112話 天才少女と試合だぞっと
魔法使い同士の試合は見ていて楽しい。娯楽の一つとなっている。魔法が絡むとド派手なんだよ。
この魔法の世界は独特のスポーツが発生している。
サッカーなら、強引なドリブルでディフェンスを吹き飛ばすし、シュートされたボールはマッハの速さでゴールの網を突き破る。
野球なら、本当に投げた球が消えたり、分身したり、重くなったりする。バッターもバットを巨大化したり、当たればホームランの効果を付与したりする。前世で、そんなハチャメチャ野球ゲームがあったが、それと同じだ。
そして、魔法使い同士の総合魔法格闘技は、見る者を魅了する。前世の総合格闘技と同じだ。ただ、分身したり、炎や氷で試合場を埋め尽くしたりと、ちょっとド派手なエンターテイメントになっているので、人気が出ない訳がない。
ルールは簡単。決められたレギュレーションの『魔導鎧』や武器を装備して、戦闘する。『魔法障壁』のマナが3割を切ったら、その人は負け。
ニニーはたしか負けたことがない、というふれこみだったはずだ。
原作では、煽られたヒロインたちが試合をして、コテンパンにやられるんだよね。たしか………。
侯爵家の試合用の訓練場。サッカーの試合ができる広さはさすがは侯爵家。
魔法結界が付与された石壁に囲まれており、結界を張る魔道具も用意されており、周囲への安全への配慮も完璧だ。魔導学院と同じ施設だそうな。
試合の用意をする二人は魔導鎧を着込み、やる気満々だ。
「2対1で良いわよ! ちょうど良いハンデになるから」
腰に手を当てて、自信満々な高慢な態度を隠さずにニニーは煽り文句を言う。
そうそうそんな感じ。って、あれれ、ニニーよ、原作と同じにしなくて良いよ?
「ううん、玉藻一人で試合するよ、ニニーちゃん」
コンちゃんと同化して、狐っ娘になった玉藻が金色の瞳をニニーに向けて、悪戯そうに笑う。玉藻の方は煽られても、気にすることなく、屈伸を始める。
「むっ、冷静ね。……良いわ、魔塔の天才の力を見せてあげる」
二人とも、侯爵家に用意されていた闇夜用の訓練用魔導鎧『鉄犬』である。ワォーンと胸元に子犬が吠えているワッペンがついている。『犬の子犬』コーポレーションの生産している魔導鎧だ。
魔鉄で作られた魔導鎧は、『魔法障壁』以外の付与された能力はない。訓練用にはピッタリだ。鉛色のレオタードに胸当てや肩当て、脚甲。相変わらずえろっちい。しかも10歳の少女たちだしね。
背徳感満載だ。紳士諸君が観覧料を払うのに、財布ごと渡してきそうな光景だよ。
「では、お互いに再確認致します。『魔法障壁』へ送り込んでいる『マナ』残量が3割を切ったら、負けとなります。使用魔法は『中級レベル』の魔法以下。魔法感知の魔道具が使用する魔法のマナ量を感知しておりますので、超えたら反則負けです。いいですね?」
闇夜が説明を終えて、両者はコクリと頷く。
「それじゃ、私が試合開始の合図をだすね!」
実は生の試合は初めてだ。ワクワクみーちゃんは、合図のブザーを前に、ちっこいおててで素振り中。いつでもブザーを押せるよ。
「試合開始っ!」
ポチッとな。
ブーと、ブザーが鳴って、玉藻とニニーは身構える。まだまだ10歳なのに、二人とも戦い慣れているとわかる。俺は試合はしたことないんだけど、皆はしてるんだよな。
玉藻は扇、ニニーはタクトを手にしている。武器には見えない武器だが、専用武器なのだ。
最初に動いたのは、ニニーだった。タクトを振り上げると、玉藻へと向ける。
「一撃で終わらせてあげるわ!」
『氷結津波』
