100話 ダンシングみーちゃんだぞっと
怪我をしている冒険者たちの足元に、聖なる魔法陣が描かれる。
美羽は驚きの表情となる人々を気にせずに、その小柄なる肢体を流れる水のように動かす。サラサラと髪が輝き粒子が空中に舞い、振るう腕はゆっくりと、時には素早く、トントンとリズミカルに床を蹴るその姿は白鳥が飛び立つ時のように波紋を生み出す。踊る少女の顔は煌めくような笑顔で、額から弾かれる汗すらも美しい。
『ユニコーンの舞Ⅰ』
突如として踊りだした美羽だが、いつものでんぐり返しが進化した訳ではない。これは基本ジョブの一つ、『道化師Ⅰ』のスキルだ。
『道化師:固有スキル:幻惑、手品使用時の効果100%アップ、舞踏使用時の効果100%アップ』
レベル50
メインジョブ:神官Ⅱ:☆☆☆
セカンドジョブ:道化師Ⅰ:☆☆☆
サブジョブ:盗賊Ⅳ:☆☆☆☆
現在の鷹野美羽のジョブ構成なり。前回、ゼピュロスと想定外の戦闘となったことに反省して、サブジョブの盗賊は動かさないことに決めている。サブジョブだから、固有スキルも戦闘時の動きもメインジョブより遥かに落ちるが、それでも充分強敵にも対抗できるだろう。
それに加えて、あまりにも唐突に腕が上がったら、『ロキ』がすり替わっているんじゃないかと思われる可能性があるしね。サブジョブぐらいがちょうど良い。
本当は『狩人』を続けて上げたかったのだが、『舞踏』スキルを先に手に入れることにした。道化師の固有スキルの補正がなくても、『舞踏』スキルはそこそこ使えるんだ。
支援魔法よりも効果は少ないけど、会心、攻撃力、魔力、回復力、その他耐性系を上げることができるので役に立つ。本職には負けるけどデバフもあるし、攻撃系統もあるので便利なんだ。
そのため、『道化師』にジョブを変更しており、今はちょうど良いので『舞踏』を使用した回復魔法の威力を検証だ。たぶん50%アップくらいになっていると思うんだよね。
なので、唐突に踊り出すみーちゃんです。おひねりくれて、いいんだよ?
どこからか音楽が聞こえてきて、美羽は踊る。踊る。踊り狂う。魔法の踊りは、10歳には見えない妖艶さと美しさで、皆を魅了する。ホップステップジャーンプ。フック、ジャブ、ストレート。パンチも混ぜるとユニコーンらしいかな。ひひーん。
「ふわぁ、おねーちゃん、妖精さんみたい!」
ポカンと口を開けて、幼女が美羽の舞に見惚れて呟く。その呟きは皆を代表しての呟きで、役所内は美羽の踊りに見惚れて、静寂が広がる。ゴクリとつばを飲む音がやけに大きく響くくらいに静かであった。
うん、わかるわかる。見事な踊りを踊ってるよ。ちょっぴり失敗したかも。まさか、こんなに見事な舞となるとは思わなかった。ゲームでは、飛んでくるりと回転して、ちゃらら~んと音がして終わったのに。5秒くらいしか踊ってなかったのに、現実は違うっぽい。あ、『止める』と意識しないといけないのか。
『舞踏』の効果は『道化師』なら10ターン続く。その間に回復魔法を連打するぞ。
『範囲小治癒Ⅰ』
ふわりと床に舞い降りるように、爪先から着地すると、俺は回復魔法を使いまくる。保険申請の前にいる人たちで良いんだよな?
骨が折れた人も、顔の半分を包帯で覆っている人たちも、松葉杖をついている人も、腰が痛そうなお婆ちゃんも、保険金詐欺をしようとする奴も纏めて治す。最後の一人は治せないか。
聖なる魔法陣が床に描かれて、いつもより強めの純白の粒子が傷ついた人を包む。人々は魔法の光と共に痛みが消えたことを知り、恐る恐る怪我の跡を触りつつ、治っていることに驚愕の顔となり、騒ぎ始める。
「治った、治っているぞ!」
「痛くない! やった!」
「良かった、また冒険者稼業に戻れるぜ」
「腰が痛くないわ〜」
「か、帰るとするか……イタクナクナッタヨー」
受付で申請書を書いていた男が冷や汗をかいて、捕まっていたが、他の人々は突然の回復魔法に驚くやら、喜ぶやらと大騒ぎだ。他の人々は何事かとこちらを見てきている。
「やったね! でんぐり返しの奥義『ユニコーンの舞』大成功!」
世界は平和になりましたの、ブイサインを皆に見せる。でんぐり返しの奥義で誤魔化せるよね?
