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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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七 ノロイヲ遺すわざわいのはな

 コアイの放った、巨大で色艶のない光が淡く薄れていく…………

 それと同時に、各人の目が少しずつ眩さに慣れ始める。



 あの弾けたような感覚、おそらく一人は殺せたのだろう。



 光の強さに慣れた者達の目が、辺りの様子を捉えだす。

 しかしそれよりもやや早く響き出した、数多くの馬蹄の音。


「あそこだ、逃がすな! 奴は消耗しているぞ!」

「アライア様も後に続いてる、少しでも魔王を足止め!」


「死してミリア様の御許へ往くは、生きて(けだもの)と辱められるに優るなり!」



 くだらない、気持ち悪い、つまらない、声……


 コアイは騎馬の駆け足に混じる叫び声を疎ましく思いつつ、その先からベタベタと粘っこい、濃厚な魔力の存在を感じ取っていた。


 魔力……そういえば、先の魔力の拡散は?



「セン……パイ……?」

 男の弱々しい声がして、コアイはその方向に目を向ける。男は特に怪我無く、尻もちをついた体勢で呆然としていた。

 男の顔が向いている、その視線の先には女が倒れていて……倒れている女の身体には、有るべきものが無かった。


「ヒサくん……ごめん」

 絞り出すように声を出す女の姿、それは腹の辺りから先を失くしていた。

 『光波』により断面が焼け焦げているためだろうか、女からの激しい出血は見られない。しかしその欠損は、人間にとって明らかに致命的なものと見える。


「センパイ!? なんで!! なんでぇぇ……ッ……ああ゛ぁ…………」

「ごめんね、こうするしか……」

 急ぎ立ち上がって駆け寄った男が女の肩を掴み、むせび泣く。


「私なら、もっかいあそこに戻れるかな……と思ってたけど……失敗みたい」


 コアイには、『光波』を放った瞬間、放った先での事象はよく見えていなかった。

 女だけが傷ついていることを考えると……男をかばおうと相当な速さで駆け寄り、咄嗟に男を突き飛ばしたのだろうか。


 コアイは倒れる女の表情、その優しげな眼差しに目を向ける。


 死に瀕しているはずの女の視線の柔らかさは、ある人間を思い出させていた。

 コアイが単身タラス城を攻めた時、命を捨ててアルマリック伯を守ろうとした老人のことを。



 あれは……私の知らなかった、気骨のある人間。

 この女も、あの厳格な面構えをした老人と、同じ……愛おしい者のために、命を。

 ならば、この女は……


 コアイは女への印象を少し改めていた。



「グズッ、ゼンパイ……待っててくれよ、せめて仇を」

 男は女を優しく抱いてから、柔らかそうな草の上に寝かせた。

 そののち、眉を吊り上げ目を剥いて、コアイを睨めつけながら歩み寄ってくる。


 コアイが男に視線を返した瞬間、何処からか現れた白い光が男を包んだ!


「え、これってオイ!?」

 男は当惑の色を隠さない。

 男を包み込む白い光は、男の当惑などまるで意に介さぬように天へと伸びていく。


「オイちょ待てよ!? 待てって!? 俺より先に」

 男は天と女とを交互に見やりながら喚きだす。


「せっ、センパイを助け」

 光は男の声を黙殺するように輝きを強め、男の姿と声を消し去った。



「ごめんね、ヒサくん……ありがとう……」


 天を見上げて呟く女をひとまず捨て置いて、コアイは接近してきていた騎馬達に意識を向ける。

 まだ、瞳の色が見えるほど近くには来ていない。だが彼等の目は濁り、澱み、薄汚れた、くだらないものだろうと……確信していた。


「風よ牙よ届け、『疾風剣(エアトゥアラ)』」

 コアイは風を想起し短く詠唱する。それに応えて(ふく)れあがった風の刃が草原を滑空し、騎馬の一隊へと立ち向かい……切り刻んだ。



「ところであなた、本当にリュシアちゃんの事知らないの?」

「……まだ息があったのか」

 コアイの足元から女の声がした。

 女の言う「リュシア」とは、誰のことなのだろうか? やはり、コアイには分からない。

 せめて最期に、女が納得するまで答えてやろうかとコアイは考えたが……


「ほんとに知らないみたいね」

 何故か分からないが、どうやら女は納得しているようだった。


「けれど、あの娘の頭のなかはあなたで一杯。コアイ様、陛下、陛下……って。だから、何かアプローチしろって背中押しといたから」

「何故そんなことが分かる」

 理解に苦しむ話だが、コアイには女が出鱈目を言っているようにも思えなかった。


「信じられないかもだけど、私には読める……あ、ごめん」

 突然声色を変えた女の傷跡から鮮血が噴き出し、臓物らしき肉が流れ落ちる。


「そろそろ限ゴボッッ」

 吐血した女の顔から、急に血の気が引いていく。


「ゴホッ、げ、げんかい……だってさ」

 女の瞳が、光を失っていく。


「ごめんね、ヒサくん……カズミ……」



 最期まで、他人の心配か。

 呆れ半分にそう思いを馳せたところで、コアイは思い出した。


 コアイにも、それほどに心配する彼女がいる。


 やはりこの女は、私と同じ……同じ生き甲斐を抱く者だったのだろう。



 せめて生き残りの人間に預け、葬らせてやろうか……コアイは女の亡骸を抱き上げた。

 そのとき、ねっとりとまとわり付くような魔力を伴った、別の女の声が聞こえた。


「お、お姉ちゃん……!?」

 表情こそ異なるが……女の顔つきは、亡骸の()()に似た面影を宿していることに気付いた。



「お、おね……おね…………」


「あ゛ア゛アアアアアアアァァア゛アアアアァアアアア!!」

 悲鳴とも絶叫とも、金切り声ともつかぬ泣き声が広野に絶望を鳴り響かせていた。

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