111話 魔塔の天才少女だぞっと
ニニー・マーリン。彼女は『魔導の夜』のヒロインだ。魔塔の若き天才児。原作では最年少で魔塔を卒業し、シンのいる魔導学園にやってくる。
そして、なぜか学園に入学してくるという意味わからん行動をとる。ハーバード大を卒業して、ハイスクールに入学するようなもんである。現実ではやらないが、小説だとよく聞く展開だ。
まぁ、ようはテンプレのヒロインだよな。普通に日本語上手いし。そんな彼女がなぜここにいるんだ?
三角帽子に黒いローブ、ふわふわピンク髪で、ピンクの瞳。目つきは勝ち気で少し鋭い。いつも自信ありげな態度で口元を笑みにしている。
そして、背丈はちっこいのに、かなりの重装甲だ。まぁ、まだ10歳の今は……今は……片鱗が見えるな。みーちゃんは素早さ重視だから、気にしないけどね。
原作者は読者のニーズに応えるために、ヒロインの造形に凝ってたんだよ。
「申し訳ありません、みー様。今朝宅配が来たと思ったら、この方が現れまして」
困り顔の闇夜が頬に手を当てて、謝ってくる。うんうん、わかるわかる。彼女はマーリンの子孫なだけあって、ある大魔法を使えるんだ。その魔法を知らなければ、戸惑うのも無理はない。
「ふっふーん。このニニーだけしか使えない、ニニーしか使えない魔法『鏡渡り』に驚くのも無理はないわ。あたしの他に使える人間は我がマーリン家しかいないからね」
ドヤッと、胸をそらして重装甲を揺らすニニー。うぅーん、たしかに凄いよ。そして、日本語がというか、表現がへんてこな少女だ。家門の人たちが使えるなら、ニニーだけじゃないだろ。
「みー様、あれは普通ではないので大丈夫ですよ?」
「うん、わかってる」
少し動揺する俺を慰めようと闇夜が肩に手を添えてくる。うん、みーちゃんはスカスカなんだ。でも10歳だから普通だよね。
「ちょっと、驚くところが違うでしょ! どこに驚いているのよ! そこは『鏡渡り』って、どんな魔法なんだと、驚くところでしょ」
「名前からバレバレだと思うよ」
期待していた反応と違うのか、ムキーッとニニーは口を尖らせるが、そのまんまの魔法名じゃん。聞く必要はないよ。まぁ、知っているんだけどね。
それよりも、皆が女らしくなって、どうしようと戸惑ったんだ。闇夜たちも成長するしね。まぁ、今は俺も女の子だ。
この先も一緒に着替えとかお風呂とかに入っても……大丈夫だ。犯罪にはならない。たぶん、恐らく、メイビー。前世の魂を映し出す魔道具があったら、全力で破壊する所存です。
「そうなんです。宅配で強力な魔力の籠もった大きい姿見の鏡が送られてきたと思ったら、この方が鏡に映ってたのですわ。それで、鏡の中から寝ぼけ眼で自己紹介をしてきて、そちらに行ってよいかと聞いてくるので、同意したら鏡の中から現れました」
「ふふーん、鏡の中からじゃないわ! 魔塔からこっちに鏡を介してやってきたの! これこそマーリン家秘伝の『鏡渡り』よ!」
「おー! お伽噺のまほーみたいだね! ニニーちゃんすごい!」
まぁ、可哀想だから拍手してあげるか。原作では、皆驚いていたしね。ぱちぱち〜。
「そぉ? そぉ? まぁ、あたしは聖属性を除く全ての属性を操る天才魔法使いニニー様だからね! それほどでもあるわ!」
「それは全てとは言えないのでは……」
ぱちぱちと、みーちゃんが拍手をすると、調子に乗り胸を張るニニーだが、そのセリフに闇夜は引っ掛かって、問い返してしまった。
「良いじゃない! 全てよ、全て! その方がかっこいいでしょ!」
ムガーッと地団駄を踏む魔法の天才少女、ニニー。この会話だけで、その性格がわかろうというものである。
実家は金持ちで魔法使いの名門。天才と甘やかされて、我儘で高慢そうにするが、その行動は子供っぽくアホっぽい。それがニニーというキャラクターである。
たしか5巻で出てきたんだよなぁ。記憶は朧げだけど。
「ま、まぁ、良いわ。それよりもお願いがあるの」
