102話 冒険者見習いだぞっと
「はい、これで冒険者見習いとなりました」
冒険者ギルドの受付にて、ようやく冒険者の申請が通りました。受付の女の人がニコリと笑顔でカードを渡してくれる。
魔法金属製のカードで、名前が記載されている。写真がないのは、貴族だから。貴族は顔写真は載せないらしい。普通の冒険者は顔写真を載せるから、貴族はあまり顔を出したくないということだろう。もちろん貴族専用の個室で、身分証明をしたよ。
「やったね、エンちゃん!」
「うん! ようやく冒険者になったね」
「ふふ、見習いですけどね」
「これで遊べる範囲が広がるね!」
「そうそう」
「一息つこう?」
セイちゃんだけは、ひと仕事終えたねと、自動販売機に向かおうとしていたけど、皆で手を取り合って、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「おめでとう、皆。これで冒険者見習いだ」
後ろでぱちぱちと小さく拍手を真白がしてくれる。黒髪は艷やかで、その肌も綺麗な滑らかなものだ。髭すらも生えておらず、小顔で可愛らしい顔立ちだ。
ニコニコと笑顔で、その雰囲気は女の子にしか見えない。天然で女の子にしか見えないのは、小説の中の世界だよなぁ。骨格とかどうなってんのかね。
「ありがとうございます、お兄様」
闇夜がお淑やかな所作で、真白へと頭を下げる。
「では、見習いさんたちに冒険者の説明をしても良いかしら?」
「は〜い!」
受付カウンターに小柄な身体で乗り出して、みーちゃんたちはワクワクとギルド嬢の話を聞くことにする。テンプレ王道冒険者ギルドのお約束だ。
「冒険者は納める税金の多さでランクが決まります。基本、源泉徴収ですので、税金の控除の際には証明書をお出しします」
テンプレ王道じゃなかった。ガッツリと現実的だった。まぁ、大きな依頼をクリアしていけば、報酬も大きいから、こういった制度もおかしくないか。
「ランクはSが最高で、後はAからGまでです。依頼窓口は5番窓口と端末で受けられます。保険の申請窓口は8番、扶養控除の申請、住所変更の際には……」
さて、もう聞きたいことは聞けたかな。10歳に説明をしても、わからないことばかりだよ。ちゃんと法律を守りましょう? なんか、予想していた展開と違ったな。
後の説明はマティーニのおっさんにバトンタッチをして、みーちゃん軍団はぽてぽてと短い手足を動かして、依頼ボードに移動する。
依頼が書かれている電子ボードの前には多くの冒険者たちが集まっている。剣を担いでおり、鎖帷子や、鉄の胸当てを着込む戦士や、杖を片手にローブ姿の魔法使いなど、ファンタジーな光景だ。
「『魔導鎧』を装備している人って、あまりいないんだね」
ファンタジーな光景だからこそ、違和感があるのに気づく。殆どの人は『魔導鎧』を着込んでいない。時折、パーティーのリーダーぽい人が着ているのを見るだけだ。
「あぁ、魔道具の塊でもある『魔導鎧』は高価だかんね。中古品でも200万はするんだ。平民じゃなかなか手を出せないさね」
金剛お姉さんが後ろ手に歩きながら教えてくれて、説明を聞くのを止めて追いついてきたマティーニのおっさんが小声でこっそりと教えてくれる。
「ここに屯しているのは、生産系の魔法を使えず、戦闘系もパッとしない奴らが多いんだよ。平民出が殆どで後は下級貴族の3男、4男たちだな。魔力もちっぽけなもんだぜ」
