104話 乱獲するとまずいことになるんだぜっと
『椰子の実爆弾』
椰子の実カニがゆさゆさと椰子の幹を揺らすと、椰子に黒い爆弾が実り、玉藻の真上に落ちてくる。ドカンと音が響き、爆発を起こすと、砂がパラパラと舞う。砂浜に穴が空いているので、その威力は手榴弾並だとわかる。
『蜃気楼』
爆発に巻き込まれたはずの玉藻がユラリと揺らめき、その姿を消す。椰子の実カニの狙った玉藻は幻影であったのだ。
『斬撃』
椰子の実カニは魔法を発動したことにより、動きを止めていた。その隙を狙い、砂煙から闇夜が飛び出すと椰子の実カニの頭を縦一文字に切り裂く。
帝城家の秘宝である夜天の切れ味の前には、強固なはずの甲羅も役には立たず、あっさりと切り裂かれてしまう。
「わあっ!」
闇夜と玉藻のコンビが椰子の実カニを倒した一方で、もう一匹の椰子の実カニのハサミにホクちゃんの斧が掴まれていた。
巨大なハサミがぎりぎりと力を込めて、斧をもぎ取ろうとしている。
このぉと、ホクちゃんが顔を赤くして、頑張って斧を取り返そうとするが、力は拮抗しているようで、なかなか取り返せない。
『らーいーてー』
雷を掌に纏わせて、セイちゃんが軽く椰子の実カニの甲羅を叩くと、パシリと雷光が走り、痙攣をするとハサミに入れている力がなくなり、斧を手放した。
『土塊』
ナンちゃんがすぐにフォローの土塊を放つ。泥団子はカニの頭に命中して、僅かにその身体をのけぞらせる。
「ちゃーんす!」
『豪撃』
ホクちゃんが仰け反った椰子の実カニの頭に、マナで光る斧を振り下ろして、甲羅をかち割り倒すのであった。
2体が絡んできたが、椰子の実カニをパーティーは簡単に撃破していた。みーちゃんはというと、神官として、治癒魔法を使用するタイミングをはかっていた。
キラリとアイスブルーの瞳が輝き、メイスを振り上げる。
『小治癒Ⅲ』
キラキラと純白の光が放たれて、ハサミにより受けた切り傷を瞬時に治した。
マティーニのおっさんの傷を。
「いらねえよっ! なんで俺に回復魔法を使うんだよっ!」
「だって、『魔法障壁』を貫かれて怪我しているので、使用したんです」
「くっ、そのとおりだよ、ありがとうな!」
油断してポップした椰子の実カニの武技『刃鋏』をまともに受けたマティーニのおっさんは、さっくりと『魔法障壁』を貫かれたのだ。
まぁ、肉体も強化しているので、切り傷程度だけどね。マナでしっかりと肉体強化をしているからこそだ。でも、おっさんはダメージを受けちゃったのだよ。
「それに暇なんです。皆は『魔法障壁』でカニさんの攻撃を全て防いじゃうので」
ダメージを負わないパーティーだと、神官は暇なんだよ。臼になってもいいかなぁ。殴り神官って、パーティーだと嫌われるしな。我慢我慢。臼っていうのは、魔物を殴りに行く白魔導士のことだよ。
「ていっ」
なので、まだ擬態中で砂浜に潜っている椰子の実カニにメイスをさり気なく、フンスと叩き落とす。皆の狩りに邪魔な所にポップしたのだ。なので、これは仕方ない。
ガスンと音がして砂が舞うと、椰子の実カニが砂から這い出てパタリと倒れてピクピクと痙攣する。
『朦朧』状態になっているのだ。弱点が殴なので、メイスは特効なんだ。ふふふ、ゲーム仕様のみーちゃんパワーなのだ。
「ていてい」
ガスガスとメイスを叩き込む。ふはは、物理攻撃弱点の敵はとても美味しい。蟹鍋にしちゃうぞ。灰色髪を振り乱して、ていていとみーちゃんは張り切っちゃう。
2撃で椰子の実カニを倒した。椰子の実をゲット。
「むぅ、パーティーではないと、『舞踏』の効果もいまいちだよ」
『舞踏』の効果はパーティーに及ぶ。でも、闇夜たちはパーティーじゃないんだ。酒場がないんだよ、酒場が! パーティー組みたいよぅ。
なので、『舞踏』の力も半減だが『オーガの舞Ⅰ』をドンドコ踊って、殴りダメージを増やして、余り物のカニを時折倒すだけになっていた。
「新しいカニが来たよ!」
玉藻が釣った椰子の実カニがワサワサと椰子を揺らしながら、迫ってきていた。
「任せて!」
『鈍亀の舞Ⅰ』
砂浜の上で、みーちゃんダンス。踊りの種類も変わり、ノロノロの舞だ。両手を広げて、手をひらひらと、最後にクルリンと回転して、椰子の実カニにデバフを与える。
途端に椰子の実カニの動きは鈍くなり、美羽の撮影を終えた闇夜が唐竹割りにする。踊りの意味ある? オーバーキルじゃないかなぁ。あと、なんか無駄なワンアクション加わってなかったかな?
