110話 夏休み開始だぞっと
遂に夏休みだ。一ヶ月半の夏休み。前世では地域によって、8月半ばから始業式とかになっていたが、この世界では、高等学校以下は全て8月末まで夏休みだ。
原作者が面倒くさいからと、統一したのは間違いない。まぁ、小説内で夏休みの設定を細かく決める必要もないしね。
なので、新しい鷹野家の寝室にて、うさちゃんぬいぐるみと一緒にすやすやおネムなみーちゃんです。特大キングサイズのベッドは、身体が沈み込むほどに、フカフカで気持ちいい。ゲリとフレキは、両親の寝室で警護を兼ねて寝ています。
天蓋は邪魔なので取っ払った。メイドさんたちが、貴族らしさがと止めてきたけど、蚊帳じゃないんだからいらないよ。視界だって阻まれるし、天井から暗殺者が襲ってきた時に気づくのが遅れちゃうしね。
引っ越し当時は天蓋を張ろうとするメイドさんと、天蓋を張られたら、よじよじ登って引き剥がすみーちゃんとの壮絶な戦いがあったものだ。
クーラーがよく利いていて、快適だ。周りを見ると、高そうな調度品が並んでいる。絵画や花瓶とか。花瓶は高価かはわからんけど。
そして、ぬいぐるみだ。ぬいぐるみを集めるのはみーちゃんの趣味なのだ。うさぎやライオン、リスにペンギン、猫や犬に等身大のアリ。アリはマイルームに戻しておこうと思う。
カーテンから陽射しが漏れでてきて、そろそろ朝だとわかる。庭からはチュンチュングオーと小鳥の囀る鳴き声が聞こえてくる。グーちゃんは放し飼いにしています。
夏休みとはいえ、お昼まで寝ているなど、みーちゃんには許されない。良い子な鷹野美羽でなければならないのだ。
なので、寝癖のついた灰色髪をちょちょいと手櫛で直し、寝ぼけ眼をこしこしと擦ると起床した。
「なんだか、最近みーちゃんの意識に引きずられているような感じがするよ」
フワァとあくびをすると、ベッド脇の棚に置いてある目覚まし時計を見る。どうも最近はみーちゃんの意識に引きずられているような感じがする。この身体に慣れてきたということだろう。
猫ちゃん時計の針が指し示す時間は5時半。
「早起き成功。これでみーちゃんの良い子度はまた上がったな」
こういう小さい良い事が、他者からの評価を上げるんだよ。地味だけど、大事。ふふふ、これで美羽が良い子だね。
「早起き成功のご褒美はもらわないとね」
目的を達成したら、ご褒美。これ、常識。
なので、ご褒美として二度寝を所望します。おやすみ〜。布団がみーちゃんとデートをしたがっているのだ。モテる少女は辛いね。
七時となった。
「お嬢様、そろそろ起きてください。朝食のお時間です」
ゆさゆさと身体を揺さぶられて、ぱちくりと目を開く。
「ふわぁ、おはよーございます。蘭子さん」
「おはようございます、美羽お嬢様」
美羽の専属メイド、侍女だっけか? 違いがよくわからんから、メイドで統一しています。侍女の方が偉いらしいけどね。侍女さんとか、メイドさんとか呼ばないから、バレないでしょ。
だって侍女なのに、メイド服なんだ。ヘッドフリルに白黒の上等なメイド服。きっちりと着込んでおり、20歳となったばかりの、黒のショートヘアの優しそうなメイドさんだ。いや、侍女だっけか。
森蘭子さん。森伯爵家の分家さんの女性だ。森伯爵家は代々執事や侍女、メイドの育成に力を注いで、各家門に送り込んでいる。どう考えても、諜報員だろとは思うが、たぶん諜報員は派遣する中の一部だ。
蘭子さんは解析済み。怪しい履歴はなかった。他にも森家の人がいたが、その中で怪しい履歴の人は不正が発覚して家に帰った。食材購入費の横領の疑いなどでね。不正をしようなんて、まったく困ったものだよ。
