつこうと思っても、追いつけない。身体強化は世界を変えちゃうよな。
執務室の場所は以前に入ったことがあるので場所は知っているから、追いつくのは諦めて少し走る速度を遅くして、俺は考え込む。
アンブローズ・ニニー。魔塔の天才少女は、原作の5巻で現れたヒロインだ。日本に来た理由は仇討ちだ。過去に慕っていたお兄ちゃんが何者かに殺されたので、魔塔の卒業と共に犯人を捕まえようとやってきた。
恐らくは真白で確定だ。小説では名前は出なかった。いや、出たのかなぁ。
5巻でのニニーは仇を探しているとしか言っていなかったような気がする。
テンプレ王道ヒロインは、学園でまだ蔑まれていたが、それでも強いのではと生徒たちに思われ始めたシンの噂を聞いて、突っかかるのだ。
突っかかった理由は忘れた。たいしたことのない魔法しか使えないのに、強いとかこの学園のレベルがわかるわねとか、そんな感じだったと思う。
シンを馬鹿にされて、ヒロインたちが突っかかり、試合で圧勝。その後はなんで魔塔から来た人間が学園にとシンたちは調べて、ある貧乏な女探偵に教えてもらう。
仇探しとわかり、手伝うよと、シンが主人公らしい行動を取り……。なんか事件があって、それをニニーが解決しようとして失敗。事件の犯人に殺されそうなところをシンが助けに入り仲良くなる。といったテンプレ展開だったと思う。事件の内容はたいした内容じゃなかったはず。金目当ての魔法使いとかだったような?
問題は10巻までで、仇討ちの相手は出てこなかったことだ。ニニーが懐いていた相手がなぜ殺されたのかとか、相手は誰だったとか、そんな話はなかった。
たぶん11巻以降で語られたのだろう。さっぱり覚えがない。なので、俺はニニーが仇討ちに来たとしか覚えていない。その背景から、ヒロインといってもシンからは一歩離れた存在だった。シンを友だちと思っているけど、恋の相手とは考えていなかったんだ。
ニニーは人気があったと思う。アニメでも仇討ちのシーンはやっていたと思うけど……個別ヒロインの話はアニメでは一話で終わるから、覚えていない……。ヒロイン多すぎなんだよなぁ。
ゲームでは、メインストーリーは途中で飽きて、ボタン連打のスキップストーリーだったからな……やはり覚えていない。
覚えているのは、事件で窮地に陥ったニニーを助けるシーンだ。
「なんでたった一人であたしを助けに来たわけ!」
「君が心配だったんだよ」
「くっ……わかったわ、こいつら強いから二人で戦うわよ!」
「いや、僕一人で充分さ。君はそこで休んでいて」
という実に主人公らしいシンのセリフの後で、犯人たちを倒すのだ。
範囲魔法をバンバン使いまくった俺がね。
あれぇ? 俺もいるんだけど? なんで戦闘開始イベントではシンだけのスチールが映し出されるんだ?
俺もいるよ? というか、範囲魔法を使って敵を倒したのは俺だよ? なんか変じゃない? なんでシンだけしかいないことになっているの?
と、相変わらずの理不尽イベントがあったわけだ。運営、酷すぎだろ。せめてプレイヤーもいることだけは認識させてくれ。俺は主人公の背後霊とか使役するペルソナかよ。
メインストーリーは小説どおりに忠実に進行させる悪魔みたいな運営のお陰で、ゲーム内で俺はメインストーリーを殆どスキップすることにしたんだ。原作は大ファンでもないんだ。当然だよね?