「おぉ〜、これがエンちゃんのでんぐり返しの奥義! 遂に見ることができたよ、すんごい綺麗だったよ!」
「あのタイヤみたいに速いでんぐり返しの進化版かい……」
感動した狐っ娘はぴょんと飛びついてきて、金剛お姉さんたちは呆れ顔だ。あらら、意外と誤魔化せそう?
「また『オリジナル魔法』ですのね……。いえ、踊りの魔法は古来普通にありますから、でんぐり返しからの進化もおかしくありませんか。……くっ、見惚れてしまい、撮影を忘れてしまいましたわ」
悔しがる闇夜。おー、でんぐり返し最強説。やってて良かった、でんぐり返し。
汗で濡れた額を拭いて、頬を興奮で赤らめてみーちゃんは胸をそらして得意げだ。これで突然舞踏を使っても大丈夫そう。
「ありがとう、おねーちゃん!」
「ううん、気にしないで!」
ふんふんと興奮して、お礼を言ってくる幼女の頭を撫でて、微笑む。こんなのチョチョイのチョイだよ。ひと仕事終わったな。
「んとね、これあたちの宝物。おねーちゃんにあげる! 昔、パパがくれたの!」
「ありがとう、大切に使うね」
ポシェットから、数粒の種をニコニコスマイルで幼女はみーちゃんにくれた。受け取った種を見ると、見覚えがあった。蒼い種だ。
『魔法花コスモの種』だ、これ。錬金術師の店なら簡単に買える種で、花びらがあらゆる薬の効果を少しだけ上げるんだ。錬金術師の店がないから諦めていたけど……クエストかな? やったね! 現実ではこんなふうに手に入るのか。まぁ、たまたまだろうけど。
ポケットに大事に仕舞って、さて、中断した話し合いを再開しないとね。ヒロインのサインはシャツにしてくれるんだっけ?
「ありがとうございます!」
「あの、握手を!」
「もう一回、回復魔法を見せて!」
「むぎゅぅ」
再開できなかった。人々が殺到してきて、大混乱となる。どきなと金剛お姉さんたちが俺を抱えて、高い高いをしてくれる。もうそんな歳じゃないんだけど。
「ふざけている場合かいっ! このアホっ!」
「うぅ、すみません。反省してます」
謝るけど、駄目なんだ。幼女に頼まれた瞬間に美羽の精神はゲーム的になったんだよ。ゲーム仕様のデメリット発動。幼女の持ってくるクエストは全て受けちゃうんだ。この結果になるとわかっていても止められないんだ。
幼女の部分はいらないかもしれないけど、ああいったいかにもゲーム的な依頼のされ方だと、クエストとしてこなさないといけないと思考が変わってしまうんだ。
こんなことをしてはいけないことぐらい知ってるよ。でも、駄目なんだ。善とゲームの心がクエストをクリアしろと体を勝手に動かすんだ。そしてその時の俺は疑問に思わないんだよ、迷惑かけてごめんね、みんな。
役所は混乱し、騒ぎは広がり、なんだなんだと外から新たに人もやってくる。
ホクちゃんがていやっと氷の壁を作ってくれて、ナンちゃんも土の壁を作ってくれる。セイちゃんはベンチでお昼寝し、玉藻が幻影を使ってくれて、闇夜が冷たい視線で追い払う。マティーニのおっさんたちも、もみくちゃにされて、結局役人や警備の人たちが総出でこの混乱を抑えてくれたのは、一時間後の話となるのであった。
役所の応接室。ありがちな内装の部屋で、美羽たち一行は話し合うこととなった。
一番偉い人が揉み手をしつつ、口元を引きつらせて、使用してくださいと案内してくれたのだ。
しかも、コーヒーとショートケーキをテーブルに置いていってくれた。高位貴族は特別扱いなんだろう。前世の政治家みたいなもんだと勝手に思うことにしている。
「役所の方々には悪いことをしましたわね」
「うん……。反省してます」
いつもはみー様の味方の闇夜も苦言を口にするほどに、大混乱だったからな。しかも、役所内に案内されたから、後で出てくると待っている人たちがいるようだし。アイドルばりに裏口からこっそりと帰るしかないだろう。
「申し訳ありません、僕が迂闊でした」
対面に座るシンが改めて、頭を下げて来るけど気まずいだけだ。
「そのことはもう良いです。私が治しちゃったせいもあるんで」
キッカケはシンだけど、そこから騒乱を巻き起こしたのは美羽である。なので、シンには鷹揚に手を振ってあげる。
「ねぇ……貴女、あんなに回復魔法を使っても、なんともないの? 頭が痛くなったり、疲れで動けないとかは?」
月が興奮気味に身を乗り出してきて、灰色髪の美羽の頭を掴んでぶんぶんと揺らす。現在進行形で気持ち悪くなりそうなんだけど?