なので、平穏な我が家なのだ。パパが召使いさんたちから尊敬されているが、さすがはパパだ。恐れられているようにも思えるが、きっと気のせいだろう。
ベッドから降りると、てこてこと洗面台に向かい、歯磨き開始。顔を洗う。後は身嗜みだが、その前にっと。
『快癒Ⅲ』
美羽の身体を球体型魔法陣が覆う。複雑な幾何学模様で組み合わされた神秘の魔法陣は、中にいる美羽を純白の粒子で癒やそうとする。
『しかし何も起こらなかった』
状態異常はないらしい。
「今日も体調に問題なし」
ふぅと満足して、体調に問題がないことを確認して、寝室に戻ると姿見の前に座る。蘭子さんが櫛を手に美羽の髪を梳かしてくれて、他のメイドさんたちが、今日着る服を用意してくれた。
あれから神官の熟練度を上げて、今は『神官Ⅳ』なのだ。熟練度1だけどね。併せて『道化師』もⅣだ。熟練度はやはり1だけど。
Ⅲまで熟練度を上げておけば、とりあえず欲しいものは手に入ったので、現在は『錬金術師』と『機工士』にジョブを変えている。そろそろ生産系を上げないと、『アネモイの翼』を素材にした『魔導鎧』が作れないしね。
「あの、お嬢様。少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、なーに?」
なんかビミョーな顔をした蘭子さんが、みーちゃんの髪を優しく梳かしてくれながら尋ねてくる。朝からなにかな?
「なぜ毎日回復魔法を自分にかけるのでしょうか?」
「なんとなく?」
なんか体調悪い時も、魔法で一発回復なのさ。薬と違って副作用もないし、毎朝の日課だよ。シャワーを浴びるようなものだ。
「はぁ………あの、体調は悪くないのでしょうか?」
「元気いっぱいだよ! あ、少し待って」
どこか呆れた顔になる蘭子さんだが、魔法のある世界とはこういうものだろう。それと、忘れていたことをやっておかないとな。
『妖精の輪舞Ⅲ』
背中から透明な翅を生やして空に浮くと、髪をふわりふわりと舞い上がらせて、飛び跳ねながら宙に鱗粉のような光る粒子を撒き散らす。妖精の舞は数秒で終わり、翅が消えると再び椅子に戻る。
「いつも思うのですが、あの踊りにはどんな意味があるのですか?」
「ラジオ体操みたいなもんだよ! でんぐり返しのれんしゅー!」
1ターンでMPが8回復する踊りだ。5ターン続くので、さっきの回復魔法で消費できた分を回復できる。他人に教える気は毛頭ないけどな。
完全回復すると、使用した分よりMPが回復するので、みーちゃんの身嗜みをしてくれるメイドさんたちにも、回復魔法をプレゼントだ。
『範囲小治癒Ⅱ』
「わあっ!」
「回復魔法よ!」
「ありがとうございます、お嬢様」
キャッキャッとメイドさんたちが喜ぶ。毎回違うメイドさんが必ずいるのは気のせいにしておくよ。
もう7月。伯爵当主としてドレスという名のユニホームを着ないといけないらしいけど、FA権を行使するぞと言ったので、半袖にパンツルックのみーちゃんだ。
それにしても、ドレスじゃないから、着替えの手伝いはいらないといつも思う。でもメイドさんたちの仕事が無くなったら可哀想だしなぁ。
魔力の少ない貴族の三男四女、冒険者になって危険な橋を渡りたくない人たちの一部は召使いとして就職する。
多少でも『マナ』が無いと使えない魔道具とかを使えるし、他家の子供を雇用することにより、貸しやら結びつきやらと人脈も手に入るらしい。
なので、お金持ちの高位貴族は、召使いを大量に雇用するし、簡単にはクビにしない。簡単にはクビにしないだけで、問題を起こしたらクビにするけどね。
そこそこ良い給料に、福利厚生有給に退職金完備。現代ファンタジーなこの世界では、良い就職口らしい。特に36家門の本家勤めは憧れらしいよ。建前上は。あくまでも建前上だと俺は考えている。