「本当にダンジョン攻略を考えるのは、強い貴族だけで彼らはギルドに姿なんか見せないの。それに『魔導鎧』を手に入れたパーティーも、格差を見せつけたいのかギルドに足を運ぶことはなくなるよ。召使いに依頼を探させる」
おっさんと燕の話に納得する。あぁ、そういうことなのね。
「小学生までの義務教育が終わったら、困窮している魔法使いは夢をみるのさ。ここから成り上がろうってね。たしかに成り上がれる可能性は、他よりも高いだろうさ。小卒だと、一般の良い仕事は見つからないからね。あたしらも成り上がった口なんだ」
「『魔導鎧』は、メンテナンスもしなくちゃいけないし、戦闘ですぐに壊れるからなぁ。金食い虫なんだぜ。でも『魔法障壁』が無けりゃ、昨日の冒険者のようになっちまう。だから『魔導鎧』を装備している奴らは、ここじゃトップクラスだな」
少し悲しげになる金剛お姉さん。このファンタジーな光景は全然ファンタジーな光景ではないらしい。お金の話が絡むのが、現実的だこと。
この世界は義務教育が小学生までなんだ。なので、詰め込み教育となっている。前世の中学生レベルまで教えるんだ。
なぜならば、元服を終えているから。小学校を卒業して12歳になったら、一人前として数えられてしまう。こんなところも魔法の影響が出ているんだよ。魔法さえあれば、仕事でも未成年が大人の労働力を軽々と上回ることができるからね。
とはいえ、だいたいの人は高等学校まで進学する。平民ももちろんそうだ。しかし、困窮している人々は違う。特に平民の魔法使いは小学卒業後は、貴族へと成り上がるために冒険者になるらしい。そのほとんどは戦闘ができる魔法使いとしては、数えられていない人たちだ。
気持ちはわかるよ。俺も掌大の火球を放つことができたら、冒険者になろうと考えるかもだしね。堅実が一番と言っても、魔法という力を前にすると夢を追いたくなるんだろう。たとえ、一日に3回程度しか使えない魔力量だとしてもだ。
『フギン、解析してみて』
天井の蛍光灯に乗っている、誰にも気づかれない神秘のカラスにお願いをする。オーディーンのお爺ちゃんから借りたのだ。なんでも借りるみーちゃんです。カァとひと鳴きして、フギンは『解析』をしてくれる。
『戦士:レベル7』
『魔法使い:レベル8』
『狩人:レベル5』
その結果に顔を僅かに顰めてしまう。装備を着込んで、あのレベルかぁ。
こちらはというと、闇夜たちはこんな感じ。
『帝城闇夜:レベル30』
『油気玉藻:レベル25』
『春風ホク:レベル14』
『秋田セイ:レベル21』
『夏井ナン:レベル14』
悲しい格差である。今日はせっかく出直したので、皆は『魔導鎧』を着込んでいる。量産型だけどね。闇夜と玉藻のレベルが低いのはいつもの『魔導鎧』ではないからだ。
『魔導鎧』を着ているのだから、レベルが高いのは当たり前だけど、それでもこの差は酷い。あちらは筋骨隆々の男とかなのに、こちらはちんまい少女たちだ。魔法の力が、この世界の根幹ということを改めて再認識しちゃうよ。
『帝城真白:レベル40』
ついでに解析した真白。『魔導鎧』を着込んでいないのに、このおにーさんは強かった。美羽の視線に気づいて、ニッコリと微笑んでくる。魔塔出身だということはあるなぁ。
成り上がりを夢見て、『魔法障壁』のない古き装備を着込む人たちの間を進んでいく。物凄い目立っています。俺たちはレオタードのような魔導鎧を着込んでいるし、護衛も全員量産型とはいえ、『魔導鎧』を装備しているからな。上にローブを羽織って良いよね?