タクトの先端にニニーの背丈を上回る魔法陣が描かれる。青い光で描かれた魔法陣から、家を軽々と呑み込めるほどの膨大な水が生まれて、玉藻へと向かう。
濁流が触れた地面は、瞬時に凍りつき、霜がおりて氷漬けとなってしまう。
液体窒素みたいな水が玉藻へと襲いかかる。凍結させて、『魔法障壁』のマナ残量関係なく終わらせようというつもりだ。
「そうはいかないよ!」
玉藻はニニーの使った魔法の効果を確認して、扇をはらりと開くと、不敵な笑みで魔法を使う。
『木の葉乱舞』
扇をパタパタと扇ぐと、ひらひらと木の葉が生まれて迫る超低温の濁流に負けないぐらい、木の葉は増えて氷結津波とぶつかった。
お互いの魔法がぶつかり合い、木の葉は濁流に飲み込まれて、美しい氷のオブジェとなってしまう。
だが、膨大な量の木の葉を凍らせたことで、濁流は押し留まる。
「今度は玉藻の番だよね。コンコンまほー!」
タンと床を蹴り、大きく跳躍すると、パチリとウィンクをして、玉藻は金髪を靡かせて扇を横薙ぎにする。
ヒュッと風斬り音がして、三日月形の刃がニニーに飛んでいく。体をひねり扇を振るって風の刃を飛ばしていった。
『鎌鼬』
「小手先の魔法ね!」
ニニーは余裕の笑みでタクトを一閃して、風の刃に対抗する。
『竜巻』
小さなつむじ風が生み出されたと思ったら、みるみるうちに大きくなり、竜巻となって玉藻の風の刃を吸収してしまう。
竜巻は玉藻へと切り刻まんと迫っていく。玉藻は器用にくるりと後ろ回転をすると、地面に降り立ち竜巻を横っ飛びで回避した。コロコロとローリングで受け身をとって素早く立ち上がる。
『狐火』
『ファイアフライ』
玉藻が自分の周囲に狐火を生み出すと、ニニーもフフンと余裕の笑みで、炎のトンボを生み出して対抗する。
お互いの魔法がぶつかりあい、爆発が発生し、火の粉が舞い散っていく。
「むむ、やるね!」
「この程度余裕よ。もう終わり?」
楽しそうに金色の瞳を光らせて、玉藻は狐耳をピコピコと揺らす。ニニーはタクトを振りながら余裕の笑みだ。
「まだまだ〜!」
『木の葉手裏剣』
「弱いわっ!」
『ストーンブラスト』
木の葉の手裏剣を作れば、石弾でニニーは対抗する。お互いに多彩な魔法を使い、激しい戦闘を繰り広げていく二人。
ニニーは魔法は得意だが、格闘は苦手らしく、魔法を次々と使う。玉藻も近接格闘に入ることなく、魔法を使い続けている。
玉藻の魔法を尽く弾き返すニニーの魔法発動速度はかなり速い。近接格闘に持ち込むのは難しいと、玉藻は考えたのだろう。
「たしかにニニーさんは、あらゆる属性を使えるようですわね」
「そうだね。今のところ使えない魔法はなさそうだよね、ニニーちゃん」
俺の隣にいる闇夜がニニーの多彩な魔法に感心の声をあげる。わかるわかる。たしかにニニーの魔法は凄いよ。
今も素早く駆け回り、ニニーの魔法を回避する玉藻を捉えようと、雷の魔法を放っている。
「ちょこまかと、正々堂々と戦ってよ!」
『ライトニング』
「にひひー。玉藻の戦いは敵を翻弄する戦法なんだ〜」
『木の葉分身』
タクトから一条の雷光が奔ると、玉藻を貫く。だが、体を貫かれた玉藻は木の葉の塊へと変わり姿を消してしまった。
ニニーは苛立ちを表情に浮かべて、タクトを振り回す。
『発光蝶』
隠れている玉藻を見つけようと、ニニーは周囲に小さな光の蝶を無数に解き放つ。蝶はひらひらと舞い飛ぶと、何もない空間で羽を休めるように群がる。
「あわわわ」
『妖火扇』
群がられた空間から玉藻が姿を現すと、蝶を炎が付与された扇で焼き尽くした。まさか見つけることができるとは思っておらず、玉藻は慌てた顔になっている。
「もらったわっ!」
『雷光槍』