召使いの雇用一つとっても、大変なことだよね、まったくもぅ。
準備が完了したら、朝食に向かう。広々とした部屋に、細長いテーブル。対面同士で話すには遠く離れすぎているアホみたいな食堂。
ではなく、家族だけの時は、部屋の一つを改装したちっこい部屋だ。とはいえ、20畳の前の家に比べても広い部屋だけどね。
「おはよ〜、パパ、ママ」
「うん、おはようみーちゃん」
「今日もいい天気よ」
パパとママが笑顔で挨拶を返してくれる。二人とも元気そうだ。パパは当主代行は大変なはずなのに、苦労をまったく顔に出さない。本当に良いパパだよな。
宙にホログラムが映し出されており、今日のニュースがやっている。一日晴天でしょうとアナウンサーが笑顔で話していた。
本日の朝ごはんは、お漬物、卵焼き、焼き魚、豆腐とわかめの味噌汁に白米。コックさん、なかなかやるね。
本当はママの手作りが良いんだけど、我慢のみーちゃんだ。身重のママに無理をしてほしくはないよね。でも太り過ぎには注意してね。適度な運動は必要だよ。
「夏休みでも早起きして偉いね、みーちゃん」
「うん! これから闇夜ちゃんと玉藻ちゃんと、夏休みの宿題をやるから、早起きしたんだ!」
パパが褒めてくれるので、ニパッと笑顔で答える。
この世界では、素晴らしいことにラジオ体操がないんだよ。だからこの時間でも早起きになる。たぶん原作者はラジオ体操が嫌いだったんだろう。夏休みのラジオ体操は子供心に面倒くさいと俺も思ってたし。
「まだ夏休みは始まったばかりなのに偉いわね」
「うん、最初に全部やって、後は遊ぶんだ! もう数学の宿題と自由研究と絵日記は終わったよ。自由研究は、『回復魔法を使うと、術者はどうなるか?』だよ」
「使ったら術者はどうなるんだい?」
「少し疲れました」
以上。自由研究終わり。反論する先生には、回復魔法を使ってあげます。検証にはちょうど良いよね。
いただきますと言って、お茶碗を手に白米を小さい口に放り込む。噛むと仄かな米の甘みがして、ふんわりとよく炊けており、とても美味しい。『ガルド農園』の米だな、これ。
白米だけで、何杯も食べられちゃうよ。味噌汁も出汁がとってあり、味わい深い。卵焼きは甘すぎず、焼き魚はちょうど良い焼き加減だ。
おかわりをして、朝ご飯を食べ終えたら、俺はてってこと遊びに行くのであった。
なんで、絵日記が終わってるのと、後ろからママが気づいて、呼び止めてくる声が聞こえてきたけど、幻聴だよね。絵日記はギャルゲーの攻略サイトを参考にしたから大丈夫だよ。
で、てってけと闇夜のおうちに向かったのだが……。
帝城家の屋敷に訪問して、玄関前でぽかんと口を開けてしまった。
なぜならば、見たことのあるキャラクターが立っていたからだ。
先端が折れている三角帽子を被り、ぶかぶかの黒いローブを着込んでいる。片手に箒を持っており、強気そうなきつい目つきをしている少女。その後ろに、気まずそうに闇夜が立っている。
「あんたが日本の最高の回復魔法使いの鷹野美羽?」
腰に手を当てて、高慢そうに顎を突き上げる。
「はぁ……えっと、どなたですか?」
知ってるけどね。少し小さい姿だけど、彼女を知っている。
「あたしは大魔法使いアンブローズ・マーリンの先祖、ニニー・マーリンよ! よろくしね!」
「先祖? 子孫じゃないの?」
「に、日本語ってむ、ムズカシーデース」
間違えたとそっぽを向いて、頬を赤くするニニー。いや、そんな外国人は今時はいねーよ。
って、これシンとの初顔合わせのやり取りだ。
モブのみーちゃんが発生させちゃった。なんか感動だね。
ところで、この子なんでここにいるの?




