109話 会議は眠たくなっちゃうぞっと
テーブルに置かれた物は花弁だった。花の色彩は宇宙色。満天の星空みたいな漆黒の花びらに、光る星の光が無数に宿っている。形は百合のような美しい花びらだ。
「これは『魔法花コスモ』だね。これがどうしたんですか?」
俺が手に入れたアイテムは、オーディーンのお爺ちゃんへと一度引き渡している。お爺ちゃんは様々な観点から、アイテムを研究し、今やマイルームの本棚には研究したノートが仕舞われていた。
ちなみに、本棚は亜空間倉庫なので、無限に仕舞うことができる。電子化したらと聞いたら、電子化は魔法付与した本よりも、セキュリティも保存期間も遥かに劣るから、研究中の必要な分しか使わないそうな。
叡智を求めるオーディーン神。人間などとは比べ物にならない優秀さだ。ゲームの世界から生み出されたのに、オーディーンはまさしく神様なのだ。それも『戦争と魔術の神』だからね。
「それは子供に貰ったと言っていたな? どこにでもいる子供にだ」
すうっと目を細めて、ナイフのような鋭さを見せるオーディーンお爺ちゃん。
「そうだよ。簡単なクエストだったかな。花の種クエストって、ゲームではそこらじゅうであったんだ。チョチョイのチョイでクリアしたよ」
種クエストって、簡単なクエストで貰えるんだよ。冒険者ギルドで幼女を見かけたら、毎回声をかける所存です。でも、これがなにか意味があるの? 低レベルの種だ。レベル5ぐらいの魔法花なのだ。ゲームの錬金術師の店では、1ダース500円で売ってたよ。
「貴様の態度から見るに、それほど価値がない花なのだろう。たしかにその効果もたいしたことはない。ポーションに混ぜても、回復HPが1か2増えるだけ。なるほど価値はない」
「まぁ、それでもせっかく手に入れたしね。たくさん作って、錬金術師の熟練度を上げたら、『融合』で一つ上の種に変えるつもり」
何しろ、この世界では錬金術師の店がない。なので、種などが簡単に買えないので、自前で用意するしかないのだ。足をパタパタ振って、不機嫌みーちゃんなのだ。
「我らにとっては価値がない。子供が持っていたことから、この世界の人間にも価値はない。調べてみたのだが、『魔法花コスモ』はダンジョンで極々稀に手に入るらしい」
小脇に置いたタブレットを片手にとって、手慣れた動きで画面を映してくる。俺とフリッグお姉さんは、身を乗り出して、映し出された内容を確認する。
「『魔法花コスモ』。ダンジョンに咲く魔法花。発見当時はその効果に期待されたが、籠められたマナは実用レベルではないほどに微量であり、また、育てるにもダンジョン内ではないと、マナを宿さないので、観賞用としてとしか価値がないと判断された……?」
へー、ゲームのフレーバーテキストとは内容が違うな。小説ではこんな扱いなのか。
「ダンジョン内で育てないと、マナを宿さない?」
「良いところに気づいたな、フリッグ。通常魔法花はダンジョン内のマナに満ちている空間でないと育たない。このあとにこの研究所が行なった研究結果が書いてあるが、外の世界では、周囲に高レベルの植物系統の魔物が存在する土地ではないと育生できないらしい」
フリッグお姉さんの言葉に、口端をあげてオーディーンは楽しげにする。実に研究者っぽい。
「この研究資料はどこから持ってきたの? ……でも、話はわかったよ。『マイルーム』なら育てられるけど、外では無理と」
「全然わかっとらん発言だな、お嬢。これを外でも我らは育てることができるのだ。『ガルド農園』があるだろう?」
「外で育てることができても、意味がないじゃん。性能低いんでしょ?」
みーちゃんは頭が良いよ。むぅ。でも、どんな意味があるのか教えてくれないかな。
「そうではない。『ガルド農園』で育生しても、ダンジョンや『マイルーム』に比べると、遥かに劣化した花しか育てられないが、ソレでも最低の効果は生まれる。ゼロではなく1は効果がつくのだ」
「ゲーム的よね。『品質向上薬Ⅰ』は、最低でも必ず効果を1は上げるもの」
オーディーンのお爺ちゃんの説明が長いと見て、宝石アラレをポリポリと食べながら、フリッグお姉さんが言う。でも、1だけでしょ?
