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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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十 かたい棘にふれて知ったヒ

 過去、『魔王』と呼ばれていた頃……どころか、それよりも昔の自分を知っている者。

 そう考えると、言葉も交わさずに闘うのは惜しいと思えた。


 長い間、苦楽を共にした間柄ではない。

 会った回数で言えば、五回だけ。それも毎回、殺し合っただけ。


 それでも、心のどこかで懐かしく思う…………



「オメェはいっつも、スカしてんなァ」

 口調の荒さとは裏腹に、表情に憤怒の色は感じられない。

 『魔獣の王』のほうでも、コアイと似たような気分になっているのだろうか。


「マ、なんでもいいけどよォ……とりあえず、そろそろヤろうぜ」

 王の視線が、ギラリと鋭くなった。

 それと共に、王の爪先から力強さを思わせる何かが伝わり出す。

 爪の外見に変わりはないが、それはどこか鋭利な印象を伝えてくる。


「らァ!」

 王は力強く踏み込み、コアイの目前に飛び込んできた!

 白銀の獣は右腕を振りかぶり、それをコアイに叩き付けながら身体を横に流し、駆け抜けていく!


 接触は最小限に、まずは様子見か。

 コアイは直ぐさま王の行く先に目をやり、その姿を捉えた。


「風よ我が刃よ、『突風剣(エアスラッシュ)』」

 コアイは躊躇なく風を想起し、詠唱した……が、王は既に跳び退いている。


 やはり速い、ではもう一つ狙ってみるか……っ!?

 コアイが追撃しようと王の位置を追ったときには、王は再度跳び退きコアイとの間合いを大きく空けていた。


「ヘヘ……今のオレサマなら、あのカベのワナだって」

 コアイは声のする側へ風刃を飛ばそうと、意識……


「よけられる気がするぜェ」

 意識した時にはもう、王は回避し終えていた。



 そうだ、そうだったな……


 王の姿を視てから撃つのでは、遅い。

 王の姿に狙いを定めてから撃つ、のではない。

 予め、撃てる状態を調えておいてから、狙うのだ。


 コアイは、再び心地よい懐かしさを感じ、鼻先で笑った。


「ッしゃァ!」

 王が距離を詰める。

 コアイは風を想起し、魔力を練る……


 魔術の性質上、()()()()()を保ったまま狙いを定める、魔力を練り上げた状態で長時間待つことには危険が伴う。

 だが、何の準備も覚悟もなく、ただ相手の攻めに応ずるだけでは足りない。


 それが、『敵』との闘いだろう。



 王はコアイの前方やや左、力強く踏み込んで左右の腕を振り下ろす!

 両腕、その先の不揃いな汚らしい爪が叩き付けられるようにコアイへ襲いかかる、左、僅かに遅れて、右!

 左右の爪撃はコアイの護りを引っ掻き、微かに欠けさせた。欠けた部分で、護りの波紋が乱れ、ゆらぎを生じる。

 コアイはそれを知覚しつつも、王の動きから目を離さない。


 王はまだ退いていない、さらに連撃を加える気か!


「風よ我が刃よ、『突風剣』」

 コアイは機を見出した、急ぎ詠唱を紡ぎ……その詠唱が終わったと同時に王の爪が横薙ぎに走らんと


「ぐゥッ!?」

 王はすんでの所で膝を折って身を屈め、身体を投げ出して風刃をかわす!


「まだだ!」

 コアイは王が苦し紛れに跳んだその先を、狙っていた。


「幼月よ、追え! 『屈曲(メニスカス)』!!」


 『突風剣』に続く、切り返される湾曲した長刀が放たれ王を追撃する!



「つッ……よけ切れねェかァ」

 寝ころんだ体勢から立ち上がった王は、腕から血を噴き出していた。


「いてェよ……オメェはあいかわらず強ェな」

 王はそうこぼしたが、コアイも同じ感想を抱いていた。


 あの状況から、致命傷を避けるとは。


「けんど、こんくらいなら……」

 王の右手首から先が欠損している。王はそれをかばうように左手をあてながら、何かを呟く……


 すると失われたはずの王の右手が、手首から這い出るように再生された!


「こんくらいなら、かすりきずだァ」

 右手に生えていた、無秩序な並びの爪も蘇っている。



「ああ、やっぱ全力でせめなきゃダメかァ」

 王は何かを決心するように、大きく息を吐いた。

 

「あとのことなんて考えてちゃ、オメェには勝てねェ」

 コアイは王の様子を見ている。すると王の宿す魔力が、何故か奇妙なほど純粋に……純粋な暴力が、澄みわたっていく。


「われ、血をかてに、くるいをかてに、ちからをかてに……目ざめる……『至暴(アエスマ)』!」


 醜悪に生え揃った王の爪が、怪しく光り……長く伸び、二又、三又に分かれ始めた。

 ある爪は三又槍のように横に分かれ、ある爪は他の爪の上下に覆いかぶさるように縦に分かれ……それらはもはや生物の爪と呼ぶこともはばかられるような、おぞましく背徳的で冒涜的でおぞましい造形をしていた。

 そしてそれらは赤黒く、妖しい艶を伴って闇の中の野火のように輝いている。


「ああ、これだァ……へへ……」

 王は爪を小刻みに震わせながら、恍惚の表情を浮かべていた……


「ヴォァアアア! ウォアアアア!! ブゥォアアアアアア!!」

 が、突如雄叫びを上げ、コアイへ襲いかかる!



 ……原始的に振り回される狂王の爪は、コアイの護りを切り裂き身体のすぐ傍まで侵入してきた。

 やがてそれがコアイの皮膚に届き、かすめ、削った。

 腕から、脚から、キッっと痛みが伝わる。コアイはそれを感じて、ゾクゾクと身を震わせる。



 素晴らしい、これ程の力を……

 そうだ、これが戦、これが敵……刺し刺され、痛め痛められ、傷付け傷付けられ


 私は今、真の意味で闘っている! 私は生きて、活きている!

 


 コアイは高揚した。


 しかしそれは、次の一撃がコアイに届くまでの僅かな間だけであった。

 コアイは、気付いてしまったのだ。


 己の、誤った憧れに。




 うんッ……!?


 いや、()()は……

 これが、こんなものが、私の求めていたもの?

 いや、違う……のだ……

 

 目の前のこの男が、私の護りを侵し、私に触れている……

 嫌だ。不快だ。不愉快だ。


 違う、これは……私が求めていたはずの()()とは



 断じて、違う。

 気持ち悪い、不愉快だ、触るな。


 気持ち悪い、気持ち悪い。お前じゃ、ない…………




 お前は    違う    触るな


 やめろ   わたしに   触るな




「わ……わたしに、さわるなああっッ!!」




 コアイは思わず叫んでいた。


 先ずそのことに気が付いて、次に闘いの最中だったことに気が付いて、コアイは辺りの様子を確認しようとした。

 しかし目の前に、赤い糸状のものが網目のように走っているのを見て……また、他に動くものの無いことを察した。そこでまずは、あちこちに伸びたそれらを確かめることにする。



 赤い糸状のものは、コアイの身体のあちこちにできた傷から這い出て……それぞれが伸びた先で、『魔獣の王』の身体をズタズタに刺し貫いていた。

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