103話 海ダンジョンだぞっと
ザパンと波しぶきが波音をたてて、塩辛い飛沫がキラキラと宙を輝かせる。ちょんと足の爪先を波に近づけて、弾ける波の冷たさに、ヒャアと少女は笑顔で後退り、コロンと海の中に転がった。
「海水だよ!」
顔を濡らして、砂まみれにして立ち上がるのは、誰あろう鷹野美羽。強い陽射しが降り注ぐ中で、キラキラと灰色髪を靡かせて、アイスブルーの瞳を楽しげに、水を弾く白い肌の美少女だ。ぺろりと海水を舐めて、しょっぱいと笑顔となる。
あの後で海ダンジョンにみーちゃん一行は訪れています。もちろん管理ダンジョンだよ。
「にばーん!」
波の中へと、狐っ娘がジャンプをして飛び込む。バシャンと水が飛び散り、あははっと玉藻の楽しむ声が聞こえてくる。
「突撃〜」
「吶喊〜」
「カップうどん食べよ〜?」
さんばーんと、ホクちゃんたちも海に飛び込んで、ザブンと潜ると、小さな手で水を掬い、てやっとかけてくる。負けないぞと、みーちゃんも飛び込み、水のかけっこをし始める。水のかけっこがなぜ楽しいか理解したよ。お友だちとかけっこをするとすごい楽しい。
水の冷たさと太陽の照り具合。海で遊ぶ最適な環境だ。このまま、海で遊ぶことに夢中になるかと思いきや、そうはならなかった。
「皆さん、駄目ですよ! ここにはカニ狩りに来たんです」
「はーい、ごめんね」
「びしょ濡れになったよ、びしょ濡れ〜」
ピシリと空気を引き締めてくれるのは、闇夜である。海を見て、ついついテンションが上がっちゃったよ、ごめんなさい。少女の精神が遊べと勝手に身体を動かしたんだよ。
「まぁまぁ、闇夜。遊びたい気持ちもわかるよ。まだ第一層だからね」
付き添いの保護者役でついてきた真白が、ニコニコと笑みを見せる。
真白の言うとおり、ここは管理ダンジョンの一つだ。『海のダンジョン』であり、入場料が必要。名前は『マリンビーチ』。もちろん命名は企業がつけている。そして、第一層はというと………。
「焼きとうもろこし〜、焼きとうもろこし〜」
「焼きそば作りたてでーす」
「かき氷、かき氷はいらんかね〜」
天井からはジリジリと真夏のような人工の陽射しが降り注ぎ、数キロにも及ぶ白砂の砂浜に、透き通るような綺麗な海が広がっている。長い砂浜の細道があり、遠くに壁に囲まれている建物が見える。第二層への入口を塞いでいる施設だ。
そして砂浜はというと、海の家が軒を連ねていた。ジュウジュウと焼きとうもろこしを焼いており、焦げた醤油の匂いが漂ってくる。焼きそばの凶暴なソースの匂いがお腹を空かせて、この暑さの中でかき氷を食べて、頭をキーンとさせてみたい。
明らかにダンジョンではない光景である。多くの人々が水着姿となり、楽しげに遊んでいた。
即ち、海のダンジョンの第一層は、海遊びのできるリゾート地となっていた。
常に真夏の暑さであり、海は綺麗で砂浜も美しい。多少のゴミはダンジョンが浄化しちゃうので、ゴミが浮くこともない。最高のリゾート地だ。
ダンジョンすらも、利用する。人間の業の深さがわかるというものだよね。
「このまま海で遊んじゃう?」
ニヒヒとホクちゃんが悪戯そうに笑って、パシャリと海水をかけてきた。ちぺたい。
「だめだよ。私たちは依頼を受けたんだから、ちゃんとこなさないと」
ムフンと平坦なる胸をそらして、みーちゃんは真面目なセリフを言う。遊びたいけど、今日は駄目〜。
「第一層の護衛にしておけば良かったんじゃないかなぁ」
セイちゃんがのんびりとした口調で、周りを見る。海で遊ぶ人々とは別に、鉄の剣を鞘に入れて、革の鎧を着込む冒険者たちの姿がチラホラといる。
周りを警戒して、巡回している。この『海のダンジョン』第一層はブルーポヨポヨという、まぁ、ぶっちゃけレベル一のスライムみたいな魔物が湧く。
原作者は少しだけ名前を捻って名付けたんだ。ようはスライムです。しかも、コンピュータゲームの有名な溶解能力もなく、物理耐性も無い弱いタイプだ。
バレーボール大の大きさの体躯に、レベル一なので魔法の使えない一般人でも倒せる雑魚だ。攻撃は体当たりで、大人が全力でバレーボールを投げてくる程度の威力。
たいしたことのない雑魚だが、それでも海遊びをするには邪魔だし、事故があるかもしれない。
なので、警備をしている冒険者たちがいるのだ。文字通りのライフセーバーである。
「はいはい、馬鹿を言っていないで、行きますよ」
「闇夜ちゃん、ここで遊ぼうよ〜」
セイちゃんを闇夜が引き摺って、俺たちは白い砂浜をサクサクと気持ち良い音を立てさせながら進む。
海で遊ぶ人たちが間違えて入らないように、第二層への入口はコンクリート製の建物に覆われている。俺たちは、後ろ髪を引っ張られながら、下の階層へと進むのだった。ナンちゃん、帰りに海の家に寄るから、髪の毛を引っ張らないでね?