「そして、これがお嬢への答えになる」
さらにオーディーンがテーブルに出してきたのは符だった。ん〜? なにこれ? やけに古ぼけた符だ。
「『身代わりの符』だ。装備者が自分のマナを籠めて、懐に持っておけばダメージを肩代わりする」
「あ〜、知ってるわ。それって高い割に効果ないやつでしょう? 数百万円はするのに、魔法攻撃の一撃も防げないやつ。お嬢様の希望に従って、芳烈さんを守るためのアイテムを探している時に見つけたわ。高いのに役立たずよね」
「わ、私も知ってる、知ってるよ? あー、それって高いんだよね、数百万円するのに魔法攻撃の一撃も防げないやつ」
フリッグお姉さんはつまらなそうに、符を見てどんな効果か教えてくれる。もちろんみーちゃんだって知ってるよ? フリッグお姉さんに頼むだけじゃないよ?
瞳の中でカジキマグロをバッシャンバッシャンと泳がせるみーちゃんだが、まったく気にせずにお爺ちゃんは話を続ける。
「そうだ。この『身代わりの符』は、作成する術者の能力と、素材とする墨、筆、和紙の品質の良さも関係する。特に紙と墨が問題だ。全て魔法の素材でなければならない。だが品質の良い素材が手に入らないために、術者が超一流でも、結局は三流以下の品質の『身代わりの符』となってしまう」
この符で、防げるダメージは50程度だろうと、フンと鼻を鳴らす。その程度なのか。とすると、廃れた理由もわかるよ。『魔法障壁』の発生する魔道具の方が遥かに効率良いもんな。
「何枚も持てれば良いが、発動時はマナを込めた符の全てに効果が及ぶ。10枚持っていても、1枚でも一撃受けたら、すべて消える。もはや廃れた技術だな」
「素材があれば良いの?」
「想定するにゲーム的に例えるとレベル50程度の植物系統、しかも木の魔物から採れる素材ならば、レベル30程度の『身代わりの符』を作れるだろう。もちろん、墨や符もレベル50相当だ」
ゲームでは『身代わりの符』はなかったけど、わかりやすい例えだ。
「木の魔物って、しかもレベル50なんて、ダンジョンボスじゃん。無理だよね、そんなの?」
木の魔物なら、たぶん火の魔法で倒そうとするはず。素材は黒焦げになっているだろうしね。
「そうだな。現実的ではあるまい。なので『身代わりの符』は廃れたのだが、レベルの低い木の魔物レッサートレントなら、数多く管理ダンジョンで採れるのだ」
「うん? それを素材にして紙を作るの? んーと………なるほど、ピンときたよ。低レベルの『身代わりの符』を作ろうってことでしょ? でも、前からその試みはされてたんじゃないの? それに符は今でも工事とかで使われているじゃん」
「トレントのレベルが低すぎて、魔法の紙を作ろうとしても、ただの紙にしかならぬ」
「工事に使われている符は最低50万円はするみたいよ、お嬢様。素材としての紙も10万円ね」
ニヤリと笑うオーディーンのお爺ちゃんの態度に、今度こそピーンときた。新人類みーちゃんだぜ。フリッグお姉さんが端末で調べた価格は最低10万円。となるとだ。
「『ガルド農園』で育てた『魔力花コスモ』の紙を作るのに使うんだね! 墨や筆は紙と比べると簡単に手に入るしね」
指をスカスカとさせて、話の流れを理解したよと、ムフフとぷにぷにほっぺを紅潮させちゃう。みーちゃんの指はちっこいから、指は鳴らせませんでした。
『品質向上薬Ⅰ』の農園で育てた『魔力花コスモ』の花びらを混ぜれば、紙の質は最低だが、1は良くなる。魔法の紙(最低品質)が作成できるわけだ。