レオタードのような『魔導鎧』を着込んだ集団に話し掛ける人はいない。いや、『魔導鎧』を着込んだ集団は明らかに貴族だからな。皆は遠巻きに見てくるだけだ。もしかしたら、鷹野伯爵ではと考えた人もいるだろうが、この間の幼女は、今日はいないようなので誰も確認には来なかった。
なので、美羽たちは電子ボードの前に辿り着き、依頼を見ることができた。備え付けの端末でも良かったけど、気分の問題だ。
「それじゃ、皆! 依頼は私に任せて!」
胸をそらして、フンスと鼻を鳴らす。灰色髪の小動物みたいなみーちゃんは自信満々だ。これでもゲームはやり込んだんだ。任せてくれ。最高効率でクエストをこなしていくぜ。
「みー様に全部お任せします」
「任せちゃうよ、エンちゃん!」
闇夜たちが許してくれるので、素早くチェック。まずは手紙配達だ。クリアすると、経験値ボーナスと、低位強化石を貰える。これを3つ受けて、他は道端に生えている薬草を採取する簡単なクエストを2個受けるんだ。御手紙配達中に雑魚のポヨポヨを倒して、熟練度も上げられる。
そうすれば、無理なく最初のうちは経験値と強化石が貯まるし、お金も短期間でそこそこ貯まる。戦闘クエストは貯めた金で鉄の装備を揃えた後に、低位強化石でマックスまで買い揃えた武具を強化したあとに受けるんだ。
そのルートがレベルアップの最高効率なんだ。お金は裏町の酒場で、花札かチンチロリンで稼いでも良いけど、現実なのでロードがないからやめておく。
ふふふ、完璧だ。少し強くなったら、交易品を買って、街を移動しがてら、お金を稼げる。手頃な山賊や魔物も倒せるし、マップの移動範囲も増やせるんだ。
鷹野美羽の天才ぶりを見せちゃうぜ。
依頼のボードを前に完全にゲーム脳となった美羽は、電子ボードに貼り付くようにクエストを探す。ウロウロぽてぽてとちっこい身体を小うさぎのように彷徨かせる。そうして生暖かい目で皆が俺をみていて、しばらく経った。
「あれぇ? お手紙配達クエストがないよ?」
街中を走り回るクエストがない。ないよ?
「あの……みー様? 配達は郵便局のお仕事では?」
「………なるほど、盲点だったよ!」
そうか、現実だとそうなっちゃうのか。びっくり驚きだ。たしかにゲーム内でも、あの仕事はよくよく考えるとおかしかったな……。簡単なクエストだったのに、報酬が良すぎた。
現実的に考えるとだ……。
『コレが小麦粉取引の手紙だ。きっちり配達してくれよ』
『任せな。サツには見つからないようにするぜ』
………というパターンになるのかも。へーへー、ありがちなゲームのクエストは現実的ではなかったのか。
「道端で採れる薬草採取もないよ?」
「エンちゃん。放棄地区ならともかく、道端に生えているのはたんぽぽぐらいだよ〜、ふわふわ〜って。そんな簡単なのはないよ〜」
ぱたぱたと手を羽ばたかせる玉藻。マジかよ。ゲーム的な攻略方法でパワーアップするのはなしなのか。そうか、ここは現実、普通にクエストがあると思っちゃったよ。
ならば、奇跡を狙って、切り株を探そう。うさぎならぬ、幼女が新たなるクエストを持ってきてくれるかも。
キョロキョロと周りを見渡して、幼女を探す。困っている幼女はいませんか? 倒れそうなお婆ちゃんや、腹をすかせている少年でも良いよ。
なにかクエストをください。
しかし、目を皿のようにして見渡しても、困っている人はいなさそうだった。怪我をしている人でも良かったのだが、不思議なことに一人もいなかった。この地区の冒険者は頑丈なんだなぁ。いや、昨日治したんだった。
マラソンは禁止ということかぁ………仕方ない、諦めるか。ちなみにマラソンはゲーム用語で、繰り返し受けることのできるクエストを、延々とマラソンの様に繰り返してクリアするところから、マラソンと呼ばれているんだよ。
「この椰子の実カニ退治にしよっか」
しょんぼりとしながら、ボードに載っている討伐クエストをペチペチ叩く。
『常駐クエスト:椰子の実カニ退治。カニの実一匹200円。無傷でのカニ一匹400円』
極めて現実的だが、少し面白そうなのを選ぶ。
「おぉ〜! 椰子の実カニの椰子の実って、とっても甘いんだって!」
「カニを無傷で倒すというのは、どういうことなんでしょうか?」
「海ダンジョンだよぅ。楽しみ〜」
「浮き輪持っていく?」
「カップうどんは絶対に持ってく」
玉藻が狐耳をピンと張って、くるくると回転して、闇夜はカニの倒し方を教えてくれる。ホクちゃんたちもそれぞれ楽しそうだ。良かった、このクエストで大丈夫みたい。
海ダンジョンは中の環境が常夏だと聞くし、一足速い海開きといこう。
ところで、椰子の実カニはヤシガニなの? それとも椰子? カニでもあるの?




