11話 幼稚園時代は終わりだなっと
モブに完全に覚醒した美羽はとりあえず神官Ⅰになった。まだまだ弱いが、それでもきっかけは手に入れた。本当のことを言うと他のジョブが良かったが、マイホームでジョブは変更できるので問題はない。
死ぬほどの苦労から、死ななくても良いだろう苦労で力をつけることができるようになった。どちらにしても、努力が必要なことは変わりはないけど。
でも、死にかけたんだから、既に死ぬほどの苦労をしたのだ。条件はクリアしているのだろう。なにをクリアしたのかは自分でもわからないが。
今、俺はようやく退院して喫茶店にいた。ソファが高いために、ぷらぷらと足を振ってのんびりと闇夜を助けたお礼を待っている。
灰色髪でアイスブルーの瞳の俺は幼女の中でも、かなり可愛らしくなっていた。微笑ましそうに通りすがる人が見てくるぐらいには。
スーパージャンボパフェを待っている。この身体は幼女だからな。甘い物に釣られるんだよ。前世も甘い物は好きだったけどな。
喫茶店はシックな感じの内装で、何種類ものコーヒー豆が置いてあり、焙煎した良い匂いが鼻をくすぐる。客層はおばちゃん連中は見えずに、上品な格好をしている人が英字新聞を読み、コーヒーを楽しんでいた。
前世では、コーヒー豆の違いはついぞわからなかったなぁと、周りを見ながら考える。それ以上に気づくことがある。この喫茶店は変だと。
住宅街にある高級感のある喫茶店。あまり利益はなさそうだ。喫茶店は回転率が悪く、長っ尻の客のために、利益が少ない。だが、それでも客がいないと困るだろう。おばちゃん連中でも、喫茶店に入らないと儲からないだろう客の少なさ。違和感を覚えるのは俺だけだろうか。
どうやってこの店は経営しているのだろうか。趣味でやっている割には値段が高い。一杯1200円。普通におばちゃん連中が入るのは躊躇う金額だ。半年を持たずに潰れても不思議ではない。
この喫茶店のマスター。ロマンスグレーの髪の老年の男性だ。正直に言うと怪しい。小説の世界の中にいると思っているからだろうか。何かの機関の情報員ではないかと疑っている。
それか、主人公の為にある喫茶店。ほら、よくあるだろ? シックな感じの喫茶店。そこにヒロインとちょくちょくと来店する主人公。その背景の喫茶店というわけ。付け加えると、マスターが主人公に渋い忠告をする役柄とかな。
違和感を助長させるのは、スーパージャンボパフェ。この喫茶店には合わないメニュー。金額が3000円というところも、小物として扱いやすそうだ。主人公がヒロインに奢らせられたりとかありそうじゃない?
『魔導の夜』のストーリー、俺は10巻までしか読んでない。ゲームは武器屋や道具屋、レストランなどがあったが、そんなもんが記憶に残るはずもない。最終巻である25巻は魔神や魔神を復活させる敵ボスとのバトルシーンばかりで、日常回は欠片もない。
10巻が発売された時は前世で死んだ時から数えると15年以上前だ。今の歳を加えると21年以上前。俺の記憶にはそんな昔の細かい内容はほとんどない。あるのは女キャラの露出の多いエロティックな武装と、キャラの顔だけ。名前も覚えていない。
普通はそうだよな。というか、ストーリーは今は覚えているが、主人公が現れる学園生活まで記憶が残っているかも不明だ。まぁ、本筋はなんとか覚えている。それが普通だと思う。
命がかかっていることもあるし、ゲームの仕様は忘れることはないだろうけど。ポチリと押せばステータスボードが目の前に現れるしな。
念の為に、俺だけにしかわからない暗号で、ストーリーやゲームの攻略情報は残しておく。タイトルをファイナルドラゴン転生とか書いておけば、誰もこの世界のことだとは思うまい。思ったらそいつは変態か神様である。天才でも思いつくのは無理だよな。
「みー様、早く来ないか、楽しみですわね!」
「うん! 楽しみだね、闇夜ちゃん。早くパフェ来ないかなぁ」
もう俺は女の子に転生した。なので、両親に心配させないように、大人しい女の子を演じている。
アイスブルーの目をキラキラと輝かせて、マスターへと目をちらちらと向ける。コーヒーではなく、パフェを作っている姿が見えるが、身体が勝手にそわそわしてしまう。
「ふふっ、みーちゃんは待ちきれないかしら?」
「うん! だって、こーんなに大きいんだよ!」
俺はちっこい手を広げて、期待に満ちた声を上げる。幼女がそわそわしている姿に微笑ましそうに周りの客が見ていた。演技も大変だよ、うん、エンギダヨ? 早く来ないかなぁ。
メニュー表にある写真は綺麗なパフェ用の器にたくさんの果物に生クリーム、アイスなどが乗っている。否が応でも期待しちゃうだろう?
