七 ノロイヲ遺すわざわいのはな
コアイの放った、巨大で色艶のない光が淡く薄れていく…………
それと同時に、各人の目が少しずつ眩さに慣れ始める。
あの弾けたような感覚、おそらく一人は殺せたのだろう。
光の強さに慣れた者達の目が、辺りの様子を捉えだす。
しかしそれよりもやや早く響き出した、数多くの馬蹄の音。
「あそこだ、逃がすな! 奴は消耗しているぞ!」
「アライア様も後に続いてる、少しでも魔王を足止め!」
「死してミリア様の御許へ往くは、生きて獣と辱められるに優るなり!」
くだらない、気持ち悪い、つまらない、声……
コアイは騎馬の駆け足に混じる叫び声を疎ましく思いつつ、その先からベタベタと粘っこい、濃厚な魔力の存在を感じ取っていた。
魔力……そういえば、先の魔力の拡散は?
「セン……パイ……?」
男の弱々しい声がして、コアイはその方向に目を向ける。男は特に怪我無く、尻もちをついた体勢で呆然としていた。
男の顔が向いている、その視線の先には女が倒れていて……倒れている女の身体には、有るべきものが無かった。
「ヒサくん……ごめん」
絞り出すように声を出す女の姿、それは腹の辺りから先を失くしていた。
『光波』により断面が焼け焦げているためだろうか、女からの激しい出血は見られない。しかしその欠損は、人間にとって明らかに致命的なものと見える。
「センパイ!? なんで!! なんでぇぇ……ッ……ああ゛ぁ…………」
「ごめんね、こうするしか……」
急ぎ立ち上がって駆け寄った男が女の肩を掴み、むせび泣く。
「私なら、もっかいあそこに戻れるかな……と思ってたけど……失敗みたい」
コアイには、『光波』を放った瞬間、放った先での事象はよく見えていなかった。
女だけが傷ついていることを考えると……男をかばおうと相当な速さで駆け寄り、咄嗟に男を突き飛ばしたのだろうか。
コアイは倒れる女の表情、その優しげな眼差しに目を向ける。
死に瀕しているはずの女の視線の柔らかさは、ある人間を思い出させていた。
コアイが単身タラス城を攻めた時、命を捨ててアルマリック伯を守ろうとした老人のことを。
あれは……私の知らなかった、気骨のある人間。
この女も、あの厳格な面構えをした老人と、同じ……愛おしい者のために、命を。
ならば、この女は……
コアイは女への印象を少し改めていた。
「グズッ、ゼンパイ……待っててくれよ、せめて仇を」
男は女を優しく抱いてから、柔らかそうな草の上に寝かせた。
そののち、眉を吊り上げ目を剥いて、コアイを睨めつけながら歩み寄ってくる。
コアイが男に視線を返した瞬間、何処からか現れた白い光が男を包んだ!
「え、これってオイ!?」
男は当惑の色を隠さない。
男を包み込む白い光は、男の当惑などまるで意に介さぬように天へと伸びていく。
「オイちょ待てよ!? 待てって!? 俺より先に」
男は天と女とを交互に見やりながら喚きだす。
「せっ、センパイを助け」
光は男の声を黙殺するように輝きを強め、男の姿と声を消し去った。
「ごめんね、ヒサくん……ありがとう……」
天を見上げて呟く女をひとまず捨て置いて、コアイは接近してきていた騎馬達に意識を向ける。
まだ、瞳の色が見えるほど近くには来ていない。だが彼等の目は濁り、澱み、薄汚れた、くだらないものだろうと……確信していた。
「風よ牙よ届け、『疾風剣』」
コアイは風を想起し短く詠唱する。それに応えて膨れあがった風の刃が草原を滑空し、騎馬の一隊へと立ち向かい……切り刻んだ。
「ところであなた、本当にリュシアちゃんの事知らないの?」
「……まだ息があったのか」
コアイの足元から女の声がした。
女の言う「リュシア」とは、誰のことなのだろうか? やはり、コアイには分からない。
せめて最期に、女が納得するまで答えてやろうかとコアイは考えたが……
「ほんとに知らないみたいね」
何故か分からないが、どうやら女は納得しているようだった。
「けれど、あの娘の頭のなかはあなたで一杯。コアイ様、陛下、陛下……って。だから、何かアプローチしろって背中押しといたから」
「何故そんなことが分かる」
理解に苦しむ話だが、コアイには女が出鱈目を言っているようにも思えなかった。
「信じられないかもだけど、私には読める……あ、ごめん」
突然声色を変えた女の傷跡から鮮血が噴き出し、臓物らしき肉が流れ落ちる。
「そろそろ限ゴボッッ」
吐血した女の顔から、急に血の気が引いていく。
「ゴホッ、げ、げんかい……だってさ」
女の瞳が、光を失っていく。
「ごめんね、ヒサくん……カズミ……」
最期まで、他人の心配か。
呆れ半分にそう思いを馳せたところで、コアイは思い出した。
コアイにも、それほどに心配する彼女がいる。
やはりこの女は、私と同じ……同じ生き甲斐を抱く者だったのだろう。
せめて生き残りの人間に預け、葬らせてやろうか……コアイは女の亡骸を抱き上げた。
そのとき、ねっとりとまとわり付くような魔力を伴った、別の女の声が聞こえた。
「お、お姉ちゃん……!?」
表情こそ異なるが……女の顔つきは、亡骸のそれに似た面影を宿していることに気付いた。
「お、おね……おね…………」
「あ゛ア゛アアアアアアアァァア゛アアアアァアアアア!!」
悲鳴とも絶叫とも、金切り声ともつかぬ泣き声が広野に絶望を鳴り響かせていた。