素早い玉藻に対しては、雷が有効だろうと理解したニニーが、雷の槍を3本作り出すと、玉藻へと発射した。
バチリと紫電が奔り、玉藻を貫く。
「くっ!」
バチバチと雷が身体に奔り、みるみるうちに『魔法障壁』の残量が少なくなっていく玉藻が、苦しそうに呻く。
「これで、あたしの勝ちね! その魔法の効果は消さないから!」
驚いたことに、雷の槍を維持できるらしい。ふんぬと気合を入れ、タクトをブルブルと震わせて、維持に努めるニニー。
このままだとニニーの勝ちだと、手を握りしめて俺は試合を見守る。維持とはやるなぁ。あんな魔法があるのか。
雷に苦しむ玉藻は動けない。『魔法障壁』があっても、多少の麻痺状態になっているのだ。
と、誰もが思っていたが、ニニーは眉根を寄せて、玉藻の姿に違和感を持つ。
「ねぇ、あんた? 狐耳はどこなの?」
いつの間にか玉藻は同化を解いて、普通の少女となっていた。狐耳もモフモフ尻尾もなく、サイドテールで髪を纏めている。
「どこでしょー。にひひー」
「どこって……はっ、まさか!」
使い魔がいないことに気づいたニニーが、慌てて周りを見ようとするが遅かった。
「コンコンッ!」
頭上に姿を隠していたコンちゃんが姿を現し、口をカパリと開ける。
『倍化体』
子狐が使うと、みるみるうちに虎のような大きさとなって、ニニーの頭にカプリと噛み付いた。
「ちょー、た、たんまー、まってー」
頭を噛まれて、ブンブンと身体を振られて、ニニーは悲鳴を上げる。雷の槍の維持は解けて、玉藻は自由になって、ふぅと額にかいた汗を拭う。
「コンちゃん! 丸齧り!」
玉藻の指示を受けて、巨大化したコンちゃんはわかったよと、尻尾をパタパタと振るわせて、ニニーをガブガブと齧り続ける。
「勝者玉藻ちゃん! 決め技、魔法少女トラウマ固め!」
頭を齧られて、身体を玩具の人形のように振られたニニーは、魔法に集中できるわけもなく、やがて魔法障壁のマナ残量はなくなるのであった。
試合は玉藻の勝利で終わった。原作なら、ニニーの強さを見せつけるイベントだったけど、モブとのイベントではヒロイン補正は入らなかった模様。
「くっ! 脳筋だと思ったのに、狐っ娘は頭良かったのね!」
「にひひー。玉藻は搦手が得意なんだよ。れんしゅーしてるもん」
顔をコンちゃんのつばでベトベトにしたニニーが悔しそうにして、玉藻は得意げに笑う。
たしかにいつの間に使い魔と分離したのか、さっぱりわからなかった。玉藻はトリッキーな戦法を使うよな。
「負けたのは初めてよ。貴女やるわね!」
「ニニーちゃんも凄いよ! 後で魔法教えて!」
そうして二人は握手をして、仲良くなるのであった。良きかな、良きかな。
だが、ヒロイン補正は他に働いていた。
「大変です、闇夜お嬢様! 真白様が任務中に行方不明となったと、ご連絡が来ました! 至急、執務室へおいでください!」
「真白お兄様が?」
「ましろんが?」
慌てて訓練場にやってきた執事さんが、息急き切って闇夜へと報告してきたのだ。
闇夜とニニーが蒼白となる。何かイベントが発生したらしい。と、そこで、俺もあることを思い出して、蒼白となった。
………思い出した、原作でニニーが日本に来た理由。幼い頃に可愛がってくれた日本のお兄ちゃんがいたんだけど、昔に殺されたらしい。それで、殺した仇を探しに来たんだった。
まずいよ、その人ってたぶん真白のことだ。恐らくは真白。友だちがいないニニーの日本の知り合いなんて、他にはそうそういないはず。しかも、魔塔に在籍している日本人は、真白だけだと闇夜が言ってたし。
慌てた俺たちは急いで執務室へと向かうのであった。
思い出したのが遅すぎた。失敗だ。