「お願い? なんでしょうか?」
「少し寝かせて! とっても眠いの!」
そして、ニニーは眠りについた。
まぁ、イギリスとの時差は8時間。今はあっちだと夜中だもんね。どうやら、鏡が到着するのを今か今かとずっと自室で待っていたらしい。たいした根性である。
傍若無人ここに極まれりといったニニーに、さすがの闇夜も唖然としちゃうのであった。俺? 俺は知っていたから驚かなかったよ。あの娘は幼い頃から魔塔に籠もっていたから、常識をあまり知らないんだ。
シンはたしかいちご大福を一緒に食べて驚かれて、好感度を上げていたから……俺はおでんにしようかな。辛子たっぷりのおでんを食べさせようかな。魚河岸なんかオススメだ。
で、用意された寝室で、爆睡するニニーを放置して、合流した玉藻ちゃんと一緒に俺たちは夏休みの宿題をやっていた。
一番面倒くさい数学は終えたから、次に面倒くさい漢字の書き取りだ。これは心を空っぽにして、作業ロボットだと自分に暗示をかけて、書いていくのがコツだよ。
傍から見たら、無機質な瞳でカリカリカリと漢字ドリルを埋めていく。これが終われば後は雑魚だ。あっという間に終わるだろう。
お喋りすることなく、黙々と夏休みの宿題をして、ようやく全てを終えると、もうお昼になっていた。無駄話はしないのだ。終わったら、遊ぶと決めているからね。
ちなみに、ホクちゃんたちは長期海外旅行中。鷹野家族は今年は旅行はなし。ママのお腹が大きくなっているからだ。早く産まれないかなぁ。
「魔塔から来たんだ! あそこから来れるなんて凄ーい!」
「たしかに。魔塔の夏休みはたった5日です。短い期間を日本で過ごすために『鏡渡り』を使って、はるばるイギリスから来たみたいですわ」
宿題が終わったので、食堂で昼ごはんとなった。そこで、ニニーが訪れた方法を闇夜が話したところ、もきゅもきゅと素麺ピザを食べていた玉藻は興奮気味に声をあげた。闇夜はといえば、困り顔だ。
たしかに僅か5日のために、『転移』を使うなんて、馬鹿げているように思えるよな。でも、転移を使用できる人間にとっては、距離という概念がなくなるんだよ。玄関から外に出て数歩でどこにでも行けるなら、地球の反対側だって、ご近所さんなのだ。
もちろんゲームの体験からだけど。初心者の街で安い宿屋に泊まって、遥か遠くの魔王の城に通うのは普通だよね。
「『鏡渡り』って、鏡をくぐるんだよね? 玉藻もくぐれるかな? それでどこにでも行けちゃうの。毎日アルティメットランドにも遊びに行けちゃうのかな?」
「コンッ」
ふんふんと興奮して狐っ娘は妄想を口にする。玉藻の頭の上で、飼い主の興奮にあてられて、コンちゃんも尻尾をフリフリと振っている。
玉藻たちの愛らしいコンビに癒やされつつ、俺はというと、焼き素麺を食べながら、モニョっとしていた。
「アルティメットランドは、夏休み中は貸し切りは無理なんです。9月に行きましょう。……みー様、素麺はお嫌いでしたか?」
「ううん、素麺は好きだよ。たくさん食べられる!」
俺の考え込む顔を見て、闇夜が申し訳なさそうに尋ねてくるので、安心させるようにニパッと笑って答える。
ま〜ぼー素麺とか、ツナ素麺、素麺のかき揚げと、早くもお中元で貰った素麺を持て余しているとわかるラインナップだが、問題はない。素麺は大好きだよ。まったく問題はない。
素麺とは違う理由だ。どうも引っ掛かる。素麺はつるつるだけど、なにか引っ掛かる。
「ニニーちゃんは、なんで闇夜ちゃんちに来たの?」
「それは………」
「それは、あたしが真白に会いに来たからよ! グッドモーニング、皆様方!」
後ろから元気あふれる声で、ニニーがやってきていた。多少ピンク髪はボサボサで、小脇に三角帽子を持っている。
ちょんとローブの裾を持って、カーテシーをしてきた。目が覚めたらしい。
「玉藻は油気玉藻だよ! よろしくね、ニニーちゃん。この子はコンちゃん。にひひー」
「私の名前は、鷹野美羽です。小学四年生!」
