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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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十一 身をいやしたら、ココロを

 六度目の闘いを終えた王は、もう動かない。


 コアイの身体から伸びる赤く力強い射線の先、全身を貫かれて絶命した王はその血混じりの体液を大地に吸わせていた。

 その滴れ落ちる勢いは弱く、刺突からある程度の時間が過ぎていることを示していた。



 コアイは疲労感、脱力感を覚え……ひとまず、己の身体から放たれたらしき血の槍を元に戻そうとした。しかし、血液となって身体に戻ったのはそのごく一部のみであった。


 術を解くのが遅すぎたか、それとも血の造形のために掛かった魔力が強すぎたのか?

 はっきりした理由は判らない。

 空の様子からすると、術の発動から一刻は過ぎていないと予測できる。が、おぼろげにしか判らない。

 自身の消耗を体感しているから、無意識下で血術に過剰な魔力を掛けてしまったことは予想できる。が、血の固化がその影響によるものかどうかは判らない。

 ただ、僅かながら血が戻った以上、これは自身の術が起こした現象で間違いない。


 ともあれ、無意識な血術の発動、そしてその痕跡を認識できたのはコアイの長い半生でも初めてのことだった。

 城に帰ったら、色々と試してみるか……と、まで考えたところで王の亡骸に意識が向いた。



 白銀に輝いていた王の亡骸は、今では有り合わせのボロ布で作られた針刺しのようにくすんでいる。

 絶命し、もはや元の……人間の女の身体には戻らぬようだ。

 もう一人の亡骸は人間の形を保っている、人間がどうにかしてくれるだろう。だが王の亡骸はそうもいかない。


 なれば、今回も『魔獣の王』として始末してやれば良いか。


 コアイはそう考えたが、そもそも前回の顛末を知らないことに気付いた。

 王の側近が遺体を引き取っていったことは覚えているが、その後……どこで、どう葬られたかはまるで知らない。


 どうすれば良いのだろうか?

 昔部下の誰かが、戦死した者を家の庭に埋めてやったと話していた記憶があるが……あれは誰だったろうか。



 コアイは疲労感もあり、だんだん考えるのも億劫になってきた。


 ここに埋めてやろう。王もおそらく魔族なのだ、それでいいだろう。


「風よ我が刃よ、『突風剣(エアスラッシュ)』」

 コアイは足下に風刃を撃ち込み、深く穴を開けてやった。

 そして王の亡骸をそこに放り込んだところで、コアイは軽い眩暈を感じた。


 これは、やはり……魔力が、そしておそらく血も……足りていない。

 なんでもいい、糧となるものを摂らなければ。


 まずは食事を摂り、身体を癒さなければいけない。

 身体に血が充ちていれば……魔力は少し休めれば直ぐに戻る。


 なんでも、いい……

 とは思ったが、王の亡骸や寝かせられている人間の亡骸を食らう気にはならなかった。

 深い穴に落ち込み取りに行くのが面倒な王はともかく、近くに横たわる人間にもその欲求を感じなかった。


 何故そう感じているのか、疲弊したコアイはそれを考えることもなかったが。



 コアイは食料の蓄えがありそうな、城市へ向かうことにした。

 今はもう、周辺に大きな魔力を感じない。人間の、あの魔力を隠すような技術を用いている者が城市にいたとしても……今なお出てこないのなら、それ等は強者ではないのだろう。


 コアイが城市タフカウの門へ向かおうと歩き出すと……目当ての方向から砂埃が上がりだした。

 それを見て、敵襲だろうかと思いつつもコアイは前進する。すると、やがて砂埃は左右に分かれた。それは挟撃を狙った兵の動きでもないらしく、左右の砂埃は遠ざかっていく。


 濃密な闘争のあとでは、弱者の敵対などただ面倒なだけ。


 コアイは特に歓喜も落胆もせず、城市へ向かって進み続ける。

 



 コアイがタフカウの城門前に辿り着くと、城門は無造作に開かれ、それを守ろうとする者の姿も見当たらなかった。

 とはいえ所々に、さほど強くない魔力を感じてはいる。


 逃げ遅れたのか、逃げられないのか、逃げる気がないのか……何れでも構わない、刃向かうでなければ。


 コアイは城門をくぐり、食料の在りそうな……以前西の城市を訪れた際に飲食した店と似たような造りの建物を探した。

 そうして見つけた建物の内部を確認し、最初の一軒には何も残っていなかった。コアイは二軒目で、食料品の蓄えが残る倉庫を見つけた。


 倉庫内の樽には水や酒が貯められ、籠には干し肉や野菜、果実が積まれている。他にも布袋が多数立て掛けられていたが、コアイはそのまま飲み食いするのに手軽そうな水と干し肉、果実だけを取って食べた。




 あの時以来か、食事を必要としたのは…………


 備蓄の何割かを腹に収めて食欲の満ちたコアイは、ひと息ついてから……思い出したかのように懐へ手を伸ばした。

 そこから取り出した紙は、持ち主が制してきた激闘を物語るかのように乱雑に折れ曲がっている。

 コアイはそれを丁寧に開き、立ったままでしばらく見つめたのち…………そっと床に置いた。


 ……名残惜しさに締め付けられながら。



 コアイは指先を噛んで表皮に血を滲ませ、それに召喚陣(ペンタグラム)を描かせる。


 指先から血が流れ出す。零れ落ちた血は紙に触れぬよう、物静かに流れて召喚陣を象どった。コアイはそれを見て左手を高く掲げ、指先を召喚陣に向ける。


 そして、


「mgthathunhuag Moo-la-la!!」


 コアイは、この世界の言語とは異なる文法、発音の呪文を唱えた。

 赤い線で形作られた召喚陣が、淡紅色に変わる。召喚陣は暗い倉庫の中を照らすように優しく輝き…………


 やがて術者を含む全てが、召喚陣と熱を共有して────

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