だが、『舞踏』によるダメージは、カニへの攻撃とみなされる。闇夜たちが倒しちゃうので、経験値は一桁台だが、戦闘回数は入るのだ。なので、必ず最初に『舞踏』を使用している。
「こっちは柔らかくして〜」
「うん! 任せて!」
『ポヨポヨの舞Ⅰ』
再び舞う。ホクちゃんの釣った椰子の実カニの甲羅が僅かに柔らかくなり、斧が簡単に食い込む。
ぴょんぴょんと跳ね回り、舞いながら、みーちゃんはポップした椰子の実カニを叩き砕いておく。
多くの椰子の実カニが死骸となって、えっほえっほと椰子の実をナンちゃんがかき集める。
「結構倒したね。でも、カニを無傷で倒すって、どうやるんだろ?」
みーちゃんパーティーは、椰子の実カニを倒しまくっていた。順調に怪我一つ負うことなく。
粗方、椰子の実カニを倒し終わり、ふぅと汗を拭う玉藻が不思議そうに狐のもふもふ尻尾を振る。うん、たしかに俺も気になっていた。どうやって倒すんだろう? 捕まえるカプセルなんか売ってたっけ?
「なんだ、あんたらは知らなかったのかい。どうりで力任せに倒しているはずだよ。ほら、あっちを見な」
金剛お姉さんが指差す先には、『魔導鎧』を着ていない冒険者パーティーがいた。3人パーティーだ。鉄の鎧や革の鎧を着込んでいる。装備から低レベル冒険者たちだとわかる。
一人が大盾を構えて、椰子の実カニの前で、顔を真っ赤にして、攻撃を全力で受け止める。残りの二人は、その隙に椰子の根本と甲羅の境目にノコギリを差し込んで、ギコギコと切り裂いている。
肉体強化している冒険者たちは、電動チェーンソーよりも速くノコギリを引いて、椰子の木を切り落とす。
切り落としたら、椰子の実カニから離れる。椰子の実カニは椰子の木がなくなり、どうなるかと思っていたら、動かなくなり、そのまま息絶えるのであった。
「ほへー、幹を切り落とすと倒せるんだ」
おぉ、と俺たちはその光景をまじまじと見て、感心の声をあげた。椰子の実カニは蟹ではなく、椰子だったのか。
「幹と甲羅の境目から切り落とさないと駄目だよ。あたしらも椰子の実カニには若い時はお世話になったもんだ」
「椰子の実、蟹肉、魔石を合わせると結構な売値になる。6人パーティーで朝から夜まで椰子の実カニを倒せば、一日でだいたい一人3万円ぐらい」
「それは良い時でしょ。いつもは1日2万ぐらいだよ」
懐かしそうにしみじみと金剛お姉さんは言いながら遠い目をすると、燕が口を挟む。一日3万円かぁ。20日働けば、60万円。一日2万でも良い稼ぎだ。困窮している魔法使いが冒険者を目指すはずだよ。低レベルでも、それだけ儲かるのか。
「あの人たちは、3人だから、倍の稼ぎですか」
「だね。あのパーティはかなり動きがいいさね。あのままなら、近いうちにランクを上げて『魔導鎧』も買えるだろうさね」
「椰子の実カニは動かないですもんね。近づかないと、姿も現さないし、うじゃうじゃいるし、お金稼ぎにぴったりなのに、あまり人気ないですね」
それだけ稼げるのなら、冒険者に大人気の狩場のはずなのに、数パーティーしか姿を見ない。なので、ほぼ独占できて稼げるのは嬉しいんだけど、どうしてだろ?
