二十 赤いチの花がヒラかぬように
***前回のあらすじ***
「神の僕」との戦闘と大公の手当てを終えたコアイ達は、国の境に近い村で一泊した。
村に現れた侵入者を退け、朝を迎えたコアイ達は今後の行動計画を立てるため、信頼のおける大公の部下を呼んで「神の僕」と人間達の状況を聞くことにした。
二人の男が、村長に連れられて居間に通された。二人は居間に入ったところで大公の姿を認めたのか、跪いて顔を伏せた。
「ご苦労だったな、疲れたろう楽にしてくれ」
大公は二人に身体を向けながら語りかける。
「ありがたきお言葉」
二人はそう答えながらも、体勢を変えない。
「まあいい、早速だが本題に入ろうか」
大公が苦笑しながら話題を切り出すのを、コアイは黙って眺めていた。
「ここで、よろしいのですか? 承知いたしました、それでは……」
二人は顔を上げて居間の面々を見渡してから、情勢を話し始めた。
二人の話によると、人間達は概ね「神の預言」、「神の僕」を好意的に受け止めており、既に一定の信用を得ているとのことだった。
「特に領内では、以前ヒサシ殿が活躍した盗賊、山賊討伐……あれが評判になっているようです」
「王都の様子は、伝聞でしか知りませんが……ミリアリアの僧数人がアライア殿と同じような内容の預言を受け、説法しているとか」
「当初は口裏を合わせたのだろうと疑る者もいたようですが、他の地方でもほぼ同時に似た預言を聞いたという僧が名乗り出たことで、そのような声は減りました」
「ミリアリア……寺院の動きはありそうか?」
大公は眉間に深く皺を寄せる。
「まだ詳しくは分かりませんが……預言を神託として公認しようという動きがある、と密偵から報告が入っています」
「預言を聞けた者こそが高僧として遇されるべき、と主張する者まで現れたとか」
「フッ、気の早いことだな」
笑い声を漏らした大公の目は、笑っているようには見えない。
コアイはそんな大公の様子とはまるで違った、彼女の笑顔を思い出していた。
「しかし、坊主共が認めるようなら厄介だ」
「と、言うと?」
アクドが大公の器にワインを注いでやりながら相槌を打つ。
「敬虔なミリアム……信心の篤い貴族や、寺院との結びつきを強めたいと考える貴族が加われば、多くの兵を動かせるようになる」
「はあ、戦争か……」
アクドにも、あまり身を入れて話を聞いていないコアイにも合点がいった。
しかししゃがれた老人の声が、アクドの理解の更に先を語る。
「それだけで済めばよいのですが」
「そう……有力貴族のうちに野望を秘めた者がおるかも知れん。そのような者が動けば、さらに大きな騒乱になる」
大公はソディを見据えて答えた。
「それは、我々にとってもあまり望ましいことではありませんなあ」
「そう、思われるか……」
ソディと大公は顔を見合わせたまま言葉を交わし……やがて、大公が意を決したように背筋を伸ばした。
「提案したい、私を……タラス城に軟禁してほしい」
「……拉致監禁、でも構わんがな」
誰も言葉を返さなかったのを見て、大公はおどけてみせた。
「ふむ、大公殿下を匿えという取引ですかな」
「やはりソディ殿は話が早い」
コアイは勝手に分かり合ったらしい二人を見て、ひとまず成り行きを見守ることにする。
「王都の宰相ら高官、軍司令、また配下の者らに私の所在と無事を教えるとともに、静観を呼びかける。預言、神の僕らへの同調者を少しでも減らし、エルフ領への侵攻を和らげよう」
「その代わりに、暫くの間儂らで殿下をお守りすると」
「神の僕らには私の所在が分かるようだからな。今戻っては奴らに殺されかねん」
「また兵力を温存することで別の戦に備える、と」
「政権の安定を保持し、のち改めて人間とエルフの和平を」
二人は互いの思考をすらすらと論じている。
「……いまいち話に付いてけねえ」
アクドのぼやき声に対しても、コアイはまだ何も言わない。
「けどよ、向こうの兵力を減らしてもこっちの村や城を荒らさないとは限らないんじゃねえか?」
「む、ふむ……確かに」
アクドの何気ない問いに、ソディの顔が曇る。が、コアイはその問いに何となく反論した。
「いや、その点はあまり心配しなくて良いように思える。奴等の狙いはあくまでも私を殺すことだろう」
コアイは僕らしき人間達との会話を、微かな嫌悪感と共に思い出す。
「なるほど、こたびの件ではエルフ側の損害をあまり気にせずともよいのかもしれませんな」
「まあ王様なら平気だろうしな」
コアイの戦闘力は、もはや疑う余地もないということだろうか。
「ところで、問題が一つ……大軍の集う可能性は減らせても、僕らが少人数で城を急襲してくる虞もありますな」
ソディの言葉を聞いて、コアイは先日城に降ろされた光の柱を思い出した。
「その時は、私が奴等を殺すだけだろう」
そして、そう二人に伝えておいた。
フッ、と笑い声の混じった息が漏れる。
「あ、そうそうもう一つ問題が」
「もう一つ?」
「我等の城では、あまり贅沢はできませんぞ」
フハッ、と笑い声が響いた。
「そのくらい……喜んで甘んじましょう」
大公は両手でソディの手を取っていた。
何も言わず、大公の手を拒まないソディの態度は大公への同意を表しているのだろう。
一行は昼食の後に行動を始めようと、居間で食事の準備を待っている。
「もし神が、全知であり全能であり信頼を寄せるべき善神ならば……」
するとその場でふと、大公が声を上げた。
「なぜ、無辜の民を、私の近習を、騎士たちを傷つけるのだ!!」
「私でもコアイ殿でも、神が御自ら裁けばよいではないか!!」
「人々を扇動し、徒に血を流させる必要などあろうはずがない!!」
「そのような者を、私は神と認めぬ!!」
居間の全員が呆気にとられ、突然がなり立てた大公を見つめている。
「す、済まぬ……思わず叫びたくなってしまってな」
昼食を済ませてから、大公はソディの確認の下で数通の手紙をしたためた。
「手紙の内容は、ソディ殿にも知っておいていただくべきだろう」
大公はそうして書き記した手紙を『耳』ら近衛兵に託した。
神の僕たちに同調する兵力を減らし、少しでも犠牲を小さく……
指導者たちのそんな想いが実るかどうか、それはまだ誰にもわからない。
本投稿を以て第四章は終幕となります。