パフェを食べに来たのは、俺と闇夜、母親と闇夜の専属メイドだ。俺の隣に闇夜、対面に母親とメイドが座っている。
王牙は忙しくて来れなかった。まぁ、奢ってくれれば何でも良い。専属メイドには驚いたけどね。30歳ぐらいのちょっと怖そうな女の人だ。護衛も兼務している魔法使いらしい。
この世界は普通に貴族に仕えるメイドがいるんだよ。正直、凄い。さすがは小説の世界だよな。もっというと、メイドは若くて可愛いのがテンプレだけど、主人公たちの周り以外は現実準拠らしく、腕の立つ経験豊富なメイドが選ばれているようだ。そうなると普通は少女とかあり得ないもんな。
「それで……みー様、私、正式に魔法の練習をすることになりましたの。一緒に練習をしませんか?」
モジモジと指を絡めて、俺を闇夜が見てくる。キラキラとしたブラックダイアモンドのような瞳が美羽の姿を映している。おさげがゆらゆらと揺れて、少し触ってみたくなるのは、身体に釣られて幼くなっている証拠だ。
でも、魔法の練習? ふむ……俺は熟練度を上げたい。マナに覚醒したというか、ジョブを決定したことにより、俺は魔法を使えるようになった。それはゲーム仕様だから、努力して魔法を覚えることは重要かもしれない。
だけど、先にゲームの魔法を覚えたいんだよ。気にはなるけど。ジョブの熟練度を上げれば、魔法を覚えるシステムなんだ。でも、どうやって魔法を覚えるのかは聞いておくか。
「どうやって魔法の練習をするの、闇夜ちゃん」
「帝城家は無属性と闇属性を得意にしておりますの。だから、侍女にこっそりと教わったのです。まだ2つしか使えないのですが」
「そうなんだ。凄いね!」
ニッコリと微笑むが、2つしかって、あのサクサク斬る剣と闇の矢だろ。俺を殺しそうになった魔法だよな? なんで侍女はそんな危険な魔法を教えるわけ? もう少し大人しめの魔法を教えろよ。まだ6歳の子供になんて魔法を教えているんだよ。死ぬかと思っただろ。
ジトッとした目で闇夜の専属メイドさんを睨む。お前が教えたのかよ。
美羽のアイスブルーの瞳を見て、メイドは頭を横に振る。ふむ?
「その侍女は他に配置換えとなりました。やはり危険な魔法でしたので」
あまり抑揚のない言葉で告げてくるメイド。メイドと侍女の違いはわからないが、その侍女がどうなっているか、その目が語っていた。闇夜は気づいていないようだが………。これはもしかして裏があったのか? 死霊が現れたのは偶然ではなく、何かをしようとしていた?
侯爵家だ。謀略があってもおかしくない。まぁ、もう対処済みだとは思う。海の底に侍女が沈んでいてもおかしくない。
これが主人公なら、イベントが始まって黒幕を暴いて退治したりするんだろうけど、残念無念、モブな主人公の俺はたぶん関わることはないだろう。この話はこれで終わりだと思う。
貴族なんて、いつもこんなことが起きていそうだしな。
「あ……ごめんなさい、みー様。私の魔法で傷つきましたのに……」
「ううん。大丈夫だったし、あれはオバケのせいだもんね。闇夜ちゃんは悪くないよ!」
ニパッと元気づけるように美羽が笑うと、闇夜は顔をあげる。
「みー様、優しくて大好きです!」
しょんぼりとする闇夜を慰めると抱きついてきた。ぎゅうぎゅうとしがみついて頬ずりしてくる。温かさとくすぐったさでこそばゆいと笑ってしまう。そのスキンシップに少し照れてもしまう。前世は独身で、こんなにくっついてくる女友だちもいなかったしな。若い時は彼女もいたが、こんなにベタベタしてくれなかった。
「それよりも魔法は簡単に覚えられたの?」
「えぇ。ちょっと大変でしたが。本能的に使えるものがあるらしいですの」
「お嬢様の仰るとおりです。お嬢様は闇属性に目覚めました。聖属性に目覚めた美羽様も回復魔法を本能的に使えたとお聞きしております」
なるほどねぇと、コクリと頷く。俺の本能はゲーム仕様なので関係なさそうだけど、それは秘密にしておくぜ。でも本能であんな危険な魔法を使うのか。闇夜、危険な娘。
「それに美羽様は聖属性の回復魔法使い。帝城家では、残念ながらノウハウがないかと」
聖属性と聞いて、僅かに母親の顔が思案げになる。なにかあるのか? そういや、お見舞いに果物を持ってきた爺さんもあれから見ないな。両親も話題に出さないし、なんかあるのか?
「え〜っ! みー様と練習できませんの?」
俺が考えている最中にも、それを聞いた闇夜が悲しげになるので、メイドがすぐにフォローを口にする。
「いえ、簡単な生活魔法なら属性外でも使用可能です。学院に行けば教えてもらいますが、その前に貴族の皆様は家で教えてもらいます」
「それじゃ、私と一緒にお勉強しましょう!」
「うん! 生活魔法っていうの使ってみたい!」
闇夜と手を繋ぎ、笑顔ではしゃぐ。灰色と黒のコントラストの幼女の可愛らしい姿に母親とメイドは目元を緩ませて微笑む。
「スーパージャンボパフェおまちどおさま」
コトンコトンと2つのパフェが置かれる。おぉぉ、メニュー表よりも大きなパフェだ。
「おっきいね!」
「そうですわね」
キラキラと輝くパフェ用のガラスグラスに、生クリームやバニラやチョコのアイス、いちごやリンゴが乗っている豪華なパフェだ。30センチはある大きなグラスだ。
「ゆっくり食べるのよ、みーちゃん」
「はぁい!」
このパフェを倒すのは俺だ。スプーン捌きを見せてやるぜ。ふんふんと鼻息荒く、俺はパフェを掴む。
シャキーンとスプーンを構えて、パフェが現れた! なんてな。
んん?
『パフェAが現れた!』
『戦う』
『逃げる』
なんだこれ?
美羽はアイスブルーの瞳をくるくると回して戸惑う。灰色の髪の毛の幼女はスプーンを持って固まってしまう。
どうやら俺のゲーム仕様はまだまだあるらしい。奥が深い身体だこと。全く困ったもんだ。