「美羽ちゃんたちは強いから、簡単に狩れるけれども、椰子の実カニはそこそこ厄介なんだ。『刃鋏』は『魔法障壁』を貫くことができるし、『椰子の実爆弾』はかなりの威力がある爆弾なんだよ」
ニコニコと真白が笑顔で教えてくれる。長い時間、強い陽射しの中に立っているのに、汗一つかいていない。日焼けしてもいないので、魔法でも使っているのだろう。
「なるほど、そう考えるともっと良い常駐依頼があるのですね、お兄様?」
新たな椰子の実カニを倒して、黒髪に付いている砂をパパッとはたき落としながら、闇夜が納得する。なるほど。それと、闇夜ちゃん、やっぱり夜天は強すぎない?
「でも、この調子だと玉藻たちは2万円ぐらいになるかな?」
「うん、そろそろ椰子の実も持てなくなっちゃうよぉ」
砂浜に山となっている椰子の実。そろそろ持てないよぉ、食べちゃおうよぅとナンちゃんが山を指差す。護衛に持たせるわけにはいかないので、自分たちだけで持たないといけない。熟練度も7になったし、そろそろ終わりで良いかも。
5時間近く乱獲していたし、もうおやつの時間になるもんね。
「帰って、おやつ食べる?」
「そうですね。そろそろ終わりで良いと思います」
「おっけー。終わりにしよ〜!」
お土産にいくつかパパたちにも持ち帰ろうと、キャッキャッと話すが、まだたっぷりMPはあるな。
「それじゃ、最後に私があそこの椰子の実カニに攻撃するね! 短剣れんしゅーしてたんだ!」
「うん、フォローは任せて〜。倒すぞ〜」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、元気な笑顔な狐っ娘。闇夜たちも、わかりましたと構える。
それじゃ、短剣に切り替えましてっと。
腰のベルトにぶら下がっていた青銅の短剣を取り出し、メイスは背中に背負っておく。
すぅと息を吐き、僅かに目を細めて、地に這うようにべったりと腰を屈めると、魔法の力を短剣に伝えていく。
『刃風』
鋭い呼気に合わせて、短剣を横薙ぎに振るう。ヒュッと小さく風斬り音が鳴ると、薄く伸ばされた緑の刃が地を這うように飛んでいった。
扇状に飛んでいった風の刃は、椰子の根元を抵抗なく通り抜け、幹を切り倒していく。たった一撃の武技で6匹近くの椰子の実カニを倒し終わり、美羽はヒュンと短剣を振って、フンスと得意げに鞘に納める。
レベル50なのである。弱くて役に立たない範囲攻撃でも、椰子の実カニ程度なら倒せるのだ。
だが、ドヤ顔をするのは早かった。油断をすると、ダンジョンは悪意の牙を突き立ててこようとするのだ。
僅かに俺の足元が揺れる。砂の動く微細な音が耳に入り、俺の足元から巨大な鋏が飛び出てきた。小柄な美羽を丸ごと挟む大きさだ。
吹き上げるように砂を撒き散らし、鋏が閉じ始める。
中にいる美羽は『魔法障壁』があっても、さっくり真っ二つになる。
とテンプレだとそうなっちゃうだろう。
ドヤ顔少女は悲鳴をあげて、キャアと殺されちゃうのだ。主人公はもちろん助けに来ない。モブだしね。
砂煙の中で、ガチンと勢いよく鋏が閉じて、闇夜たちは血相を変える。
「みー様!」
「エンちゃん!」
「はーい」
悲鳴をあげる二人へと、呑気な声で俺は答える。砂煙が落ち着き、視界がクリアとなり美羽の姿が皆の目に入る。鋏の先端に爪先をちょこんと乗せて、何でもないふうに立っていた。
「不意打ちでも無駄だよ。おっきなカニさん」
クスリと笑い、メイスに持ち替える美羽に、グォォと唸り声があがり、砂浜が小山のように盛り上がり、鉄色の巨大なカニが現れるのであった。
レアモンスターだ。どうやら同じ魔物を乱獲しすぎたらしい。
ラッキーだ。帰る前の最後の魔物にしてはちょうど良い。今日は蟹鍋に決定だよね。




