108話 経営会議だぞっと
穏やかな春風がそよそよと平原に吹く。灰色の髪が風でふわりと浮き上がり、陽射しの光でキラキラと輝く。
カレンダーの日付は7月半ば。期末テストを全て100点満点で終えたみーちゃんは、春風そよぐ『マイルーム』のお庭にて、植木に水をあげていた。
しっかりと勉強すれば、流石に前世の経験があるので、満点ぐらいは簡単に取れるんだよ。えっへん。
コツという名の経験がみーちゃんにはあるのだよ。パパとママに褒められて、今日はハンバーグカレーよって、世界一のご馳走を作ってもらいました。
もちろんコックに任せないで、ママの手作りだよ。
なので、ご機嫌で植木に鼻歌まじりにお水をあげていた。
「ふんふふーん。早く芽を出せ、出さなきゃ種をほじくるぞ〜」
「それって、よく考えたら怖い童話よね」
「もっと芽を出せ、木へと育て〜。実が足らないと幹をちょんぎるぞ〜」
フリッグお姉さんが話しかけてくるが、妖精みーちゃんは、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、植木にジョウロからじゃんじゃん水をあげていた。
灰色髪の幼気な少女は、サファイアよりも深い蒼き瞳を輝かせて、小さな手足をふわりふわりと舞わせて、ダンスを踊る。
ウキウキとした愛らしいみーちゃんの踊りは、たしかに妖精のダンスのように見えるほど可愛らしい。
みーちゃんが毎夜お水をあげているので、目の前の植木は僅か14日で、3メートル程の高さに育っている。
ただ、紫色の妖しいオーラを纏わせて、木の幹は節くれだって歪んでいるが。禍々しい感じの植木であった。
「童話って、本当は怖い話が多いらしいよ。シンデレラなんて、鳩が民衆の目を抉って、終わるんだって!」
「それは古典映画でしょうが。お嬢様の言うとおりだと、シンデレラが別のお話になるのではないかしら」
「最終的に人と人との醜い争いになるんだよね!」
「それはゾンビ映画ね。で、フランクなジョークのやり取りは終えて、真面目にその木はなんなのかしら?」
日本的な漫才を終えて、金髪美女は妖し気に微笑むと、みーちゃんの育てている植木へと顔を向ける。なんだか、呪われそうな木だから、気になるんだろう。親父ギャグじゃないよ?
「これは謎の苗から育った謎の木。15日間、毎日水をあげないと枯れちゃう木で、曜日に合わせた肥料をあげることにより、様々な実が採れるんです。この間の傭兵カニがドロップしたんだ」
育てている植木は3本。大切に育てたんだよ。
「ふーん、お嬢様はもちろん組み合わせは覚えているのでしょう?」
何でもないふうに、フリッグお姉さんが聞いてくるので、素直に答える。全部はさすがに覚えていないしね。
「『苗』や『宝珠』、………えっと、必要な素材が採れる組み合わせは覚えてたよ」
「ふーん。お嬢様はもちろん組み合わせは覚えているのでしょう?」
目つきが鋭くなり、フリッグお姉さんが聞いてくる。失敗したよ、口籠っちゃった。俺の僅かな逡巡にフリッグお姉さんは気づいた模様。
「とりあえず『苗』を増やしていこうかなって、二本は『苗』だよ」
「最後の一本は?」
「………作る予定の『魔導鎧』にMP増加付与を付けたいから、…………『闇のブラックダイヤモンド』かな」
そっぽを向いて、小声でぽそりと呟いたのに、フリッグお姉さんは感動したように、瞳を潤ませて豊満な身体を押し付けるようにして、俺の手をガシッと掴んできた。
「お嬢様。私が育てるから後は任せてちょうだい」
「明日、実が採れるのに必要ないです!」
「ここは私に命令するべきよ。『ガンガン盗ろうぜ』」
「作戦名が胡散臭い! 駄目だって!」
むにゅむにゅと、胸を押し付けてくるが無駄だ。みーちゃんは色仕掛けには負けないのだ。