そして『身代わりの符』はダメージ10程度は防げるようになるのかな? まぁ、2でも3でも良い。低レベルで、それだけのダメージを防げるのがミソだ。
墨や筆の素材に使う魔物はダンジョンなら、木の魔物と比べて、低レベルの魔物が数多く存在する。作成するのに、問題はないだろう。
「あぁ、私も理解したわ。最低レベルの『身代わりの符』を作成できるというわけね。『魔導鎧』全盛の今の世だと困窮している三流陰陽師の家門って、探すのは難しくないでしょうよ」
「うむ、魔法素材などバイオ関係を扱うベンチャー企業『ウルハラ』が、『ガルド農園』の育生効果に目を付ける。そうして、密かに困窮している陰陽師の家門と独占契約、『ガルド農園』には『魔法花コスモ』の育生を依頼すると、『身代わりの符』を販売し始めるといったところか。格安で作成できると思うぞ。三流の陰陽師でも作成できるところが肝だな」
三流の陰陽師は大勢いるらしい。その人たちなら大喜びで契約してくれるだろうとのこと。
「『魔導鎧』を買えない冒険者たちに『身代わりの符』を販売していくと。一枚数千円でダメージの肩代わりを僅かでもしてくれるのなら、冒険者たちは怪我を恐れて買うでしょうよ。生産系統の魔法使いたちも、万が一のことを考えて買うことを計算すると……消耗品であることを考えて、莫大な需要を見込めるわね」
「そのベンチャー企業は、『身代わりの符』による大ヒットから、他の魔道具を作成することにも力を注入していくというわけだ。ベンチャー企業ながら、兵器を作る会社としてな」
「併せて『ガルド農園』の価値も鰻登りになるよね。きっと他の研究機関も、『ガルド農園』の真の効果に気づくはず」
株式公開されていれば、毎日ストップ高なのは間違いない。
「ふむふむ、私の愛と豊穣の力が囁くわ。さらにさらに『ガルド農園』や『ウルハラ』を警備するベンチャー警備企業『エイン』が現れると」
全部ベンチャー企業である。ベンチャー企業全盛期なのかもしれないね。
「警備会社なら、私兵を用意してもおかしくあるまい」
「情報収集に特化した人間を偶然に知っているから、その人たちを雇用しましょう? そして、欠損で冒険者を引退した人たちも良いわね。偶然社会見学にきた少女が治してくれると信じているわ」
「そこに、鷹野家の運送業が関われば、誰しもが幸せだね!」
どう関わるかは、フリッグお姉さんに頼みます。まぁ、魔法花の運送や、これからの様々な取引に関われるだろうよ。
「この話をうまく持っていけば、鷹野家の運送業の株式も手に入れることができるかしら。うん……少しは手に入れることができるでしょうよ」
この結果は素晴らしい。さすがはオーディーンのお爺ちゃんとフリッグお姉さんだ。一つのアイデアに対して、複数の利益が発生するように動くとは。彼らを召喚して本当に良かった。
なので、フリッグお姉さん。鷹野家の運送業を乗っ取ったら駄目だよ?
「これで、みーちゃん軍団の基盤はできたかなぁ?」
「そうね。良いと思うわ。後は人材集めに私は暫くかかりきりになるからよろしく」
「儂は低価格の『身代わりの符』の作成方法を調べておく。それと『アネモイ』の解析はだいたい終わったぞ。自由に使うが良い」
「了解。『機工士』の熟練度を上げているから、『アネモイ』を分解して、私専用の魔導鎧を作成しておきます!」
それでは、今日の週例会議を終わります。
おやすみ〜。