改めまして、ご挨拶だ。玉藻と二人でカーテシー……はパンツルックなのでできないので、玉藻はコンちゃんを手に持って、人懐っこい笑顔を見せる。
むふんとみーちゃんも元気にご挨拶。
「ふっふーん、知ってるわよ。真白に聞いたもの。天才回復魔法使いと、狐と同化する凄腕幻術使いよね?」
個人情報駄々漏れ問題。真白はみーちゃんたちのことを話していたらしい。天才回復魔法使いだってさ。
エヘヘと身体をくねらせて、頬を押さえて照れちゃうみーちゃんだ。熟練度が上がると魔法を覚える天才回復魔法使い美羽です。
「でも本当なのかしら? 魔塔にも回復魔法使いは大勢いるわ。それも欠損を治せる回復魔法使いもね。幻術使いだって、大勢いるわよ。そんな小さな狐が役に立つのかしら?」
マウントをとってくる攻撃的な女の子だこと。こういう性格って、小説の中だけで許される話し方だよね。
「ふーん? 玉藻とコンちゃんのコンビは無敵だよ、コテンパンにできちゃうよ〜?」
「貴女はみー様の力を知らないから、そういうことが言えるんです。魔塔のエリートさん?」
ほらね、カチンときた二人だよ。少し怒っているよ。玉藻が怒るところはなかなか見ないけど、コンちゃんを馬鹿にされて怒った模様。
というか、これは小説の世界だよ。この先の展開が予想できる。断言しよう。決闘騒ぎになるのは間違いない。
素麺ピザをもぐもぐと齧りながら、どうなるか様子を見る。モブなみーちゃんは野次馬モブその1になるぜ。
玉藻の上に乗るコンちゃんも尻尾をピンと立てて威嚇する。闇夜も目元を鋭く細めて、相手を殺しそうだ。
「あら、そう? それじゃ、試合でもする? 魔塔のワブッ」
ドヤ顔のニニーの顔に、テーブルに置いてあるナプキンをぶつけてやる。
でも、このままだと面倒くさいことになる。野次馬モブは止めておくか。思い出したことがある。
「ニニーちゃんと戦うのは、もっと仲良くなってからね。えっと、結局何をしに来たの?」
「それは友だちの真白に会いに来たのよ?」
気まずそうにそっぽを向くニニーに、玉藻と闇夜をひょいとどかして、素麺ピザを咥えながら顔を近づける。
「でも、真白さんはいないよね? それを知っていて、なんで日本に?」
「そ、それは……その……」
「そういえば、お兄様から、魔塔の娘が来るから歓迎してほしいと言われてたんでした。あまりにも失礼な態度でしたので、すっかり忘れてました」
気まずそうに目を逸らし続けるニニーと、その態度を見て、ポムと手を打つ闇夜。
「威嚇して、自分が上だよって力を見せても、子分はできても、お友だちはできないと思うんだ。で?」
「うぬぬ……あんた可愛らしい顔をして、意地悪いわね。……そうよ、お友だちがいないから、ここに来ました〜! 一人ぼっちで魔塔にいても、つまんないんだもん、遊んでくれる真白は日本に帰っちゃうし、寂しかったの!」
ニコニコみーちゃんスマイルで、ずずいと顔がくっつきそうな程に近づけると、遂に耐えかねたのか、ニニーは顔をあげて、日本に来た理由を泣きそうな声で告白する。
「あぁ、その性格じゃね〜。なんで攻撃的なの? コンコンなの〜?」
気の抜けた顔で、半眼の玉藻が表情を緩める。そうなんだ、この娘はこういうキャラなのだ。
友達付き合いが難しい、力を見せつけることで、仲良くなれると信じている少女だ。
天才魔法使い、アンブローズ・ニニー。
魔塔の中だけの天才だ。思い出した。思い出したぞ。
試合を見ても良かったけど、その後に仲良くなるのは時間がかかりそうだからね。
原作でも、ヒロインたちとぶつかって、試合をしたんだ。ニニーが圧勝してギスギスした空気になるんだよね。仲良くなるのに、遠回りになるわけ。
「まぁ、それはそれとして、試合はしようね。玉藻も魔塔の力を見てみたいし!」
あれぇ? 試合はなかったことにならないの? 玉藻が不敵な顔で、ニニーへと提案して、原作みたいに試合になるのであった。