お願いよと、フリッグお姉さんが諦めず、諦めてくださいと、俺が押し退けようとする、不毛なる争いが発生した。フリッグは貴金属に強欲すぎるぞ。
「全く。お主らは漫才をしないと気がすまないのか? いつまで待っても来ないと思えば、何をしているのだ?」
「助けて、お爺ちゃん!」
ちょっとだけ、ちょっとだけ味見をするだけだからと、すがりつくフリッグお姉さんの頬をムギュと押しつつ、家から出てきたオーディーンお爺ちゃんに助けを求める美羽であった。
結局、苗が増えたら、宝石が採れる組み合わせを教えて、苗をあげるからと説得して、俺たちは『マイルーム』の家に戻った。疲れたよ、まったくもぅ。
「もう真夜中の二十二時なんですから、ふざけないでください」
プンスコと頬を膨らませて、文句をつけるみーちゃんだが、もちろんフリッグお姉さんは気にせずに、ソファに寝そべるとスラリとした脚を組んで、艶かしく微笑む。
「お嬢様もこの時間で真夜中なんて、お子ちゃまねぇ」
「みーちゃんはお子ちゃまでーす」
美羽もぽふんとソファに座り、脚を組もうとするが、短い足なので、マスコットのように可愛らしい。二十二時なんて、みーちゃんはオネムの時間なんだよ。鷹野美羽活動限界まで、残り一時間という感じかな。
「今日は週例会議ではなかったのか? ふざけているなら、儂は研究に戻るぞ?」
隻眼に威圧を込めて、オーディーンのお爺ちゃんが俺たちを睨んでくるので、コホンと可愛く咳払いをして、真面目な顔にする。
「それじゃあ、第何回かは忘れたけど、アースガルド会議をしますか。私のノルマは終わったよ」
アイテムボックスから、ぽいぽいと『品質向上薬Ⅰ』を取り出して、テーブルに山と積む。栄養ドリンクのような小さな小瓶に入っている。
農園に撒くためのアイテムだ。撒くと効果は一ヶ月続く。
フリッグお姉さんは、手を伸ばし自分のアイテムボックスに仕舞うと、一覧を表示して予定の数があるか確かめて頷く。
「たしかに受け取ったわ。それと、さすがにそろそろ疑われているわ。『ガルド農園』の土を密かに採取するライバルファクトリーがチラホラと現れたわね」
「盗んでも無駄なのにね。『品質向上薬』は、土地に対して有効なんだもん」
「そうだな。薬を撒いて土に影響を与えているように見えるが、実際は撒いた農園の空間に影響を与えておる。まさに『魔法』だな」
肩をすくめて答える俺に、オーディーンが話を引き取り告げてくる。毎回ゲームのアイテムを検証するのが大好きなお爺ちゃんなのだ。
「可哀想なライバル会社は、土を採取したり、我が社の幹部を買収して、秘密を手に入れようとしているわ。無駄にお金を使って可哀想な人たちよね」
「研究所で、科学者や魔法使いが苦労している姿が想像できちゃうよ」
可哀想に。いくら予算を注ぎ込んでも、このからくりは決してわからないだろう。不眠不休で働いていないことを祈るよ。
「じわじわと口コミで、ダンジョン産だという噂が広がっているわ。店員にはお客がダンジョン産ですかと尋ねてきたら、廃棄ダンジョン跡地の土を活用しておりますと、答えるように指示を出しているわよ」
否定しないで、思わせぶりに答える。後はお客が勝手に想像するだろう。
「実際は、ダンジョン産よりは味が劣るわ。でも、普通の野菜より遥かに美味しいから、お客はこれがダンジョン産と思い込むでしょう」
品質向上薬で作られた野菜は、食べた途端にその野菜の旨みがはっきりわかるんだ。キャベツは芯が甘くて、トマトは瑞々しい。野菜嫌いの子供でも食べちゃう美味しさなんだよね。
「まぁ、安価で美味しいからね。これなら、文句もつけられないでしょ」
「そうね。で、貴方の父親は『ガルド農園』への投資を提案してきたわ。株式を取得して、後々は買収したいみたい」
「パパが?」
面白そうに微笑むフリッグお姉さんの話の内容に驚いちゃう。行動が早いな。パパって、そんなに経営能力が高かったのか?
