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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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十二 やわらかにフレてしった先

***前回のあらすじ***

 コアイは城塞都市タフカウの近郊で『神の僕』……勇者と呼ばれる者たち、そしてそのうちの一人を憑り代にして化身した過去の『魔王』……彼等と壮絶な闘いを繰り広げ、勝ち残った。

 コアイは疲れを癒すため、人間達が逃げ出しつつある都市タフカウへ入った。そして放棄されていた、有り合わせの食料を口にして休息を取った。

 そして回復したコアイは、つい堪えきれなくなり、彼女……スノウを召喚した。

 本来であれば。

 敵らしい敵は追い払ったとはいえ、つい先程まで人間達が集っていた……こんな処で彼女を()ぶのは軽率かもしれない。


 しかし、闘争の果てで自覚した想い、求めは……コアイを抗い難く衝き動かした。

 「敵」と闘い、勝ち、身体の飢えと渇きを満たしたばかりのコアイには……抗うことができなかった。



 薄い紅を引いた召喚陣(ペンタグラム)の光が失われていく、薄暗い倉庫にはコアイだけが立っている。


 コアイは一人暗がりのなかに立っている、ただ視線を落として立ち尽くしている。

 強い情動に突き動かされて、はからずも喚んだ彼女を……コアイは、ただ見ている。


 彼女は召喚陣のあった辺りで横たわっている、おそらくいつも通りに眠っている。

 美味い酒を飲んだのだろうか、幸せそうに眠る彼女を……コアイは、ただ見ている。


 コアイは立っている、彼女の肢体を捕まえに進むこともできず立ち尽くしている。

 会いたい逢いたい、触れたい、と思わず喚んだ彼女を……コアイは、ただ見ていた。



 逢いたくて、触れたくて、抱きしめられたくて喚んだ彼女、けれど見ているだけであたたかい。

 見ているだけで、とてもあたたかくて……彼女を見つめることだけが要になり、その他の動きは疎かになってしまう。


 それではいけないと意を決して近付こうとしても、何故か……少しずつ、少しずつ距離を詰めていくことしかできなかった。


 それでも何とか、コアイは彼女の側に辿り着いて腰を下ろした。

 それまでの間、彼女は寝返りを打つこともなく、ずっと眠っていた。



 コアイは彼女の肩に触れてみた、彼女を起こさぬよう慎重に。

 すると服越しに、温度が伝わる。

 それはコアイの掌をあたためながら、指先をぞくぞくとしびれさせる。


「んぅ」

 彼女が少しだけ、身体をよじった。肩に載せた掌にも、微かに振動が伝わる。

 その声と振動はコアイの腕を、背筋を優しく撫ぜた。

 撫ぜられた辺りから全身に震えが拡がって、寒くもないのに寄り添いたくなる。

 コアイは思わず喉を鳴らして、彼女の下に空いた手を差しこみ身体を引き起こしていた。



 コアイは床に座り、仰向けに寝転がる彼女の胴を腿に載せた姿勢で寝顔を見下ろしている。

 彼女はまだ、目覚めなかった。


 まだ静かに彼女を見つめていられる安堵と、目覚めぬ彼女からは触れてくれない淋しさ。背反するような心地をコアイは感じている。

 

 けれど、それは悪い心地ではない。

 コアイはふと笑みをこぼした。



 どれほどの間、彼女を見つめていただろうか。


 見つめれば見つめるほどに、あたたかさを感じられる。

 それと同時に、触れた部分から震えが拡がるのを感じられる。


 そしてその震えは、彼女にもっと触れていたいと自覚させる。


 コアイは息を吐いた。それは熱く、せつなく、衝き動かすきっかけとなる。


 体を丸めて、彼女に覆いかぶさって。

 手を回して、彼女を抱き上げて。

 背を伸ばして、彼女を持ち上げて。


 彼女を抱いたまま、後ろに倒れ込む。



 コアイは彼女の身体を上にして、ぴったりと密着した格好で抱き締めていた。


 目を開けて、彼女の様子を確かめてみる。


 まだ目覚めない、随分深く眠っているのだろうか。

 風変わりな服装、向こうの世界でも元気なのだろうか。

 いつか話を聞いてみたいから、彼女に訊くことを考えてみようか。


 目を閉じて、彼女の存在を確かめてみる。


 少し酒の匂いがする、美味い酒を飲んでいたのだろう。

 ここにも酒がある、目覚めたら飲ませてやろう。

 手を付けずに残しておいたから、彼女が望むだけ飲ませてやろう。



 けれど、それより、今は…………


 幸せそうな寝息を立てる彼女の安らいだ姿は、コアイをあたたかくさせる……が、それよりも大きく、せつなさが膨れ上がっていく。

 それは少しずつ、コアイを痺れさせ、脱力させていく……


 胸が熱く、息が熱い。


 ……触れて、ほしい。




「ん……」

 突然、コアイの腕の中で、彼女の身体がピクリと跳ねた。

 コアイはずり落ちそうになった彼女を支えようと腕に力を入れる。


「ぅん~……」

 彼女はそんなコアイの様子も素知らぬ風で、目を閉じたまま、コアイのうなじに手を添えた。

 コアイは彼女の手が優しく触れたのを感じて、そのあたたかさに委ねるように目を閉じていた…………



「んぅ」



「なっっっ!?」

 長い生涯で、一度も感じたことのない、ぬるく奇妙なやわらかさ。

 コアイは思わず目の前を塞ぐ彼女の顔に手をかけ、押し退けていた。


 コアイは軽い眩暈に襲われながら、さまざまな体調の変化を同時に感じている。


 両目をぬるい水で覆われたような感覚。

 顔を焚き火の真横で灼かれているような感覚。

 胸を内側から繰り返し叩かれているような感覚。

 身体を押し潰され浅い呼吸を強いられているような感覚。


 手足が、いや全身が惚けたように震え、力を失っていく感覚。



「ん~……んぅ?」

 彼女の高くかすれた声と、薄く開いた視線がコアイを貫いた。

 全身を走り抜けるような疼きと、蕩かすような熱がコアイを支配しようとする。


 力が入らない……彼女を、押し退けていられない…………



 コアイの両手はふらりと落ち、彼女の顔が再びコアイに重なる。




 ぬるいやわらかさともうひとつ、あつくうるおったやわらかさ。

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