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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第四章 来者争乱、災禍繚乱
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十九 ソコに在るものがかたちになるなら

***前回のあらすじ***

 水場で大公の手当てを終えたコアイ達は、国の境に近い村で一泊していた。しかしどうにも眠れないコアイは、村に忍び寄る者の存在を感じ取った。

 やがて対峙した侵入者はコアイに対し、不可解な発言を繰り返す。

 「リュシア」……コアイが知らぬ者の名を口にして、勝手に激昂し暴言を吐く侵入者に対しコアイは攻撃を加えようとした。

「死ねと言っておいて逃げるのか、私と闘わないのか」

「そんなこと言ったってどうやって!?」

「その魔力は飾りか?」



 コアイは逃げようとする女に声をかけ、背を向けたまま返答する女から戦意がないことを感じ取った。


「つまらぬ」

 コアイは風の魔術を想起して、背走し離れていく女を狙った風の刃を繰り出す……


「風よ牙よ届け 『疾風剣(エアトゥアラ)』」

 コアイは女を追う風刃を疾らせる。しかし女は振り向きもせず、それが届く前に横に跳んで躱した。

 そのまま物陰に逃げ込もうとする女を追いかけて視界に捉えながら、コアイは何度も風刃を飛ばす……が、女はいずれの刃も目視しようともせずに避けていく。


「やるな」

「しっつこいなぁ!」


 偶然だろうか? ならば。

 コアイは風に一念を加えて横に幅広い刃をかたどり、女へ放ってみる。すると女は、横には跳ばず前に倒れ込んで身体を伏せることで風刃を躱してみせた。


「はあ、怖っ……」

 そして慌てた様子で立ち上がり、また駆け出していく。



 風刃に宿る魔力を感知して避けているのか、それとも?

 ともあれ『疾風剣』を躱すなら、躱せぬほど速く捕らえてやるか……



 コアイは『光波』を放とうと、一旦風を忘れて生のままの魔力を練ろうとした。が、その時ふと……女の怒鳴り声が思い出された。


「恋する女の子に冷たい!」

 コアイの思考が、その言葉に引き寄せられていた。



 冷たい? 私が? 

 女の子? 誰に?


 私が、誰に冷たかった?


 ……彼女に?

 いや、彼女はいつも……とてもあたたかかった。


 私は、彼女よりも冷たかったというのだろうか?



 コアイは女を追いながら考え込むうち、女の発言を誤解していった。




 しかしコアイの()()は、ある意味で致し方のない誤解である。

 居城や村にいる翠魔族(エルフ)の女、城市で会った、または相手取り闘った人間の女……いずれにも、「リュシア」と名乗る者に心当たりがないのだから。


 そして、なによりコアイにとって「冷たく接すべきでない女」とは……スノウのことなのだから。



 果たして、コアイの誤解を認識しそれを解くことのできる者は……村外れから森の中へと逃げ去っていった。




 気付くと、東の空は既に白み出していた。

 森に入ってまで女を追いかけるのは面倒だと感じたコアイは、追撃を止めて村長の家へと引き返していく。



 寝室に戻ったコアイは、ベッドに寝転がって先の黙想を思い出す。


 私は、彼女に冷たかったのだろうか?

 私は、彼女からもらったあたたかさを、彼女にも返してやれていたのだろうか?



 しかし一人思いを巡らせても、コアイにその答えを導き出すことはできそうもない。


 そのことが、コアイを少し寂しくさせる……薄明かりが窓からにじむ寝室で、コアイは懐から彼女の絵を取り出して目の前に広げる。



 が、ほどなくして寝室の戸が叩き鳴らされた。


「コアイ様、シラでございます。粗餐ではございますが、居間に朝食を用意いたしました」

「私は……いや、直ぐに行く」

 コアイは食事の必要を感じていなかったが、一行と顔を合わせるために部屋を出ることにした。



 居間ではソディ、アクド、そして大公フェデリコの三名とも既に着席している。


「揃いましたな。それではまず朝食を摂って、それから今後の話をするとしましょうか」

 コアイが席に着くのを見て、まずソディが切り出した。


「承知した、ところで食前のあいさつは普段どうなさっているのだ?」

 大公がソディに問いかけると、ソディはコアイをちらりと見て……少しの間ののち、大公へ向き直す。


「必要なれば、儂が……しかし、我々の口上でよろしいのですかな?」

「無論……こたび、私は馳走になる身ですからな」


「では、失礼して」

 大公の返答を聞いたソディは目を閉じて左手を胸に当て、軽く俯いた。

 ソディの声を合図にしたのか、アクドも同様に目を閉じ、村長シラと他数人は配膳を始めた。そして大公は席上の二人の様子を見て、それに合わせるように目を閉じた……コアイはそれらを漫然と見ている。


「天恵、恩徳にて賜られ」

「天恵、陽光にて育まれ」

「天恵、清水にて浄められ」

 同じような調子で、静かに言葉が繰り返される。


「天恵、全て糧と申せ、お誓い申す」

 そして最後の文言と共に顔を上げ、手を下ろして目を開いた。


「さて、頂きましょうか」

「そういや久しぶりだな、伯父貴(おじき)の誓詞」



 コアイを除いて、一行はめいめいに食事を始めた。


「王様、食べないのか?」

「貴様にやる」

「済まないが、水をもう少し頂けないか。喉が渇いた」




「さて、大公殿下……今後は如何になさるおつもりで?」

 食事の後、瑞々しい果物が切り分けられて各人に供されている。


「あいかわらず、ここらのペルタはうめえな……」

「うむ確かに、これは美味いな……あ、失礼」

 コアイを除く三人は、ひとまず果物に手を伸ばしていた。


「考えはある……が、済まぬがその前にもう一度、『耳』へ合図をしても良いだろうか?」

「その方は、それ程重要なのですかな?」

 そう訊ねるソディの表情からは、訝しさや疑念といったものは感じない。


「うむ、信用できる者に王都や我が城下の様子を聞きたいのだ。神の預言、あれがどれ程人々に浸透しているのかを確かめたい」

 大公の表情は、むしろソディよりも曇っている。


「なるほど、それには興味がありますな。その話は儂らにもお聞かせいただきましょうか」

 大公の重苦しさとは対照的に、ソディは微笑みながら頷いてみせる。


「では失礼して、『笛』を……あ、アクド殿は耳を塞がれよ」

「ああ、わかった」

 大公は機巧(からくり)を取り出し、口に咥え…………



「ぐわああああーッ!? なんでだあっ」

 大男が椅子を倒しながら叫び、床を転げまわった。

 コアイはアクドが悶え苦しむ様子を眺めながら、「ペルタ」という果物の名だけは覚えておこうなどと考えていた。


 それはもちろん、彼女に食べさせるために。



 それからしばらくの間、コアイは三人がのんびり会話を続けるのをぼんやりと眺め続けていた。もし何か聞かれたら、答えようと思いながら……しかし、何も問われないでいた。


 やがて、村長が居間を訪ねてきた。


「皆さま、少しよろしいでしょうか」

「どうしたのだ、シラ殿」

 ソディは柔らかな態度で村長に尋ねる。


「村のはずれに人間が二人来ました。粗暴な様子はなかったらしく、見張りの者が話を聞いてみたところ「『耳』が来たと伝えてほしい」と言ったそうです」

「おお! 思ったより早かったな、私が呼んだ客だ。ここへ通してやってもらえぬか」

 人間達の状況を知る者の来訪に、大公は色めき立った。

次話の投稿をもって、第四章は終幕となります。

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