「ライバル会社が気づいたのだ。お嬢の父親も『ガルド農園』に秘密の技術があると考えたのだろう」
「オーディーンの言うとおりね。それにしても、動きが早すぎるわ。どうやら、私はやりすぎたみたい」
「なにかしたっけ?」
提携しただけのはずだ。資本提携でもないし、なにかしたっけ?
「鷹野家で、才能があったのに冷遇されていた分家の人間の噂を少し流したのよ。芳烈さんは、すぐに動いて彼らを重用したわ。風道派の役員たちを軒並み排除したから、穴埋めにも必要だったの」
「引き上げた連中は、予想以上に有能だったのか」
提携先が小さなベンチャー企業だからといって、すぐに買収に移るとは、かなりのやり手だ。冷酷だとは思うが、それもまた経営戦略だ。
でもパパがその提案に頷くとはなぁ。少しショック。傍目から見たら、冷酷だもん。ベンチャー企業を買収なんて、たしかに普通の話だけどね。
「これからのレストランチェーン店の経営には絶対に必要だと説得されたようよ。芳烈さんは、『ガルド農園』の社長たちを役員として雇用すると提案したから、少しは優しいといって良いのかもね」
「これから価値が上がるだろう『ガルド農園』の社長が、役員に落ちてもね……。どちらにしても、この話は蹴ったんでしょ?」
『ガルド農園』は株式公開をしていない。投資家Fが百%出資しており、完全な経営権を持つ会社なのだ。社長以下はただの雇われ。実際の経営権に手を出すことはできない。
「もちろんよ。それにどうやって説明するの? ゲームのアイテムを使ったから、野菜が美味しいなんて、説明できないでしょ?」
ふふっと、妖艶に微笑むフリッグお姉さんに、苦笑混じりに頷き返す。
「たしかにね。信じられても、困っちゃうし」
ゲームの世界のアイテムはトップシークレットなのだ。
「それで、反対に鷹野レストランチェーンの株式を5%買うことを提案したわ。たんなるベンチャー企業ではなく、資金力豊富な投資家が裏にいるとのアピールと、資本提携を結ぶことによる『ガルド農園』との強い結びつきが作れるとの意味合いを籠めてね」
「おー、そういう考えをよくできるね。さすがはフリッグお姉さん。で、パパは話を受けたの?」
「受けたわ。これで、鷹野レストランチェーンに役員の一人ぐらいは潜らせることができるわよ。これで、少しは規模を大きくできるかしら。現在は廃棄ダンジョン8箇所、社員68人。もう少し手を広げることになるはずよ」
なんでもないように答えるフリッグお姉さん。こんなことは簡単なことなのだろう。ちっこいおててで、ぱちぱち拍手をしちゃうよ。こういう考えはみーちゃんにはできない。前世は社長とかじゃないしな。
でも、一応釘を刺しておくけど、乗っ取ったら駄目だからね?
「これを取っ掛かりとして、運送業にも食い込みたいわ。これからの行動に運送業があれば、大分助かるもの。まぁ、その方法は愛と豊穣の力で考えるわ」
わざわざ愛と豊穣の力と言う理由がわからないけど、たぶんフリッグお姉さんの決め台詞とか、そんな感じなのだろうなぁと思いつつ、今度はオーディーンのお爺ちゃんに顔を向ける。
「次は儂か。武器部門を作り、この先、私兵を用意したいとのお嬢の指示に従い、冒険者用の魔道具を解析したぞ。儂らではなく、普通の人間が作れるタイプだ」
「おー! 待ってました!」
『魔導鎧』を着ていない冒険者さんたちを助けたいと思って、オーディーンのお爺ちゃんに頼んだのだ。武器部門うんちゃらは、先々の話です。
「これだ」
テーブルに置かれた魔道具に、美羽は身を乗り出して眺めるのであった。ほほー?