なので、たぶんどっかで仇は現れたんだろうけど、またボスキャラだねと、ポチポチ倒していった中にいると思う。ボスの性能は覚えてはいるんだけどなぁ。そのバックボーンはさっぱり覚えてないや。
時折、驚くメイドさんたちとすれ違い、てってこと走る。皆の姿は完全に見えない。
だめだ、たぶん今回もモブ補正が発動した予感。到着時は話は進行していそう。メインストーリーに絡めないモブなみーちゃんです。仕方ないなぁ。
『フリッグお姉さん?』
『ん? どうかしたのかしら?』
思念通信を送ると、目の前にフリッグお姉さんのホログラムが映し出される。仕事中だったのか、紙の資料を手にしていた。
ストーリーに混ざれないなら、先んじて調べるだけだ。
『ましろんが行方不明となっているらしい。なにが起こっているかわかる?』
『帝城真白が? わかったわ、少し待って』
フリッグお姉さんは、他の通信機を操作して、何やら話すとすぐに向き直ってくる。たぶん子飼いの情報屋とやり取りしたのだ。
『わかったわ。どうやら東京に住むドルイドとの交渉に向かってたみたい。一緒に任務に向かった第2皇子の長政が最初に行方不明となって、救出するために後に続き、同じように行方不明となったようよ。併せて魔物の襲撃を受けて、武士団もかなりの被害を受けているわね』
『ドルイド? というか東京に行ってたのか。俺も連れていってくれれば良かったのに』
この世界の東京観光してみたかったよ。ゲームと同じなんかな?
『東京は危険区域なんでしょう? 今、皇城は大騒ぎよ。第2皇子と帝城真白が死んだとしたら、かなりまずいことになるみたい。帝城王牙も立場的にまずいわ』
まずいまずいと言いながら、面白そうなことになったわねと、フリッグお姉さんの金色の瞳は語っている。口元が緩んでいるよ? 混乱好きなんだから、困ったお姉さんだ。
『勢力拡大を狙うには、この混乱はちょうど良いわ。そうね、路頭に迷う憐れな子羊貴族に資金援助とかどうかしら?』
『駄目だよ。帝城侯爵は鷹野美羽の後見人だ。ここで勢力を落とされたら面倒くさいことになる。ましろんは責任者というわけではなかったんでしょ?』
『えぇ、箔付けに副提督として任じられているわ。それでも東京に送り込む武士団を編成したのは、帝城王牙。自分の子飼いの精鋭を送り込んだようだしね。だいぶ武士団にも被害が出ているみたい』
『引責辞任と、子飼いの精鋭の喪失か……。困ったね』
うーんと困り顔になっちゃうみーちゃんだ。没落はしないだろうけど、その勢力は大幅に減ずるに違いない。
『行方不明ということは襲われた? 犯人はドルイド?』
『う〜ん……これは微妙なラインね。東京は危険なんでしょう? 犯人は魔物、ドルイド、……それにドルイドを捕獲しにきた非合法の奴隷商人の雇われ部隊もいるようよ。まぁ、雇われ部隊は武士団には手を出さないでしょうから、魔物かドルイドあたりかしら』
『東京は奥に向かうほど、強力な魔物が現れるんだよなぁ……しかも地形効果がエグい所もあるしね』
犯人はわからず。でも仇討ちということは、人間に襲われたと思うんだ。まぁ、良いや。
『ありがとう、フリッグお姉さん。俺は東京に向かうつもりだから、準備しておいて?』
『今の混乱中に、色々と動きたいから私は無理よ?』
僅かな期間といえど、混乱が発生している。その隙をチャンスと見て動くスパイ女神さんだ。
『援軍はお爺ちゃんにお願いしておこう。それじゃ、よろしくね』
『わかったわ、お嬢様』
コクリと頷き、フリッグお姉さんのホログラムが消えて、すぐに執務室に到着した。ドドンと重厚そうな木製ドアが目の前にある。あー疲れた。広すぎだろ、この屋敷。
「お父様っ! 私はこれから東京に向かいます!」
「あたしもいくわ! 魔塔にはアニキトクと説明しておくつもりよ」
「それじゃ玉藻も行くよ! 闇夜ちゃんを守らないとね〜」
そして、ドア越しに聞こえる少女たちの必死な声。
