3 ○×MESSENGER ~人間狂の詩~
***「裏面」あらすじ***
「最果て」に住む金髪の女の姿があった。その者は人間のみを愛し、人間のみに与する者であった。またその者はコアイを知っており、同時に強く憎んでもいた。
ある日思いがけぬコアイの再起を知った女は、人間たちがその手にかからぬよう助け舟を出そうと試みるが……
大陸東部での騎士団の壊滅……戦士たちの死から、十日ほどが過ぎた。
その頃、大陸の南部では数千、いや万を優に超える兵が集っていた。
アマレの流れが変わった……ヒトの群れが移動した?
この方向だと、大陸の南部かな。
人間の大規模な移動を感知した女は、まずは様子見、と……僕となる小鳥などに「繋ぐ」ことはせず意識だけを大陸の南部に向ける。すると大陸南部の人間の城市に、多くの人が集まっていることが確認できた。
人間の城……壁の外側まで、ヒトであふれている。何があるのかは分からないけど、異様な気がする。
やっぱり近くで見聞きしなきゃ詳しく分からない、行ってみるか。
女は小鳥に「繋ぎ」、城へ飛び……人間達を観察してみる。するとどうやら人間達は、東進しコアイを討伐するために軍備を整えているらしかった。
だめ。並みのヒトだけでは、そんなことはできない。
悔しいけど、アイツは私の仲間たちでも苦戦を避けられない相手……昔ヒトの世界に現れた、他の「魔王」とは比較にならないほどの……
それにこの世界には、私以外の仲間はもう誰も残っていないのだから。
うん、けどここなら何人かには『伝言』できそうね。
兵士の中にも魔術士がいるようだし、城下には私への信仰を広めてくれる僧侶たちもいる。魔術士や僧侶が大勢いれば、その中に必ず、私と共鳴するヒトがいるはず。
この前みたいに誰も私の声を聞けない、なんてことにはならないはず……ッ!?
そうやって考えを巡らせている女の意識に、ふと強烈な戦慄が走った。
この感覚は……アイツだ、近くにいる……間違いない。
……いや間違っていてもそれはそれで困る。アイツだけでも手に余るのに。
さて、急がないと。
女は一旦小鳥との連繋を弱める。そして本来の肉体、精神から人間たちにだけ聞こえるように語りかける、声を絞る意識を優位にしながら世界に語りかける……すなわち、女の言うところの『伝言』である。
ヒトよ、聞こえますか……
貴方がたが反逆者と呼ぶ、あれはコアイ……「魔王」と呼ばれた者。たとえ貴方達が十万の兵と成っても……あれには到底敵わないでしょう。いえ、百万でも……
「魔王」コアイは今や貴方達のすぐ側まで迫っている……近々私が手を打ちます、だから今は逃げて、とにかく生き延びて……
女は『伝言』に、少しだけ都合のいい観測を混ぜた。
私がどんな手を打ったとしても、あの女を止められるとは限らない。つまり今逃げたからといって、必ず助かるわけではない。
けれど、ヒトが痛んで苦しんで苦しみぬいて、無駄に死んでいくのを見るのは嫌だから。
女の『伝言』はどうやら、城の内外……城内での強い影響力を持つ者を含む十人ほどにはっきり届いたらしい。
しかし……人間たちが行動を決めるより先に、コアイが城下に辿り着いていた。
近い……城下町に入ってきている? それにしては、特に騒ぎも起こってないようだけど……?
それにしても、この脅威がアイツのものでよかった……いや良くはないけど。
とりあえず、アイツを見つけて、見張っていよう……けしてこちらは見つからないように。気取られないように。
しばらく上空を漂い、高所から城市の周辺を見渡しているとやがて城壁の外側で騒ぎが起こった。
騒ぎの起こった方向に注目すると、大勢の人間たちが赤色の狼煙と色とりどりの悲鳴を上げながら逃げ惑っている。しかしその中で、逃げることなく対峙する三つの人影があった。
そのうちの一人は、いつもの身震いするような感覚を呼び起こしてくる……あの女だ、コアイだ。
そして残りの二人は、何やら話し合っている。遠目には、逃げようという様子は見られない。
小鳥はコアイに感付かれぬよう、物陰を利用して三人に近付いてみる。
会話する二人はどうやら、危機の中で恋に燃え上がっている。
それは、女にも小鳥を介して微かに伝わってくる……
やがて会話を終えた男が一人、コアイに歩み寄る。
男の後ろにいた女の感情が熱く昂る。
女が魔力を高め、前進して男の肩に触れる。
男が南側へ吹き飛ばされ、女の感情が弾け飛ぶ。
ああ、いい……
小鳥を挟んでその爆発に触れた女は、すっかり感じ入ってしまい……
「ああっ、いい! たまんない!」
「見つめあう眼! 触れあう身体! されどすれ違う心と心!」
「やっぱり人間って、可愛い!! 美しい!! 愛おしい!!」
ヒト同士の灼けるような愛慕に触れた女は小鳥との連繋も忘れ、思わず叫んでいた。
ヒトたちの抱く、他者への愛情……それは女の無二の好物であり、女の魔力の源泉たるアマレの一種である。
あっ、ヤバっ…………今アイツにバレたらマズい!
女は慌てて気配を消す。一旦そうしてから、先日の『伝言』よりさらに細く絞った意識で、コアイに立ち向かおうとする人間の女にだけ聞こえるように語りかける。
私の声が、聞こえますか?
私は、愛情あふれる優しいあなたを、助けたい……
私の声を、聞いてくれますか……?
私の力をお貸しします。そのために、詠唱してください。
主の御心為すため、我に技巧を、我に強力を
来たれ閃き、来たれ鋭剣
授かりしは聖遺 『煌雷刃』……そう、詠唱してください。
人間は、女の申し出に素直に従ってくれた。
人間の詠唱が終わるや否や、女の持つ魔力の一部が人間へと届き、神々しさすら漂わせる雷の刃を与える……
それは、『祝福』。
よかった、うまく行った……指向性を高めれば『伝言』できるくらいの相性みたいだから、ちょっと不安だったけど。
あと一、二話更新したら本編(第五章)に戻ります。




