四 ヒトの群れをカリて
***前回のあらすじ***
コアイ達は居城タラス城にて、情報収集にいそしみ……人間達、そして『神の僕』達が北西の城塞都市タフカウに集結しつつあるという情報を入手した。
彼等が結集し本格的な敵対行動を起こす前に、猛攻撃を加え兵力を瓦解させる……そのために、コアイは馬を駆り単身タフカウへ向かうことにした。
「それでは陛下、吉報をお待ちしておりますぞ」
「こっちは心配いらねえ、いや王様のほうも心配することはねえか」
馬に乗ったコアイは、無言で二人に手を振った。そうしてから、馬を城門の外側へと反転させる。
「そういえば、夜までには戻るってリュカから連絡があったぜ」
「ふむ……村長たちと上手くやっておればよいのう」
コアイは見送る者達の会話を背に受けながら、城から延びる林道へ馬を駆けさせた。
目的地タフカウへは、西のタブリス領を経由して北上するか、真っ直ぐ北西へ進んでボハル荒野を横断するか、だが……強いて言えば、早く向かいたい。
コアイはそう思いながらも、なんとなく馬の行く気に任せてみた。すると馬はコアイの意を酌んだかのように北西へ突き進んでいく。
コアイは事前に言われていた通り、小川を見つける度に馬を休ませ、水を飲ませたが……それ以外は常に馬を走らせた。馬が走ろうとする限り、前進した。
馬が立ち止まろうとせぬ限り、コアイも休むことはなく……眠ることもなく、ひたすら北西に向かって走った。
やがて森を抜け、目にする緑が薄れていく。さらに直進し、砂埃だけが舞い上がる無人の荒野へ入る。
乾いた砂の匂いはどこか冷たい。それが感じさせてくる寒々しさに反抗するかのように、コアイは己の隣を駆ける一騎を想像していた。
この荒れ地に、私のほかには誰もいない。
もし隣に、彼女がいたならば。
互いの他には誰もいない地を、一緒に駆けてみたい。
彼女は、馬に乗れるだろうか? 乗れるとしても、きっと私よりは不慣れだろう。
彼女のすぐ傍で、彼女の馬の動きに注意を払いながら、並んで駆けまわってみたい。
きっと楽しいだろう、どんな場所を走ったとしても……きっと楽しいだろう。
そんな事ばかり考えながら、コアイは荒野を往く。
どれだけ進んだか定かでないが、いつしか視線の先に広い湖らしきものが映った。
なだらかに下っていく先の地平では、少しずつ草の緑が色濃くなっていく。その更に先に、大地とは異なる色の輝きが……あれがおそらく、ライサ湖と呼ばれる湖なのだろう。
で、あればその畔に城塞都市タフカウが……
コアイは丘から降りていくような様子で、湖に向かって駆けていく。
駆け下りて駆け下りて、平坦になった草地をさらに駆けていくと……湖のやや北寄りだろうか、しばらく見なかった人工的な構造物を目にすることができた。
天幕……その上に見えるのは城壁だろうか。
湖へ近付くにつれ、土地がずいぶん低くなっていた。高台から見下ろす格好でないため、天幕の並ぶよりも奥の様子を目視することができない。
どれほどの天幕が並んでいるのかも分からないが、その先の城壁が……タフカウの城市を囲っているものと考えて良いのだろうか?
コアイは少しの間、そう思い悩んでいたが……気が付いた。
ひとまず攻撃してみれば良いのだ、ここは人間の領地なのだから。
もし仮に、ここがタフカウとやらでなかったなら……また北西に進んでみればいい。
コアイは手頃な大きさの岩を探し、そこに馬を繋いだ。
そして水筒を岩の近くに転がして……歩きだした。
さて、どう攻めてやろうか……
城市らしきものに向かって歩み寄りながらコアイは考えた……そして、決心した。
「これぞ必殺! 『光波』!」
天幕の上部にちらりと見える城壁らしきもの、その端に狙いを定め……その一点を精確に撃ち抜く!
コアイの詠唱に応えた光束が空を駆け、標的を貫いた。
標的を捉える視線の先では城壁らしきものの端が欠け、砂埃らしき煙と悲鳴がぼんやりと上がっている……
やがて悲鳴が少し勇ましさを帯び、コアイの辺りまで馬蹄の音が響きだした。
「あれか、見つけたぞ!」
「背教者だ、殺せ!」
「我らが神と、聖ウルスラのために! もう一度!!」
コアイは騎馬が近付くのを眺めてみる。
手にした得物も、服装もまちまちと見える。おそらく正規兵ではなく、コアイの『光波』によって騒ぎが起こった時たまたま近くにいた馬を捕まえられた者達なのだろう。
特に、優れた魔力も感じない……積極的に殺すつもりはない。
だがわざわざ意識して、手加減してまで、この者達を助命したいとは思えなかった。
コアイは指先を齧って、待ち構える。
そして接敵し……指先から繰り出した血鞭を繰り出し、人間達を叩いていく。
コアイに襲いかかってくる人間達の瞳は、どれも濁って見えた。
それらは、コアイが想い浮かべる人間の瞳とは……まるで違っている。
まばらに駆けつけてくる騎馬を叩き落としながら、コアイは歩き続ける。
するとやがて、騎馬ではなく徒歩でコアイに向かってくる集団が現れた。
「あれが魔王コアイだ!」
「勇者様のために少しでも、少しでも魔王に力を使わせるんだ!!」
「おう! やってやるぞ!!」
「ああっ、感じる! 私にもミリア様のご加護が!」
口々に騒ぎ立てる人間達は、斧や鎌……中には鍬を手にする者すらいた。
特に、優れた魔力も感じない……積極的に殺す必要も、興味もない。
だがわざわざ意識して、殺さぬよう加減したくもない。
拙くコアイに向かってくる人間達の瞳は、どれも濁って……ひどく汚ならしく見えた。
それらは、コアイが想い浮かべる人間の瞳とは……まるで違っている。
あの娘……彼女の、潤み艶めいた瞳とは。
陽の光を一欠片閉じ込めたような、輝き抱いた瞳とは。
ああ、逢いたいな…………
コアイは血鞭で人間達を退けながら、内心で彼女を思い出している。
コアイは彼女を思い出して、やわらかく口元が緩むのを感じた。
しかしそれは、コアイに対峙する者達から見れば……極めて冷淡で、冷徹で、非道な微笑と映っていたのかもしれない。
「無駄に傷つき、死にゆくことに気付かぬのか」
ふとコアイは呟いていた。その直後、立ちはだかる人間達の奥から……猛烈な魔力の奔流を感じ取った。
一つ、二つ……? いや、離れた場所にもう一つ…………
近くの二つの魔力が、二組の馬の足音を立てながらコアイへ近付いてくる。
「いやー、オメーから来るとは思ってなかったわ」
「あ、あなたまた一人なの。リュシアさんとは仲良くなった?」
「え、センパイ知り合いっスか? けどこいつはブッ殺すよ、俺はセンパイと一緒に帰りてえんだ」
「ヒ、ヒサくん、あのさあ……恥ずかしいから人前で言わないでって、昨日も言ったでしょ」