「たしかに、踊ったので少し疲れてます」
「そうじゃなくて……。普通は回復魔法を使ったら、疲れで動けなくなるの! うちのお抱え回復魔法使いは2回使うと数日間は寝たきりよ?」
ええっ! そうなん? え? 回復魔法使いって、そうなん?
予想外のセリフに、闇夜たちへと顔を向けるが、フリフリと否定を表す面々。誰も回復魔法使いと知り合いではないからだ。ここに来て、新事実判明? ……いや、わかったぞ。
「えっと、月ちゃんと呼んでも良いですか?」
「良いわよ。私も美羽って呼ぶから。で、なに?」
「それは恐らくですね……」
みーちゃんの真剣な表情に、月はゴクリとつばを飲み込む。
「おそらく?」
「サボってます。その人は疲れたふりしてい、アイタッ」
全てのセリフを告げる前に、怒る月にペシリと叩かれた。
「バカッ! 常識よ、常識! お兄ちゃん、この子おかしいわ!」
「あぁ、うん……失礼だろう、月? 鷹野伯爵の凄さは聞いてたじゃないか」
「人の頭を叩いて、怒るのはおかしいのでは?」
気まずそうにシンが月を抑えて、闇夜が怒りを込めて注意をする。状態異常回復魔法だけだよ、疲れるのは。たぶんその回復魔法使いは、サボっているだけだと思うんだけどなぁ。
「月ちゃん、その人は本当に疲れているか確かめた方がいいよ?」
「そ、そう言われると……うぅ〜ん、帰ったらお父様に進言してみます。ごめんね、美羽?」
「ううん、ダメージゼロだったから、大丈夫」
ケロリとしている美羽を見て、自信なさげになり月が気まずそうに頭を下げてくる。
「僕からも謝罪を。えっと美羽さんとお呼びしても?」
「駄目ですね」
「ダメダメだよね〜」
良いよと俺が答える前に、闇夜と玉藻が拒絶のセリフを口にした。絶対にだめと、ガルルと子狐を守る親狐みたいな感じだ。
なるほどね、わかるわかる、わかっちゃったぜ。
これこそが原作の強制力なんじゃないかな。モブは空気だから主人公とは絡めない。なので、名前呼びは許されないのだろう。でも、ヒロインの月と名前呼びできるようになったから、別にシンはいいや。
「あ〜、そうですか……えっと、コホン、それでは、今回出会えた幸運もありますし、どうでしょうか、僕たちの開くバーベキュー大会が再来週あるんです。ご一緒できませんか? そういえば、近々帝城侯爵の長男の方も帰国するとか。一緒にどうですか?」
コホンと咳払いをして、気を取り直すとシンは爽やかな人を惹き付ける笑みを浮かべて、バーベキュー大会のお誘いをしてくる。おぉ、ホーンベアカウはあるのかな? お肉たくさんある?
「欠席します」
「玉藻たちは、玉藻たちでバーベキューをするから大丈夫」
乗り気で出席しますと答えようとすると、一刀両断、ズンバラリンと闇夜たちはにべもなく断った。
ほらね? 主人公とモブは関われない運命なんだよね。