『海のダンジョンマリンビーチ』は、ダンジョンであるのに、リゾート地となるだけあって、敵の種類は少なくレベルも弱い。一層とはいえ、ポヨポヨだけしかポップしないダンジョンというのは珍しい。
全6層から成り、最下層のボスもレベル20の雑魚である。初心者向けダンジョンということだ。ゲームでは、このような使い方はされなかったから、さすがは現実である。
階層ごとに検問が作られており、美少女軍団はてってけと歩くこと一時間。第5層にいる椰子の実カニの所まで降りていった。
一層と変わらない海と浜辺だけで作られた階層だが、少し違うのは椰子が生えていることだ。緑がある。第一層は何もなかったからね。
南国らしく、椰子がわさわさだ。そこかしこに生えており、椰子の実が生っている。
「ここが、目的の場所?」
フギンが椰子の上で、暇そうにクワァとあくびをしているのが見える。夏の日差しに綺麗な海に白砂の砂浜、椰子が南国情緒溢れており、ここもリゾート地にできるのではないかと思えるんだけど。
「たしかに平和そうですね」
闇夜が夏の日差しを嫌がるように、サラリと前髪をかきあげる。
ジリジリと暑い陽射しの中で、美少女軍団はお揃いの魔導鎧『青銅猫女性用』を装備している。単純な魔導鎧で、身体強化付与や各種耐性などは存在せず、『魔法障壁』が展開できるだけの物だ。でも価格は300万円也。
ワンポイントに『猫の子猫』商会の子猫ワッペンがにゃーんと貼ってある。
Dランクの冒険者が最初に購入する魔導鎧であり、貴族にとっては入門用の装備だ。
ぴっちり貼り付いた緑のレオタードに、魔法青銅製のシンプルな胸当てと肩当て、篭手と脚甲の魔導鎧である。
冒険者見習いとなったことで、おうちから持ってきました。それぞれ皆の家に仕舞われていたのを持ってきました。闇夜と玉藻もお揃いが良いと、この魔導鎧に着替えてきた。
闇夜は『夜天』という刀、玉藻は青銅の槍、ホクちゃんは青銅の斧、セイちゃんは無手、ナンちゃんは青銅の杖、そして美羽は青銅のメイスを装備している。
なんか、初心者ぽくて、ワクワクとしちゃいます。
皆でムフンと気合いを入れて、周りを見渡すが、怪しいのは椰子しかない。というか、椰子しか見えない。
保護者の真白はニコニコと見ているだけだし、護衛の金剛お姉さんや、マティーニのおっさんたちも特に何も言わずに眺めているだけだ。
元服したので、対応も変わったということだろう。
「ううん、玉藻アイは見えている〜。見えちゃうよ〜」
『狐火』
狐耳をピクピク動かして、コンちゃんと同化を終えている玉藻が、人差し指をピンと伸ばして、小さな炎を灯す。
ほいっと炎を飛ばすと、椰子の一つに向かっていき命中した。ボウっと椰子が燃えると、ゆさゆさと揺れて、椰子が揺れ動き、根っこが持ち上がると、2メートル大のカニが姿を現した。
砂浜に椰子として擬態していたらしい。砂浜と同じ色の甲羅で、シャキシャキとハサミを動かして威嚇してくる。挟まれたら、腕ぐらい簡単に切断されそうだ。
5メートル程の高さの椰子を甲羅から生やすカニ。椰子の実カニである。
カァとフギンが鳴いて、解析をしてくれる。
『椰子の実カニ:レベル12、弱点、殴、土』
たいした相手じゃない。雑魚である。
「さすが、玉藻ちゃん!」
ぱちぱちと拍手をして褒める。本物の椰子も生えているから、どれが本物かわからないんだ。