ほらぁ〜、やっぱりイベントスキップされてるよ。みーちゃんのことを覚えているかなぁ。
こっそりとドアを開けて、ちょこんと覗くと、威圧感のある武士な王牙と、闇夜たちが対峙していた。どうやら話は終わって、次のシーンに移行した模様。
たぶん前半が終わり、後半のパートが始まっているのではないだろうか。
「お父様も向かうのでしょう?」
「いや、私が今帝都を離れるわけにはいかん。この混乱を収めないとならぬからな。援軍は私の信頼する者にする予定だ」
真白が心配で、自分で向かいたいのだろうが、立場がそれを許さない。巌のような顔を苦渋に変えて、王牙は答える。
「ならば、その援軍に私も入れてください。もう10歳です。元服は終えているのですから」
「ならぬ! 東京は危険だ。特に毒系の魔物や、厄介な魔物が多い。ドルイドの魔法使いも危険極まりない」
「だからこそです。私はこれでも武士団の方々にも負けないでしょう」
「追加の防毒結界の魔道具をパパにお願いするよ。強力なのを貸して〜って」
闇夜は自信ありげだ。教官も軽々と倒せるようになっているし、その自信は当然だろう。玉藻は有名な魔道具使いの娘だから、状態異常を防ぐ魔道具を大量に用意できると。
二人ともふんふんと鼻息荒く、王牙に詰め寄っている。
「滅んだ東京の話は、魔塔でも研究対象として、論文が何回か挙げられているわ。魔物の種類をバッチシ覚えているあたしも役に立てるわっ!」
自信満々なニニー。机の上での経験が、実戦でも役に立てると信じている。
まるでご都合主義みたいに、東京へと向かう人材として揃っている少女たちだ。
これだけの人材だ。王牙も仕方ないと頷き、渋々と了承する。
「駄目だ! 正式に派遣する武士団に、娘たちは連れていけぬ! 公私混同も甚だしい! それに既に援軍が向かっておる。すぐに見つかるであろう」
思わず姿勢を正すぐらいに、鋭い怒声で王牙は3人に言う。
了承しなかった。だよね、現実だとこんなもんだ。まぁ、軍に民間人を連れていかないよね。連れていけるのは、新人類とか遺伝子操作された子供ぐらいだよ。
「それじゃ、怪我人がたくさんいるんですよね! 正式に鷹野家に支援を求めてください! 私が東京に向かいます!」
回復魔法使いの出番だと、俺はドアをバーンと開くと、皆の注目を浴びながら宣言する。
バーンと。
ババーンと。
このドア重いや。ちょっと重いや。バーンと開けられないや。ちょっと10歳の少女にはバーンと開けられないや。強力バネでも仕込まれているのか、このドア。細くしか開けられないよ。
なので、作戦変更。
ドアを細く開けて、ちょこんと小さな顔を覗かせて宣言するみーちゃんなのでした。いまいち決まらなかったよ。
「むぅ………」
「これは鷹野家の当主としての発言です。皇帝へーかにも奏上します。鷹野家の立場も大きくしたいので、申し訳ないですが、これはチャンスです」
ナイスアイデアだ。みーちゃんはキリリと真剣な表情で、ドアの陰から顔を覗かせて告げる。みーちゃんはエースピッチャーなので、冷酷な政治の世界に踏み入ることができるのだ。
ナイスアイデアですねと、闇夜たちが瞳を輝かせて、一緒に行きますと主張を始める。
「……美羽君は頭が良いな。わかった。正式に認められれば、頼むことになる。いや、恐らくはこの話はとおるだろう。遠征隊は多くの者が怪我を負っているらしい。よろしく頼む美羽君」
貴重なる回復魔法使いだが、当主自らが奏上すれば、皇帝といえど無視はできないだろうと、王牙は頭を下げてくる。
皇族や帝城家の嫡男、遠征隊を助けることができれば、大きな功績となるのだから、当然だ。皇帝も大変だよね。
みーちゃんの東京大冒険だ。両親は絶対に説得するから安心して。
そうして、急ぎ奏上となり、俺は東京に向かうことになったのであった。
報告を受けてから2日後の話である。その間、真白が見つかったという連絡はついに来なかった。
真白よ、頼むから生きていてくれよ。