「うん、椰子の実が一個しかないのが、椰子の実カニらしいよ」
スマフォを見ながら、ホクちゃんが空気を読まないことを言うが、褒めておこうよ。玉藻アイはたしかにさっきスマフォを見てたけどね。
「くるよ!」
重たい椰子を生やしているのに、重さを感じさせない速さで椰子の実カニはカサカサと多脚を動かして、走ってくる。前に進めるカニらしい。横歩きじゃないのね。カニじゃないのかなぁ。
どことなく緊迫感がないが、それでもレベルは高い。もはや一般人では倒せない魔物だ。すぐに気を取り直して、真剣な顔に皆は変わる。ホクちゃんたちは特に緊張しているみたいだ。
「まーずはー、私からだね!」
杖を手に持っているナンちゃんが魔法を使う。
『土塊』
手のひらサイズの泥団子が杖の先から放たれて、高速で椰子の実カニに向かっていく。椰子の実カニの甲羅に命中すると、甲羅にヒビが入る。泥団子のように見えて、凶悪な威力を持っているようだ。あの甲羅はマナで強化されているから、装甲車並みの装甲のはずだからね。
しかし、椰子の実カニは甲羅にヒビが入っても、気にせずに突進してくる。んん?
『らーいげーきー』
止まらない椰子の実カニに、無手のセイちゃんが手のひらを向けて、放電する。ピシャリと雷が迸り、椰子の実カニの甲羅を貫通する。
それでも止まらずに、椰子の実カニは玉藻の前へと迫ると、ハサミを向けてくる。狐っ娘は冷静に迫りくるハサミへと、手に持つ槍を振り下ろし、ガチンと地面へと叩き落とす。怯まずに、もう片方のハサミを叩きつけるように振るってくる。
「よっと、キャッ」
余裕の態度で玉藻はバックステップで下がろうとするが、砂浜にズズッと足をとられて、カクリと膝を落とすと叩きつけを受けてしまう。魔法障壁が発生し、玉藻の身体を衝撃から守る。
「油断ですね、玉藻さん」
砂を蹴って椰子の実カニの懐に闇夜が入り、漆黒の刀を振るうと、椰子の実カニの背中に生える椰子を横一文字に叩き切った。キラリと闇の輝線が空中に残り、パチンと鞘に納める。
「いただきっ!」
ニヒヒと笑って、続けてホクちゃんが斧を甲羅に振り下ろす。ズンと椰子の実カニが胴体を押し付けられて、逃れようと脚をワシャワシャと動かす。
まだ倒れていないとは、かなりしぶとい。体力バカの魔物ということなんだろう。あと数撃は余裕で耐えそうだ。
「てーい!」
もちろん俺も追撃だ。斧の一撃で砂浜に押し付けられた椰子の実カニの甲羅に追撃する。小柄な身体をめいっぱい使って、メイスを高々と振り上げる。
そうして力いっぱい振り下ろす。ブオンと重い音をたてて、メイスが椰子の実カニに命中する。
バッシャン
と、音を立てて、椰子の実カニは中から破裂するように爆発してバラバラとなった……。あれぇ?
「おー! 力持ち〜!」
「さすがはみー様です」
「ありがとう、やったね!」
レベル50だから一撃かぁ。
「椰子の実ゲット〜」
早速味見〜、とナンちゃんが椰子の実を割ろうとして、皆が集まる中で、俺は倒した椰子の実カニの死骸を見つめる。
弱点は殴と土だったよな? あれぇ、なんでナンちゃんの攻撃で怯まなかったわけ?
もしかして……もしかしたら、弱点特効は美羽と神様パーティーにしか適用されない?
新たなる仕様がわかっちゃった。
「ま、いっか。有利になる方が多いかもだしね」
私も味見させてと、てってこ皆のもとに美羽は駆け寄るのであった。




